Interview | VOLOJZA


新しいゲームが始まった

 レーベル「VLUTENT RECORDS」のオーナーとしても知られ、近年はLEXUZ YEN(OGGYWEST)、poivreと組んだDie, No Ties, Flyでも活躍するラッパー / ビートメイカー・VOLOJZAが、昨年の『割れた鏡が見た何か』に続くニュー・アルバム『』を10月にリリース。本稿では、自身の好きなヒップホップに原点回帰したという同作について、『Like No Other 3』で共演済のAIWABEATZが本人を直撃。

取材・文 | AIWABEATZ | 2024年11月


――VOLOくん、ニューアルバム『潮』のリリースおめでとうございます。2023年はソロ・アルバム『割れた鏡が見た何か』と、poivreさんとLEXUZ YENくんとのユニット・Die, No Ties, Fly『SEASONS』のリリースがあったので、こんなに早くVOLOくんの新作が聴けるとは思いませんでした。VOLOくんとしては自然なペースですか?

 「ありがとうございます!わりと自然だと思います」

――しかも、EPという位置付けではあるものの『2020』も今年2月のリリースでしたよね。あれは主に2020年に作られた曲で構成されているということでしたが。
 「そうです。コロナ禍の時期に短時間で肩肘張らず日記のようにリリックを書けるようになって、たくさん曲を作っていたんです。そこから修正したり、ミックス、マスタリングをやったりしてある種の完成度を上げることもできたんですが、そういう楽曲群でもないと思ったのと、かといってお蔵入りにするのはもったいなくて、こういう温度感の作品もおもしろいだろうと思ったのでBandcampで発表してみました」

――良いペースで制作が続けられていますよね。よく考えたら、自分は1stアルバム『BLOODY TIDELAND』の頃から全作リアルタイムでVOLOくんの作品を聴いているので、新作が出るとやっぱり嬉しいです。ところで、VOLOくんとってアルバムひとつひとつは独立した区切りという感じですか?それとも延長線という感じ?
 「ありがとうございます。独立しているものもあれば、延長しているものもあります。今作『潮』に関して言えば、自分のアルバム『』(2013)、『In Between』(2019)に続く作品になっているような気がします。だいたい30歳から40歳までの流れがどことなくある」

――前々作『其レハ鳴リ続ケル』(2021)と前作『割れた鏡が見た何か』はアートワーク上近いニュアンスのものが感じられたんですが、今作の『潮』はまた違ったテイストですよね。
 「『其レハ鳴リ続ケル』と『割れた鏡が見た何か』の場合はまず、仮面がふたつあったんです。MF Doomが亡くなったあとで、ふと自分もお面を作ってみようと思っていろいろ調べてアートワークになっているふたつを作りました。その中で内容に近いものをそれぞれ選んだという感じです。『潮』も仮面の方向で自分の中では進んでいて、作ってはみたのですが、しっくりこなくて。そもそも自分の作品とお面のコンセプトも、『割れた鏡が見た何か』ではかなりしっくり来たのですが、『其レハ鳴リ続ケル』に関してはあまりうまくいってないのでは?という反省が自分の中ではありまして。今作はアルバム収録曲“さいわい”のときに一緒に撮った海辺の写真を採用しました。だからそのときそのときで大まかな流れはあるのですが、前作の反省を活かしながら、今自分がやりたいことへ修正し続けているという感じです」

――そういう経緯があったんですね。仮面についてもう少し詳しく伺っていいですか?MF Doomの死というきっかけがあって、仮面を被ったヴィジュアル・イメージを作り、ただそこにだんだんと齟齬が生まれてきて、今作『潮』ではその仮面を取るに至ったわけですよね。とはいえ今作のアートワークでもサングラスを付けており、かなり引いた構図でVOLOくんの顔は少々わかりづらくなっていますが。もし仮面を作って付けようと思った理由がMF Doomの死以外にもあれば、教えてください。
 「仮面のヴィジュアル・イメージにした理由はふたつあって、MF Doomの訃報のときに読んだ記事のひとつに“見た目じゃなくて中身で勝負”みたいな内容があって、そこに感銘が受けたのがひとつと、仮面の造形も自分のクリエイティヴの一部なわけで、そこで他と差別化を図れたらという狙いがあったのがもうひとつの理由です。引きの構図も無意識にそういったところがあるのかもしれないです。サングラスはなんとなくあったほうが自分はマシに感じていまして、最近はライヴなどでもよく付けています」

