Interview | Kim Sawol 김사월 キム・サウォル


これが私のデフォルトです

 韓国インディ・シーンで活動を続けてきたシンガー・ソングライター、Kim Sawol(김사월, キム・サウォル)が初の来日公演を行う。2014年にKim Haewon(김해원, キム・ヘウォン)とのデュオでデビューを果たした彼女は、これまでに数枚のソロ・アルバムをリリース。いずれも韓国国内の音楽賞を受賞するなど高い評価を得てきた。

 パンデミック期間中にはBTSのRMによるソロ・アルバム『Indigo』(2022)やEPIK HIGHの『Epik High Is Here 上 (Part 1)』(2021)にフィーチャーされたことで、一躍その名が広く知られるようになった。先月にはニュー・アルバム『Default』が発表され、国内外で話題となっている。


 Kim Sawolの歌うメッセージは韓国国内で熱狂的な支持を集めており、YouTubeにアップされた彼女のMVにはそのことを裏づけるコメントが溢れている。なぜ彼女の言葉はそこまで求められるのだろうか?来日を控えたKim Sawolにオンライン・インタヴューを試みた。


取材・文 | 大石 始 | 2024年4月
通訳 | Kim Dejong

――誕生日は4月21日ですよね。ちょっと早いけど(取材日は4月17日)、お誕生日おめでとうございます。
 「ありがとうございます(笑)」

――4月生まれだからSawol 김사월(韓国語で「4月」)というアーティスト名で活動しているわけですが、いつからこの名前で活動しているのでしょうか。
 「2012年頃からです。本名は韓国ではありきたりな名前なんですよ。本名にこだわらなくてもいいと思ったし、それで新しい名前を付けました」

――実際のKimさんと“Kim Sawol”というアーティストは別物なんでしょうか。自分ではどのような関係にあると思いますか。
 「最近自分でもそのことについて考えていたんですけど、私自身がKim Sawolというアーティストをマネージメントしているような感覚なのかもしれません。ライヴの場ではKim Sawolとしてリスナーとコミュニケーションを取り、それ以外の時間はライヴなどに向けて本名の私自身が準備をしているような感覚というか」

――“Kim Sawol”というアーティストをプロデュースしている感覚にも近いのでしょうか。
 「そうとも言えるかもしれません。活動初期は実際の自分とはかけ離れたものを表現するのが楽しかったんですが、最近は私自身とKim Sawolを融合する時期にあると思います。『Suzanne』(2015)という最初のアルバムはそれ以前の自分と当時の自分が分離しているような感覚があったんですけど、今は統合しようとしています」

――韓国のハンギョレ新聞に掲載されたインタヴューのなかで、Sawolさんはこんなことを話していました。幼い頃から厳しく保守的な環境で自らを抑えつつ無力に生きてきたと。当時のSawolさんにとって音楽はそうした生活から逃れるためのものだった?
 「おもしろい質問ですね。そんなことは初めて聞かれました(笑)。十代の頃は“自分らしさ”とは何なのか、よくわからなかったんです。人とどうコミュニケーションを取っていいのかもわからなかったし、孤独を感じていました。私は子供の頃から現状に満足することがなくて、常に何かを求めて生きていたような気がします。だからこそ、愛のないこの世界で音楽や芸術に触れたとき、すごく響くものがあったんでしょうね。音楽の中では音楽家たちがそれぞれの自由を表現しているようにも感じていました」

――10代のころのSawolさんを救った音楽とはどんなものだったのでしょうか。
 「私にとってはラジオの存在が大きかったんです。N.EX.TというバンドをやっていたShin Haechul(신해철, シン・ヘチョル)さんなどミュージシャンがラジオ番組をやっていて、そういう番組を通じて音楽に関心を持つようになりました。あと、韓国のインディ音楽からは大きな影響を受けたと思います。インディ音楽と出会ったとき、慰められたような感覚があったんです。ただ、10代の頃は(ソウルのインディ・シーンの中心地である)ホンデに行ったこともなくて、インディ・シーンのことはインターネットで知りました。Amature AmplifierやYamagata Tweaksterとしても活動するHahn Vad(한받)さんのこともそうやって知りました。特にAmature Amplifierの『극좌표(極座標)』という作品が大好きでした」

