Interview | Fabiana Palladino


孤独は誰でも体験するもの

 Jessie Ware、Ghostpoet、Kindness、Samphaらの作品に参加する傍ら、自作曲の発表を堅実に続けて、『Mystery』(2017)を皮切りとしたJai Paul主宰「Paul Institute」からのシングル・リリースを経て、昨年満を持して初のオリジナル・フル・アルバム『Fabiana Palladino』を「Paul Institute | XL Recordings」からリリースしたマルチインストゥルメンタリスト / シンガー / コンポーザー・Fabiana Palladino。D'Angeloを筆頭に、Gary Numan、坂本龍一、TEARS FOR FEARSからCorinne Bailey Rae、Kelela、Mark De Clive-Loweまで支えてきた名ベーシスト・Pino Palladinoを父に持ち、兄・Rocco PalladinoもYussef Dayesのベーシストを務めるという家庭環境も話題となっている彼女が、ひとりの音楽家としてアルバムを携え、1月に東京・南青山 Blue Note Tokyoにて2デイズの初来日公演を開催。アルバムまでの道程やリリース以降の変化などについて、公演の合間に伺いました。

取材 | 南波一海 | 2025年1月
通訳 | 湯山恵子
撮影 | 畔柳純子
協力 | Blue Note Tokyo

序文 | 久保田千史

――日本で単独公演を行なっていただきありがとうございます。演奏の手応えや、オーディエンスのリアクションはいかがでしたか。
 「日本のオーディエンスはすごかった!良いライヴができたと思います。(Blue Note Tokyoは)素晴らしい会場ですね。日本ではみなさんが親切に接してくれるお陰で、とても居心地が良くて。母国から遠く離れた日本で、新しいお客さんを前にして演奏できるなんて本当に特別なことですね」

――セッション・ミュージシャンとしてライヴやレコーディングで演奏しながら、ご自身のデモをオンラインで公開していて、それを聴いたJai Paulからのコンタクトがあったというのがアーティスト転向へのきっかけだったと思います。MySpaceやSoundCloudで楽曲を発表していた頃は、本格的にソロ・アルバムを作ったり、裏方としてではなくアーティストとして生計を立てることを考えたりしなかったのでしょうか。
 「Jai Paulと出会う前から、ソロ・アーティストを目指して自作曲も書き溜めていました。Samphaと共同プロデュースした『For You』(2014)というシングルをリリースしたけど、今は配信していなくて……。当時はレコード会社に所属していなかったし、どう続けたらいいかわからなかったから、(ソロ・アーティストとしての活動は)お休みして、セッション・ミュージシャンとして生計を立てていました。時間はかかったけど、もちろん当時から(ソロ・アルバムの制作について)考えていましたよ」

――安定収入があるセッション・ミュージシャンとしての仕事よりも収入は減り、不安はありますよね?
 「そうですね。間違いなくある……今もね(苦笑)。一般的に音楽業界って財政面で大変だけど、特にツアーは費用がかかる。日本はどういう感じかわからないけど、イギリスやヨーロッパではコロナ渦以降に全ての価格が大幅に上昇して。(ツアーで)収支をトントンにできればまだマシで、赤字を出さないことが難しい時代。破産せずに音楽活動を続けるって本当に大変!」

――ご自身がシンガーとしてフロントに立つようになったことで、音楽家として心境や環境の変化はありましたか?アルバムをリリースしてから現在に至るまでのおよそ10ヶ月での喜びや苦労、驚きなどがあれば教えてください。
 「この1年は私にとって大転換でした。世界中でライヴをやって、人生が一変しました。難しいこともあるし、プレッシャーもある。でも、お客さんがお金を払って私のライヴを観に来てくれることに心から感謝しているし、本当に嬉しい。私は常に人から注目されるようなことが大好きな人間ではないし、ステージでパフォーマンスができるような精神状態に自分を持っていくのは簡単なことじゃないけど、(ステージで)フロントに立つことにやり甲斐を感じています。驚いたことは、フェスでのパフォーマンスが思っていたよりずっと楽しかったこと。フェスの観客層って、全員が私のことを知っているわけじゃないから、どうなるか少し心配していたけど、実際は楽しかった。私にとっては、仲間であるバンド・メンバーたちと演奏できるのが大きな喜びですね」

