Interview | 熊澤隆仁 (深青海 Deep Blue Sea)


見えないもの、わからないけど楽しそうな感覚を探して

 知人から紹介してもらい、数年後に再会したときには北欧映画祭のスタッフをしていた熊澤氏。そんな彼から、久々に連絡がきたと思ったら、メキシコへ旅に行っていたそうだ。そして京都で古本屋を始めるらしい。ずっと訊きたかった北欧映画祭の話、そして京都で新しく始まる古本屋の店主の黎明期に記録したインタビューをぜひ読んで欲しい。

取材・文・撮影 | SAI (Ms.Machine) | 2022年2月

――自己紹介をお願いします。
 「熊澤隆仁です。北欧映画祭“トーキョー ノーザンライツ フェスティバル”に、2020年の開催まで運営スタッフとして上映プログラムの編成などに携わっていました。1年前に拠点を京都に移し、今年の5月からオンライン古本屋“深青海(Deep Blue Sea)”を立ち上げる予定です」

――ありがとうございます!聞きたいことがたくさんあるのですが、まず、北欧映画祭はどういうきっかけで携わるようになったのでしょうか?
 「映画配給の仕組みを学ぶUPLINK主催の配給宣伝ワークショップがあって、そこで知り合った人たちが映画祭を立ち上げるっていう話になったんです。最初は映画祭だけじゃなくていろんなカルチャーを含んだ総合的文化イベントで、フィルム・フェスティヴァルと謳わずコンサートもやっていこう、みたいな感じで始まって。たしか2、3年目くらいのときに、アイスランドのRÖKKURRÓっていうバンドのヴォーカルHildur(Kristín Stefánsdóttir)が、日本に留学してきたんですね。それで彼女がソロでやりたいって言うので、“じゃあノーザンライツのときにコンサートやろうよ”という話になりました。そのブッキングなどを僕が担当するようになって、そこから積極的にコミットするようになりました」

――なるほど。「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル」では日本にまだ輸入されていない北欧映画が観られますが、北欧の映画を観るのって難しいですよね。
 「以前よりはマシになった気がします。観られるものはNetflixとかU-NEXTとかで増えている気がしますね。00年代までは本当に限られていて、渋谷TSUTAYAに行かないと観られなかったものが大半。ラース・フォン・トリアーはVHSしか借りられないし、DVDもすごく高くなっちゃうし。その頃までは、アキ・カウリスマキとラース・フォン・トリアーとイングマール・ベルイマンくらいだったのでは。他がけっこう未開拓だったのはありますね」

――配給はどうやっているんですか?例えば映画を観て、これいいなって思ったらどう日本に持ち帰っているんですか?
 「まず、映画祭の場合は期間中に上映する権利を取ることになります。配給となると劇場公開のために何年間か分の権利を取得するため料金は何倍もします。予告編を観ていいなって思ったり、気になったりしたら、スクリーナーというサンプルを送ってもらうんです。だけど、今そのスクリーナーはDVDじゃなくてストリーミングで観られるんですよね。サンプルが気にいったら“こういう規模感の上映会で、1週間に3回やりたいんだけど”っていう話をして、“じゃあ何€で”っていう交渉をする感じですね。値段はピンキリです。タダに近いものもあるし、1回で10万近いものもあります。映画祭のプログラムって、そういうものの組み合わせなんですよね。予算があって、その中で何万まで使えるっていうのを決めて。交渉している人が3人くらいいるんですけど、交渉次第で差し替えたりするのを夏以降からやってるかな。チラシを作らないといけないから。理想としてはラインナップを10、11月くらいには確定させて、印刷して、12月上旬までには間に合わせる、みたいな感じで進めてましたね」

――スタッフの人は北欧に行って買い付けとかやっているんですか?
 「数回映画祭には参加しましたが、ほとんど行けていないです」

――そうなんですね!では、どうやって見つけているんですか?
 「こういう話、大好きですね。どうやって見つけるか。検索のしかたとしては……じゃあ、楽しくないほうの検索からいきますね。たぶん、英語で映画のタイトルを入れるとだいたいIMDbという映画のデータベースが出てくるんですけど、どこの国で制作された映画か、全部紐づけられているんですよ。僕の場合は、例えば“201X年~2020年 アイスランド”で検索したり。そうするとすごい量が出てくるので、そこから絞り込んだり。でも、星の数は信用していないです。『サイコビッチ』(2019, マーティン・ルン監督)とかも選定のタイミングでは低い評価だったんですけど」