VOLOJZA

――仮面を付けると別の何かに変身したような気分になれるし、ヴィジュアル・イメージとしても強烈ですよね。
 「昔からお面が好きなんです。夏休みの工作や遠足の益子焼でもお面を作っていました。あと、お面と同時期に『2020』の楽曲はできていて、もともと『割れた鏡が見た何か』のアートワークは『2020』の楽曲群での作品に使うつもりでした。結果としていろんなことが重なって『割れた鏡が見た何か』ができたので、あの仮面が作らせた作品とも言えるかもしれません」

――なるほど。では、『潮』で仮面を外そうと思った理由をもう少し詳しく教えてください。『潮』も仮面の方向で自分の中では進んでいて、作ってはみたのですが、しっくりこなくてと先程おっしゃっていましたが。
 「アートワークに使った写真が仮面のコンセプトよりも適していると感じたからです。アルバムのタイトルもこの写真からインスピレーションを受けて最終的に『潮』にしました。あと、妻がお面が怖くて好きじゃないと言っていたんです。そういう人もいるということに気が付いたというのもあります」

――今回のアルバムの楽曲群のイメージと仮面のイメージが合わなかったっていうことですね。それと、奥さんやパートナー、または子供って一番身近な批評家ですよね。自分も制作に関して迷った時はパートナーに意見を聞くのでよくわかります。アートワークに続いて、今度はタイトルについても伺いたいと思います。先程今作は『十』、『In Between』に続く作品になっているような気がしますというお話がありましたが、『潮』は『十』と同じく漢字一字のタイトルですよね。このインタビューの前に、タイトルについての思いを予め教えていただいていたので、まずはそちらをご紹介したいと思います。

アルバムタイトルの潮(うしおと読む)を調べるとこのように出てきた。

1 海面の水位が太陽や月、特に月の引力によって、定期的に高くなったり低くなったりすること。 潮汐(ちょうせき)。 しお。 3 高まったり静まったりするもの、また、押し寄せてくるものなどのたとえ。

最初仮タイトルは回想と連想にしていたがさいわいのMVを撮りに御宿の海に行った時にアーティスト写真も撮ったのだがその時の写真を見て、潮というタイトルを思いついた。

ラップの内容としては日常的な物と無意識としての大きな力、それこそ月の引力のような、そういう自分では認識していない大きな力みたいな物を感じられるような作品になった気がする。

自分では認識していない大きな力みたいなもの、これをタイトルに反映させたり、作品のテーマにしようと思ったのはなぜでしょう?また、それって『十』や『In Between』の頃から感じていたものなのでしょうか?
 「まず前提として、自分は曲にしろ、アルバムにしろ、そこまで具体的にこうしようという風に作ることはないんです。しかし、そのときそのときの自分の物差しというのがあって、それに準じて完成に向かっていく。それでできた物に関して客観的にこういうものだと判断して、タイトルや説明をしていく感じです。“自分では認識していない大きな力”は改めて考えてみると他の作品と通底している部分はあるかもしれないです。でもより強く意識しているのは近年ですね」

――そういった“大きな力”への意識が近年高まっていったのはなぜか、思い当たる節はありますか?
 「これがというひとつの事例ではなかなか言えないですけど、自分の力や考えでは思い通りにいかないというのを痛感することが、やはり歳を重ねるに連れて増えていくので、それでですかね。『潮』はだからこそ無力感に苛まされたり、逆に救われたりみたいな感じが出せた部分もあるかな」

VOLOJZA

――まさに潮の満ち引きですね。今作を聴いて、また最近のVOLOくんのライヴを観て、表現のおもしろさを大いに感じていたんですが、“無力感に苛まされたり、逆に救われたりみたいな感じ”と聞いてとても腑に落ちました。VOLOくんの今の年齢だったり、家族を持つ環境だったり、経験がなければできない表現だと思います。さて、ここからはアルバムの内容について伺っていきたいと思います。まず全体として、Earl Sweatshirt(『Some Rap Songs』『FEET OF CLAY』)以降という印象を強く受けました。また、MIKEやSideshow、Navy Blueだったり、Fly Anakinらリッチモンド勢だったりがやっていることからの影響も感じられました。この辺は意識しましたか?
 「はい!今挙げられたアーティストは普段から好んで聴いているので、自然とそういうサウンドに影響を受けていると思います」

