私たちの決意を突き動かしている要求 / 奪還
一方で、私たちが日常的に目にするニュースやテレビ、広告、SNSの映像もまた、何を映し、何を映さないかという選択によって構成されている。映像は世界をそのまま映すものではなく、常に何らかの視点や編集を伴う。その意味で、私たちが「現実」や「歴史」として受け取っているものもまた、ある種のモンタージュと言えるのかもしれない。
2012年にメキシコで結成された映像制作コレクティヴ「ロス・イングラビドス(Colectivo Los Ingrávidos)」は、こうした映像の構造そのものに働きかけてきた。16mmフィルムからデジタルまで様々なメディアを用いながら、これまでに500本以上の作品を制作。彼らのマニフェストでは、メキシコの巨大メディア企業「テレビサ(Grupo Televisa)」に代表される支配的な映像の文法を批判し、映像と音の関係を断絶し、再接続する必要性が語られている。
ロス・イングラビドスの作品には、1968年のトラテロルコ虐殺(*1)や2014年のアヨツィナパ43人学生失踪事件(*2)といったメキシコの政治的記憶とともに、メソアメリカの神話や儀礼、身体、太陽、反復、リズムといったモチーフが繰り返し現れる。異なる時代に属するイメージや音はひとつの物語へと整理されることなく、ときに激しく衝突し、重なり合う。
今回、「イメージフォーラム・フェスティバル2026」の特集プログラムとして、ロス・イングラビドスの作品が全国5都市を巡回することにあわせ、メール・インタビューを行った。コレクティヴとして映画を作ること、16mmとデジタル、メキシコの歴史と植民地主義、音楽、身体、ジョナス・メカス、憑在論、そして彼らの映像と思考を貫くものについて。質問を重ねていくうちに、話は次第に、映画そのものから、私たちがどのように世界を見て、歴史をつくり、現在を知覚しているのかという問題へと広がっていった。
*1: トラテロルコ虐殺 | 1968年、メキシコシティのトラテロルコ地区で、学生運動に参加していた市民らが軍や治安部隊によって殺害された事件。
*2: アヨツィナパ43人学生失踪事件 | 2014年、メキシコ南部ゲレロ州で、アヨツィナパ農村教員養成学校の学生43人が失踪した事件。事件を巡っては、国家機関や治安当局の関与を含め、現在まで多くの問題が指摘されている。
取材・文・翻訳 | 熊澤隆仁 (deepbluesea) + 新谷和輝 | 2026年8月
――まず、ロス・イングラビドスというコレクティヴ名はどのように生まれたのでしょうか。「ingrávido」という言葉には「無重力の」「重さを持たない」といった意味がありますが、この言葉を自分たちの活動の名前として選んだ理由を教えてください。また、メキシコの作家バレリア・ルイセリの小説『Los ingrávidos』(2011)との関係はあるのでしょうか。
「コレクティヴの名前は、ホアン・マヌエル・セラー(Joan Manuel Serrat)の曲“Cantares”(1969)から生まれました。まずこの曲を聴いてもらうことが重要だと思っています」
――ロス・イングラビドスは2012年の結成以来、500本以上の作品を制作していますが、コレクティヴとして実際にはどのように活動しているのでしょうか。撮影、編集、音響などの役割は固定されているのか、それとも作品ごとに変化するのでしょうか。また、16mmフィルムを含め、これだけ多くの作品を継続的に制作するための経済的な基盤についても、可能な範囲で教えてください。
「コレクティヴが生み出したものはすべて、コレクティヴへと再投資されます。それによって、新たな制作を継続的に行うことが可能になります。何ひとつ無駄にせず、すべてを再利用します。私たちの生産主義的かつ構成主義的なヴィジョンには、支出と消費、実践と労働を厳格に律する強い意志が常に伴っています。ここで鍵となるのは、文化産業の浪費に対抗する“質素さ”です」
――メキシコ、あるいはラテンアメリカの映画史・実験映画史の中で、自分たちの活動をどのように位置付けていますか。影響を受けた映画作家や芸術運動、コレクティヴがあれば教えてください。
「私たちの実践における影響、親和性、動機、繋がり、伝統を示すためには、セラーの曲に加えて、いくつかの作品を皆さんと共有することが重要だと考えています」
INTI-ILLIMANI「El pueblo unido jamás será vencido」
Rodrigo González「Tiempo de Híbridos」
CALLE 13「Latinoamérica」
Silvio Rodríguez「Ojalá」
Atahualpa Yupanqui「La humilde」
Silvestre Revueltas「Sensemayá」
José de Molina「Corrido a Rubén Jaramillo」
Paco Ibáñez「Palabras para Julia」
Jaime López「Chilanga Banda」
SANTANA「Soul Sacrifice」
