文・撮影 | 久保田千史
| DREADEYE『The World Has Left Us Behind』
CD Edition | DMB PRODUCTION, 2019
ウン10年ぶりとかで、レコードが買えない悔しさを味わった。ウン10年前は、音楽をストリームするなんて概念以前に、まだダイヤルアップ接続が根強くて画像の閲覧すらしんどかった。ロボット型の検索エンジンもなかった。加えて、PCは高価でハナから買えない、情報を共有する友達もいないとなれば、つまるところ音楽は買い逃せば聴けないレベルの代物だったんです。だから、雑誌やファンジン、ショップの入荷リスト(当然カーボンコピー)なんかを頼りに、渋谷や西新宿、高円寺のショップにほぼ毎日通うなり、ディストロに連日電話をかけて迷惑かけるなりして、いくつも掛け持ちしていたバイトの給与の大半をあらゆるジャンルのレコードにつぎ込んでいたわけです。今思うと、その時間を友達作りに割いていればよかったのかな。でもまあ、たくさんのレコードとたくさんの友達に囲まれてるっていう人もいますから。自分の場合は友人関係を築きたくないタイプの気持ち悪い奴ってだけの話なんでしょうね。そうこう書いている間に、猛烈な老害の腐臭を醸し出していることに気付いてしまいましたが、まとめると、『The World Has Left Us Behind』のヴァイナルが買えなくて悔しくなった背景には、DREADEYEが“パワーヴァイオレンス”という、ウン10年前に全盛を極めたハードコア・パンクのサブカテゴリを掲げている事実が大いに関係していると思うのです。同作はBandcampでも聴けるから、そこまで悔しくならなくてもいいはずなんですよ。しかし“パワーヴァイオレンスはヴァイナルを買ってナンボ”という感覚があまりにも染み付き過ぎていて、どうしても当時の感覚がフラッシュバックしてしまうのあります。かといって、DREADEYEが焼き直しの音楽を演奏しているというわけではないんですよね。そういうところに、パワーヴァイオレンスというカテゴライズの特異性を改めて感じたりもします。
“パワーヴァイオレンス”ってそもそもなんなんだ。たぶん、明確な答えを出せる人なんていないんじゃないかしら。米西海岸のエクストリーム・ミュージックを追っているうちに、いつの間にか出てきた言葉という印象があるけれど、それを最初に目にしたメディアはなんだったのかな。INFESTのギタリストMatt Dominoさんが、Joe Denunzioさん(INFEST)、Eric Woodさん(MAN IS THE BASTARD)と一緒にRORSCHACHとのスプリットでおなじみのNEANDERTHALとして活動していた頃に発案した言葉らしいので、まあ、きっとそのあたりの記事かなにかで知ったんでしょうね。INFESTとMAN IS THE BASTARDを原点とするならば、“パワーヴァイオレンス”というフワっとしたカテゴライズもなんとなく掴み易くなってくる。Slap A Ham Records / SPAZZは直結しているし、VermiformからBORN AGAINST、CITIZENS ARREST、LIFE’S BLOODに遡れますから。とは言え、ここまで挙げただけでも音楽性がまちまちなことにお気づきでしょう。Deep Six RecordsがHIRAXをリリースしたり、625 ThrashcoreからAUTOPSY、REPULSION、SADISTIC INTENT周辺とか、FALL SILENTみたいなのも出てきたりして、やっぱりフワっとした様相を呈してきます。“Cleaveland Power Violence”を掲げるAPARTMENT 213はINTEGRITYを頂点とするHoly Terror一派の構成員だし、SPAZZは25 TA LIFEとスプリット出してるし、AGENTS OF SATANとのスプリットでおなじみのBURN THE PRIESTがLAMB OF GODになったり、パワーヴァイオレンスを象徴する金字塔コンピレーションとして名高いPessimiser Recordsの『Cry Now, Cry Later』シリーズに参加していたEXCRUCIATING TERROR周辺バンド・FACTORIA DE MIEDOはFEAR FACTORYになったりもするわけです。BENÜMBとPREMONITIONS OF WARみたいな組み合わせとか、EYEHATEGODからのBRUTAL TRUTH参入なんかも忘れちゃいけないですね。DYSTOPIA周辺やCATTLE PRESS周辺の異様さは言わずもがなだけど、とにかく線引きがよくわからないし、LOCUSTとかORCHIDみたいなバンドや、Prank周りも包括するとなると、余計に実態が掴みづらい。でも“パワーヴァイオレンス”はあります!と言い切れる何かはあるんですよね。まあ、“ギルマンぽい”とかって感じなのかもしれないですけど。INFEST〜DESPISE YOUのメンバーを擁するACxDCはともかく、WEEKEND NACHOSなんかはその何かを、パロディすれすれのところで上手に掴んでいたのではないでしょうか。LACK OF INTERESTもHARMS WAYもイイね👍という流れを作ったのは素晴らしい。Max WardさんがLÄRMもEARTH CRISISも最高なんだ!ってがんばったり、Scott Hullさん(AGORAPHOBIC NOSEBLEED, PIG DESTROYER)がLAMB OF GODを賞賛したりっていう過去が、この10年でビミョーに実を結んできている気がします。
