Interview | 工藤キキ


おいしいものを食べたらおいしいってわかるから、諦めちゃいけない

 ライター、小説家、アート批評家として、東京の様々なコミュニティを横断しながら、各メディアで活動していた工藤キキ。彼女が2011年、意を決してアメリカへ渡った。拠点をニューヨークに移してのライフシフトは、まさに地べたからのチャレンジ。でも、そこから始まるストーリーは、やっぱり工藤キキらしい、とびきりユニークな歩みを見せてくれている。今では、ライター、ミュージック・プロデューサー、そしてシェフとしても活動し、ニューヨークのローカル・コミュニティにもあたたかく迎えられながら、素敵でちょっぴりスリリングな時間を過ごす日々。2014年にはアート x フードのプロジェクト「CHISO-NYC」をスタート。レストランやギャラリーへのケータリング、新しい味覚を提案するオーガニック・レシピのデザインなど、多彩な活動を展開中だ。

 そんな工藤キキが親愛なる友人たちのためにデザインしてきた個性的なレシピ集『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門 おうちでたべようヘルシーレシピ48』(K & Bパブリッシャーズ)が昨年末に刊行されたので、編集を担当した筆者が近況を聞いてみた。LINEのビデオ通話に現れた工藤キキは、夫・ブライアン(Brian Close)の実家から、ニコニコと笑顔で話し始めてくれた。


取材・文 | TAXIM | 2024年12月


 「この部屋やばいでしょ。ここ、ブライアンの実家にある、お姉さんの部屋なんだけど、子供の頃のまんま部屋がプリザーヴドされてんの」

――ティーンの部屋だよね。
 「お姉さんは今50歳近いんだけど、子供の頃に暮らしていた部屋がそのまんま残ってる」

――見た感じ、80年代風のテイストだよね。
 「そうそう。お姉さんってゴスが好きだったりするんだよね」

――ゴスい青春か。
 「見てほら、このタイプライターとか」

――おもしろいね。それは何のポスターが貼ってあるの?
 「これは“フォー・プレジデント”って書いてあるね」

――そこに飾ってある絵はなんだろう?
 「自分で描いた絵なのかな」

――そこは、ニュージャージー?
 「そう。ニューヨークから1時間くらい。今日はいろんな話があるんですけど、今ロサンゼルスに引っ越そうと思っていて。でも、まだ悩んだりもしていて」

――なんで引っ越すことにしたの?
 「コネチカット(ニューヨークに隣接している州だが州の一部はニューヨーク都市圏に入る)はいい場所なんだけど、うちら4年もいたからね。COVID-19のときに移住してるからさ。その前はソーホーに住んでたんだけど、隔離を求めて(コネチカットに)行ったの。ソーホーのときって家賃は高かったんだけど、すごくいい部屋だった。それが、COVIDで街から人がいなくなって、マジで街が全く機能しなくなった。アメリカはすごく激しくて、外に出てもさ、警官が街角に立っていて、基本的にエッセンシャル以外は出ちゃいけなくなったの。最低限の必要があるときだけスーパーに行くのは許されるっていう状況がずっと続いてた」

――そういう風景をニュースで見たよ。
 「非常事態だから家賃も無料になるっていう話もあったりしたけど、うちらは払ってたんだよね、何もない街に」

――給付金は出たんでしょ?
 「出た出た。申請すればみんな出たと思う。週に$200くらいだったかな。そのときは、ベーシックインカムっていいよなって思ったけどね(笑)。ニューヨークにはレント・スタビライズド(家賃規制制度)といって、同じ部屋に何年か住んだら、家賃を値上げしちゃいけない、値上げしても低いパーセンテージしか上げられないという法律があるのよ。だから、昔から住んでる人は家賃がすごく安かったりもするの。うちらが住んでいた部屋というのは、スイス人の友人でグラフィックデザイナーのドミー(“ドミーへのポテトコロッケ”『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門』p20)が、90年代から借りていたコマーシャル・ビルディングにあるペントハウスのひと部屋だったんだよね。ドミーが素敵にリノヴェーションした空間で、いわゆるソーホーの‟ロフト“って呼ばれるスペース。隣はドミーのオフィスだった。でも、実際そこに住んでいたのは私たちだけだったから、夜中でも音が出し放題だったの。そうしたら、ドミーたちがコマーシャル・ビルディングに住んでいたことやリースのことで、ビルのオーナーと裁判になって、結局負けちゃったんだよね。2020年に退去する予定だったんだけど、COVIDで延長になって、結局2021年に退去したの。まあ、ニューヨークではよくある話ではあるんだけど。その後、私たちが越してからは家賃も倍になったりしてね」