――あなたたちのマニフェストでは、「テレビサ」に代表される支配的な映像の文法を破壊し、映像と音の関係を「断絶 / 再接続」する必要性が語られています。結成から10年以上が経ち、500本以上の作品を制作してきた現在、「映像を攪乱する」という行為をどのように捉えていますか。また、2012年当時と現在とで、その対象や方法に変化はありますか。
「それはモンタージュの方法論的実践であり、今日かつてないほど必要とされる、現在の内部にありながらその支配的な時間に抗する実践です」
――あなたたちの作品の多くはVimeoで無料公開される一方、映画祭や美術館などでも上映されています。作品がどのように観客へ届くことが望ましいと考えていますか。また、メキシコ国内ではどのような場所やコミュニティで作品を上映しているのでしょうか。映画を「所有すること」と「共有すること」についての考えも聞かせてください。
「映像の生産、流通、循環は、知識を弁証法的に統合することを、その価値を増大させる軸としなければなりません。そこには、出会いと観客の想像力を触発することが含まれています。しかし、それは一様に起こるものではなく、複数のレベルにおける研究を通して、それぞれ固有の仕方で生じます。そして、そうした研究こそが、映像そのものの生産、流通、循環を可能にする条件となります。“所有すること”と“共有すること”の関係について言えば、私たちは“所有すること”には常に、精神的、宗教的、天使的、悪魔的、物質的な“憑依 = 所有”の実践が含まれていると考えています。一方、“共有すること”とは、別の手段による“憑依 = 所有”の継続なのです」
――あなたたちは16mmフィルムとデジタルの双方を使用してきましたが、近年の作品ではデジタルへと比重が移っているようにも見えます。この変化にはどのような背景がありますか。また現在、16mmという物質的なメディアを選択することには、どのような意味があるのでしょうか。それは美学的な選択であると同時に、政治的な選択でもありますか。
「私たちにとって、16mmとデジタルは根本的にはフェティッシュです。ここで言うフェティッシュとは、人類学的、社会学的、宗教的、美学的、イデオロギー的なフェティッシュであり、迷信、破壊、イデオロギーがせめぎ合う戦場としてのフェティッシュを意味しています。私たちが本当に擁護するのは、絶対的に具体的で、破壊することができず、実在する“善”、“真”、“美”という理念です」

――何度かメキシコを訪れ、実験音楽のアーティストたちと交流する中で、西洋音楽の文法とは異なる方法で音が構築されているように感じました。それは言葉で論理的に説明することが難しく、むしろ言葉になる以前の感覚や身体に働きかけるもののようにも思えました。あなたたちの作品でも音やリズムは非常に重要ですが、サウンドトラックを共同制作する音楽家たちに、同じような感覚を覚えることはありますか。また、映像と音の関係をどのように考えていますか。
「もちろんです。なぜなら西洋そのものが、今まさに粉々に破裂しようとしているからです。そして私たちは、映像と音の関係もまた、あらゆる物質と同じように、空虚、揺らぎ、間隔、振動、断続、残響、連続、リズム、分離、絡み合いという不可避の連鎖の中から立ち現れるものだと考えています」
――『狂乱の大地 Tierra en Trance』(2022)や『太陽のダンス Danza Solar』(2022)では、身体、反復、リズム、太陽、メソアメリカの儀礼的な要素が重要な位置を占めています。あなたたちにとって「トランス」は作品の主題なのでしょうか。それとも、映像を観る / 作るという行為そのものを変容させるための方法なのでしょうか。
「私たちにとってトランスとは、憑依によるモンタージュの方法論的実践です」

――メキシコを歩いていると、日常言語としてスペイン語が使われる一方で、文化的な記憶やアイデンティティの中には、スペインによる植民地化以前の世界との強い繋がりが現在も存在しているように感じます。あなたたちの作品にも、メソアメリカの神話や儀礼とともに、循環、反復、停滞、逸脱といった、効率性や直線性を重視する近代的な時間とは異なる時間が現れるように感じます。こうした神話や時間感覚は、あなたたちにとって過去を参照するものなのでしょうか。それとも、現在にも生き続けているものなのでしょうか。
「私たちが『映像についてのテーゼ Shamanic Materialism: 77 Theses on the Audiovisual』で述べているように、私たちの実践における歴史的な原理は、“和解せず”です。一見すると不連続に見える複数の時間性の総合が、その可能性の条件そのものが持つ羊水的な次元の共存、分離、問題化によって、絶えず異化されるのです」
――『サン・カルテット The Sun Quartet』(2017)では、アヨツィナパ43人学生失踪事件やトラテロルコ虐殺など、国家によって語られる歴史とは異なる記憶が呼び起こされます。あなたたちにとって映画は、失われたり隠されたりした記憶を記録するためのものなのでしょうか。それとも、既存の「歴史」という概念そのものを解体するためのものなのでしょうか。
「“歴史”とは常にモンタージュです。興味深いのは、出来事を構成する動機的なアンサンブルを、どのような方法論……非論理的なものさえ含めて……が支えているのかを発見することです。そしてその後に、トランスと憑依を誘発し、生産し、解き放つことなのです」