Fabiana Palladino | Photo ©畔柳純子

――Palladinoさんの楽曲はレトロなシンセの響きや深いリヴァーブなど、印象的な部分がたくさんありますが、音数は多くなく、プレイヤーが弾きすぎることもなく、余白があることも大きな特徴のひとつだと思います。音を敷き詰めないことにはどんな理由がありますか?サウンドメイキングをする上で苦労することなどはありますか?
 「良い質問ですね!ありがとう。音楽には、感情や歌詞の邪魔をしてほしくないと考えているんです。ソングライティングが最も重要で、楽器演奏もサウンドも、全てがその楽曲をうまくバックアップして、曲が輝くためのスペースを残さなきゃいけない。私が好きなアーティストたちも、控えめな演奏スタイルで、あえて演奏しすぎずに音に空間を残すことが本当に上手で、リスナーが解釈できるような余地を残している。私もそうでありたいと考えています。このアルバム制作で難しかったのは、古臭さや時代遅れを感じさせずにノスタルジックでレトロな音の世界を作ることでした。時代遅れに感じないような洗練させたモダンなサウンドに仕上げるために、Jaiたちと何度もやり取りをしました」

――もともと“サウンドの人”というイメージがあったのですが、昨日アコースティック・ピアノとギターのライヴを観たら非常に“シンガー・ソングライター然”とされていて驚きました。
 「ありがとう。実はステージ上でピアノの他にギターを披露したのは、本格的なライヴでは今回が初めてだったんですよ」

――ご自身はマルチ奏者ですが、デモを作ったあとに何人かのミュージシャンに演奏を頼んだのは、楽曲にどんな部分を求めていたのでしょうか。予期しない化学反応なのか、それともご自身では表現が難しいニュアンスが欲しかったのか。Steve Ferroneはどんな経緯でオファーすることになったのでしょうか。
 「これは私のアルバム制作に対するアプローチと関係しているんですけど、今回のデビュー・アルバムでは、私が大好きな1970年代、80年代、90年代のスタジオ・アルバムのような作品にしたかったんです。そういった作品には素晴らしいミュージシャンたちが参加していて、彼らのヴィジョンが加わることで、さらに良い作品へと変貌を遂げています。それから、あなたが言ったように、ミュージシャンとの組み合わせによっては予期していなかったようなケミストリーが生まれて、驚くほど素晴らしい方向に変化する。だから外部のミュージシャンたちとのコラボレーションが重要なんですよね。Steve Ferroneは、父の約30年来の友人。Steveはイギリス人ですけど、父と同じで今はロサンゼルスに住んでいます。私はChaka Khanの“恋のハプニング What Cha' Gonna Do for Me”のドラミングが大好きで、あるときそのことを父に話したら“えっ、あの曲はSteveがドラムを担当したんだよ!”って教えてくれたんです。もともとSteveにお願いするなんて大それたことは考えていなかったんだけど、父が“彼(Ferrone)に頼まれてこの間ベースを弾いたから、Steveに頼めるよ!”と提案してくれて。Steveはとても気さくな人で、自然な流れで共演することになりました」

Fabiana Palladino | Photo ©畔柳純子

――コロナ禍やパーソナルな理由で「孤独」がテーマになったというのを以前のインタビューで読みました。曲調に関わらず、どの曲の歌詞も繊細だと感じます。孤独は現在もご自身の歌を作ったり、演奏したりする上で重要な動機になっていますか?
 「次のアルバムでは違うテーマになると思うけど、このアルバムでは間違いなくそうでしたね。“孤独”って、誰でも様々なかたちで体験するものだし、コロナ渦や私自身の人生のこともあって、このアルバムでは“孤独”が重要なテーマでした。それから、現代の生活スタイルによって“孤独”な人は増加傾向にあると思う。中には“独り”でいることを選んで、楽しんでいる人もいるから、アルバム制作中の私にとっては“孤独”と“独りでいること”の差異は興味深いテーマでした」