――そうだったんだ。
 「でも、こんな生活ができるとこ、どこに行けばあるんだよ?って(笑)。これはシティで探すのはもう難しくねぇかって」

――それでソーホーから引っ越すことになるんだ。
 「家賃というよりも、環境ですね。ブライアンは音楽や動画制作を爆音でやりたいっていう人だからさ」

――そんなにデカい音を出したい人なんだ?
 「めちゃくちゃ、すごいよ。デスクトップでも、車の中でも、いつも爆音だから。ちょうどその頃、ニューヨークのアップステート(ニューヨーク州・北部 / 中部 / 西部)に行くことが多かったのもあって、家探しをアップステートのほうでやってみようと思ったの。(ソーホーを離れるのは)寂しくなるだろうなって思ったりもしたんだけどね」

――そうだよね。
 「それで、ロス(“ロスへのお母さんのポテトサラダ” p88)やエヴァン(“エヴァン & リュータスへのゴールデンビーツとニンジンのきんぴら” p100)、そして本にもエピローグを寄稿してくれたザック(“ザックへのブレックファーストひよこ豆のパンケーキ” p26)とソフィー(“ソフィーへの白菜のターメリック炒め” p34)たちの家から1時間圏内にある物件を探してみたんだよね。きっと人恋しくなると思って。でも、やっぱりCOVIDの時期だったし、一軒家を貸しているところがあまりなくて、結局アップステートでその条件に合うのは2件しかなかった。どちらも、よくある不動産サイトで見つけた物件なんだけど、そういうサイトって大体、適当なコンピューター・ブローカーが対応してくるんだよね」

――チャットボットみたいな。
 「そうそう。でも、今住んでいる物件を扱っていた不動産サイトのほうは、なぜだか普通に“ハロー”とか言って、リアル人間がチャットしてきたの。ブライアンと“なんか、人間いるじゃん”って(笑)。そういう経緯もあって、その“人間”が紹介してきた物件を見るためコネチカットに行ったんだよね。そこはニューヨーク・ステイトとのボーダーに近いコネチカットにあるエリアで、40エーカーもあってさ、めっちゃ広いよ。40エーカーって、野球場が何個分って感じだから。広大な土地にポツンと家があって、本当に古いファームハウスなんだけど、ミニマルで、いわゆる分譲住宅とは違っていたのが良かった。不動産屋だと思っていた“人間”は、その家のオーナーだったりして、“すぐ越して来てもいいよ”って言うし、家賃もソーホーで借りている部屋の1/3だったから、そこに決めたの。でも、やっぱり田舎暮らしは大変だった。車がないと、どこに行くのにも1時間くらいかかるし。歩いて行けるエリアに買い物できるお店はなかったけど、車で10分くらい走ると、1970年代からある最高の品揃えのオーガニック・マーケットがあって、そこは救いにはなったよね。ただ、重要な問題はうちの近所で仕事を探すっていうことだよね」

――それはたしかに至難の技かもしれない。
 「仕事なんてないしさ。とはいえ、けっこうがんばってケータリングの仕事をシティで取ったりとかして。だから、ニューヨークに行くときは、その1回で1ヶ月分の稼ぎを作るっていうスタイルになった」

――それって営業するの?それとも人脈だったりするの?
 「人脈だね。仕事を一度紹介してもらって、そこからリピーターができることも多かったし、そこからまた新しく紹介されることもあったりしてね」

――口コミで回っていくんだね。
 「なんか、ラッキーではあったけど、でも大変だった。まあ、2年くらいはそういう感じでやってたからね。引っ越して最初の年は給付金もあったから、まだ救われている部分もあったけど、コネチカットの田舎といっても、すごく安いっていうわけじゃないからさ」

