理解しすぎないままの奇妙なもの
取材 | 小野田 雄 | 2022年8月
序文 | AVE | CORNER PRINTING
――まず、ふたりのヒップホップとの出会いを教えてください。
R 「僕がヒップホップに触れたのは、音楽好きの両親の影響ですね。家では音楽が常に流れていて、物心ついて最初に知ったのはRIP SLYME。中学に進学して、PSGやTHE OTOGIBANASHI'S、Fla$hBackSをはじめとするリアルタイムの日本語ラップや90sヒップホップを聴くようになりました。90sヒップホップはサンプリングや2枚使い、スクラッチがかっこいいと思ったので、自分もレコードを集めるようになって、16歳でDJを始めて、その翌年に神戸のクラブでhyunと出会いました。その後、ふたりで集まって遊んでいるうちに、“一緒に曲を作ろう”という話になったのは自然な流れでしたね」
――DJというとCDJやラップトップが主流の時代にレコードでDJをするという発想もそうだし、聴いている音楽も同世代の子と全く合わなそうですね。
R 「小中高を通じて、音楽の趣味が合う人はひとりもいませんでしたね。16歳の頃、大阪でDJを始めたときも周りとスタイルがあまりに違いすぎたので、10個上、20個上のホントに歳上のかたたちに混ざらせてもらっていたんです。でも、神戸のクラブにヒップポップ好きのおもしろい同世代が集まってるコミュニティがあることを知って、ちょっと遠出して遊びに行くようになるんです。そこにいるみんな聴いている音楽がバラバラだったので、お互い教え合いながら仲良くなっていったんですけど、そのひとりがhyunだったんです」
――hyunのヒップホップとの出会いは?
H 「僕の場合、ratiffのように音楽が身近にある環境に育ったわけではなく、小学生の時、習い事でサッカーをやっていたときに友達が持っていたiPodで聴かせてもらっていたのをきっかけに音楽に興味を持って。親にiPodをねだったら、買ってはくれなかったんですけど、スティック型のMP3プレイヤーを拾ってきてくれて(笑)、その中になぜかキングギドラの“未確認飛行物体接近中”が入っていたんです。それをヒップホップと知らずに聴いて、“めっちゃ首が動くし、この音楽ヤバい”って。中学のとき、“あの曲ってなんやったんやろ?”ってふと思って、ネットで検索しているうちに、“高校生ラップ選手権”を知ったり、KOHHや5lackを聴いたりするようになって、自分でもラップをやりたいなって。それで当時好きだったXXXTentacionとかSki Mask the Slump Godみたいなラップができたら最高やんと思って、そのフロウを日本語でなぞって練習しながら、地元でやってるサイファーに行くようになるんですけど、全然ノリが合わなかったんですよ。それでクラブに通うようになって、そこでratiffと出会ったんです」
――つまりhyunも同世代の子たちが熱を上げているフリースタイル・バトルのシーンにはハマらなかったと。
H 「そうですね。ヒップホップにのめり込んだ瞬間の衝撃を味わいたかったのに、かっこいい人がいなかったし、バトルって言われてもって感じで(笑)。それより自分で曲を作ってライヴをやったほうが楽しそうだなって」
――神戸のクラブで出会ったふたりのお互いの印象は?
