しょーもない曲を歌うのはイヤ、自分で作るしかない
取材・文・撮影 | 久保田千史 | 2019年11月
協力 | 岡田 崇 (LI’L DAISY / zubai studio / VAGABOND)
――作詞、作曲、編曲から歌唱、ダンス、コレオグラフまで、全部ご自身でこなされているわけですが、どれを一番最初に始められたのでしょうか。
「音楽を始めた頃から自分でトラックを作って、作曲も作詞もしていたから、同時って感じなんですけど、振付は間違いなく一番最後ですね。自分の曲をステージで歌うことになったときに、なんとなく振付あったほうがいいな、って思って、仕方なく作った感じです。振付は」
――振付なしでパフォーマンスしている時期もあったんですか?
「ライヴを始めてからは、ほとんどあった気がします。今もいくつかはない曲もあるんですけど、基本的には付けてます」
――もっと遡って、幼少時を回想するといかがでしょう。
「小さい頃から音楽やりたいとは思っていたんですけど、“歌手になりたい”っていう感覚しかなくて。だから、歌はすごく好きでも、自分が曲を作ったり、ましてや編曲までするとは全く思っていなかったです」
――作曲、編曲を手がけるようになったきっかけは?
「音楽スクールに通うために上京したんですけど、DTMが必須カリキュラムのひとつだったんですよ。入学してから始めると大変かな?って思って、進学が決まった少し後くらいから勉強し始めたんですけど、それがきっかけですね」
――カリキュラムをこなすために始めた感じなんですね。作曲したくて始めたわけじゃなくて。
「そうですね」
――不本意ながら、歌の勉強はしたいからがんばった、みたいな。
「うん。でも学校で学んだことって特にないです(笑)」
――(笑)。
「学校が悪いという意味ではなくて。結局、自分でいろいろ考えたり、独学みたいな感じ多かったです。今の邦楽の音楽業界って、人にお任せだと自分が歌いたい曲を歌えないかもしれないな、って思って。めっちゃ歌が巧くて、それだけでプッシュされるような人って、この世にめったにいないし、わたしはそこまで歌唱力ないから、やっぱり自分で作るしかないんだろうなあ……みたいなことは、頭ではなんとなく考えてました。しょーもない曲を歌うの嫌だし。しょーもない曲ってめっちゃ多くないですか(笑)?」
――うん、それは本当そう。
「たいていの曲はしょーもないじゃないですか。それを歌うために音楽やるのは辛いだろうと思って。だったら自分で曲を作ってみようかな、と思ったタイミングでDTMを勉強することになったので、これを機に、と思ってすんなり始めてみた感じです」
――入口はネガティヴだったけど、ポジティヴに活用したんですね。
「そうですね、はい(笑)」
――そういう動機の人ってけっこう珍しくないですか?
「そうなんですかね?みなさん何が“曲を作ろう”っていう動機になるんですかね」
――楽器なり、ソフトなりを触っていておもしろかったから、みたいな人が多いんじゃないですかね?
「ああ。最初はいじって遊ぶみたいな感じなんですかね、感覚的に。バンドから始めて、みたいな人もいますもんね」
――そういう人たちも、まあ、言っちゃえば、なんでバンド始めたの?ってことになってきますけどね(笑)。
「そうですね(笑)。最初はコピーから始めたりするのかな」
――そういうバンドは多い気がしますけどね。加納さんはコピーとかやらなかったんですか?
「楽器とかは今でも全然できないんで、カラオケで歌うくらいしかなかったですね」
――加納さんはけっこう、音楽制作テクノロジーの申し子みたいなところがあるんですかね(笑)。
「そうですね(笑)。わりと安くソフトが買えて、実践し易い時代じゃないですか。昔は今の数10倍、数100倍くらいの値段だったと思うんで。身近になってきていますよね」
――手軽に取り組めるとはいえ、加納さんの曲はどれもかっちり仕上がっていますよね。
「いや~、全然。まだまだです」
――そうですか?そこは学校での勉強が反映されているんでしょうか。作曲の授業とかもあるんですよね?
