人間が都市で暮らすということ
彼らの楽曲は都市に生きる人間の感覚をそのまま音に変換したような生々しさを帯びている。2017年に始動して以降、日本でも熱心なリスナーを惹きつけてきたが、ステージでその音楽を体験できるのは今回が初めてだ。最新作『caroline 2』を携えた来日では、東京での滞在に加え、地方を巡るドライヴや寺院での時間も楽しみ、日本の文化や人の温かさを肌で感じたという。空間を音楽の素材ととらえ、実験的な録音や特異なライヴ形態を試みてきた彼らにとって、日本という土地で演奏することはどんな意味を持つのか。
本インタビューでは、ドラマー / ギタリストとして演奏を支え、作曲面でも中心を担うJasper Llewellynに、新作の制作背景やコラボレーションの裏側を聞き、carolineというバンドの現在地を探った。
取材・文 | alien.melissa | 2025年9月
撮影 | 山口こすも
――初めての日本はいかがですか?
「とても楽しんでいます!1週間ほど滞在する予定で、これまで田舎へドライヴしに行ったり、お寺を訪れたりしてとても良い時間を過ごしました。東京はまだ1日しか滞在していませんが、とてもエキサイティングな場所で、人も優しくて素晴らしい街だと思います」
――バンドにとって日本でライヴをするということはどのようなことを意味しますか?
「すごく良い質問ですね。1stアルバムをリリースしてから、日本で私たちの音楽に興味を持ってくれている人がいるというのは知っていて、ずっと日本でプレイしてみたいと思っていたんですけど、なかなか機会がなかったんです。だから今回ようやく実現したのは本当にありがたいことだと思っています。それに、日本の音楽カルチャーにもすごく興味があって。イギリスに来る日本のアーティストをよく観に行ったりするんです。特にエクスペリメンタルな音楽をやっている人たちは本当に興味深いことをやっているな、っていう印象で。ロンドンのCafe OTOという場所ではそういう人たちをよく観てきて、“ああ、日本にはおもしろいことをやっている人たちがたくさんいるんだな”って思っていました。だから今回日本で演奏できて、とても誇らしい気持ちです」
――今回の『caroline 2』というシンプルなアルバムのタイトルに込めた思いは?
「私たちが作っている音楽をシリーズとして捉えていて。複雑で、ぎっしり詰まったたくさんの情報を煮詰めたような音楽だと思っているので、タイトルはなるべくシンプルにして、ナンバーで刻んでいこうと考えました。アルバムというのは、言ってみれば“今の自分たちがどんなものを作っているのか”を切り取って見せる存在なので、番号を付けていけば、この時期に自分たちがどんなことをしていたのかが明確になる。私たちのやっていることは、ひとつひとつのアルバムで完結するものではなく、地続きの進化の過程であって、その現在を切り取ったものだと捉えています。だからこそ、タイトルはシンプルなんです」
――8人という大所帯で音楽をやっていることの強みと難しい点などを教えてください。
「このバンドはもともと3人で始まって、曲のそれぞれのセクションに必要だからという理由で1人ずつ増えていったんです。例えばドラムに関しては、たった1曲だけ演奏してもらいたいと思って参加してもらって、他の曲ではステージの上で座って何もしない、なんていうやりかたもしてきました。自分たちで“たくさんのことが起こりすぎないようにしよう”と決めていたからです。でも『caroline 2』に関しては、この人数だからこそ出せる強みが多くありました。メンバーが多いことで、それぞれのスキルを活かせるし、幅広いアイディアを取り込むことができたんです。もちろん、あまりにも複雑になりすぎないようには気をつけてアルバムを作ってきました。音楽的には強みしかないと思っています。ただ、現実的なことを言うと、人数が多いぶん何をするにもコストがかかる、というのはありますね。曲作りに関しては、主に3人のメンバーが先導して書くようにしていて、他のメンバーが曲を書くこともありますが、必ずその3人のフィルターを通して曲を完成させるようにしています。そうすることで、散らかって複雑になりすぎないようにしているんです」

――今回のアルバムでは空間そのものが作品に取り込まれているのを感じます。どのように制作、レコーディングなどを行いましたか?
