Review | Arcoroc『Ballon』190ml


文・撮影 | 梶谷いこ

 ちょうど1年前の今頃は、わたしもご多分に漏れずオンライン飲み会に精を出していました。たったの数ヶ月で激変してしまった世界の有り様、次から次へと繰り出される意味不明の政策、SNSを席巻する「○○○チャレンジ」の情報量 etc……とめどなく押し寄せる日々の不安や戸惑いを、直接会って話し込めない代わりに、夜な夜なオンライン飲み会の予定を入れてはなんとか紛らわせようとしていたのでした。そんなわけでたちまち飲酒量はうなぎのぼりに。さらにそれまでほとんどビール一辺倒だったのが、ワインでも飲んでみようかとそちら方面にも手を出し始める始末。そこで必要になってきたのがワイングラスです。

 今まで自宅でワインを飲む習慣などあまりなく、たまに飲むときでも普段使うコップに注いで飲んでいました。しかしそれではまるで、一升瓶から酒をかっくらう昭和の酒飲み親父のよう。ただでさえ窮屈な毎日、これではあまりにも味気ないではないか。いただき物の、大きくて薄くて高級なワイングラスはペアで箱に入って眠っているものの、もったいなくてずっと使えずにいました。もっと気軽に使える、丈夫で安価な、普段の食卓に馴染むワイングラスが欲しい。そう思ったとき、パッと思い浮かぶものがありました。いつもお腹いっぱい食べさせてくれる、あのレストランで使われているワイングラスはどうだろう?

 試しに「業務用 ワイングラス」と打ち込んで画像検索。インターネットの海をくまなく探し回り、発見したのが「Arcoroc(アルコロック)」の『Ballon(バロン)』というシリーズ、内容量190mlタイプのワイングラスです。

Arcoroc「Ballon Wine Glasses」 | Photo ©梶谷いこ

 「Arcoroc」は1825年フランスにて創業した「Arc(アルク)」社の業務用強化ガラス製品ブランド。業務用のガラス製テーブルウェア・ブランドとしては超老舗の超大手と言えます。きっと自国のフランスでは、巷のカフェやビストロでさぞかし長きにわたって使われてきたのでしょう。

 このワイングラスのシリーズ名になっているフランス語“Ballon”を英語で発音すると“バルーン”。つまり風船のこと。なるほどたしかに、丸くコロンとしたボウルが風船のようなフォルムです。またそのボウルから伸びた円柱形の脚の無骨なこと。たいていのワイングラスのシルエットと言えば、脚とボウルをつなぐなだらかな曲線によりエレガントな印象になりますが、素朴な和食器ばかりが食器棚に並ぶわが家ではどうしてもアンバランスになってしまう気がしていました。その点、これならその心配もありません。ご飯茶碗や汁椀が隣に並んでもなぜか馴染んでしまうからおもしろい。小ざっぱりとした存在感が好ましい感じです。高さ13cmという小ぶりなサイズも良いのかもしれません。分厚過ぎず、かと言って安心感のある厚み、かつ強化ガラス。そんなタフさも頼もしく思います。

 また、業務用だけあって1個500円程度という価格もうれしいところです。わたしが購入した業務用食器店では2020年8月当時、1個300円台で売られていました。世の中に素敵なワイングラスはたくさん売られていますが、自宅で日常的に使うものに出せるお金は限られてくるから悩みます。しかも、酔って手元が怪しくなるときが出番という宿命を背負っているならなおさら。それがワンコインで用が足りるなどありがたいことです。それに業務用の超定番ということで、万が一、いや千……百が一、割ってしまってもまたまったく同じものを買い足すことができるから尚ありがたい。製造元に関する知識があると、また同じものを買いたいと思ったときに便利です。「フランス ワイングラス 業務用」で画像検索すれば、パソコンなら3スクロールほどで「Ballon」にたどり着けました。ちなみに190mlという少なめの容量も使いやすさのミソではありますが、これよりさらに少ない150ml、逆にたっぷり目の250mlもあるようです。用途によってラインナップが小刻みに揃っているのも、業務用ならではという気がします。

Arcoroc『Ballon』 | Photo ©梶谷いこ

 混乱の渦中、去年の今頃に来年のことなど考えも及びませんでしたが、まさかまた同じような、いやそれ以上の窮屈さや不安、失望を味わうなど思いもよりませんでした。今年は去年と違い、自宅でも専用のグラスでワインが飲めますが、好きなお店の皆さんの憤りや心痛を考えると悲痛な思いがします。会いたい人を誘って、お店で気軽な気持ちでお酒が飲めるときを心待ちにする毎日です。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。