――特にこのアーティストやこの作品からの影響が大きい、というのはありますか?
 「例えば3曲目の“84”、6曲目の“パーフェクトデイ”のビートは、Earl Sweatshirtの2ndアルバムか3rdアルバムがリリースされたときに影響を受けて作った記憶があります。あとはもちろんAlchemistやMIKE、Roc Marciano。8曲目の“スピり”はMoodymannとか、なんか粘っこいスペース・ファンクみたいな感じをイメージしました」

――3曲目の「84」は自分のフェイヴァリット曲です。それと5曲目の「EXP」。「パーフェクトデイ」のサンプルは最初ジャックスの「花が咲いて」かなと思ったんですが、聴き比べたら違いました(笑)。和モノですか?AlchemistやRoc Marcianoの名前は実際今作のリリックにも出てきますよね。8曲目の「スピり」はMoodymannをイメージしたとのことですが、VOLOくんは四つ打ちトラックにこれまでにも『AAAA-4』(2021)や『其レハ鳴リツヅケル』でトライしていましたよね。ECDさんが一時期Trax Recordsからの影響でハウス・トラックの上でラップしていたのと近い感触を受けました。
 「“パーフェクトデイ”は和モノではないですね。けっこういつもアルバムに和モノは入っているものの、今回は偶然ですが1曲も使っていないです。ヴィブラフォン奏者のアルバムだったと思います。四つ打ちに関して特に詳しくはないですが、年々好きになってきていて、自分が出演するパーティでもよくかかるし、自分もヒップホップだけじゃなくてそういうテクノとかハウスとかがかかるパーティがすごく好きですね」

――今回和モノネタはないんですね!最新のヒップホップ / ラップ・ミュージックはもちろん、いろんな音楽を聴いた上でこのスタイルに辿り着いているのは、作品を聴くと伝わってきます。それと以前VOLOくんが、ヒップホップの新譜をガンガン聴く時期と、それ以外の音楽をいろいろ聴く時期が交互にあるっていう話をしてくれたのを覚えているんですが、今でもそのサイクルでの聴きかたが多いですか?
 「多いです。でも最近は言葉がある音楽か、ない音楽っていう感じのサイクルですかね。スタジアムっぽいのはより一層無理になってきてますね。とはいえXGとか普通にファンなんで矛盾しているんですけど」

――今回の制作期間はヴォーカルの入っている音楽と、インストの音楽、どちらを聴くサイクルでしたか?
 「どっちもですかね。まとめるのは早いんですけど、制作期間自体は長いので。サイクルも3日とか4日くらいでころころ変わりますし」

――XGについても聞きたいと思ってました。VOLOくんはXGのファンであることを公言されていますが、その魅力はどこでしょう?またラップ・ミュージックとしてご自身の制作に影響はありますか?
 「魅力……。なんだろう。こういうのって、ハマってしまうと魅力は全部になってしまうんだな、っていうのがひとつの学びですね(笑)。そういうことあまりなかったので、こういうことか、と。あと、自分の好きなものを万人に薦められるという体験があまりなかったので、そこも新鮮でした。制作にはあまり影響はないですけど、自分もがんばろうとは思います」

VOLOJZA

――ちなみに、XG好きであるのを知ったのはVOLOくんのnoteを読んでなんですが、ああいう風にその日そのときの思いや感情を書き留めて公開するのって、今回のアルバムを作る上で影響というか、相互作用みたいなものってあったりします?
 「自分のPRの一環ですね。多くの人に自分の作品を届けたいのですけど、届けかた次第では台無しになってしまうので、考えたのがああいう風にnoteをやっていって、こういう人もいるというのを発信することだったんです。インプレゾンビにならずに地道に影響力を出していきたいみたいな感じですかね」

――アルバム収録曲の解説等もされてますし、そういうことができる良さもありますよね。
 「そうですそうです!」

――こちらで、VOLOくん自身が今回のアルバム『潮』の収録曲の解説も一曲ずつされているので、ファンのかたはぜひ読んでみてください!
 「ありがとうございます。黙るのも大事だと思うので、本当そこらへんも塩梅を探ってますね」

――また、音楽ライター・アボかどさんの全曲解説もあるので、ぜひそれも読んでいただいて『潮』への理解をリスナーの皆さんに深めていただければと思います。
 「イメージとしては、SNSが路上だとしたら路上で叫ばず、一応、noteという暖簾をくぐればもう少し情報を取れますよというバランスですかね」

