ゲームに対していかに自由になれるか
それから6年が経ち、パンデミックを経てヒップホップ・シーンも様変わりした。レイジ、ハイパーポップ、プラグ、ニュージャズ……次々と生まれるムーヴメント。大きく変化したラップ・スタイルとサウンドメイキング。しかし、皆が忘れた頃に問題作を生み出すのが鬼才である。Karavi Roushi(以下 K)とAquadab(以下 A)の連名となった『BLADE N』は、この6年間の期間を埋めるように、独自の解釈でネオ・ヒップホップのすべてを消化し唯一無二の音を作り出している。ラップの未来を指し示す極上のサウンドがどのように生まれたのか、ふたりに訊いた。
取材・文 | つやちゃん | 2025年2月
撮影 | Takara Ohashi
――『BLADE N』、とんでもない作品だと思いました。いやはや、これは本当にすごいと思いますし、とても興奮しています。前作『清澄黒河』はシーンにおける突然変異というか、異様な作品が急に出てきて局所的に話題を席巻したという印象がありますが、そこからどうやって今作の制作へと進んでいったのでしょうか。
A 「今おっしゃっていただいた通り、前作(『清澄黒河』)の評判が思っていた以上に良かったんですよ。それで、次作の制作について擦り合わせするまでもなく、気が付いたらふたりで曲作りを始めていました。僕はトラックを作ってどんどん渡して、タナケン(Karavi Roushi)は以前とは同じことをやらないので時間がかかっちゃったこともあって、ようやく出せた感じです」
――前作の反応は、やっぱり予想以上だったんですね。
K 「ティーンエイジャー5人くらいが聴いてくれればいいかな、くらいのつもりでいたので、思っていた以上の反響でした」
A 「Takara(Ohashi)くんが作ってくれたアートワークが、ヴィヴィッドでかっこよかったのも大きかったかもしれない」
――そこから今回6年ぶりの新作になったわけですが、Karavi Roushiさんの軸というのは変化していないように感じました。前作『清澄黒河』は、USのトラップをKOHHなどのメインストリームとは異なるかたちで解釈した作品だったと受け止めています。一方で新作『BLADE N』は、レイジ以降のUSヒップホップにとことん向き合って解釈しようとしているように聴こえました。つまり、音楽性は変わったけれど、やろうとしている軸は基本的にブレていないのではと。USメインストリームに対する独自のアンサーですよね。
K 「その通りです。現代ラップと言えばいいのかな……。それって、常に変化していくじゃないですか。ラップのそういうところが好きなんですよ。もうね、ラップが大好きなんです」
A 「ははは、ラップが大好き(笑)」
――いや、本当にそうで、ラップが好きということがとにかく伝わってくるアルバムだと思いました。いま現代ラップと言いましたけど、この6年間でUSのメインストリームも相当激しい移り変わりがありましたよね。そういった最前線は常に追いかけてきた感じですか?
K 「そうですね。AquadabとのLINEでも、これ聴いた? っていうのを常にやり取りしてます」
A 「僕は歌モノとかも聴くんですけど、タナケンはとにかくラップ狂信者なんですよ。でもやっぱり共通して(Playboi)Cartiが出したら聴くし、CartiがDestroy LonelyやKen Carsonと契約したって知ったら聴くし、そういうのも吸収しながら今回の作品ではシンセの音をどんどん変えていったりしてビルドアップした経緯はあります」
――そもそもラップ自体が、Carti以降のラップスタイルを大胆に取り入れていますね。「Another Story」あたりはかなり驚きました。でも、決してまねごとにはならずオリジナリティも感じられる。このあたりはどのようにしてラップを体得していったんですか?
K 「ラップは、けっこう身体的な感覚でやっていると思いますね。でも、K-POPやハイパーポップも含めて現代に鳴っている音楽をたくさん聴いていて、それこそ最近もまた聴き直していたんですけどvalkneeさんの“I CAN'T BE おまえの思う通り”とか、そういったいろいろな影響はあると思います」
A 「valkneeさんのその曲とか、ちょっとChief Keefっぽいもんね」
K 「中毒性があるというかね」
――他に、制作中に聴いていてインスピレーションを受けたものはありますか?