「その空気感を感じ取ってくれて嬉しいです。いろんな方法がありましたが、目指していたのは“異なる空間や音の世界観、感覚、シチュエーションが互いに影響し合うような作りかた”でした。それが今回のコンセプトのひとつだったんです。様々な空間や世界観をコラージュして、互いに作用させるように心がけました。人工的なリヴァーブを使って表現した部分もあれば、パーツごとに違う場所でレコーディングすることもありました。例えば、録音した場所ごとに空気が違うので、それをレイヤーすることで差異が生まれるよう工夫しています。レイヤー同士の繋がりや次の展開への移行がなるべくシャープになるよう意識して重ねていきました。大事にしていたのは“ヴァイブ”です。自宅でギターやヴォーカルを優しく柔らかい音で録音したものもあれば、ドアの向こうでクラブのように速いテンポでエネルギーに満ちた音を録る、つまり全く違う音をドア1枚隔てたところで同時に収録するようなやりかたもしました。私たちの基本のマニフェスト、土台になっているのは“人間が都市で暮らすということ”そのものです。ロンドンにいると特に強く感じますし、東京でも同じだと思います。都市には多様で矛盾する情報が溢れていて、それらが同時に作用し合う。そうした感覚を音楽に反映させることが、私たちの表現の土台になっています。つまり、都市で錯綜する情報を受動的に取り込み、それを能動的に音楽として発信する……それが今回のアルバムの根幹にある考えかたなんです」
――Caroline Polachekとのコラボレーションはどのようにして実現しましたか?
「彼女がcarolineの音楽を聴いてくれているとどこかで耳にして、“じゃあCaroline Polachekっぽいヴォーカルラインを書いてみようか”という感じで、最初は冗談のように始まったんです。主旋律を書いてみて、“これ送ってみる?”というノリで送ったところ、彼女が快諾してくれて、様々なハーモニーや要素を加えてくれました。彼女はとてもプロフェッショナルで真面目、そして働き者なので、レコーディングも本当にスムーズに進みました。一緒にやっていて、とても多くのインスピレーションを与えてくれる経験になりました」
――これまで円陣を組むような演奏やDIYスペース、廃墟など特殊な環境でライヴをしてきましたが、こういった場所を選ぶ理由はありますか?
「最近はあまり円形での演奏はしていませんが、1stアルバムの頃は即興性が強かったので、お互いの顔を見合わせながら中心にエネルギーを集めるようなかたちを採っていました。今回のアルバムでは“誰かの家で演奏しているような親密さ”や“近い空気感”が曲に合っていたので、そのような配置や演奏方法を選んでいました。多様な演奏場所を選んでいるのは、空間そのものが自分たちの音楽作りにとって重要だからです。ある場所をイメージして曲を書いたり、レコーディングした空気感をライヴで再現できる場所を探したりもします。バンドを始めた頃から“パフォーマンス / 空間 / 空気感”の3つを大切にしてきました。だから空間は音楽を構成するひとつの素材とも言えると思います。ただ、大げさな理由というよりは、単純に“自分たちが美しいと感じる音や空気感を表現できる場所”を選んできた、というのが一番正しいと思います」
――これまでの話を聞いていて、carolineの音楽は都市(ロンドン)のざわめきや空間そのものと深く結びついていると感じました。個人的に来月ロンドンに行く予定なのですが、『caroline 2』をより体感できるとしたら、どんなシチュエーションで聴くのが一番おすすめですか?
「まず最初に浮かんだのは、1曲目を聴くならラッシュアワーの地下鉄がいいと思います。東京ほどではないかもしれませんが、ロンドンのラッシュアワーもかなり混雑しているので、そういう場所で聴くと曲の感じがしっくりくると思います。アルバム全体としては、僕の個人的な意見ですが、テムズ川が干潮になるときにビーチが現れるんです。人がほとんどいないテムズ川沿いのビーチの岩の上に座って聴いてもらえたら、とてもいいんじゃないかなと思います。干潮の時間はインターネットで調べられるので、ぜひチェックしてみてください」
■ 2025年8月20日(水)発売
caroline
『caroline 2』
Rough Trade | BEATINK
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14915
[収録曲]
01. Total euphoria
02. Song two
03. Tell me I never knew that (feat. Caroline Polachek)
04. When I get home
05. U R UR ONLY ACHING
06. Coldplay cover
07. Two riders down
08. Beautiful ending
09. _you never really get that far_ *
10. Before you get home from the club bathroom *
* Bonus Track for Japan