――ええ、意外です。『サイコビッチ』、おもしろかったですよね。
 「あれって、食べログと一緒で素人が投稿しているから、信じない。『サイコビッチ』もIMDbでいろいろ調べ物をしていたら、“あなたが探している映画に関連する”みたいなので偶然見つかって。なにこのジャケ、やばそうな映画じゃん、みたいな。それで見つけました。この探しかた、(記事に)書いて、教えちゃおう!みんなに。どんどん観てみたい映画の幅を広げてほしいです。今や玄人も素人も、関係ないです。どんどん見つけて、観たい映画をツイートでもすればいいと思うんですよ。そうして、動かしていく。“観たい”っていうのを運動にしていけば、上映されるかもしれないんですよ。だから、どんどん調べて、どんどん上映されればいいと思う」

――いろんな国の映画を観たいので、そういう動きがあったらおもしろいです。
 「そうですよね。それで、もうちょっと楽しい探しかたは、各国の映画祭の作品ラインナップを公式サイトでしらみ潰しにチェックする。これは世界中の映画の動向を知れるので楽しいです。CPH:DOX(コペンハーゲン国際ドキュメンタリー映画祭)で上映されている映画のラインナップは、タイムリーな時事ネタを追ったドキュメンタリーが紹介されていたり、ジャーナリズムの現在地としても参考になります。イェテボリって、すごく大きい映画祭があるんです。北欧作品だけのコンペティションもあるからとても気にしています。ただ開催期間がノーザンライツの2、3週間前なので、どんなにいい作品があってもその年のラインナップに加えられないのが難点……。他には映画祭もランク付けみたいなのがあって、三大国際映画祭がカンヌとベネチアとベルリン。その次のランクでいくとトロント映画祭とか、ロッテルダム映画祭とか、カルロヴィ・ヴァリ映画祭は三大映画祭ほどニュースに取り上げられませんが、良作が見つかります。ここらへんの映画祭の上映ラインナップは基本目を通していて、自分の体力が続く限りさらにローカルな映画祭にどういう作品が入っているのかチェックするっていう感じですね。カンヌ、ベネチアあたりだと、日本国内で配給がつく可能性が高いから、その他の映画祭が狙い目かな?と思ってます」

――スウェーデンの映画祭の作品って、日本で観られますか?
 「映画祭によっては、コロナ禍以降ストリーミングを開いてる映画祭も出始めているから、お金を払えば観られるかもしれないですね。視聴範囲が本国のみということもあるので、そこも要チェックです」

――なるほど。基本的にはあらすじとか、ジャケットとか、監督とかで上映したい映画を選ぶんですか?
 「そうそうそう、その題材にピンとくるかも大事ですね。『トム・オブ・フィンランド』(2017, ドメ・カルコスキ)なんかは、監督名というよりトム・オブ・フィンランドという存在……。当時はinnenっていうスイスのパブリッシャーが作品を数点まとめたジンを出していて、それを本屋で見かけてかっこいいと思っていたから、見つけた瞬間に絶対やばいっすって言って。日本にはほとんど情報が入っていなかったんですけど、なんとか他のメンバーを説得して上映できたっていう」

――ヒューマントラストシネマでも上映していましたよね。
 「あれは普通に劇映画としても良い作品だし、その後は映画祭の会期中に観に来てくださった配給会社の方がとても気に入ってヒューマントラストシネマ渋谷での劇場公開まで繋がりました。芸術作品としても素晴らしいから展覧会も実現したし。映画祭としてはジャパン・プレミアで公開できてよかったです。田亀源五郎さんっていう、日本のゲイアートの先駆者にも登壇してもらえました。成山画廊のグループ展で作品をお見かけしていて、登壇していただけたら最高だなって思っていたら、同時期に田亀さんが描いた漫画がNHKのドラマ『弟の夫』になったんですよ。ドラマの放映が発表されたタイミングで登壇していただいたので、素晴らしい展開でしたね」

――なるほど。観たい映画を見つけたら、どこに連絡すればいいんですか?
 「基本的にはセールスプロモーターみたいな人がいるので。でも、わからなければ、何かしらIMDbにプロダクションの情報が出てくるんです。あとはIMDb以外でも、映画名を検索したら会社名が出てくるので、とりあえずそこに問い合わせて。たらい回しにはされるかもしれないけど、案内はしてくれると思います。あっちだって売りたいから」