K 「自分は今回、映画『ブレードランナー 2049』のようなサイバーパンク的なSF世界観に惹かれていました。あとは『No New York』(1978)まわりを聴いていた。他にはMichael Jacksonとかも」
A 「僕はDOUBLEの『Crystal』(1999)ですね。曲も含めてですが、まず音が良すぎる。マスタリング・エンジニアはTom Coyneですが、とにかく音が良い。調べていたら、ちょうど(『Crystal』の制作に携わっている)今井了介さんがSNSに制作当時の機材を公開していたんですよ。Kurzweil『K2000』とかE-MU『SP-1200』とか『Moog One』とか骨太の物ばかりとおっしゃっていて。それで調べたらK2000が3万円で売っていたので、買って今作でも使いました。僕はR & Bも好きで」
――そういえば、ORIVAさんが参加している「DRiLLA tO the mOOn」はちょっとR & Bぽいですよね。
A 「そうですそうです」
――Carti以降のラップって、ラップとトラックがもはや不可分じゃないですか。ラップがトラック化しているし、逆にトラックによってラップもどんどん変わっていくし。今作を聴いていると、そういった点で、現行のヒップホップをおふたりでかなり研究し尽くしている気がしました。つまり、ただCartiのラップをやってみましたという表層レベルの話じゃないですよね。
K 「ラップをどこの音に入れたらいいのか、という話はかなりしました。ここにこの音があるから、だったらあいている音域はどこなのか? そこにどのようにラップを配置するか? というやり取りですね。そのあと、入れたラップにあわせてAquadabが勝手にトラックを変えていたりもするし。真面目な話をしてますけど、ヴォイスをどう入れるかっていう普通の話ですね(笑)」
A 「レイジ以降、声にかぶせてガンガン音を入れていく傾向にあるじゃないですか。あれは、どう考えても我々の耳を変えたと思うんです。たとえば昔のEDMやプログレッシブ・ハウスも声のほうに向かって干渉していく音作りもしていましたけど、レイジはそれをさらにエスカレートさせたというか。2hollisとかを聴いているとそう思います」
――そういう意味では、今どんどんヒップホップはシンガー・ソングライター的な制作になっていますよね。つまり、ラッパーとトラックメイカーが分業しながらも、相互に影響を与え合うような制作スタイルになってきているところがある。今作でそれが叶えられているのは、おふたりの密な関係性によるところも大きいのでは。
K 「余計な説明がいらなくて、話が早いですからね」
A 「自分は岩手に住んでるんですけど、タナケンが東京で離れているので、まずはいつも自分が作ったループをLINEで聴かせるんです。そこから始まる。今回のアルバムって、ちょっとメロディアスなんだけどラップになっていて、マンブルなんだけど歌っぽくもあって、というぎりぎりのラインを突くような絶妙な表現がされていると思うんですけど、それがあるからここまで引っ張れたところもあります。そうじゃない普通のラップだったら、すぐにリリースしていた」
K 「あとは、ミックスの力も大きいと思う。これ、けっこう大変だった」
A 「ミックスはなかなか大変でした!シャウトを、うるさく出して耳障りに聴こえるように持っていくのは簡単なんですよ。でも、Cartiを聴いていても耳にすごく馴染むじゃないですか。あれはやっぱり、歪みも含めて心地よく、美しいミックス。声もキンキンせずに痛くない。そういったところの調整は少し時間がかかりました」
――Aquadabさんはもともとラップもされていましたよね。ラップをする視点でトラックを作っていけるというところは、そこに関係しているのでしょうか。
A 「たしかにそうですね。16から18歳の頃にやっていました。というかラップが好きで、当時『blast』(シンコーミュージック)を読んでTOKONA-Xの記事を見てすぐ名古屋に行った、みたいな人なので(笑)。NIPPSの“GOD BIRD”とか聴いて、これが一番やばい、これが一番かっこいいんだと思って、そのときにラップを始めた。でも、途中からトラックのほうがおもしろくなってきちゃったんですけどね。タナケンのラップを聴いていて思うのは、インスパイア元はわかるんだけど、全然コピーになっていないんですよ。さっきおっしゃっていただいた通り、僕も“Another Story”のラップは好きなんですけど、喉をつぶすような歌い方なんだけどメロディが美しい。あれは3、4年も前に作った曲なんですよ。今はもうやっている人がいるかもしれないけど、すごく新しい曲になっていると思う」
――しかもあの曲、冒頭はZeebraですよね。
A 「あっ、やっぱりわかりますか!?」
K 「伝わって嬉しいです。なんとなくZeebraに憧れていて、最近も聴き直しているんですよ。Dragon Ashも聴き直して、万全の状態でレコーディングしました」
A 「初めは、ハイパーポップぽい感じでハイを上げてミックスしていたんですけど、Zeebraぽくなるようにちょっとハイを落とし気味で仕上げたら、タナケンからやりすぎだって言われた(笑)。あれはちょっとおもしろかったな」