――基本的にはコネチカットってどういう人たちが住んでるの?
 「うちの近所は昔から住んでいる白人の元ファーマーの人かな。あとビーキーパー(養蜂家)の有名な指南書を書いた人が近所にいたみたい。ブライアンが通っていた家から車で40分のダンブリーにあるMMAのジム・Teixeira MMA & Fitnessは、ブラジル人でUFC世界ライトヘビー級チャンピオンだったグローバー・テイシェイラがスタートさせたジムで、ダンブリーはブラジリアン・コミュニティもあって、ブラジリアン・レストランもたくさんあるんだよね。このジムにはアレックス・ペレイラってスーパースターもいるんだけど、“こんなところからチャンピオンが出るんだ!?”っていう感じのロードサイドにあるローカル・ジムだから、見たら驚くと思う。うちの大家さんのジムも、いわゆるカウボーイでめっちゃいい人だし、その妻のジュリーは、お父さんがロシア文学の研究者で、元ロイヤーというアカデミックな家柄だったりして、コネチカットはリベラルな地域性がある場所って感じかな」

Photo ©工藤キキ

――それは住みやすそうでいいところだね。
 「大家さんのジムとジュリーと最初に会ったときって、お互いマスク越しだったけど、そのときにはっきりと“私たち、デモクラット(民主党)に投票したのよ”って言われたの。そういう人たち」

――おもしろい、リアルな話だ。
 「うちらが住んでる家はさ、ジュリーが子供の頃に住んでいた家なんだ」

――え、それはすごいね。
 「私たちが引っ越してきたとき、1階に使われていないちっちゃな部屋があって、なぜだか壁にカンガルーの絵が描いてあったんだけど、昔本当にカンガルーが住んでいたっていう話を聞いてさ」

――え、いたの!?
 「子どもの頃、カンガルーがペットだったみたい」

――ファンタジックすぎる環境だな(笑)。
 「でもさ、うちら4年間住んだけど、釘1本、打っちゃいけなかったりするの。古い家だけど、大事に使ってきたみたいだからね。だけど、お風呂場とかキッチンの配管とか古いから、詰まることも多くて。大家さんからも、“持ち家よりもレントしてるほうが楽なんだよ”ってよく言われてた。雪が降ったらさ、雪掻きの人を呼んでくれて、芝生の手入れも月に数回来てくれたし。本当に全部やってくれたんだけどね」

――管理会社の人が全部やってくれるんだ?
 「管理会社じゃなくて、大家さんが作業できる人をコーディネートしてくれるんだよ」

――たぶん、管理会社を通すのが嫌で、自分たちでやってるんだね。
 「そうそう。すごくいい人たちだよ。だから、ボイラーが壊れたり、天井から水漏れしたりすると、地元のエキスパートが大家さんから呼ばれて、うちに直しに来てくれる。マジでお世話になった。ニューヨークに来た当初って、普通の人と話す機会なんてほとんどなくて、だいたいアートや音楽の人っていう、そもそもの共通言語がある人たちとしか話してないからさ。コネチカットに住むようになってから、アメリカに住む普通の人たちとはじめて会話をするようになって、それはいろいろと貴重な体験になったんだよね」

――でも、そんな素敵なエリアから引っ越す理由って、どういった事情なの?
 「家賃は安くなったんだけど、車を買って乗るようになったし、ガス代というのもあったりするからね。どこに行くのも遠いから。そういう出費を考えてみると、すごく安いっていうわけではないの。それに、やっぱり仕事するのが難しかったりしてね。いわゆる、マグロ漁船みたいなスタイルで仕事をしてるからさ。一度、外に出て行って、稼いで帰るっていう」

――しんどい面があったのか。
 「ブライアンもフリーランスだから、仕事を探しながらやっている部分があって。そうなるとコネチカットでは、そんなにソーシャル・ネットワークもできないしさ」

――そうだよね。
 「それにね、やっぱ寂しいわけよ。ここには私とブライアンしかいないから、ニューヨークに行かないと友人にも会えないしさ。けっこう、うちらこの生活形態はやりきったからズラかろう、みたいな(笑)。もうちょっと大人になったときに、また戻ってきたいとは思ってるんだけどね」