――昨年10月に『Drunk』をリリースされた際に「A song about overthinking – made in an attempt not to overthink」という言葉が添えらえていました。考えすぎることを止めたいと思いますか?
 「そうですね(笑)。でも、考えることは大事。何かに取り憑かれ過ぎたり、考え過ぎるのは良くないけど、物事を深く考えるのは良いことだし、何かに専念することもいいと思う。でも、(考え過ぎる癖は)止めたいですね(笑)」

――サウンドやアレンジはTHE ISLEY BROTHERS「Between the Sheets」の影響を感じました。まったくの見当外れだったらすみません。この時代のR & Bやポップスはこれからも制作の上でヒントのひとつになりそうですか?
 「たしかに。そうですね。あの曲のプロダクションや、ドラム・マシーン、シンセの音が大好き。それから同時期の80年代初期にMarvin Gayeが発表したドラム・マシーンが印象的なアルバム(『Midnight Love』1982, Columbia)も大好きで、影響を受けています。でも、今後制作していくサウンド・アプローチは変わると思う。これまでとは違う曲を作りたいから。昨夜のステージでギターを弾いたけど、最近はギターで曲を書くことが増えたから、今後はR & Bから少し離れて、少し違う方向に向かうかもしれない」

――1stアルバムは長い時間をかけて突き詰めて作られたものだと思いますが、今後、違う方法で制作する可能性はありますか?例えば、スピーディに仕上げてみたり、ラフに作ってみたり、ギターを中心に作ってみたりなど。「次作を早く聴きたい」という声も多く寄せられているのではないかと思います。
 「また4年も費やすのはイヤだから、次作はスピーディに進めたいなぁ(苦笑)。アルバム制作のアプローチを変えて、曲を書いたら他のミュージシャンたちと1ヶ月くらいの短期間でレコーディングするつもり。どうなるかわからないけど、スピーディに制作していく予定です(笑)。今作でこんなに時間がかかった理由のひとつは、大半を自分独りで進めていたから。次は他のミュージシャンたちと組むことで、短期間で進めることができると思う。私はライヴ演奏が大好きだから、よりライヴ感のある、ギター中心のアルバムになるはず。ステージ上でのライヴ演奏を楽しめるような音楽を作りたい」

Fabiana Palladino | Photo ©畔柳純子

――PalladinoさんやSampha、Jessie Wareといった素晴らしいアーティストが輩出している南ロンドンは、ロンドンのほかの地域と比べて音楽が生まれやすい土壌があるのでしょうか?
 「考えたことなかった(笑)。サウス・ロンドンには音楽シーンがあるから、それはあり得るかも。ロンドンの北部と南部って、音楽シーンが全く違うんですよ。ノース・ロンドンも素晴らしいと思うけど、私は(南部に住んでることもあって)あまり行かないんです。サウス・ロンドンは最高!SamphaやJessie Wareをはじめ、たくさんのミュージシャンが住んでいるんです。強力なジャズ・シーンもあって、Yussef DayesとかTom Mischとか、素晴らしいアーティストたちが良い影響を与え合っていますね。それにサウス・ロンドンにはミュージシャンたちが演奏できる会場があるから」

――ロンドンと言えば、よく「サウス・ロンドン」って聞きますよね。
 「うん。サウス・ロンドンには強力なシーンがあるから。“ロンドンの音楽シーン”なら、サウス・ロンドン間違いない!」

Fabiana Palladino Official Site | https://fabianapalladino.com/

Fabiana Palladino 'Fabiana Palladino'■ 2024年4月5日(金)発売
Fabiana Palladino
『Fabiana Palladino』

Beat Records | Paul Institute
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13882

[収録曲]
01. Closer
02. Can You Look In The Mirror?
03. I Can't Dream Anymore
04. Give Me A Sign
05. I Care
06. Stay With Me Through The Night
07. Shoulda
08. Deeper
09. In The Fire
10. Forever