Report | ルー・ガルー


Loupx garoux ONE MAN SHOW「Dog Day Afternoon」

文 | 田口俊輔 | 2024年8月
撮影 | 小野由希子

ルー・ガルー期に突入してから非常に“勇気”というワードをね。“愛と勇気だけがともだちさ”って。 (…) どうなるかわからない世の中、その中で自分がどうするか?魂と身体を健康に保った状態で、ワイルドサイドのほうに行くことに“勇気”をもってチャレンジしたい

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 ルー・ガルーのギター・ヴォーカルのニイマリコさんは、今年7月末に音楽家・關伊佐央氏のYouTubeチャンネル「FPBN Forest People Broadcast Network」内の対談にて、こう語った。そう「愛と勇気」だ。あの国民的アニメーションの、あの有名な主題歌の、最も有名なフレーズ。あまりにも純粋無垢で美しく、力強い言葉。

 その眩しく何よりも美しく真っすぐであるゆえに、冷笑的 / 露悪的であることでしか自意識を表明できない愚か者たちの嘲笑の的として貶められ続ける言葉。しかも、争い、差別、欺瞞……あらゆる負だけを抱え込み続け底なし沼の奥へと沈む世界の中において、ともすれば陳腐にさえ聞こえてしまう言葉……。その言葉をニイさんは、堂々と、含み笑いもなく、あたりまえであることかのように滑らかに口にした。

 結論から先に申し上げると、8月7日(ニイさんの誕生日当日、そして野比のび太の誕生日)に開催された、ニイさんを軸とした“合奏隊”ルー・ガルーのワンマン・ショウ「Dog Day Afternoon」は、まさに“愛と勇気”が漲りっぱなしの一夜だった。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 改めて説明するまでもないが紹介を。HOMMヨのギター・ヴォーカル、ギタリスト・羽賀和貴との昭和歌謡ユニット・duMoのヴォーカル、Ghostleg(MC / トラックメイカー / 著述家・ワニウエイブとのユニット)のヴォーカルであるニイマリコを中心に2023年初頭より始動。集ったのは、YURINA da GOLD DIGGER(dr, vo | Magic, Drums & Love)、okan(b, vo | ロイジプシー, WAO!)、Romantic(syn, vo | ex-爆弾ジョニー, ex-betcover!! etc.)という才気煥発なプレイヤーたち。R & B、ソウル、ヒップホップの方法論をニイさんのフィルターを通じて生み出されたソロワークスの数々は、ルー・ガルーというさらなる濾過を通し、一言で形容するに難い音に変容している(各種配信サイトでその音が聴けるので、ぜひ未聴のかたはぜひ一度耳にしていただき、無事ブッ飛ばされてほしい)。

 昨年11月23日“いいニイさんの日”開催の1stワンマンと同会場であるWWW(東京・渋谷)の広々としたステージ上には、ドラム、キーボード、ベース、マイク・スタンドとアコースティック・ギターが実に密な距離で五角形を作る。それはさながら魔法陣。狼たち召喚の儀として用意された供物は、場内に集う観客、そしてニイさんがこの日のために選曲した音楽――「いくぞ!ばいきんまん」や『悪魔くん』『ゲゲゲの鬼太郎』『ふしぎの海のナディア』『幽☆遊☆白書』。Madonna、Whitney Houston、Aaliyahら“ディーヴァたち”。Michael & Janet Jackson「Scream」の怒り、Keziah Jones「Million Miles From Home」の喪失と再生、稲葉浩志「冷血」の自己愛と自己卑下の双極性――。