――そのバランス感は大事だと思います。というかまあSNSがもうただのつぶやきではなく、路上での叫びのようなものになってきているということですよね。とまあそれは置いといて、『潮』の満ち引きような、または月の引力のような、自分では認識していない大きな力みたいなもの。そういったものを感じながら時には無力感に苛まれたり、逆に救われたりをする自分。そういったものが今回の作品のテーマであるという話をこのインタビューの前半で伺いました。1曲目の「もろもろぼちぼち」に特にギュッとそのエッセンスが詰まっているように自分には感じられました。加えてそれでもこの日常、人生を精一杯生きていくしかないんだっていう思いもですね。鳥山 明さんへのRIPを告げるところから、この曲、このアルバムは始まりますが、鳥山 明の死っていうのも何かの象徴としてVOLOくんにとって大きかったですか?あとこれってGANG STARR「Full Clip」へのオマージュだったりします?
 「“もろもろぼちぼち”はちょうど鳥山 明さんが亡くなられたときにリリックを書いて録ったんです。鳥山 明さんを筆頭にジャンプ的な価値観(少年性というか男性性というか)って、好むと好まざるとにかかわらず、自分の世代は背骨になっている気がしていて。自分的には楽しませてもらった反面、呪いの側面もあった気もして、悲しいけどひとつの時代に一旦ピリオドが打たれたというような安堵感みたいなものもあって。そこから始めようというのもおもしろいかもという感じです。『Full Clip』オマージュではないんですけど、THE LOXの“Money Power & Respect”はフックで浮かんできてしまいましたね笑」

――RIP 鳥山というラインから始まるのはそういった意図があったんですね。「Money, Power, Respect」と言えばたしかにTHE LOXの代表曲です。Lil Kimがフックを歌っていました。この曲には手首にないLox UNIQLOのソックスというラインも出てきますが、ここでのLoxというのは?
 「それこそ、そのLOXと錠(locks)とロレックス(Rolex)みたいなニュアンスで書いたんですけどさすがに強引すぎたなとも思ってますね……」

――前後の文脈的にロレックスとかの高級腕時計のニュアンスかなあと思ったんですが、調べてもそういうスラングが出てこなかったので、説明を聞いてみてよかったです。ここの、Loxソックスカラオケボックスジョージコックスで小気味よく韻を踏んでいる箇所や、俺はカクヤスじゃないからトップバリューの言葉遊びが自分は好きです。
 「ありがとうございます!ロレックスはRollieくらいですもんね。他の部分はおもしろく書けたと思います」

――続いて、そのまま曲順通りに見ていきたいと思うんですが、2曲目の「他力」は虚勢はやめ 丁度いいのが勝つ そういう感じ 今はわかる自分に負けたその時 誤魔化したらかかる呪い 解くには認め 苦み飲み込み 弱さを受け入れる その用意といったラインに象徴されるように、大きな力の前には無力だし抗えないけど、自分らしくいようというこれまた最初に伺ったアルバム全体のテーマに則したことが歌われているように思えます。“他力”って“他力本願”っていうように本来はあまりポジティヴに使われるワードではないと思うんですが、それを意図的に使っているわけですよね?
 「そうです。“自分のおかげ、翻って自分のせい”みたいな思考を少し手放してみるみたいな曲あまりないと思いまして」

――まさにフックの背負いすぎたら Bitch 手放したら Rich どうなの? 今 位置 お陰様 毎日ですよね。サブフックもまた最高で、みんながいての私 散らかしたらかたし 最後にバトンを渡し こだわらない形と、フロウもライミングもキャッチーで、自然と体を揺らしたくなります。そう言えば、覚えるABC 大切だけども 分からん everythingなんてラインもあって、AIR BOURYOKU CLUBの頃からのVOLOくんファンはニヤリとするところだと思います。
 「たしかにそういう部分もありますね!実際わからないですしね(笑)」

――たしかに(笑)。それでは続いて3曲目「84」、大好きな曲です。着てる服 セカスト メルカリ でも これスプラッシュ ステフ・カリー 宝は何? 子2人 妻はなれない フタコブラクダにとのっけからVOLOくんのライミングのおもしろさが詰まっています。この4小節の中で起承転結を作りつつ、すべて母音“ウアイ”で脚韻していますよね。その次の4小節も“ウアイ”と近い“アイ”で踏んでいって、マルジェラのタビ 履いてなくても 人生は旅と落としてます。その後もから受けて誰もがジャーニーマン、ステフ・カリーとの対比でリスペクト ユウタ ワタナビ等のワードを散りばめながらしっかりライミングを続けていきます。その後出てくるその口 災い ほら 絆創膏 秘密はばれる 万景峰号もニヤリとさせられるラインですね。4小節単位で構成されつつも、各4小節が他の4小節と有機的に繋がっているような印象です。VOLOくんはリリックを書くとき、4小節単位で考えてます?それとももっと長い単位で考えてますか?
 「テクニカルな部分をしっかり聴いてくれてありがたいです!ゆっくりしたフロウでラップする場合はかなりライミングと内容を意識しますね。この曲に関してはここで踏むって言うのが感覚的に明確に決まっているラップだったので、そこでどこまでワードプレイを折り込みながらやっていくかっていう曲ですね。この曲“84”と“EXP”なんかは自分が思うラップの醍醐味をやれている曲だと思います。リリックを書くとき、フロウによりますけど基本4小節ですね。2小節の終わりと4小節の終わりは基本的に揃えたいです