「一応、作曲というか、コード進行みたいな音楽理論の話とかをオジサンが喋ってましたけど、正直すごく、偏ってる人だったから、あまりためになる話がなくて。コード進行って、難しいのがたくさんあるじゃないですか。そういうの全然頭に入ってこなかったから、とりあえず自分が作り易いコード進行から始めてみました。結局、やり易いようにやればいいやっていう感じで、こうなりました」
――なるほど……知らないこと教えたいオジサン、いらっしゃいますよね……。加納さんのメディアでの取り上げられ方って、なんというか、やっぱり、“若い女の子が1980年代ライクなエレポップをやっている”っていう、当時の青春を投影してる系のオジサン的視点がほとんどだと思うんですけど、そういうのってご自身でどう感じているんですか?
「そう見られているのは感じているし、それを武器にしているところもあります。最初はまあ、オジサンが入口になるんだろうな、とは思ってました(笑)。でも80sの音楽って、ポップスの場合、若い子も絶対好きになる要素がたくさんあると思うんです。自分のやり方次第だと思うんですけど、もっと若い人にも聴いてもらえるようになりたいんですよね。まずは、わたしより上の世代の皆さんに受け入れていただけるようにがんばって、その後に若い人たちにも違う方法でアプローチしよう、っていう方針です」
――方針があるんですね(笑)。
「はい(笑)。だから、“おじさんホイホイ”ってよく言われますもん」
――ホイホイ!それ蔑称すよね……。
「自分でもそう思うんで、全然嫌な気持ちしないし、否定もしないです。でもわたし、もともと中身がけっこうオジサンぽいので」
――どういうことですか(笑)。
「競馬が大好きなんですよ。競馬が趣味の女の子って、あまり会ったことがなくて。お酒もすごい好きなので、内面がどちらかと言えばオジサン寄りかな?っていう(笑)」
――競馬はいつ頃からお好きなんですか?
「小さい頃から好きですね。ゲームとかやってました」
――『ダービースタリオン』(アスキー)とか?
「そうそう。『Winning Post』(コーエー)とか」
――ゲームから好きになったということ?
「どうなんだろ……。お父さんが競馬好きで、わたしが小さい頃から競馬場によく連れて行ってくれたんですよ。実家が札幌なんですけど、札幌競馬場で毎年夏に中央競馬が開催されるので、夏はそこに遊びに行って。そのうちに競馬が好きになっていて、お父さんが持っていたゲームを勝手にやり始めて、みたいな。最近は忙しくてあまりできてないんですけど、暇なときは毎週家で競馬やってましたね」
――競馬はホイホイ用に始めたわけじゃないんですね(笑)。
「そうです。やっぱり、全体的にオジサン側なんですよ」
――仕方ないことなんですね。
「仕方ないんです(笑)」
――80sポップス好きと競馬好きは、リンクするような気もしますしね。
「どうなんでしょうね。“ノスタルジー”みたいな感じが好きっていうのはあると思うんですけど」
――加納さん、今おいくつなんですか?
「24歳です」
――じゃあ“小さい頃”はもう90年代ですね…。
「1995年生まれなんですけど、その頃はもうバブルが終わって、わりとしんみりしてた時代」
――80s全然関係ないすね(笑)。
「関係ないですね(笑)」
――でもDAFT PUNKをきっかけに好きになって。
「そうですね、入口はDAFT PUNKです」
――もはや80sって、リヴァイヴァル云々というよりも、普遍的なアイテムになっている感じですよね。90sも現代もフラットに存在する中で、オジサン・マインドにフィットしたのが80sだったという感じなんでしょうか。
「そうですね、きっと」
――聴き方はどうですか?
「レコードとか、いただいたもの以外は全く持ってないですよ。あっ、でもDEPECHE MODEだけはレコード買ったんですよね……」
――どして?
「某誌の企画で、わたしが好きなレコードかCDを数枚持ってきてくださいっていうことになって、平澤(直孝 / なりすレコード)さんがレコードで並べたくて、けっこうレアなやつ * を西新宿のレコード屋さんで見つけてくれたんですよ。それを平澤さんに5,000円払って買いました」
* 『The Singles 81→85』(Mute Records, 1985)だそうです。
――高いすね(笑)!
「高いでしょ?5,000円て。わたし自身はCDでもなくてサブスクだから、聴き方はあまりオジサンぽくないです(笑)」
――おもしろいですね。その雑誌の企画に象徴されるように、オジサンはけっこうフィジカル推しじゃないですか。そういうのは面倒臭くならないんですか?僕も、推しはしないけど、フィジカル買うほうが好きです。
「両方の気持ちがわかるんですよね。物体を手に入れて、置いておきたい気持ちもよくわかるし。フィジカル買うのは面倒臭いし、サブスクでポチッとすれば聴て簡単にディグれるから楽じゃん、っていうのもすごくわかる。だから、両方に良いアプローチをしたいんですよ。カセットとかLPを今後もしっかり出していきながら、もう少し簡単な気持ちで触れられるようにサブスクとか、先行配信とかもやって。若い人にプレイリストに載せてもらえるような効果を狙いつつ」
――いろいろ考えていらっしゃるんですね。したたかと言いますか。
「(笑)」
――そういう、マーケティング的な技術って、大手レーベルと契約されていたときに培ったものだったりするんですか?