――(笑)。「Melodic Stripes」は終盤にジャージークラブっぽい軽快なリズムに発展していくし、他の曲ではテクノの影響が垣間見えたり、Aquadabさんのトラックはヒップホップがベースにありつつもクラブミュージック / ダンスミュージックの要素が強いのがユニークだなと思います。
A 「つやちゃんさんもよく言及されてますけど、自分もSophieが好きなんですよ。まあ、サウンド・デザインに関心がある方は皆が影響を受けていると思うんですけど。Sophieがやったことって本当にすごくて、それと合わせてBFTTやayaも好きで、そのあたりの人たちのサウンドは参考にしました」
――とはいえ、Sophieのサウンドを聴いて自分のものにしていくのは難しいですよね。どういった工夫をされたのでしょうか。
A 「コロナ禍の頃は暇で、いろいろな人がライヴ配信をしていたんですよ。自分は当時Kacy Hillの音作りが凄く好きで、そのプロデュースをやっていたBJ BurtonやFarewell Starlite、Jim-E Stackといった人たちが関わっている作品をよく聴いていたんです。そのBJ BurtonがTwichでライヴストリーミング配信をやっていて、毎回視聴人数が10人くらいだったんですけど(笑)、これは貴重だと思って画面録画して観ていて。他にも、Jimmy Edgarが以前Discordをやっていて、そこで作りかたとか使っている機材とかをけっこう公開していたんです。ノイズを出して短いフィードバックなんかでやる手法、Karplus-Strong Synthesisをどのようにやっていくか、油を引いた鉄板が揺れたり空間に反射するのをシミュレーションしたりするんだよとか……。非常におもしろかったです。ただ、それをラップと混ぜていくのはまた別の難しさで。普通にラップのクリエイティヴィティを下げることになりかねない。“New War”とかキュイーンっていう薄い鉄板を揺らして叩いて反射しているような音が入っていると思うんですけど、そういうのとザラザラした音を綺麗にミックスするというのも難しい。けっこう矛盾した音を同じ曲に入れたかったので、大変でした。あとは、“Eternal”も苦労しました。両極端な音をどうミックスするか。それに、僕は低音が大好きで(笑)。最近のポップ・ミュージックだとローを低くしがちだったりしますけど、僕はトラップが大好きなのでとにかくいっぱい出したくなるから、そこも難しいところですよね」
――そうそう、Chief Keefがすごいのって、あれだけいろんなことをやっているのに毎回ちゃんと低音が出ているんですよね。
K 「そうですね(笑)」
A 「わかる。すごく綺麗な曲もあるんだけど、ちゃんとドゥーンって出てますよね。あれはやっぱり必要ですよ」
――Karavi Roushiさんも、トラックについてAquadabさんにオーダーはするんですか?
K 「僕は、トラックに関して言うのは大枠のところだけですね」
A 「それこそ、やり取りの中で一緒に変えていったりもします。たとえばKen Carson的なアプローチをどう入れていくか。ポップ・ミュージックのお決まり的なルールとして、同じメロディを繰り返していくというのがあるじゃないですか。ひとつ作ったらそれをいかに抜き差ししていくかという。でも、Ken Carsonは曲中で2、3回メロディを変えていく。自分も飽き性だから、もう変えちゃえ! って。そういうのは都度やってますね」
――今回の作品って、メインストリーム・ラップの最先端をどう解釈するか、最後どう気持ちよく聴かせるか、といったことも含めて本当にさまざまな手が尽くされていると思うんですけど、そういったものを全部受け入れるヒップホップという音楽の懐の深さも感じてしまいました。改めて、ヒップホップっていいなって感じられるアルバムだと思います。
K 「あぁ、それはすごく嬉しいです」
A 「Kanye Westとかって、本当にすごいじゃないですか。ヒップホップの中で常に変化し続けてきた人だし、いろいろと問題はあるけどやっぱりすごい」
K 「音楽が持つ無限の可能性を前に、ゲームに対していかに自由になれるか、ということじゃないですか」
A 「何かルールができたら壊す。壁があったら突破していくというのはヒップホップの常だと思います」
Karavi Roushi X | https://x.com/karaviroushi/
Aquadab Instagram | https://www.instagram.com/aquadab/
Aquadab X | https://x.com/aquadab/
■ 2025年2月14日(金)発売
Karavi Roushi & Aquadab
『BLADE N』
https://linkco.re/fvtZ9CtP | Bandcamp
Vinyl EM1215LP 3,600円 + 税 | CD EM1215CD 2,700円 + 税
[収録曲]
01. BLADEN
02. Cheese in Hamburger (feat. Kuroyagi)
03. Another Story
04. New War
05. Brother (with Aquadab)
06. Melodic Stripes
07. Eternal
08. DRiLLA tO the mOOn (feat. ORIVA)
09. K2 Retro (feat. C.J.CAL)
10. Serial
11. Point
12. Lamp