――自分の意識が今、英語のラップや英詩での脚韻 / ライミングのルールをいかに日本語のラップでも行うか、というところに向いているので、この「84」と5曲目の「EXP」はすごく興味深く聴けました。脚韻のペアでのギャップの作りかたも含めて。やっぱり、その書きかただと4小節単位でいくのが自然になりますよね。とはいえ、次の4曲目「さいわい」は少しポエトリー・リーディング寄りのフロウで、ライミングにはそんなに拘ってない曲なのかなという聴かせ方をしつつ。ただ、要所要所でしっかり脚韻してますよね。
 「ビートレスの曲は基本的にライミングしないと成立しないというのが持論なので、当然意識はしていますね」

――たしかに「さいわい」はビートレスですもんね。スネアの代わりに脚韻が来る感覚ですよね。小節単位で見て、本来2発目のスネアが来るところに脚韻箇所がくるっていうことですよね。
 「そんなイメージですね」

――ちなみに御宿の海がこの曲の重要ワードというか、自分にとっては耳を引く言葉だったんですけど、“御宿”っていうのはVOLOくんにとって、もしくは千葉の方々にとってどんな場所なんでしょう?東京の西側出身の自分にはどういうところなのかピンとこなくて。
 「御宿は千葉県民だと夏に海水浴に行くときの定番の場所ですね。“さいわい”のリリック・ビデオも御宿で録ったので、観てもらえると嬉しいです。地元の友達と夏になると行ってました」

――「さいわい」のリリック・ビデオのあそこがまさに御宿なんですね!
 「そうです」

――この御宿の海がただの“海水浴場”とかだったら曲の印象がだいぶ違うと思うんで、やっぱり固有名詞を上手く使えるラッパーは強いですね。続いて5曲目「EXP」です。メチャクチャ好きですね。ライヴで観たい!VOLOくんも先程自分が思うラップの醍醐味をやれている曲として挙げてくれてました。はっきり言ってリリック全て引用したいくらいですが、まあとにかく入りの8小節、かっこつけたいとき聴く Marciano TV見てるGACKTより格下の 茶の間で チルする 暇なしだろ? やるのみ JUST Do ITでもIverson憧れて履いてた ANSWER でも答えなら 40のRapper 同じ千葉でも遠いな幕張 でもそのうち出るかもPOPYOURSがとにかくもう、すごいですね!
 「ありがとうございます。ラッパー冥利につきます。少し照れますね(笑)」

――最初の4小節は全て母音“イア-オ”で踏んでる所謂AAAA型で、これまた起承転結がとても上手く作られてます。かつ、1と2小節目の韻を踏む単語のペアMarciano格下の、3と4小節目の韻を踏む単語のペア暇なしだろ?Iversonがそれぞれギャップのある言葉のペアになっていて、フリとオチになっている。Allen IversonはReebokと契約していたので、JUST Do IT(やるしかない!ナイキのキャッチコピー)でもIversonもめちゃくちゃ技巧的なラインですよね。
そこからまたIversonの話を受けてIversonモデルのReebokのバッシュANSWERを出し、ANSWER = 答えと受けて、やるしかないけど自分はもう40のラッパーと自身を少し卑下しつつ、VOLOくんの地元は松戸で同じ千葉でも幕張メッセ(POPYOURSが開催された場所)のある幕張は地理的にも立ち位置的にも距離があるけど、でもPOPYOURSに出ることも別にあり得ない話じゃ全然ないよねっていう。7小節目と8小節目の幕張POPYOURSは韻のペアにはなっていないので、5~8小節目の4小節は所謂定型からは外れていますが、言葉の連想だったりフロウの格好良さで聴かせるパワーがすごいです。ここから先も本当に全部引用したくなるんですが、まあ一旦置いといて(笑)。