――なるほど。
 「ブライアンはニューヨーク生まれのニュージャージー育ちだからさ、西海岸に住んだことがないのよ。だから経験としてもいいし、今だったら、まだ行けるじゃん。それに、ちょっとね、(コネチカットが)良すぎたっていうこともあるかな」

――良さがマイナスに働くことがあるんだ?
 「居心地が良かったし、四季の移り変わりを丸ごと味わえる美しい場所だったし、鳥や虫やカエルにコヨーテの鳴き声は最高だったし、家のまわりには熊もいたし、野菜を育てたり、薪から火を起こしたりもできるようになったからね。たくさんの友人が泊まりに来てくれて、みんなここが大好きだった。最高でしたが、なんつうのかな、もうちょっと生活をモダンライフに戻したかったのかな」

Photo ©工藤キキ

――田舎暮らしをはじめて、自分たちの環境を変えたいという思いが芽生えてきたっていうことだよね。
 「そうだね。それに、ニューヨークにまた戻りたいとは、ちょっと思わなかったからね」

――それは、なんで?
 「ニューヨークは居心地いいけど、もうなんとなく知ってるから。なんかちょっと、今はニューヨークのコミュニティに戻る感じはなかった」

――キキちゃんとブライアンがコミュニティに対して、今そこまで積極的じゃないっていうこと?
 「ニューヨークは変わらないという良さと、コミュニティよりも個々がハイプになっていくという変化はある。友人も多いし、わたしは(ニューヨークに)10年以上いるから、もう根城みたいな感じで(笑)。どこに何があるかもわかってるし、東京みたいな感じになってきたからね。それはそれですごく楽なんだけど、じゃあ何かここで始めようかってなると、今はニューヨークじゃないかもしれない。もうちょっと模索してみたいかなと」

――そういうことなのか。
 「例えば、この間ロサンゼルスに行ったときもさ、カジュアルに“レコーディングしにおいでよ”って言ってくれたりする人がいたりしてね。普通に家族で住んでいる家なんだけど、ベースメントがレコーディング・スタジオになってるみたいだった。なんかそういう人たちが多いのよ。でもニューヨークだとみんなレントして住んでるから、スペースの問題があったりするんだよね」

――ロサンゼルスに比べると、ニューヨークにいる人たちは、そこまで広い空間に住んでないんだ?
 「ないない。東京みたいな感じだよ。だから、私が移住してきた頃は、それこそ、みんなで公園に集まったりしてたよね。ライヴハウスっていうか、小さい音楽のヴェニューや、ウェアハウスみたいなところがいっぱいあって、行くところがたくさんあったような気がするな」

――ニューヨークって今でもそういう場所はたくさんありそうだけど、やっぱなくなってきてるんだ?
 「“今、どこでみんな集まってるんだろう?”っていう感じはあるかな」

――キキちゃんがよく出入りしていた「Commend(コメンド)」っていうショップ(現在休業中)は、DIYで作ってみんなでシェアしているコレクティヴっていう感じがしていたんだけど、ああいったものが、今なくなってきてるみたいなことなのかな?
 「Mexican Summerっていうレーベルのクリエイティヴディレクターをやっているマット(Matthew Werth)の個人レーベルがRVNG Intl.っていうレーベルなんだけど、RVNGのレコードをはじめ、Tシャツやローカルのアーティストがキュレートした書籍とかも扱うレコード・ショップがCommendだったの。マットは以前、MoMA PS1で毎年開催してる“Warm Up”っていうサマー・パーティのキュレーションとかもやっていた人なんだけど」

――そうだったのか。
 「Commendはもともとポテトサラダのロス(Ross Menuez)によるブランド・Salvor Projectsのショップだった場所で、DJブースがあったりして、ロス自身が内装を手掛けているの。Salvor Projectはシルクスクリーンを使って、洋服やスカーフを制作したり、プロダクトデザインもやっていたりして、ロスはとてもセンスのいい人。昔は東京でもよく仕事をしていて、表参道でIDÉEが手掛けていたバー・Low(2005年閉店)の内装も彼の仕事だったみたい」

――そうなんだ。
 「ロスの子供のボビー・メヌエス(Bobbi Salvör Menuez | “ボビーへのゴボウとニンジンのグルテンフリーかき揚げ” p70)は俳優をやってるね。そうそう、ロスのシルクスクリーンの工房には、LQQK STUDIOのメンバーも働いていたり、今は福岡で活動しているAll-You-Can-Eat Pressの松尾由貴さんも長くニューヨークにいて、ロスのところで働いていたりして、ロスから影響を受けた人たちは少なくないと思う」