――では、どのような経緯で自分でも歌うようになったのでしょうか。
 「歌というのものは、すごい才能の持ち主しか歌ってはいけないものだと思っていたんですよ。自分みたいな人間が歌うべきじゃないと。でも、Amature Amplifierを聴いていたら、この人は本当に好き勝手音楽をやっているんだな、と思って(笑)。こういう音楽だったら私もやれるんじゃないかと思うようになって、自分でも歌い始めました」

kim_sawol_042024_01 | Photo ©Kim Moondog
Photo ©Kim Moondog

――そうやって活動を始める中で、ホンデのインディ・アーティストとの交流も始まるわけですね。
 「そうですね。あの頃のホンデには“あそこに行けば何かがある”という雰囲気があったんですよ。みんなひとりひとりは生きていくことが大変そうなんだけど、誰もが自分の話をしたがっていた。私もそのひとりだったので、少しずつみんなと仲良くなっていきました」

――今回のインタヴューではSawolさんの歌詞についても掘り下げていきたいと思ってます。曲作りの際、メロディよりも先に歌詞を書くことが多いそうですが、どのようなときに歌詞は浮かんでくるのでしょうか。
 「私の場合、常にいろんなものを書いているんです。日記だったり、ちょっとしたメモだったり。韓国では一時期、毎朝思いついたことをノートにまとめるモーニングページという習慣が流行ったことがあって、私も毎朝考えたことをメモに取っていました。そういう日記やメモからヒントを得て曲を書くことが多いですね」

――日記のどういった言葉が曲になることが多いんですか。
 「感情の動きがある言葉を歌詞にすることが多いですね。私は普段からよく泣くんですよ。自分にとってはそれが感情が動いたときのサインみたいなもので、涙が流れたときの言葉は歌詞になる確率が高いかもしれません」

――それは必ずしも悲しいときばかりではない?
 「そうですね。嬉しいときにも泣きますし、驚いたときにも泣きます。なぜ嬉しくて涙が流れるんだろう?というその理由の部分を深掘りすることで、歌詞が浮かび上がってくるんですよ。泣くという行為は個人的な経験や感情と結びついていますし、私はそういうところから曲を浮かび上がらせたいんです」

――なるほど、それはおもしろいですね。自分の心の揺れを後から分析し、言葉に落とし込んでいくというのは、精神分析のような作業に感じられます。
 「たしかにそうかもしれません。私自身、以前から精神分析や心理学に関心があるんですよ。ヨガやスピリチュアルな分野にも興味がありますし」

――YouTubeの「디폴트 (Default)」のMVのコメント欄には、歌詞があまりにも最近考えているものだから驚きましたどんな人生を送ったらこんな素敵な歌や歌詞が出てくるのでしょうかなどというコメントとともに、多くの人が愛しているとSawolさんに愛を送っています。Sawolさんの歌がどう受け止められているのか、その言葉に象徴されているような気がしました。
 「たしかに私に対しては“愛している”というコメントが多いと自分でも思います。私は誰もが共感できるようなメッセージを歌っているわけではないし、ものすごく個人的で、少数のリスナーに向けて歌っていると思っているので、とても嬉しいことですよね。私もまたリスナーと連帯感があると感じています」

――さっき「泣くという行為は個人的な経験や感情と結びついている」とおっしゃっていましたけど、リスナーにとってSawolさんの歌は自分ひとりに向けて歌っているような感覚になるのかもしれないですね。不特定多数ではなく、私ひとりに語りかけるように歌っている感じがするというか。だからこそ、その反応として愛していると書き込んでいるんだと思います。
 「わっ、それはとても嬉しいです……ありがとうございます」