R 「hyunは向こうのシーンのビートを使い、フロウも真似て、トラップでラップしていて、目つきも鋭いし、最初は仲良くなれるとは全く思いませんでしたね(笑)」
H 「あのときは自分でズボンを破いたり、今振り返ると精神状態が変やったのか、人に対してとにかく攻撃的だったので、ratiffのこともぱっと見の印象で、こいつは好きじゃないかもなって」
R 「ヒドい(笑)。でも、お互い思ってたからしゃあないか」
H 「僕はマイアミのトラップ、ratiffは90sヒップホップが好きで、当初、接点はなさそうだったんですけど、話しているうちに、MF Doomだったり、5lackだったり、好きな音楽に共通点があることがわかって、コイツおもしろいやんって。肝心のDJもかっこよかったので、心斎橋のクラブまで聴きに行ったり、どんどん仲良くなっていって」
R 「あと、hyunは服の切り貼りがうまかったので、最初は一緒に服を作ろうって言ってたんですけど、そのうち僕がDJをやるときはhyunがサイドMCをやって、hyunがソロでライヴをやるときは僕がDJをやるようになり、そこからさらに発展して、僕がビートを作って、ラップもやるから、一緒に音楽やろうってことになったんですよ」
――そして、2018年にNeibissが誕生したと。
R 「そうですね。僕がトラックを作るようになったきっかけは、学校にいたフリースタイル・バトルのラッパーと簡易的にユニットを組んで初めてライヴをやろうというときで、hyunと出会ってそのユニットは立ち消えになったんですけど、同時期に携帯のGarageBandでビートを作り始めたんです。最初の頃は、YouTubeで見つけてきたMac DeMarcoのようなオルタナティヴ・ロックの動画からサンプリングして組んだループにお互いのラップを入れて、“じゃあ、この曲をやってみようか”って」
H 「最初は曲を作るっていう遊びだったんですよ。そして作った曲をYouTubeとかSoundCloudにアップしていたんですけど、それを聴いた神戸の音楽バーOtohatobaのオーナー・ダイゴロウさんが僕らをNeibissとしてライヴに呼んでくれて、そこからふたりの活動が始まった感じです」
R 「とはいえ、作品のリリースしかたもわからなければ、配信も難しそうだし、お金もなかったので、曲を作ったらYouTubeやSoundCloudにアップして、ライヴをやっての繰り返しですよね。それが楽しかったんですけど、2020年に自分が20歳になったということもあって、ちゃんとリリースしようって」
――2020年に出たミニ・アルバム『HELLO NEIBISS』は、当時、曲作りが楽しくて、作りまくっていた曲をまとめた作品ということになるのでしょうか。
R 「まとまった作品を出したいと考えるようになる前、Otohatobaでtofubeatsさんと会ったとき、たしかそれが2度目の対面だったんですけど、“ミックス、マスタリング手伝うから、作品出さんと”って言ってくれて」
H 「tofuさんにそんなこと言ってもらったら、やるしかないじゃないですか。そこで作品リリースに向けて、ようやく火がついたというか、背中を後押ししてもらったというか」
R 「それで『HELLO NEIBISS』に入っていて、今でもライヴでやっている一番最初の代表曲“Thema”のミックス、マスタリングをやってくれて。その曲をきっかけに、曲作りが活発化していって、コンセプトもなく、ある程度まとまったタイミングで出そうということになったのが『HELLO NEIBISS』ですね」
H 「ratiffが家で作ったビートに自分でラップを乗せて、その音源が僕のところに送られてきたら、今度は僕がiPhoneで自分のラップを録って。ある程度まとまったら本番のレコーディングをして完成させるというやりかたですね」
R 「あと、レコーディングに熱が入ったのは、DAWがiPhoneのGarageBandからPCに変わったんですよ。これでいろんなことができるし、もっといい曲ができると思って、作業が進んでいったんです」
H 「僕もその時期に神戸の先輩で、ラッパーのSNEEZEさん(NINJA MOB)と会って、いいマイクをもらったんです。しかも、そのタイミングというのが、マイクを買うためにふたりで現場仕事に行って、その帰り道ですよ(笑)」
R 「“これでようやく買える!”って話してたら、たまたまSNEEZEさんにお会いして“マイク?俺が持ってるやつあげるよ”って(笑)。だから、最初のミニ・アルバムは周りのサポートがあってリリースできた作品ですね」
H 「Neibissではみんなに楽しんでもらえるように、わかりやすい音楽になったらいいなって思いますね。僕が並行してやっているソロは自分のため、必要性に駆られてやっていて、2020年のソロ・アルバム『NERD SPACE PROGRAMM』もそうなんですけど、Neibissはひとりではできないことも含め、音楽を楽しむためのプロジェクトなのかな」
――音楽的にはhyunのソロがトラップであるのに対して、Neibissは90sヒップホップの影響が感じられるサンプリングの色彩豊かなコラージュ感覚が際立っているように感じるんですけど、作風は意識的に分けているんでしょうか?
H 「ぶっちゃけ、そんなに考えてないんですよね。ソロでは他のビートメイカーともやっていますけど、ratiffのビートに関してはソロでもいい意味であまり気を入れずできているというか、Neibissの場合、僕はラップしかできへんけど、ratiffがフックで歌ったら、とりあえずなんとでもなるやろと思って、ソロと同じように気を入れずラップできるんですよね」
――hyunのラップはそこまで変わらないと。Neibissのわかりやすいキャッチーさは、フックを歌ったり、トラックを一手に担ってきたratiffに負う部分が大きいということ?