「いえ、そのときはもう、必死だったから、何も考えていなくて。ちゃんと考え始めたのは本当、今年に入ってからくらいだと思います」
――先行配信した際のネットでの反応っていかがですか?
「今日ちょうど『Just a feeling』ていう曲の先行配信を始めたんですけど、けっこう反応いただけました。そういうのはすごく嬉しいですね。フィジカルのほうが間違いなくお金にはなるから、もったいぶってサブスク解禁しない人はけっこう多いですけど、サブスクも器用に使っていかないと、ステップアップには繋がり難いのかな?とは思っています。今の時代は仕方ないっていう諦めも若干あって」
――“アイドル”として打ち出していることに関してはどうですか?アイドルを自称しなくても十分に成り立つ音楽をやられているわけですけど。それも“アイドル”というマーケットを意識したストラテジーの一環なんでしょうか。
「そうですね。最初から“わたしはアーティストです”みたい打ち出すと、出られるライヴの幅が狭くなっちゃうんですよ。“アイドル”は完全にカルチャーとして成立しているから、その枠でディグる人がたくさんいる。吉田 豪さんとか。そういう人に認知されたら、ある程度、アイドル界隈での知名度が上がるじゃないですか。まずはそこまで行きたいんですよ。去年活動を始めた頃は、それが辛いな……って思ったんですけど」
――何が辛かったんでしょうか……。
「まだコネも何もない状態で始めたから、自分が出たい場所に出られなくて。地下アイドルのさらに下の、地底アイドルみたいなのがいるんですよ。ただアニソンを歌うだけとか。最初は、そういうすっごいレベルの低いイベントにしか出られなかったんですよ」
――ある種のスカム的な。
「そう。わたし自身は今とやっていることは何も変わらなくて、オリジナルの曲を歌っていたんですけど、周りの人はポカ~ンみたいな。それがすごく辛くて」
――それでも、“アイドル”って言ってないよりは言ってたほうがマシだったということですか。
「いえ、迷いはありました。このままで大丈夫なのかな?みたいな。これ以上こういう感じだったら別の方法を考えようかな、とはうっすら思っていたんですけど、2ヶ月くらいで方向転換するのは早過ぎるし、様子見みたいな時期でもあって。続けているうちに、気が付けばだんだんクオリティの高いブッキングにも呼ばれるようになってきので、まあ、間違いではなかったな、って思えるようになりました」
――そういう風に悩んでる人、たくさんいらっしゃるんでしょうね。
「いや~、いっぱいいると思います」
――加納さんみたいな音楽だと、所謂、シンガー・ソングライターおじさんが集まるような界隈ともまた違いますもんね。
「そうなんですよね、難しいですよね」
――“アイドル”としてのイメージが聴衆に刷り込まれていくことに対しては抵抗ないんですか?
「ないです。そこを入口に、音楽を好きになっていただければ。大きなフェスに出るのが夢なので、音楽性も含めてどんどん拡がるようなものにしていきたいです。それも踏まえてアルバムのミックスは自分でもやりました」
――加納さんミックスやマスタリングの技術もお持ちだったんですね。
「……今回初めてやりました」
――そうなんですね!全国流通する1stアルバムでミックスに初挑戦するというのは、並々ならぬ拘りですね。アートワークにも拘りがありそうですけど、MATERIALさん(CARRE / MGMD A ORG.)とは何か打ち合わせをしましたか?
「そうですね、MATERIALさんのご自宅で“こんな感じにしよう”みたいなお話をしました。自分が想像していた以上にすごく素敵なものを作ってくださって、嬉しいです。この、なんかカクカクしてるのとか、凝ってるなあって思って」
――カクカク(笑)。
「さすがだなあって思いました(笑)」
――“こんな感じにしよう”というお話は、具体的にどんなイメージだったんですか?