――へー、そうなのか。
 「ニューヨークは“サクセスへの段階”みたいなものがあるし、それは目標になりやすいんだけど、私の場合は、自分なりのクリエーションをやり続けて、それを持っていろいろな場所に行けたらなぁって」

――なるほどね。
 「そういうこともあって、ニューヨークじゃねぇなと(笑)。ほら、カリフォルニアって、年中あったかいし。コネチカットって案外ジメっとしてたからね。カラっとした気候を体験したかったというのもある。私さ、コネチカットで畑やってたけど、けっこう大変だったんだよね」

――地球と一緒に暮らしていくみたいな感じだもんね、農業やると。
 「そうだよ。勝手に(実などは)生らないから。水やりや雑草を抜いたりとか、仕事は多かった。でも、日本のキュウリを夏に食べられたのは最高だったな。それがロサンゼルスだとオールイヤーラウンドでずっとできるからね」

――ああ、気候的にね。
 「それもいいなと思ったの」

――なんかさ、ニューヨークで、いろんなコミュニティやソーシャルが、キキちゃんとブライアンにもあるじゃないですか。今さ、アメリカではXの使用禁止を検討し始めた大学があったりとかさ、そういうことで、日常のコミュニケーションに支障が出てきたりとかはないの?
 「SNSはあまり関係ないね。Xを別に使わなくても、みんなインスタだったりするし」

――やっぱ、そうなのか。
 「私もSNSはめっちゃ見るけど、もうドゥーム・スクローリングって感じでさ」

――デプレッシヴになってしまうみたいな。
 「SNSはさ、“私、誰に向かって言ってんだろ”って、いつも思っちゃうんだよね。美しく撮れた写真とか記録に残したいと思うし、ソーシャル・メディアは自分もやるけど、なんか学校みたいじゃない?自分の学習発表、成果報告みたいなニュアンスがどうしても出てくるというかさ」

――なるほど。
 「なんか、成果報告というか、良い写真が撮れたりすると“こんなごはんを作りました”ってやるけど、たまに“私は誰に向けて言ってんだよ”って自問自答してしまう。自分の記録として残しておきたいという思いは明確にあるんだけど、それ以外のことになると頼りない感じになってしまうんだよね」

――たしかに、そういった気持ちを拭えないところはあるかもしれない。
 「同じようなインフォメーションをみんなが流していたりするけど、自分の日々を忘れないように、みんな言霊をマーキングしてるんだなって」

アップルサイダービネガーを目薬みたいに使う知恵とレシピロジー

 「アメリカに来ていちばん感動したことがあるんだけど、こっちは病院代がめっちゃ高いんですよ。保険料も高くて、安くても月$500くらいするから、保険なしで病院に行くなんてとんでもないっていうか。だからみんなよく知ってんのよ、ナチュラル・レメディ(自然由来の治療 / 健康法)とかね」

――病院にかからないような知恵があるんだ。
 「目の炎症にはアップルサイダービネガーを目薬みたいに使う荒療治を、私は平気でするんですが(笑)、風邪の初期にはエキナシアのお茶や、オレガノオイルなんかでうがいもしたりする。まずはスーパーやヘルスストアで買えるものでなんとかしようとする。風邪をひいたくらいでは病院には行かないよね。ガーリックやジンジャーを使って癒していくのは、こっちにいるとすごく普通のことだし、薬とかで抑えるよりも、結局熱が出てくれればデトックスされる感はあるから。でも、日本にいたときには、そんなこと考えもしなかったけどね」

――『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門』の序文にブライアンからはたくさんの影響を受けている。彼はフレーバーに関しては一家言ありって書かれていてさ、そこに“オーガニック・メディスン”っていうワードが出てくるんだよ。
 「うんうん」