R 「そうですね。Neibissはヒップホップであることも大事なんですけど、それ以上に音楽としていいもの、聴いていて楽しいものでありたいなって。ビートメイカーとしては、hyunのソロに提供しているビートは自分の中でちょっと大人っぽい、引き算の発想で作ったシンプルなビートであるのに対して、Neibissはコラージュ的で、もっとゴチャゴチャしたものが好きというか、音数が多いものを意識していますね。音楽的には現行のダンス・ミュージックであるとか、その時々でふたりの中で流行っているものを理解しすぎないままにやる。そうすれば、影響を受けた音楽とちょっと違う奇妙なものが生まれるじゃないですか。それが僕らのやりかたですね」
――『HELLO NEIBISS』はサンプリングのコラージュ感に加えて、インディ・ロックのメロディアスな要素が混在しているような印象を受けました。
R 「YouTubeに自分たちのテイストとしっくりくるオルタナティヴ / インディ・ロック、ドリームポップが毎日アップされているチャンネルがあって、そこからサンプリングしたり、インスピレーションを得たり。そうやっていろんな音楽を吸収してきたんですけど、自分にとって一番の初期衝動になったのはやっぱりMac DeMarcoかな」
H 「うん。Mac DeMarcoが共通点になったからこそ、ふたりで音楽が作れるようになったのかもしれない。あのユルさ、気が抜けた感じがよかったし、この脱力した感覚をヒップホップでできたら一番いいやんって話してましたね」
――Mac DeMarcoとhyunの好きなマイアミのトラップは真逆のテンションというか、その2つを内包しているところにNeibissの懐深さがあるというか。
H 「たしかに!」
R 「ふたりともいい音楽であれば、ジャンル問わず聴きますし、例えば、和モノとヒップホップを繋いだり、オールジャンルのDJが好きなんですよね。そして、いい音楽と出会ったら、いまだにLINEで共有し合ったりしているんですよ」
――ふたりの出会いもクラブということですし、昨今の神戸はクラブ・ミュージックとヒップホップが混在していて、おもしろい状況になっていると思うんですけど、Neibissの幅広い音楽性はクラブの影響なのか、それともネットのディグが影響しているのか。
H 「僕はネットの影響が大きいと思いますね。結局、クラブで聴く音楽って、家では聴かないじゃないですか」
R 「たしかに。僕も家ではユルい音楽が聴きたいかな。でも、僕はDJもやっているので、まぁ、家でもクラブでも聴ける音楽が一番いいんですけど、音楽の聴きかたとしてはDJ用に探して聴く音楽もあるというか、自分のなかでは聴きかたがわかれているかもしれないですね」
――ということはNeibissも家で聴く音楽の影響が流れ込んでいる感じ?
H 「そうですね。Neibissではクラブで聴く音楽を家に持っていきたいわけじゃなく、家で聴いて、家で作った音楽のユルさをクラブへ持っていきたいのかもしれないですね」
――そして、2021年の1stアルバム『Sample Preface』は初期衝動性の強い『HELLO NEIBISS』からプロダクションの精度が上がって、よりヴァリエーション豊かになった作品ですよね。
R 「そうですね。できたそのままを出した『HELLO NEIBISS』に対して、『Sample Preface』はいろんなタイプのビートを意識して作りました。それをまとめ上げるコンセプトは後から考えたんですけど、ジャケットに描かれた乗り物に乗って、僕らがいろんなところを旅する設定というか、『Sample Preface』はその旅を綴った物語の“仮の序章”という意味なんですよ」
H 「あと、『HELLO NEIBISS』の頃はアップテンポの曲が少なかったこともあって、ライヴの感想も“メロウだね”って言われることが多かったんですけど、『Sample Preface』以降は曲の幅が広がったことでライヴに抑揚が付けられるようになりましたね。ただ、この時期は個人的にプライベートでいろいろあって、リリックを書くとき、一番テンションが低かったかもしれないですね」
R 「でも、あのリリックを聴いて、hyunがそんな状態の時に書いたものだとはわからないと思うよ。それにNeibissのスタイルとして、リアルなリリックは合わないというか、何のことを言ってるのかわからないくらいのドリーミーさでちょうどいいというか、いい意味で聴き流してくれるようなフローになっていたらいいなって」
――そして、今回のEP『Space Cowboy』は、Neibissの神戸の先輩でもあるtofubeatsをはじめ、パソコン音楽クラブ、クラブシーンで注目度が高まっている京都在住の同世代プロデューサーE.O.Uが参加して、外に向けて開かれた内容になっていますよね。