 音が止み、暗闇が支配する場内。舞台に中央に集まる4つの影。浮かぶ青白い光が中央を照らされるのを合図に、Romantic氏による蠢くような電子音が胎動。その中をニイさんはあなたの隣でうれしいと反復する。幕開けは新曲「Dog Day Afternoon(仮題)」。ヴォーカルは、ポツリ、またポツリと口から零れていく言葉の一滴を、こぼさぬよう大切に運んでいく。呼吸を忘れるほどの緊張が続くと、中盤に差し掛かったところで急転直下。痛切であり、何かを訴えかけるような声に変わり、もっと強さを もっと勇気をの一節が幾度と繰り返される。自らを奮い立たせるような、それでいて他者を鼓舞するような、心強さと頼もしさ。さらに怒りすら内包していると感じた。ステージの中心に、力強く立つ姿に、その理由もわからず、「ひとりじゃない」と勝手ながら勇気をいただいた気になってしまった。
 後日、本作の歌詞はホロコーストの犠牲者が最後に遺した言葉に感銘を受けて書かれたものだと知る。死の間際においても抗い、力強くあった彼女の言葉を歌うこと、それはなんと尊く勇気のいることだろう。音楽の力を信じるニイさんの覚悟が強く滲んだ。

 前曲の余韻冷めやらぬ中、藍に沈んでいくような鍵盤の音。一瞬にしてビリッと空気が震えるほどの低音が地を這えば、呼応するように身を低く構えるフロントマン。「アーリーサマー」は、たしかな1フレーズを鼓膜に向けて投擲してくる。反復するベースと有機的ながら機械のように正確なドラム、二つのグルーヴが生み出す余白の間をユラリと鍵盤の音が囁く。
シームレスに繋がった次曲「A.N.G.E.L」は、原曲の持つ浮遊感を残しつつも、触れれば傷つきそうな硬質な音が鳴る。あまりの鋭さに思わず胸が詰まるほど。しかし音を浴びるフロントマンは両手を蜘蛛、もしくはなまめかしい爬虫類のようにユラユラとはためかせる。その姿に、かつて苗場の山中で目撃した「Gloria」を歌うPatti Smithが重なった。
 アコースティックギターの低体温気味の旋律で始まった、“恋を知ったことへの戸惑いと恍惚”を描くアンビヴァレントなラブソング「心臓抜き」。しかしながらサウンドは恋がもたらす陶酔感とは程遠いまでに終始落ち着き払い、むしろ不穏すら感じさせる。その不穏さが、かえって歌詞の危うさを見事にブーストさせている。“歪の美”とでも言うべきだろうか。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 続く4曲は奥行きをさらに感じさせていく。
 「Teardrops」はデモ・ヴァージョンでの90sブーンバップとGファンクが手四つで組んだかのようなサウンドの外殻を残しつつ、ジャズの怪しさと歌謡の妖しさが合わさり、強烈なまでの夜の空気を纏わせている。YURINAさん、okanさんによる暇つぶししようぜの甘いコーラスで徐々に湿度も帯びていき、気づけばむせ返るほど官能的な空間が現出。
 一転、「UNDERTAKER」。“葬儀屋”を冠すように、ノイズすれすれの低音を吐き出すベース音、バーナード・ハーマンによる映画『サイコ』のメインテーマと見紛うヒスな高音を鳴らすシンセ。その狭間でストレートな“ロックのドラム”が鳴る暴力的なサウンド。ともすれば互い違いに聞こえてしまいそうな音が、おもしろいほどに調和していく。その上でニイさんはといえば、訥々と歌ったかと思いきやサビでは煽動するかのようにまくしたて、時には幼生も顔を覗かせれば、ヴァンパイアですら舌を巻くだろう魔性まで飛び出す。最後のサビを歌い終えた後の唸り声と叫びに至っては、野生の生物の持つ危うさすら感じさせ、もはや“異形”以外の何物でもないとの感想だけが浮かんできた。
 しかもその後に繋がるのは、軽やかで光あふれる讃美歌のような「LILITH」。改めて、とてもひとつのバンドが鳴らしているとは思えないほどのレンジの広い音。全ての曲が何ひとつ似通わず、それぞれが独立した生命のように感じる。しかも、そのすべてが、この4人でなければいけない必然の音である。それが何より素晴らしい。曲毎に全く異なるアプローチを展開しながらも“それでしかない”音を生み出し続けるところに、ニイさんが敬愛して止まない、David Bowie、PRIMAL SCREAMのソウルを見た(そしてアレンジを手掛けるRomantic氏の辣腕ぶり!)。
 そして破るぞ東京 絆創膏の音楽をと、平穏であることを拒み、痛みを受け入れることでこそ前へ進めるという信念に聞こえる「PARALLEL」の美しさたるや。ポジティヴではないが悲痛ではない、犀の角のようにただ独り歩むことを恐れない歌に、また奮い立たされた。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 ライヴ中盤に披露となった、新曲「暗野」は圧巻だった。どこまでもゆこう 一艘の船と出発を感じさせる一節ながら同時に不穏も漂わせ、音はまるで泥濘に足を取られた上に自分の核すら地面に縛り付けられたかと錯覚するほど重心が低いまま行進。聴き手を光届かぬ地へと駆り立てていく。後半に移ろいゆく毎に強く鳴る規律正しいキック音は、まるで“ダンス・ミュージック”の装い。それにしてはあまりにも重厚極まりなく、決して心地よく踊らせないようとしない。その音に合わせてニイさんは舞踏とも儀式ともとれるような大地を踏みぬくかの如きステップを踏み、おお私は悪魔 悪魔でございます “spirit”と、牙を剝く。
