Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

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 空間デザインという未知の仕事の依頼が入り、8月から9月頭にかけて毎日試行錯誤しながら工作していた。異分野のところをわたしの小さい脳みそであれこれ考えて、想像もつかないところは専門家にアドヴァイスをもらいながら依頼主様と共にアイディアを練り、そして周りの皆様の力を借りながら進めてなんとかかたちになった。ニューヨークのギャラリーで働いていたときは絶望的な人手と予算不足で展示スペースの全てをわたしひとりでメンテナンスして、夜通し泣く泣く設営したり、4年間勤めていたイベント企画会社では、グアムとかのなんにもないところで叱られながら、なんとか小物を見つけてやりくりしていたのを思い出した。なんだかんだ、今までの経験が節々に活かされているといいなと思った。

 どでかいアクリル板を切ったり、インパクトとかドリルを使って物を作っていたら、もしかして自分でなんでもできちゃうかも、という過剰な自信が湧いてきた。ただの自惚れかもしれないけれど、この、なんでもできちゃうかも!という得体の知れない矜持的なものは維持したい。田舎の家に住み始めてから、あれもしたいこれもしたいという理想ばかり膨らんで行動は伴わないまま過ごしていたけれど、これはいい転機になるのでは。

 今年の残暑はしつこいけれど、もうすぐ外で過ごすのが快適になる時期が訪れる。10月末には海外から友人が遊びに来る予定なので、庭でゆっくりご飯が食べられるよう大きなテーブルを作ろうと雑な設計図を作り、材料を運ぶ軽トラも手配した。持て余している布でテーブルクロスを作って、長い蝋燭を立てて、草花を飾り、おいしいご飯をみんなと一緒に食べたい。来週は庭の畑にハーブを植えられるように畑を耕す。重い腰を上げさえすれば、できることはたくさんある。あたりまえのことなんだけれども。

 昔のメルヘンチックな写真付きの料理本とかが大好きで集めているけれど、先日ずっと探していたマーサ・スチュワートの80年代のハードカバー本『Weddings By Martha Stewart』をたまたま安く手に入れた。思い切った草木の飾りかたや料理の盛り付けは、幼い頃わたしが憧れた世界の生き写しであって、今最もわたしの精神が安らぐところらしい。夢みたい、を実現できる生活を少しずつでもしていきたい。

 ちなみに蛇足ですが、マーサ・スチュワートは40年以上に亘ってライフスタイル・コーディネーターとして活躍しているアメリカの奥様たちのカリスマ的存在であり、いくつもの肩書を持つ実業家だけれども、インサイダー取引で刑務所に入ったこともあるという夢以上の香ばしい何かを与えてくれる人物である。ボールドに生きる、というのもまたいとおかし、なのである。

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正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
小嶋まり Mari Kojima
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ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。