 「おっしゃる通りのニュアンスで書いております。自分からの注釈はないっす(笑)。エピソードとしては実際自分はバスケ部でANSWERを履いてたんですけど、ローカットかつ少し大きめに履いたほうがかっこいいと思っていたので、足に合わずだいぶよくなかったですね……」

――良いエピソード(笑)!そういうところにもヒップホップ的なボースティングを感じますね。
 「アホなだけですけどね……。自分の世代のあの時期だけ、スニーカー・ブームもあって皆バッシュもいろいろ買っていた感じありますね。JORDANの13が中2のときで、キャプテンが履いていたり、14買った友達がパクられたりしてましたね」

――良いスニーカーはパクられますよね。。。バスケネタはVOLOくんのラップではよく出てきて、こうやって説明聞かせていただけると、自分みたいにバスケに疎い人も内容がより理解できて嬉しいです。ところで、自分はラップの韻(特に脚韻ですね)ってすごくザックリ捉えていたんですけど、Watsonのラップの格好良さについて研究しているうちに英語のラップや英詩での脚韻のしかたには4小節単位で見たときに定型があるってことを知って、更にはGenaktionさんやUSB(lilpri)さんのSNSでの発言を見て、今まで全然理解できていなかったことがここ1~2年でようやく理解できてきた感じだったりします。
VOLOくんはいかがですか?それがなかったら「84」も「EXP」もただラップカッコいい!ビート最高!で終わってたかも。。。勿論それで悪いわけではないんですが。

 「自分は昔からそういうラップをやっているんですが、あまりわかってもらえている実感がなかったんですけど、それこそWatsonやElle Telesaのラップを聴いてちゃんと評価されているのを感じて、改めてそっちに振り切った曲もやってみようという感じではあったんです。自分のラップのスタイルの雛形はCam'ronで、ゆったりしたスタイルでもしっかりとライムしてけばグルーヴが作れるんだなっていうのをヒントに、そこから派生してろんな引き出しを作っている感じですね」

――そうだったんですね!この話を伺えただけでも今回のインタビューをやらせていただいた甲斐があります。Cam'ronのラップはまさにそれですよね。この「EXP」はとにかく韻のペアのフリ / オチ感や、ダブルミーニング、ワードの連想ゲーム、フロウ等でグイグイ引っ張って最後、ANTICONじゃないのにそんなの蟻の脱力感で締めるという。。。(笑)。この最後のは韻のペアのギャップで生み出すpunch lineとは別の、所謂quote lineってやつですよね。これがまた耳を引っ張る力がバツグンで。
 「オヤジギャグですけどね……20代の子にわかるわけないっていう(笑)」

――でもそのラップが本来持つオヤジギャグ / ダジャレ感を避けようとし過ぎて、日本のラップって韻を踏まなくてもカッコいいことをドヤ顔で言えばOKっていう風になりがちになっているんじゃないかなあと自分は思っていて。
 「実際かっこよければいいかなとも思います。ただ自分は詩情みたいなのが好きで、そうなると脚韻などもとても重要なのでそっちを重視しますし、少し脱力的なスタイルだったりするのもカッコつけたスタイルすぎると使えるボキャブラリーが狭まる気がするのがあるかもしれないですね」

――そうそう、スタイルの違いなので結局は自分が思うものを突き詰めるのが一番ですよね。とはいえWatsonがS.L.A.C.K.やKOHH同様にゲームチェンジャーであるのは間違いないと思います。実際自分の耳もがらりと変わったので。今のVOLOくんの作品を聴く耳で、VOLOくんの過去作も聴き直してみたいと思いました。
 「よかったらぜひお願いします」

――はい!ではインタビューのほうは、続いてアルバム6曲目の「パーフェクトデイ」にいきたいと思います。ビートはEarl Sweatshirtの2ndアルバムか3rdアルバムがリリースされたときに影響を受けて作ったとの話がこのインタビューの前半でもありました。細かいところですが、俺なら 大丈夫だぁ 志村けん 振り向けば大体思い出 (see you again)の踏みかたに痺れました。というのも志村けんはメイン・ヴォーカルのところでラップしているワードで、逆に(see you again)は()が付いていることからもわかるように、ガヤ / アドリブの部分なんですよね。近年のラップ(Chief Keef以降ですね)はガヤ / アドリブの重要性がどんどん高まっていますが、こういう使いかたをしているのを自分は今回初めて聴いて、目から鱗でした。
 「悲しいけど笑えるみたいなラインになりましたね。一気にメインでラップするとちょっと詰まりすぎてしまうのでああいうやりかたになりました。サブリミナル・ライムです(笑)」