――今回の歌詞も全部日本語訳してみたんですが、ひとつひとつの言葉がとても響きました。「못 우는데(Trading Tears)」という曲には私は泣かない あなたは代わりに泣いています あなたは泣かない 私はその代わりに泣いていますという一節がありますが、Sawolさんとリスナーが結んでいる関係性がこの歌詞に表されているような感じもしました。
 「以前、それまで誰にも話したことがないことについて、とある親友に話したことがあったんですね。私にとって辛い内容だったこともあって、誰にも話していなかったんですけど、自分はそのことについてずっと泣くことができなくて。そうしたら、話を聞いてくれた友達が泣いてくれたんですよ。でも、その友達とは逆のパターンもあったんです。人はこうやって涙を交換(Trading Tears)しながら生きているんだな、と思いましたし、誰かのために泣くことが人間の感情の本質だとも思います。“못 우는데(Trading Tears)”はすごくシンプルな曲ですけど、ライヴでやるときはいつも心が動かないよう気を付けて歌っているんです。でも、初めてライヴで演奏したとき、客席で泣いてる人が何人もいたんですよ」

――Sawolさん自身、韓国のメディアのインタヴューでは、今回のアルバムに収録された「밤에서 아침으로 가는 통신 (Signals Across The Night)」という曲の涙が全部流れたら、あなたのために泣いたティッシュで花を折ろう (내 눈물이 모두 흘러내리면 울던 휴지로 꽃을 접어줄게)というフレーズをお気に入りの歌詞として選んでいました。
 「今日のインタヴューは“涙”がテーマになりそうですね(笑)」

――そうですね(笑)。
 「この曲は時差がある人同士のことがテーマになっています。例えば、こちらが昼間のとき、地球の真裏に住んでいる人たちは夜を過ごしています。明るい昼間の側から暗い夜を過ごしている誰かに向けて歌詞を書くこともできるし、その逆もあり得ると思うんですね。“涙が全部流れたら、あなたのために泣いたティッシュで花を折ろう”というフレーズでは、この歌の中で一番歌いたかったことを表現しています。つまり、“涙を拭ったティッシュで誰かのために花を折る”という作業は、私にとって歌詞を書くのと同じことなんです」

――なるほど!それはとてもよくわかります。Sawolさんにとっての表現の本質がそのフレーズにあるわけですね。
 「そうですね」

――新作『Default』についてもう少しお聞きしたいんですが、「default = 初期設定値」というタイトルを付けた理由を教えてください。
 「私の場合、特別な1曲ができるとそれを中心にアルバムを作りたくなることがよくあるんです。今回もまず“Default”という曲ができて、それからアルバムを作ろうと考えました。韓国の若者は“それってデフォルトだよね”という表現をよく使うんですよ。私は今の人たちが使う言葉を歌詞に反映させたいという考えがあって、それでこの言葉を使いました。ただ、その表現にはちょっとネガティヴなニュアンスがあるんですね」

――初期設定値を低く見積もって、「でも、これがデフォルトだよね」という感じでしょうか。ちょっと自虐的な感覚?
 「そうそう。でも、初期設定値が低ければ、そこから何だってできると思うんですよ」

――実際、この曲では愛のない世界がデフォルトと歌われていますけど、曲の後半では愛されたい 夜明けに祈る心のように 無条件の愛 それをすべて持っていたいと最初の言葉がひっくり返されていますよね。「それでもこの世界に愛はある」ということを歌いたかったのでしょうか。
 「おっしゃる通りです。韓国でよく使う表現として、“コップに水が半分しかないです”と言う人と“コップに水が半分もある”という言う人がいるんですね。この曲ではそういう発想の転換を表現したいと思っていました。今回のアルバムにしても自分が持っている力をすべて注ぎ込んだと思いますし、今回の制作には全力で臨んだつもりですが、私としては“音楽的にもこれが私のデフォルトです”と言いたいんですよ(笑)」