R 「今回、自分が作ったタイトル曲は、サンプリングをチョップする手法をサンプルの弾き直しに移行していくタイミングで作ったものなんですよ。だから、ビートを作るのに時間がかかりそうだなと思いつつ、作品は年内に出したいと思っていたので、tofubeatsのマネージャーである杉生さんとかに相談したら、“今の状況を活かして、Neibissのふたりはラップに専念して、ビートは誰かにお願いしたらいいんじゃない?”って。しかも今回、SPACE SHOWER MUSICから初めて作品を出すにあたって、これまでふたりでやってきたやりかたはいつでもできるんだし、新しいやりかたにチャレンジしてみてもいいかもねっていう話になって、アップテンポなダンス・トラックだったり、異質なビート・アプローチのベース・ミュージックだったり、今までにないビートにラップを乗せてみようと、世のラッパーがやっているようにストック曲を聴いて、ビートを選ばせてもらいました」
――ビートのチョイスが攻めていて、ふたりが神戸のクラブで体験してきたダンス・ミュージックの影響が大きいように感じました。
H 「神戸のクラブは東京と比べると数が少ないので、毎週通って遊んでいると、同じクラブでハウスがかかってる日もあれば、アニソンがかかってる日もあったり、あらゆる音楽が楽しめるんです。そんな中、僕の場合はラップを聴きに行ったら、ハウスのトラックでラップしている曲をきっかけにハウス、トランス、テクノと幅がどんどん広がっていったんですけど、たしかに神戸のシーンの影響が大きいかもしれないですね」
R 「中でもHHbushクルーが最高で、彼らのDJはヒップホップ、ダンス・ミュージックをはじめ、いろんなジャンルを混ぜながら一晩を作り上げていくんですよ」
H 「BPM110くらいのスローハウスを知ったのもHHbushのパーティだったし」
R 「神戸に関しては、HHbush以降、最近DJをやり始めた若い子たちがそのクールなDJスタイルに影響されまくっていて。彼らは今の神戸の街に新しい波を起こしていると思いますし、僕らもHHbushの一員でもあるYASDUBくん、SULLENくんとはけっこう昔からの知り合いなんですけど、彼らからの影響は大きいですね」
――そして、ビートも変われば、フローも変わるわけで、今回はふたりのラップもより自由度の高さが発揮されていますよね。
H 「曲の作りかたも『Sample Preface』まではそれぞれが自分の家で作業していたんですけど、それ以降、hyunの家で顔を合わせて作業するようになったことが大きいかもしれないです。今まではratiffが自分で作ったトラックのラップ構成を考えていたんですけど、今回は5曲のうち4曲が提供してもらったビートだったので、今までとはわけが違う。だから、今回はふたりでラップの構成を考えたんですよね」
R 「例えば、LINE上で意見をやりとりするとなると言葉のニュアンスとか感情の強弱が伝わりづらいじゃないですか。でも、顔を合わせて話せば、すぐにわかるし、その場でどんどんアイディアを発展させられるので、今回の『Space Cowboy』はNeibissが次の段階に進化した感じです」
――今回、長々とお話をうかがってきたんですけど、『Space Cowboy』の5曲にはNeibissがヒップホップを軸としながら吸収してきた様々な音楽のエッセンスが投影されていて、主流に対するオルタナティヴになっているように思いました。
H 「そう言ってもらえて嬉しいです。オルタナティヴとして聴いてほしいですね」
R 「tofuさんをはじめ、周りの人たちからたくさん応援していただいているので、自分たちの力を作品で証明できるようにこの先がんばっていきたいですね」
hyunis1000 Twitter | https://twitter.com/hyunis1000
ratiff Twitter | https://twitter.com/_ratiff_
■ 2022年10月12日(水)発売
Neibiss
『Space Cowboy』
NSP005
https://neibiss.lnk.to/SpaceCowboy
[収録曲]
01. Beautiful Dream Prod. tofubeats
02. PARK Prod. パソコン音楽クラブ
03. New Cloud Prod. E.O.U
04. no sync Prod. tofubeats
05. Space Cowboy Prod. ratiff
■ Neibiss Space Cowboy Release Party
https://www-shibuya.jp/schedule/014923.php
2022年11月9日(水)
東京 渋谷 WWW
開場 19:00 / 開演 20:00
前売 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2022年9月21日(水)19:00-
e+
[出演]
Campanella / Neibiss / パソコン音楽クラブ