――近年ヒップホップのライヴにおいて、ヴォーカルなしのトラックを使って、ラップ部分は全て生で歌うっていう価値観がほとんどなくなってきてますよね。パンチイン録音もこれまでは手法としてどうしても使わざるを得ないときに使うという感じでしたが、逆にライヴでの再現性は二の次で、パンチインだからできる録音方法で作られた曲もどんどん出てきています。VOLOくんのこれも何気なく出てくるところですが、そういった今の感覚を表している部分だと感じました。
 「言われてみると完全にそうですね!言われて気が付きました。曲の再現性という意味ではどんどん意識しないで曲作りをしているんですけど、ライヴはサブも外してやる曲はやる感じでいろいろ試しています」

――そこは見せかたの部分ですよね。実際ヴォーカル完全に外したインスト・トラックでバッチリキマッたラップをされたら聴いてる人はめちゃくちゃアガりますからね!
 「“ブーキャンはパンチインしない”で一応育ってきてるので」

――あとは詩情を感じる表現としてもここは秀逸で、自分が志村けんの地元である東村山に住んでいるのもあるんですが、VOLOくんが言うように“悲しいけど笑える”ラインだと思います。こういうある種の諦念とでもいえるような感覚には、“大きな力”や時間の流れの前では自分は無力だけど、それでも今がベストだと言えるような肯定する力を感じました。
 「ありがとうございます。思うようにいかなさを、納得するでなく否定するでなくっていう感じが全体的に出せたかなと思います」

――それでは続いて7曲目「I Know You」にいきましょう。「さいわい」「EXP」に続いて出された3番目のシングルカット曲でもありますね。印象的なスクラッチから始まります。これはシチュエーションとしてはクラブの片隅でVOLOくんが1人佇んでいる感じでしょうか。深夜と言っているのでオールナイトのパーティかな?
 「そういうイメージです」

――この曲は「さいわい」における御宿の海のような固有名詞はあえて避けてるのか、どこかぼんやりとしたイメージを受けます。ここに出てくるあなたとは一体誰なんでしょう?
 「この曲は、自分と他人や、現在と過去が曖昧になっていくような感じにしたくて。だから、私もあなたも特定しない感じですね。聴いてくれた人が自由に投影してもらえれば」

――やはりそういう意図だったんですね。ゆらゆらと、サイケデリックでおもしろいリリックです。プレスリリースにある庶民的ですがSF的な感触のあるものというのを特に表しているように感じました。結構重たい 明日への扉というリリックが印象的でした。
 「クラブの扉って重いので、そういう感じですね。この曲から次の曲“スピり”にいく助走みたいな感じですね」

――クラブの扉の暗喩だったんですね(笑)。もちろん状態入ってるときの感じも含みつつってことですよね。そうそう、ここから8曲目の「スピり」にいく感じが良くて、重い扉を開けた先は脳内宇宙だったみたいな感触を覚えました。この「スピり」がまたなんというか坂本慎太郎的な世界観というか。更に曖昧で抽象的な世界に入っていく感じですね。
 「これは『2020』の曲を作っているときの1曲ですね。禅問答のような。ほぼフリースタイルで録って。アルバムの満潮ですね」

――そうですね、何かのピークをここで迎えている感じがすごくします。「I Know You」では曖昧で境目をなくしていたが、「スピり」では遂に同一のものになる(俺は君だね)。けれどそれと別で揺れる影としての他者がいる。フリースタイル的なイメージの羅列で、特定の解釈を必要としない曲なのかもしれませんが、冒頭とラストに2回出でくる拍手の音とかも含めてデヴィッド・リンチ的な世界観です。『マルホランド・ドライブ』(2001)みたい。
 「『マルホランド・ドライブ』大好きなので、そういうイメージは無意識にあった気がします。ここで暗転する感じですね」

――ですよね。それで9曲目「明日の天気」がエンドロール、10曲目「ニューオープン」がNG集 & メイキング映像って感じですよね(笑)。ビートの雰囲気で言うと。
 「そうですね。“明日の天気”で湿っぽく終わらず、そこから地続きのようで、もうすでに何もかもが変わってしまったような“ニューオープン”で終わる感じが完成してみてとてもしっくりきました。この流れでまた1曲目から聴くと、同じでも違う聴こえかたがする気がしますね!」