――それくらい自信があるということ?
 「そうですね、自信はあります」

Kim Sawol 김사월

――前半はバンドセット、中盤に収められた「Default」以降の後半は弾き語りという2部構成のようになっていますけど、こうした構成にした理由とは?
 「“Default”では“愛のない世界がデフォルト”と歌っていたわけですけど、この曲以降、自分の中の思いが浄化されたような状態を表現したいと思っていました。前半でネガティヴでシニカルな自分を破壊して、自分がやってきたアコースティックな楽曲をただ羅列しようと考えていたんです」

――じゃあ、Sawolさんの二面性を表現したとも言えそうですね。
 「そうかもしれません。私はいつも曲のなかのコントラストを意識してるんです。声は幼いけれど、バックはものすごくロック的だったり、優しい歌なんだけど、歌詞は残酷だったり。自分のなかの多面性をどう表現しようかと考えたとき、こういう構成になったんです」

――来日公演は2020年3月に一度予定されていたものの、コロナ禍で中止になってしまいましたよね。それが今回ようやく実現するわけですが、どんな思いですか。
 「主催の方々が私のことをまだ覚えていてくれて、連絡してくれるとは思わなかったので、とても嬉しかったです。2020年の来日が実現していたとしてもそれはそれで楽しかったと思うんですが、音楽家としてあの頃よりも成長した自分で日本に行けるのも嬉しいんです。しかも新しいアルバムが出たタイミングでもあるので、私自身すごく楽しみです。今日のインタヴューでも歌詞の話が中心になったように、私は自分でも言語的な力が強いシンガーだと思います。だからこそ言葉の通じない海外でライヴを披露することにはためらいもあったんです。でも、もしもひとつひとつの言葉の意味はわからなくても、歌のことが感覚的に理解されるとしたら、それは本当にすごいことだと思うんですよ」

――Kim Haewonさんとの最初のアルバムを作ってから今年で10年になるわけですが、音楽に対する意識は当時と今でどのように変わりましたか。
 「何が変わったんだろう……環境も変わりましたし、音楽家としてのスキルも変わったと思います。その一方で、自分自身はあの頃とずっと同じ話をしているとも感じます。いずれにせよ10年も経ってしまったとはちょっと信じられないですね」

――最後の質問です。これからの10年、どんな歌を歌っていきたいと思いますか。
 「私はAmature Amplifierのように長く活動していきたいと思っているんです。映画監督でいえばホン・サンス、海外ミュージシャンでいえばLana Del Reyのように。ホン・サンスは商業的にも成功した映画監督ですが、インディーズの映画監督にとっては希望の存在なんです。Lana Del Reyもメジャーのアーティストである一方で、個人的なトピックについても歌い続けています。彼らは世間の空気を読まず、自分のやるべきことをやり続けている。私もそういうふうに活動を続けていきたいと思っています」

Kim Sawol Linktree | https://linktr.ee/kimsawol

Kim Sawol Show in TokyoKim Sawol Show in Tokyo

2024年4月28日(日)
東京 新宿 WPU

18:00-
当日 1,500円(税込 / 別途ドリンク代)

[Live]
Kim Sawol acoustic set / nakayaan & cheever

[DJ]
MINODA / nnn

第11回 Kim Sawol Show in Tokyo

2024年4月29日(月・祝)
東京 渋谷 Spotify O-nest

開場 19:00 / 開演 19:30
前売 5,000円 / 当日 5,500円(税込)
e+

[Live]
Kim Sawol band set / mei ehara

主催: シブヤテレビジョン
制作・企画: 内畑美里 / シブヤテレビジョン
supported by Balsin

Kim Sawol 김사월 '디폴트 <em>Default</em>'■ 2024年3月19日(火)発売
Kim Sawol 김사월
『디폴트 Default

WMED-1428
Apple Music | Bugs | FLO | Genie | Melon | Spotify | VIBE | YT Music

[収録曲]
01. Love Me (Or Else)
02. Don't Cry A River
03. Your Friend
04. Poison
05. Bad Person
06. Default
07. Knife
08. Trading Tears
09. Lake
10. Autumn Roses
11. Snownight Rainfall
12. Signals Across the Night