DREADEYEが歩んだここ10年は、WEEKEND NACHOSの“掴む”に対して、“創る”ものであったように思います。ベテランSLIGHT SLAPPERS、Su19bとの交流、TRAPPIST、IRON LUNGの招聘といった動きはもちろん、ELMO、LOW VISION、PAYBACK BOYS、SHUT YOUR MOUTH等各々スタイルが全く異なる周辺バンドや、Guilty C.さんらノイズ・フィールドとの関係性も含め、現在において“パワーヴァイオレンス”を標榜するに相応しいエリアを開墾してきました(意図的なのか、ナチュラルにそうなったのかはわからないけれど)。Kemmy 3000さんとHoly Terrorの蜜月も重要な要素ですよね。加えて特筆すべきは、SPAZZしかり、DYSTOPIAしかりのグラフィティ・カルチャーとの繋がり(ABSOLUTION、BURN、CRO-MAGS、OUTBURSTといった東海岸のクラシックNYHCライターの感じも当然踏まえていると思う)や、PLUTOCRACY〜SPAZZが偏愛したヒップホップのテイストを拡張(拡大解釈)している点でしょう。ことにヒップホップについては、Seminishukeiというオーソリティ集団との関わりはもちろん、DJ Highschoolさん自身が東京らしいトラックメイカーのひとりであるということは誰しもが感じているでしょうし、DREADEYEとしてもBun Bさん、Le$さんとのまさかの共演を果たしているのですから、見方によっては過剰なクロスオーヴァーと言えるでしょう。『ジャッジメント・ナイト』的なそれとは違うという意味において。でもDREADEYEは、『ジャッジメント・ナイト』的な感覚を持ち合わせていないわけでもないんですよね。そのバランス感がとても良い。音楽的な“クロスオーヴァー”や“ミクスチャー”を“パワーヴァイオレンス”と同義に捉えている部分と、文化的、人的な重なりとしか捉えていない部分が同居している感じ。とは言え、それらのファクターは、めちゃくちゃ大事なものですけど、極端に言えばある種の付加価値に准ずるものでもあるわけです。まずはこの、HM2とは趣が異なる、ヤスリで骨を削るかの如き凶悪なサウンドでのブルータルかつショート & ファストな音楽を聴いてみてくださいよ。“パワーヴァイオレンス”以外の言葉が浮かびますか?ULCERとMERAUDERの出会いというか、俊足のDOGZ OF WARというか、近年のDARKSIDE NYCを西海岸化した感じというか、NYHCやローカル・モッシュコア由来の残虐な極悪ネスが充満しているのも特徴ですね。現在はDENY THE CROSSのメンバーとして活躍中のDan Bolleri aka DJ EONSさん(SPAZZ)や、Guilty C.さん、D.O.D.さん、Mosu Mamimumeさん、STARRBURSTさんが参加したチルい感じも実にパワーヴァイオレンス。ELEKTRO HUMANGELの荒金康祐さんによる録音というのも、この10年における東京の一部を担ったムードを示しているようで説得力があります。嬉しいCD化にあたって、以前にDLコード付きフライヤーとしてリリースされていたAGNOSTIC FRONT、COLD AS LIFE、EYEHATEGOD、INFESTのカヴァーが追加収録されているのも嬉しいですね〜!CDエディションがちょっとした編集盤になっているというのも、パワーヴァイオレンスの醍醐味ですからね(笑)!
| Function『Existenz』
Tresor, 2019
また“ここ10年”って話になっちゃいますけど、“インダストリアル・テクノ”の復権ってあるじゃないですか。もともとそういう音が好きなんで、新しい音がたくさん聴けるようになるのは嬉しいことではあるんですけど、ちょっとハーシィだったりキックがゴツかったりするだけで“インダストリアル”って言い過ぎじゃないですか?それを言うならあんた、Purpose Maker期のJeff Millsさんとか、Trax Records時代のJoey Beltramさんのほうがよっぽどインダストリアルやで……って思ってしまうこともけっこうあった(勿論作家ではなくて、専らレビュアーの責任なんだけど)。そういう状況にあって、Adam XさんとFunctionさんの立ち位置って、すごく特別だったと思う。同じNYのテクノで言えば両者共Beltramさんに比肩するベテランだけど、Adam XさんはHands Productionsを経てのL.I.E.S. Recordsというリズミックノイズ経由の説得力があったし、FunctionさんもRegisさんとのPORTION REFORMを経たSANDWELL DISTRICTでの活動からVatican Shadowさんとのコラボレーションまでの流れが綺麗だった。音に変化があっても美学が一貫しているし、かつダイハードなんですよね。本当かっこいいわ。単独のアルバムとしては『Incubation』以来約6年ぶりの『Existenz』はTresorから。前作がOstgut Tonだったことを踏まえると、それだけでもかっこいいす。もはやインダストリアル云々(の要素もあるけど)ではなく、電子音楽家としての総力を注いだような2枚組で、集大成感すごい。シカゴの名匠FINGERS INC.のRobert Owensさんを一部でフィーチャーしてルーツの再確認を匂わせながら、幼少期の朧げな記憶に触れるようなシンセサイザー・オリエンテッド(それはシンセウェイヴや本来のヴェイパーウェイヴの感覚に近い部分もあるかもしれなくて、それはカヴァー・アートにも現れている)の楽曲も投入していて、アルバムという長尺メディアを最大限に活かした作品作りも良い。Adam Xさんと違ってFunctionさんは『Incubation』までほぼ20年近くアルバムを発表していなくて、現場主義の感じがあったから、内面をじっくり見せてくれるような本作は余計、感動的に受け止めました。