――ニューヨーカーはよくジンジャーにライムジュース、オレガノオイルにカイエンペッパーを一緒に飲んじゃうっていう。そのオーガニック・メディスンっていうワードに、ぼくは惹かれてしまったところがあったりして、いろいろ想像を膨らませていたんだけど、今みたいな方法で飲んでるってことだよね。
 「家でトニックも日常的に作るし、その辺はWhole Foods Market(食料雑貨店)やニューヨークだったらJuice Press(コールドプレスジュース店) なんかで気軽に買えるからね。家の台所でもパスタ鍋にお湯を張って、そこにハーブを入れて沸騰させるとスチーム・バスになるから、それで喉を潤したりすることも日常的にやったりしてる」

――キキちゃんやブライアンが飲んでるオーガニック・メディスンって、例えば「青汁」みたいな感じなの?まずいけど飲むみたいな。
 「いつでも飲むものじゃなくて、具合が悪くなったときに体調に合わせて飲んでるかな。喉が痛くなったらジンジャーとハニーとカイエンのトニックを飲んだり、ターメリックとハニーをかき混ぜて、ちょっと黒胡椒を混ぜたペーストは、最近よく摂ってる。ジューサーを持ってるので、野菜を食べ足りないと思ったらジュースで補ったり、キャロットとビーツ、ジンジャー、アップルを絞ったコールドプレスジュースはよく飲むよ。鼻水が止まらなかったらネティポット(インドの伝統的な鼻うがい用の道具)を使って塩水で鼻うがいをする人も多いね」

――効果を求めて飲んでるんだね。
 「もちろん。炎症を抑えるっていうのがポイントかもね。むっちゃ具合悪くなったことはこれまでいっぱいあるけど、たぶんアメリカに来てからいちばんひどかったときがあって。それはコロナ禍以前の早い段階でCOVIDになってたんじゃないかって状況があってさ」

――そういう“思い当たる節”がある人っているよね。
 「2019年の年末あたりから2ヶ月くらい咳が止まらなくなって具合が悪くなったんだよね。それで、保険もなかったから友人を通じて抗生物質の処方箋をもらって飲んでみたんだけど、それでも治らなかった。“やばい、どうなっちゃったんだろう”って。喘息のような感じで“ヒイヒイ”やってたの。そうしたら、COVIDが始まった」

――「こ、これは!?」って。
 「結核のラボみたいなのがあって、それがクイーンズの“コロナ”っていう地区にあって」

――それはあまりにもできすぎた話じゃないですか。
 「そこにすぐ電話をしたんだけど、全然通じなかったね。でも、もうすでにコロナは始まっていたんだよ」

――ストリートではもうすでにコロナが始まっていた。
 「その頃、ジャパン・ソサエティ(1907年設立の日本とアメリカの相互理解を目的としたマンハッタンにある非営利団体)で編集者の都築響一さんが出演するイベントがあって、そこに足を運んでみたら、久しぶりに雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)とかでライターをされている吉田美香さんに合ったの。美香さんって知ってる?」

――いや、ぼくは存じ上げてないですね。
 「吉田美香さん、素敵な人なんですけど、美香さんに咳の相談をしたんだよね。そうしたら美香さんはもともと喘息持ちで、何やっても治まらなかったときに友人に勧められた、ヒマラヤン・シー・ソルトっていうピンクソルトを吸う“ソルトセラピー”をしたら治ったという話をされて」

――それはどうやって吸うの?
 「“ソルトインへイラー”という名前でAmazonでも買えるんだけど、まあティーポットや急須の中に塩をパラパラ入れて、注ぎ口から吸い込む感じで」

――おもしろい。
 「藁をも掴む思いで実践してみたら、本当に治ったの。塩吸って治ったのよ、3日くらいで。いきなり咳が止まった」

――すごすぎるな、それは。
 「塩はそういった殺菌効果もあるせいか、いきなり効いたね」

――そういったフレーバーが、キキちゃんのレシピ本には活かされているんだよね?
 「まあね。でも、これはシンプルなちからじゃないですか。そういうものは、基本にはありますね」

――なるほどね。
 「“減塩が重要”と言われている時期もあったけど、昨今ではミネラルの摂取は注目されているからね。塩は適度に摂ったほうがいいけど、お漬物なんかで大量の塩を使うレシピがあったりすると、“これやっちゃって大丈夫かな?”と思ったりはするよね。レシピに“砂糖3カップ”って書いてあったりすると、やっぱ戸惑うからね(笑)」