――『サン・カルテット』に登場するスイカの鮮烈な赤がとても印象に残りました。私にはそれが溶岩のようにも、血や肉のようにも見えます。あなたたちの作品では、一つのイメージが固定された意味を持たず、観る者の中で別のものへと変容していくように感じます。あのスイカの赤は、あなたたち自身にはどのように見えているのでしょうか。
「あなたが共有してくれた印象は、本当に素晴らしいものです。とても感謝しています。私たちにとって、あのイメージはトランスの脈動する状態のひとつです」
――今回メキシコを訪れ、UNAMなどを歩く中で、フェミニズムやクィア・コミュニティによる表現や政治運動が都市空間の中に非常に可視化されていることが印象に残りました。その一方で、フェミサイドをはじめ、女性やクィアな身体に対する暴力も深刻な社会問題として存在しています。ロス・イングラビドスの作品でも、身体は国家や植民地主義、暴力が刻み込まれる場所であると同時に、それらに抵抗する場所として現れるように感じます。フェミニズムやクィアな運動は、あなたたちが「身体」を撮ることや、政治的な映像を考えることにどのような影響を与えていますか。
「まさしく、私たちの中にあるエネルギーを突き動かしているのは、身体上に焼き付けられ抵抗するものの憑在論的な次元なのです」
――『デジャヴのためのノート Notes for a Déjà Vu』(2021)では、ジョナス・メカスの録音された声が、メキシコの抗議運動を撮影した映像と結びつきます。リトアニアから亡命し、ニューヨークで映画を撮り続けたメカスの「記憶」と、メキシコの政治的記憶を接続したのはなぜでしょうか。また、あなたたちにとってメカスはどのような存在ですか。
「私たちにとって、ジョナス・メカスはトランス状態にある霊媒 medium en tranceです」

――『ブラック・ファイアー・サン Black Fire Sun』(2025)は「Hauntology Film Archives」の一作として位置づけられています。あなたたちにとって「憑在論 Hauntology」とはどのような概念なのでしょうか。そして、なぜ“アーカイヴ”という形式でそれに取り組んでいるのでしょうか。『ブラック・ファイアー・サン』を含め、このシリーズでは何が現在に“憑在”しているのでしょうか。
「憑在論的とは、和解されていないもの、未解決のもの、脈動するものです。それは、断続の中の間隙……つまり空虚……において、残響し、揺らぎ続ける“消‐出現”です」

――今回、あなたたちの作品が「イメージフォーラム・フェスティバル」の特集プログラムとして、全国5都市で上映されます。メキシコとは異なる歴史や社会の中で生きる日本の観客がこれらの作品を見ることについて、どのように感じていますか。作品を通して共有したいこと、あるいは逆に、日本の観客に問い返してみたいことはありますか。
「東京、京都、名古屋、広島、福岡でこれらの上映が実現することを思うと、私たちは心から光栄に思い、計り知れない喜びと尽きることのない感謝を感じています。これらの都市、場所、そして日本という国の歴史、美しさ、文化、模範性、そしてレジリエンスに、私たちは深い敬意を抱いています。あなたが音楽について述べていたのと同じように、私たちの作品に関心を持ってくださったこと、そして皆さんがこの作品のために費やしてくださったリサーチ、鑑賞、企画、インタビュー、翻訳、制作、キュレーション、さらに音楽家やこの素晴らしいプロジェクトに関わるすべての方々への感謝は、とても言葉では言い尽くせません。そして、私たちがスペイン語でコミュニケーションすることを可能にしてくださった、その素晴らしい連帯にも感謝しています。私たちが日本の観客と共有したいのは、トランス、憑依、思考、知覚、感覚、非和解、リズム、断続、震撼、そして私たちの決意を突き動かしている様々な要求 / 奪還です。そして日本で作品を見る皆さんにぜひ問い、探ってみたいのは、私たちを絶えず、執拗に不安にさせ、つきまとってきたこれらの動機をめぐって、皆さんが何を考え、何を感じ、何を知覚するのかということです」
■ イメージフォーラム・フェスティバル2026――氾濫する映画
The 40th Image Forum Festival ―― Light Spills: Body, Film, Performance
https://www.imageforumfestival.com/2026/
| 2026年9月19日(土)-25日(金)
東京 渋谷 シアター・イメージフォーラム / 3F 寺山修司
| 2026年10月16日(金)-22日(木)
京都 出町桝形商店街 出町座
| 2026年11月7日(土)-13日(金)
愛知 名古屋 ナゴヤキネマ・ノイ
| 2026年11月24日(火)-29日(日)
広島 広島市映像文化ライブラリー
| 2026年12月9日(水)-13日(日)
福岡 福岡市総合図書館映像ホール・シネラ
[K | コレクティーボ・ロス・イングラビドス――儀礼、トランス、抵抗の彼方へ]
Colectivo Los Ingrávidos: Ritual, Trance, beyond Resistance
「マテリアリスト神秘主義」と「反種植民地主義」を掲げるメキシコ拠点のコレクティブ、本邦初特集!