――さて、今日久しぶりにお会いして古本屋を始めることを知ったのですが、始めようと思ったきっかけがあったのでしょうか。
 「超くだらないんですけど、年末くらいにパートナーから“しいたけ占い”(VOGUE GIRL)が送られてきたんですよ。そのとき僕はメキシコにいて。そこで仲良くなった友達は、みんな会社勤めをしている人じゃなくて、ミュージシャンとかアーティストとか、あとはレストランを経営している人とか、自営業をやっている人が多くて。僕も、事業規模は小さくとも何か自分でできることから始めてみようと決意しました。メキシコから帰ったら会社勤めだけではない方法を考えようと思っていたんです。そんなところに“今年は大整理の年です”っていうしいたけ占いの啓示がきたので。だったら、自分が持っているものを一度全部いろんな人に引き継いじゃえ、って思って。レコード・コレクターがレコード屋を始めるのと同じノリで。僕だと、それが古本に該当したっていう感じですかね」

Photo ©SAI

――熊澤さんとは、もともと東京で知り合いましたが、なぜ京都で開こうと思ったのでしょうか?
 「京都は、流れで来たんです。この2、3年のコロナ禍で移住した人って多いと思うんですけど、もともと自分は移住とかする気持ちがなくて」

――そうなんですね!京都に何か理由があって古本屋を始めるのかと思っていました。
 「パートナーが行くっていうから、焦って仕事決めて」

――なるほど、そうだったんですね。
 「そう。就活して、2月に仕事決めて3月に引っ越しみたいな。めちゃめちゃバタバタだったんですよ。僕が住んでいるエリアは北山っていうんですけど、本当に山が近くて、京都の中では割とのどかです。僕はずっと東京か埼玉でしか暮らしたことがなかったから、野菜の自動販売機が家の前にあったりして、最初はカルチャーショックでしたね。自然が近くていいな、っていう感じです。京都に来てからは、“外”っていうヴェニューを空間現代がやってるんですけど、そこにちょいちょい通って小さい繋がりができ始めました」

――空間現代って京都が拠点だったんですね、知らなかったです。
 「空間現代は、メンバー3人が京都に移住して」

――あ、移住したんですね!
 「そう、自分たちでスタジオ兼ヴェニューを運営してます」

――コロナでいろいろ変わったんですね。
 「でも空間現代は、5年以上前に来ていて。1年くらいコロナで“外”はイベントができない状況が続いていたんですよ……。去年から再始動して、ライヴ・イベントに限らず上映会やトーク・イベントなど興味深い催しをしていて。もちろん東京に比べれば量は少ないですけど、絶えず人は流れてきている印象なので情報の時差は感じませんね。京都で若い世代のアーティストが始めたイベントに衝撃を受けたり。そういう人たちが、West Harlemという木屋町エリアのクラブに国内外のアーティストを呼んだりしていて。西日本の各所からおもしろい人たちも京都に来たりするし。あと、誠光社っていう独立系の本屋もあって。恵文社の名物店長だった堀部(篤史)さんが作った、トークイベントとか上映会もできるような、イベント・スペースとしての役割も持った新しい本屋さん。そこにも様々な分野の気になる本が流れてくるから、そういうのをチェックしたり。それから京都は割とミニシアターが多いんですよ。みなみ会館、出待座、京都シネマ、UPLINK京都とか」

――けっこうミニシアターの数も多いですね。映画を観るのに困らなそう。
 「そうですね。交通手段が電車から自転車、バスに変わったくらい。出町座なんてうちから自転車で15分ですよ!骨董市もめっちゃ多いです。月3回くらいあるから。古本も適当に売っていたりするので、そういうのを見つけに行ったりとか」

Photo ©SAI

――どんな古本屋さんにする予定ですか?
 「僕の蔵書から始めるので、自分が体当たりで、全てさらけ出すみたいな感じですかね。自分が今まで買ってきたものを人に見せるから、ちょっと恥ずかしい気持ちはあるんですけど、自分の記憶を一度可視化して、いろんな人と共有していったらどうなるんだろう?って。そういうのにワクワクしている感じですかね。フライヤーに関しても、15年以上集めてきて、実家に100kgくらいあるんですよ」

――え、100kg!
 「フライヤーから、今この街で何が起きているかっていうのを学んできたのはあって。西麻布SuperDeluxeとかUPLINK渋谷のフライヤー置き場から“よく見かけるアーティスト、これにも出るんだ”とか“最近、落合soupのあのイベントのフライヤーは名刺サイズでカッコいい”みたいな。そういう発見が日々おもしろかったりして。そういうのが紹介できるようなことは、これから古本屋と並行してやりたいです」