――冷静に捉えるとそうかもしれない。
 「アメリカのレシピなんて特にそうだけど、“ええっ、砂糖3カップも入れたくない!”って思うもん」

――そうなんだ(笑)。
 「殺人幇助してるみたいな気がしちゃう。やっぱほら、自分で食べるのもあるけど、私は人に向けて作ることが多いからね。ブライアンも食べたりするし」

――マーダーな感じが漂うというか。
 「感じがしちゃう。これは殺人級だろ、みたいな。だから、やっぱりちょっと減らすよね。そういうことは考えてるつもり。おいしそうなチーズケーキを再現したいと思っても、2カップは入れられなかったりするかな。砂糖1カップでも嫌だよっていうかさ」

――うんうん。
 「でもそんな量の砂糖があるからこそ成立する味だというのはわかるけど、2カップの砂糖を入れられる勇気が私にはないと思う(笑)」

――それはそうだよね。
 「それを愛だと言うのだろうか。そういう思いがあって、自分のレシピは作ってます」

Photo ©工藤キキ

――おかげさまで、いい本になったと思っています。
 「ブライアンのお父さんはドイツ移民のアメリカ人なんだけど、お父さんが通常食べてるものって、シリアルや冷凍食品なの。一人暮らしだからしょうがないけどね。シリアルや冷凍食品は、アメリカの家庭では一般的だし、まあ冷凍食品も昔に比べたらクオリティは良くなっていたりもするから」

――たしかに、そういうイメージはあるかも。映画やドラマで観たことあるって印象。
 「でもね、そういう人でも私が作ったものを“おいしい、おいしい”って食べてくれんの」

――うんうん。
 「やっぱりさ、おいしいと思うって、フード・エデュケーションじゃないけど、教育でもあって、味覚は変えられると思うし、食べてみたらみんなちゃんと理解をしてくれるんだよね。それを諦めちゃいけないっていうのはあるかもしれない」

――世の中がいくら悪くなっても諦めちゃいけないって。
 「やっぱ、おいしいものを食べたら、おいしいってわかるからさ」

――だんだんもっとわかるようになってきたりしてね。
 「そうそう。でもね、お父さんに親子丼を作ったとき、“これが冷凍食品だったらいいな”って言われたけどね(笑)」

――“貧しい想像力”みたいな感じで、いいね、なんか。
 「フード・エデュケーションって、“おいしいって思う”ことの経験なわけだし、私を含めてみんなたくさん経験したほうがいいと思う、幸せな気持ちを」

――めちゃくちゃ、いいね。
 「それは、今大事なことかもしれないよね」

Photo ©工藤キキ

――そろそろフィニッシュにしようと思うんだけど。引っ越し先のロサンゼルスでは、「CHISO」をやるようなプランがあるの?
 「CHISOはやりたい。でも、引っ越したら自分でソースを開発してプロダクトを作りたいんだよね」

――それがロサンゼルス移住の目標なんだ。
 「そう、それをやりたいのよ。私はレストランやカフェなんかをやるタイプじゃないと思っていて、食べ物は作るんだけど、いつかお惣菜を売る場所みたいな、そういうテイクアウトができるお店をやれたらいいなと思ってる」

――最高じゃないですか。
 「そういうことはコネチカットよりかは、(ロサンゼルスのほうが)やりやすいかなという期待もあって」

――そういうお店に来そうな人たちも多そうだしね。
 「私は“シティっ子”だから、やっぱり街じゃないとダメかなって」

――でも、それは楽しみですね。アメリカって“ソース”っていう感じあるもんね。ラッパーとかもさ、成功するとバーベキューソースを売ったりするじゃん。
 「アメリカでは“ジャパニーズ・バーベキューソース”っていうのが流行ってるんだよね」

――醤油ってこと?
 「それはね、お好み焼きソースって感じだね」

――「オタフクソース」的なやつか。
 「ウスターソースはみんな好きだね」

――そうなんだ。
 「でも私が作ってんのはさ、ちょっとオイルに近いかな。だけど、流行りのチリクリスプが入ってるやつではなくて、もうちょっと味のあるものを作ってるんだよね。アメリカにはホットソースっていうものがいっぱいあるんだけど、それは辛いだけで、特に旨味がないっていうのが、実際の感じかな。辛い刺激が欲しい人はいいかもしれないけど、味はないっていうか、ただただ辛い」