――良いアルバムの特徴のひとつですね!最後の曲を聴くとそのまま1曲目からまた再生したくなるという。9曲目「明日の天気」と10曲目「ニューオープン」に関してもう少し詳しくお話し聞けたらと思います。「スピり」で一旦満潮を迎えたあと、「明日の天気」でまたちょっと現実に戻る感じがありますよね。
 「そうですね」

――「パーフェクトデイ」でAGAくんとの思い出話が出てきますが、「明日の天気」を聴いていると彼のことを歌ってるのかなと自分には思えるところがあります。アルバム全体を通しても、なんというかAGAくんのことが影響してるのかなと思うのですが。穿った見方かもしれませんが。。。
 「影響はありますね。乗り越えるとも違うと思うので、なんていうか喪失感と併走していこうという感じですね」

――それが忘れないっていうことだと思います。この曲も“大きな力”を前に無力感も感じるけど、今の自分を肯定し、日々を生きていくという曲だと思います。少し長めのアウトロが余韻を感じさせてくれて良いですよね。
 「ありがとうございます。暗闇から浮上してまた消えていくような感じになったと思います」

――10曲目の「ニューオープン」があるのとないのじゃ全然違って。このちょっと脳天気さもある「ニューオープン」がまたすごく良いんですよね。歌っていることは実はなんかすごいことだったりしますが。「他力」で歌っていることとも近いですよね。
 「そうですね。今回はDie, No Ties, Flyを一緒にやってくれたOGGYWESTのLEXUZ YENくんにミックスとマスタリングをお願いしたんですけど、10曲お願いしますと言ってオファーして、まとまったと思っていたら9曲しかなくて。別に9曲でもいいと思ったんですが、作ってみたのが“ニューオープン”です。曲の位置もLEXUZくんに提案してもらっていい感じにハマりましたね。もう1曲ハードめのビートでワードプレイものの曲を作ったんですが、なんかしっくりこなかったですね。結果良かったです!」

――そういった経緯があったんですね!これはやはり最後にくるのがベストだと思います。イメージの連鎖で作られてる部分もある曲だと思うんですが、誰かの物真似やめられても 本物はやめられねー たまに本当にやになるね 自分という重たいチェーンと歌った後に、でも段々軽くしていくぜ グッバイ アディオス ほな再見  ニューオープン 新装開店 世界がくるくる 大回転と続くところにエッセンスが詰まっているように感じます。
 「自分もそこのラインは気に入っています。年齢的に自分はヒップホップ・ゲームの外だと思うんですけど、新しいゲームが始まったという感じですかね。年齢的というのはちょっと違うな」

――言いたいことはすごくよくわかりますよ!上か下かはわかりませんが、人生の次のステージに入ってきていると思うので、そのステージだからこそできるゲームをやるしかないというか。
 「そうですそうです!そのステージでとりあえず私はこうです、っていう感じですね」

――自分はこれが間違いなくVOLOくんの最高傑作だと思っているで、ここからのVOLOくんが俄然楽しみです。恐らくは何年後かに振り返ったときに、ひとつのターニングポイントというか、確実に節目になる作品なんじゃないかなあと思います。お話いろいろ聞かせていただけてすごく嬉しかったです。
 「こちらこそ、いろいろ聞いていただきありがとうございました!自分もたくさん発見がありました!」

――最後にこの作品を聴いて下さった方々、これから聴こうと思っている方々にVOLOくんから一言いただけたら嬉しいです!
 「なんだろう?30分でサクッと聴けるので、ギラギラキラキラしてるラップに疲れたら聴いてみてください。ラップに興味ない人もおもしろいと思うんで、そういう人もぜひです」

VOLOJZA Linktree | https://linktr.ee/volojza

VOLOJZA '潮'■ 2024年10月23日(水)発売
VOLOJZA
『潮』

VLUTENT RECORDS
https://linkco.re/mZpC8Q2G | Bandcamp

[収録曲]
01. もろもろ ぼちぼち
02. 他力
03. 84
04. さいわい
05. EXP
06. パーフェクトデイ
07. I Know You
08. スピリ
09. 明日の天気
10. ニュー・オープン
11. もろもろ ぼちぼち (Instrumental) *
12. 他力 (Instrumental) *
13. 84 (Instrumental) *
14. さいわい (Instrumental) *
15. EXP (Instrumental) *
16. パーフェクトデイ (Instrumental) *
17. I Know You (Instrumental) *
18. スピリ (Instrumental) *
19. 明日の天気 (Instrumental) *
20. ニュー・オープン (Instrumental) *

* Bandcamp Only