Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

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 とりとめのない日記を。

 また連載を書けないまま1ヶ月が経ってしまった。何か書こうとすれば教訓ありきのエピック的なものを絞り出そうとしてしまう。格好つけたりロマンティシズムに潜りこんだりは避けたいなぁと思っていたら、書く行為自体を避けるようになってしまった。美しさを衒う駄文を書きながら、真実さながらと判断してしまう客観性を失った自分に直面するのが恐ろしいのである。未だものの書きかたがわかっていない。

 最近は出張が増えた。普段は田舎ではゆるゆると過ごしているけれど、東京に滞在するたびに時間の振り幅がタイトに修正される。会いたい人にもすぐ会えるし、やりたいこともすぐできる。しかし、広々とした温泉とサウナに毎日通えない、旬のものがべらぼうに高い、満員電車を避けられないとか些細なことで大きなストレスが溜まるようになってしまった。留守番中のおもちとさばも心配だし、早く家に帰りたくなってしまう。そろそろ東京あたりにペットが飼える物件を借りて本格的な2拠点生活をしたほうがいいかなと思いつつも、出費は極力抑えたい。

 3年前、田舎に戻ると至急車が必要になった。自分で車を買うのは初めてで、何もわからず両親に相談すると絶対新車を買えと言われ、安くて納期が最短だったピンク色の軽自動車を購入した。人気のない色だったので納期が早かったのかもしれない。その後、知り合いたちに話を聞くと、この真新しい軽自動車より安く大きく格好良い上に高品質な中古車を手に入れていることを知り、年老いた両親の助言を疑いなく聞き入れたことを後悔した。

 内装には一切お金をかけずカーナビさえ付いていないこの車に、私はまったく執着がない。納車1週間後には庭の砂山に乗り上げてバンパーを壊し、いたるところでガリガリと横腹を削り、窓は汚れ放題、素手でKFCを食べながら運転し、食べカスはポロポロと落ち、後部席は犬の毛だらけというなんとも薄汚い車になってしまっている。

 出先での仕事が増えたこともあり、ポケットWiFiを契約したので、どこでも仕事ができるようになった。仕事道具や小さなテーブルやらを車に積み込んでおもちと一緒に浜辺へ行けば、トランク全開で海を眺めながら仕事ができてしまう。風が強いと砂が車内に舞い込んでくるけれど、この車なら別にどうなってもいいのである。

 今日も海辺にある駐車場の車内から仕事をしている。さっきまで隣におじいさんが車を停めて、海を1時間くらい眺めていた。その姿がアッバス・キアロスタミ監督『桜桃の味』(1997)のストーリーと重なって心がざわついてしまい、おじいさんの思考の先が気になってしまった。小さな空間で身勝手な妄想をぶくぶく膨らませている。

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正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
小嶋まり Mari Kojima
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ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。