――フライヤーはどういうフォーマットで紹介するんでしょうか?
 「基本的にインスタかなんかで上げて。売りかたはSTORESで売る感じかな。全部デジタル化して、アーカイヴしていこうかなって。フライヤーって、不特定多数に向けた都市への手紙だと思っていて。ある意味アンダーグラウンドのシーンだったり、アンテナが立っている人たちへの招待状みたいな感じですかね。グラフィックとかにビビッときて行ってみようかな、みたいな……。そういう一連の流れがおもしろいと思っていて。そういうヴァイブスみたいなのを紙の念から感じるというか。あと、イベントをやるときの気分みたいなものって、忘れちゃいけないものもあるんだなって。行ったこともない、見たこともないけど、それを見つけて、次の世代がどういう印象を持つかっていうのもけっこうおもしろいと思うし。そういう、見えないもの、わからないけど楽しそうだなっていう感覚を、ずっと探している感じが好きなんです」

――不特定多数に向けた都市への手紙という捉えかた、おもしろいですね。
 「けっこう僕は、映画にはそんなに固執していなくて。たぶん、いろんなものがミックスされる状況が好きなんですよ。移住して淋しいのはK/A/T/O MASSACREに行けないこと(笑)。いつも何かが混ざってサーキュレーションして、おもしろい動きだな、って見るのがすごく好き。例えば、マサカーとはまた違う企画だけど、SAIさんがMs.Machineで工藤冬里さんとForestlimitの同じイベントに出演したときとか。ああいうのがすごく楽しくて」

――ありがとうございます。あのときのライヴは私も印象的ですね。
 「実際にそこに足を運ぶと、頭で想像していたイメージよりも、もっとキレキレで良かったなって」

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東京での取材後、京都の熊澤氏とお話した際のひとこま

――店名はどういうものにしようと思っていますか?
 「店名は降ってきたみたいなかんじで。はじめてアメリカで観た映画が『ディープ・ブルー Deep Blue Sea』(1999, レニー・ハーリン監督)っていうサメ映画なんですけど」

――おお、サメ映画。
 「サメのパニック映画。ジョーズとかそういうノリの映画で。LL Cool Jっていうラッパーが俳優として出ていて、エンディングも彼が歌っています。その映画を観たのが小学生の頃だったんですけど、字幕もないし、ストーリーわからないなって思って試しに観てみたら、めっちゃおもしろいし、英語がわからなくてもなんとなく観られるじゃん、ってなって。そのときのことをふいに思い出して。サメ映画のくせに“Deep Blue Sea”って意外と詩的な名前だな、そこに漢字を当てはめたらおもしろいかなって。あと、僕の好きな台湾映画で『牯嶺街少年殺人事件』(1991, エドワード・ヤン監督)っていう映画があるんですけど、それは英題にすると“A Brighter Summer Day”っていうんですよ。“牯嶺街少年殺人事件”っていう漢字の下に“A Brighter Summer Day”って付くから、その感じがめっちゃカッコいいなって思って。そういうイメージでした」

――なるほど、映画からインスピレーションを得たんですね。
 「それは結局映画からですね」

――古本屋は店舗ではなく、ネット通販でしょうか?
 「メインはネット通販です。事務所がストックで、遊びにきてもらって、そこで買ってもらうこともできるようにしようかなっていう感じです」

――最後に、今後の展望を教えてください。といっても、今から始まるところなのですが。
 「とにかく軌道にのるようにがんばりたいです、としか言いようがないですかね。Others Film Clubっていう名前で、京都のどこかで上映会も始めようと思っていて。“フィルム・クラブ”と名乗って、今まで劇場未公開だった作品を単発でいろいろ紹介する機会を作ろうと考えています」

――そうやって繋がっていって、新しい文化が生まれるのはいいですよね。
 「京都は様々な分野の小商いの先輩方がたくさんいるので、何かやりたいなっていうときに相談できる人がいるのはありがたいですね。これからの活動がこの街とうまく調和できたらいいな、と思います」

| 後日談
インタビューを受けた当時は春からウェブショップをやるぞと意気込んでいました。古物商の資格もとって、さあ5月から始めるぞ!と。しかし、その時期から京都の湿気や暑さも強まり、そんな中での一人作業……開始早々ショップと共に私はダウンしてしまいました。出だしから活動休止でしたが、7月くらいから堀川会議室や美容室などで出店の機会をいただき、「やっぱ本を通じていろいろな人に話を聞くのが一番やりたいことだな」と実感しました。そんな経緯もあり、これからは出店メインで小さくてもいいので実店舗を持つことを目標に店を動かしていきます。10月15日に鴨川で2000年代周辺の雑誌を読む会「Library 2000」を開いたり、11月には初の東京出店を予定しています。「調子悪くてあたりまえ」(©近田春夫)なので、この疫病の時代、自分のペースでやっていきたいと思います。
――熊澤隆仁
深青海 Deep Blue Sea Instagram | https://www.instagram.com/deepblueseabooks/