メキシコ拠点のコレクティーボ・ロス・イングラビドス (Colectivo Los Ingrávidos)は、国家、資本、マスメディアが形成してきた支配的な映像のあり方を問い続け、2012年にプエブラ州テワカンで結成された。16ミリフィルムやデジタル映像、ファウンド・フッテージ、詩、音響、先住民文化や神話などを重層的に組み合わせながら、これまで500本を超える作品を発表し、政治、身体、儀礼、歴史、記憶をめぐる独自の映像実践を展開している。本特集では、MoMA、ロッテルダム国際映画祭、e-flux Screening Roomなど、国際的な映画祭や美術館・文化機関で注目を集める彼らの代表作を通して、そのラディカルな映像世界を紹介する。
キュレーション: 熊澤隆仁 (deepbluesea) / 中西香南子 / 新谷和輝
| K1 | 『サン・カルテット』
2026年9月19日(土)18:30- | 24日(木)18:30-
「サン・カルテット」は、アヨツィナパ学生失踪事件を起点に、1968年トラテロルコ虐殺から植民地主義の暴力まで、メキシコに刻まれた歴史の亀裂を照射する四部作。即興音楽、 詩、抗議運動の記録、多重露光を重ね合わせながら、国家が独占する歴史の語りに抗う映像実践を提示する。
サン・カルテット パート1――太陽の石
サン・カルテット パート2――サン・フアン川
サン・カルテットパート3――動乱
サン・カルテットバート4――11月2日 / アヨツィナバから遠く離れて
The Sun Quartet | 16mm (デジタル上映) | 61分 | 2017 | メキシコ
| 特別トーク
2026年9月19日(土)18:30- K1プログラム上映後
登壇: 熊澤隆仁 (deepbluesea) / 中西香南子 / 新谷和輝
| K2 | イングラビドス作品集
2026年9月19日(土)21:00- | 24日(木)16:00-
儀礼や神話、政治運動、記憶を横断する短編集。メソアメリカの身体性やリズムを映像化した「狂乱の大地」を軸に、ジョナス・メカスのナレーションを織り込んだ作品、太陽信仰を題材とした作品などを上映。フィルムの物質性と政治性が交錯する、ロス・イングラビドスの映像実践の広がりを提示する。
| 『太陽のダンス』
Danza Solar | 16mm (デジタル上映) | 4分 | 2022 | メキシコ
| 『狂乱の大地』
Tierra en Trance | 16mm (デジタル上映) | 38分 | 2022 | メキシコ
| 『デジャヴのためのノート』
Notes for a Déjà Vu | 16mm (デジタル上映) | 22分 | 2021 | メキシコ
| 『闘争』
Batalla | 16mm (デジタル上映) | 4分 | 2019 | メキシコ
| 『ブラック・ファイアー・サン』
Black Fire Sun | digital | 1分 | 2025 | メキシコ
2026年10月16日(金)
東京 錦林車庫前 外
開場 19:00 / 開演 19:30
予約 2,500円 / 当日 3,000円(税込)
[Program]
Colectivo Los Ingrávidos『狂乱の大地』 x 1729
斎藤玲児 x 空間現代
[Flyer]
Takashi Makabe