 触発されるように規律とはほど遠い、それぞれの動き、それぞれのダンスが場内のあちこちで起こりはじめる。そして呪文のようにリフレインする草水 原っぱ 祭壇 暗野のラスト・フレーズと徐々に熱を帯び高みへと昇っていく音が、不思議な高揚感をもたらしていく。
 この「暗野」、水木しげる『悪魔くん』から大きな刺激を受けたという。『悪魔くん』と一概に言っても様々なヴァージョンが存在するが、貸本版『千年王国』からのエッセンスを私は感じた。戦争 / 貧富の差が絶えない腐った世の中を終わらせるべく、異才の身である悪魔くんが仲間たちと共に強大な世界相手に孤独な戦いへと投じていく物語。そこには端々に水木しげるの理想、強大なるものへの抵抗心、戦争への憎しみが刻まれている。広島出身であり、被爆三世でもあるニイさんだからこそ、より『悪魔くん』の持つ気高き理想と、世にはびこる争いへの怒りをより強く身近に感じ取ったのだろう。重々しさは真摯さと誠実の表われだ。
 それゆえ、この曲が“ダンス・ミュージック”に(ひいてはルー・ガルーのサウンドの軸にあるタイトなグルーヴ感に)なったことに必然にも繋がってくる。
 “踊ること”は抵抗の歴史と紐付いている。「ええじゃないか」がそうであったように、“ニグロ”という呪いをかけられたカリブ海域の奴隷たちにとってのダンスが、癒しであり、分断を繋ぐ強靭な力であり、現実からの逃走と「決して従属しない」と抵抗する“その日”に備えての闘争であったように。今現在もK-POPダンスで侵攻に対峙するウクライナの少女たち、「踊り続ければ死あるのみ」と文化を奪ったタリバンへの怒りを表明するアフガン難民のブレイキング選手、パレスチナ侵攻へNOを突きつける野外レイヴ――ダンスは不実 / 横暴への手段として、最もヴィヴィッドに、ラジカルに機能し続けている。
 「音楽に政治性はいらない」という呆れた言説が流布され、それがSNS上では持て囃される今において、この歌で躍らせるのはなんと胸がすくことか。「暗野」で、ルー・ガルーで踊るのだ。この世に対する抵抗の表明の入口はここにある。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 スリリングな言葉とナイーヴさが同居する「解剖」を挟み、いよいよライヴも佳境。『ドラえもん』にインスパイアされて作られた「大人はわかってくれない」が届けられた。傷つき、踏みにじられた人たちへ、役立たずなんて誰にも言わせないをはじめとした“誰も置いていかない”という慈愛に満ちた言葉が、最も柔らかな声と音と共に紡がれていく。続くは、イマジナリーフレンド(それはぬいぐるみであり、音楽・芸術・本であり、脳内にいるもう一人の自分……)の存在が、この世と自分を結び支えてくれるという、“救い”を歌う「ワンダーウォール」。スピットするようなヴォーカル、演奏も全開のハイハット、クラスター気味の打鍵、弦を引き千切らんとする勢いでストロークするベース、爆ぜるように鳴るアコースティック・ギター。4人がまるで、ガチャガチャとオモチャで遊ぶように音と戯れる様はピュアそのもの。
 開放感に満ちた曲の中にぎっしりと詰まった優しさが、勢いの塊のような進行と共にあふれ出してくる。その言葉と音を受け取るたびに、目と胸に温かいものがこみ上げてきた。
 ソロ作『The Parallax View』においても連なっているこの2曲を聞く度に、PRIMAL SCREAM「I'll Be There For You」が頭を過る。I'll be your shelter / In times of storm / I'll keep you warmと歌われるバラッド。過去に、Bobby Gillespieは同楽曲が収録されたアルバム『Give Out But Don't Give Up』について僕が大好きな“悲しみ”を感じるんだと、あるインタビューにて語ったのを目にしたことがある。大ヒットとなった前作の後にあらゆる中毒症状に疲れたスコットランドの青年は、赴いたメンフィスの地で、自分 / 他者、双方に対する愛と救いと赦しを歌に託したのだろうか?そんなことを考えながら、Bobby Gillespieの魂が、この2曲のときに交差していくのを感じた。
 心憂く人間にしかわからない“弱さと強さ”を、たまらなく優しい気持ちで支えてくれる。ロックスターの慈愛の精神は、海を超え、時空を超えて、今東京の地下で歌う4匹の狼たちにも息づいている。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