――その分析が正しければ、キキちゃんが参入できる余地はありそうだよね。
 「前に友人と話していて、私の作っているものは“サブカル・クッキング”なんじゃないかっていう話になってさ」

――それは、いいテーマですね。
 「私、これまで一度もブレイクしたことないじゃん」

――それ、ずっと言ってるよね(笑)。
 「だから、私の料理もサブカル的なチョイスのひとつとしてあるのかなって思ってたりもするんですよ」

――なるほどね。
 「別に流行りものとしてやってるわけじゃないからさ」

――自分の中にあるフロウがあってやってるわけだからね。
 「そう、サブカル・クッキングとして、ハッシュタグ“#サブカル”って(笑)」

――サブカル・クッキングっていうとジャンクな感じがするけど、とんでもなくオーガニックだからね。
 「めちゃくちゃオーガニックなんだけどね」

Photo ©工藤キキ

――ということは、クッキング・シーンのメインストリームを狙ってるわけではないってことなんだ?
 「全然ないよ。好きな人は好きで、チョイスのひとつとして、あったらいいのかなって。万人受けなんて、全然考えてないから」

――でもさ、意図的にクッキング・シーンのオルタナティヴ(非主流)になろうとしてるわけでもないんでしょ?
 「私自身がそう(オルタナ)なんでね」

――生きる、オルタナ。
 「それも長続きの秘訣かなっていう」

――たしかにそうだよね。大ブレイクなんかすると、ただ消費されて終わったりもするから。
 「だからいつも新人として(笑)」

――でも、やっぱり能力があるよね、キキちゃんは。
 「まあね。まあねっていうか、それは本当にブライアンに教わったことだと思う。彼は常に勉強してるからさ。いつも新しい3Dや音楽のプログラムとか覚えたり。私も超影響受けていて、Ableton Liveや音楽の機材の使いかたをYouTube見ながら勉強するようになった。私は子供の頃、全然勉強できなかったからね」

――たしかに、今だとYouTubeやChat GPTがあったりするから、自分に向いている勉強法を模索できたりもするよね。
 「当時の私はね、たぶん、何がわからないのかがわからなかったの」

――なるほど。
 「バカボンパパの世界って感じだね」

――現実がナンセンス・ギャグだ。
 「うん、ナンセンスだ、常に」

――今はわかるじゃん。
 「やっと、やっとわかるようになったと思う。ツールもいろいろあるしね。インターネットって最初は使いかたが、みんなわからなかったと思うんだよね。なぜなら、何を聞きたいかわからないから。でも、だんだんインターネットに鍛えられてきたと思うんだ。自分の気持ちを言語化する能力の開発というかさ」

――それはあるような気がする。
 「最初、いつも思ったもんな。これ(インターネット)って教養がなかったら、何がわからないのかがわからないシステムだから、教養か欲望がない人には難しいよなって」

――それ、おもしろいと思う。
 「自分が子供の頃って、そんな感じだった気がするんだよね。欲望を持つのが一番難しいってカントが言ってたと思うけど、まさにそういうことで、人間の一番難しいことは欲望を持つことであるってね」

工藤キキ Instagram | https://www.instagram.com/keekee_kud/

工藤キキ『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門 おうちでたべようヘルシーレシピ48』■ 2024年11月30日(土)発売
工藤キキ 著
『KIKIのニューヨーク・ベジタリアン入門 おうちでたべようヘルシーレシピ48』

K & Bパブリッシャーズ | 2,000円 + 税
B5変形判 (182 x 182 x 10mm / 225g) | 112頁 | 並製
ISBN 978-4-902800-94-4
http://www.kb-p.co.jp/publication/kikisrecipe/

和食のエッセンスを取り入れた、ニューヨークスタイルのベジタブル料理が簡単につくれる!
生活とアートをつなぐ、いちばんクールなベジフード!

ライター、ミュージックプロデューサー、そしてシェフとして活動する工藤キキが、ニューヨークで出会った素敵な人々のためにつくった、ベジレシピ(ヴィーガン44品+卵使用4品)を48品紹介。