 この饗宴の締めくくりとして、「Maps to the stars」が送られた。沈みゆく世界の中にいてどうしようもなくあっても、力を、勇気を、愛を教えた音楽と憧れのスターへの愛情と欽慕を支えに進んでいくことを切なる想いで歌い上げる。
 風が吹けば飛ばされそう でも根も張りたくはない 離さないでくれこの心 ロックンロールみたいにあなたをめざすだけという、祈りに似たラスト・フレーズ。ニイさんが音 / 芸術 / 憧れに支えられたように、この曲は触れるすべての人の心を軽くしてくれることだろう。美しい歌詞と荘厳な音(あと、少しの侘しさ)は、まるで蒼白い尾を引きながら輝く流星のように美しい残響を残していく。場内に充満する音がこのまま無限へと向かい、壁を突き破り、世界に響けばいいとすら思った(「Maps~」からは「Hallelujah」の影を感じる。作者のLeonard Cohenはこの曲について自分なりの信仰と自信を肯定する歌だと語ったことがあり、オカルトじみたことを言うが、その精神が「Maps~」にも宿っている……そんな気がした)。
 後日、XにてDIVAは人を支える人、ロックスターは人に支えられる人、でもどちらも立たなければならない時がある人、という認識でおりますと、投稿。ならば、この日のルー・ガルーは、間違いなく――少なくとも数々の言葉と音に奮い立たされ、我が心の幌となった身として――ディーヴァでありロックスターであった。

 ニイさん、ルー・ガルーの言葉 / 音は、一聴してその意図を汲み取るのは容易くない。それほどに思惟的で重層的だ。ましてや楽観的とは真逆のベクトルの繊細さを強く内包している。シュガーコートされていない、純粋なむき出しの音楽。だからこそ聴き手の奥底にある大切なものを強く刺激し優しく包んでくれる、そう、ルー・ガルーの音楽は“愛と勇気”が漲っているのだ。

ルー・ガルー | Photo ©小野由希子

ルー・ガルー Loupx garoux ONE MAN SHOW
Dog Day Afternoon

セットリスト
Dog Day Afternoon (仮題)
アーリーサマー
A​.​N​.​G​.​E​.​L
心臓抜き
TEARDROPS
UNDERTAKER
LIILTH
PARALLEL
暗夜
解剖
大人はわかってくれない
ワンダーウォール
Maps to the stars

ルー・ガルー Official Site | https://www.loupxgaroux.com/

ルー・ガルー 1st Album『暗野』release party "BLACK FIELD"ルー・ガルー 1st Album『暗野』release party
BLACK FIELD

2024年10月13日(日)
東京 新代田 FEVER

開場 18:30 / 開演 19:00
前売 3,500円 / 当日 4,000円(税込 / 別途ドリンク代)
U25 2,000円(税込 / 別途ドリンク代)
LivePocket

※ 紙チケットはルー・ガルー、ニイマリコのライヴ物販にて販売予定
※ 入場順: 紙チケット → LivePocket → 当日券