「やっぱりわたしは“ニューウェイヴ”のイメージが強いと思うので、そこを重点的に話し合いました。ニューウェイヴもいろいろな国にあるじゃないですか。UKとか、なんちゃらとか」
――なんちゃら(笑)。
「(笑)。でも、ドイツっぽい感じにしよう、っていう話に落ち着いて。グラフィック系のデザインが好きなので、そういうのを自分で探して。伝えたものをMATERIALさんが咀嚼してくれて、こんな素敵にドイツっぽい感じになりました」
――ドイツっぽさの例として、どんなものを提示したんですか?
「わたしが参考にしたのは、Janet Jacksonの、真ん中でかっこつけてるやつ。『Control』か。ああいうウネウネとか、かっこいいなって思って。あとは木村カエラさんとか」
――全然ドイツじゃないっすね(笑)。
「そうなんですけど(笑)、なんとなく共通認識でのドイツのニューウェイヴ感というか。あとLPは加藤和彦さんへのオマージュ(『うたかたのオペラ』)とかもあります。平澤さんがどうしてもやりたいって言うから、やらせてあげました」
――平澤さんの夢も叶えてあげてるんですね。
「そうなんですよ。なんか、特典のオビなんかすごいことになっていて。箱帯とか、折り込み帯とか。そういうのも平澤さんがやりたいから、やらせてあげてるんですよ。箱帯なんて超かさばるから、邪魔でしかないと思うんですけど。保管が面倒臭い」
――たしかに。つぶして折らないとケースにしまえないですもんね。
「そうそう。でも叶えてあげようと思って(笑)」
――なんて優しいんだ(笑)。
「ですよね」
――今、国内でも、オビ自体付けないCD多いですよね。
「ねえ。そうですよね。オビもお金がかかるから。でも平澤さんは前々からやりたかったっぽいんで」
――なりすレコード、ひいては平澤さんと組むのって、実際のところ、どうですか?
「めっちゃ楽しいです。飽きない。平澤さんは、わたしが今まで出会った中で一番おもしろい人なんで(笑)。ダントツで。なんか、いるだけで笑っちゃうんですよ。不安になるところがあるにはあるんですけど(笑)、なんだかんだちゃんとやってくれますし」
――大手資本のレーベルに一時とはいえ所属されていた加納さんからしたら、平澤さんのやり方って、けっこうイメージ的に落差あるんじゃないですか?金銭面でも。そういうのどう感じてるのかな~って思って。
「(笑)」
――レーベルのオーナーが電話代払えないとか、電気止められてるとか。
「ね。平澤さんは自分の利益を考えて仕事してないから。わざわざ負債を抱えたいのかな?って思うくらい(笑)。でも、アヤシイ感じのレーベルってめっちゃ多いじゃないですか。平澤さんもまあ、ある種、見た目からしてアヤシイはアヤシイんですけど(笑)。でも原盤権を持たせてくれたり、アーティスト・ファーストみたいなところがあるので、ありがたいと思っています」
――信頼してるんですね。
「うん、信頼してます」
――じゃあよかった。平澤さんも加納さんのリリースに命かけてるっぽいし(笑)。
「そうなんですよ。すごいがんばってくださってるので」
――レーベルって、“売ってくれる”みたいなイメージって少なからずあると思うんですけど、そのための施策はいろいろ、ご自身で考えていらっしゃるみたいだし、問題ないですね。
「そうですね。そこも平澤さんに丸投げするというわけにはいかないので。逆に丸投げしたら大変なことになると思う(笑)。だから、自分で考えるべきところはしっかり自分で考えています。ちゃんと売らないと、また平澤さんの負債を増やすことになるし(笑)、がんばるしかないですね」
2019年12月14日(土)
東京 青山 月見ル君想フ
開場 18:00 / 開演 18:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
※ お問い合わせ: 月見ル君想フ
■ 2019年11月20日(水)発売
加納エミリ
『GREENPOP』
| 通常盤CD
HYCA-3093 2,500円 + 税
[収録曲]
01. ごめんね
02. Just a feeling
03. Next Town
04. 1988
05. フライデーナイト
06. ハートブレイク
07. 恋せよ乙女
08. 恋愛クレーマー
09. 二人のフィロソフィー
10. Moonlight
11. ごめんね (Extended Ver.) *
* CDのみ収録のボーナス・トラック
| 限定盤2CD
HYCA-9004 3,000円 + 税
[収録曲]
Disk 1
01. ごめんね
02. Just a feeling
03. Next Town
04. 1988
05. フライデーナイト
06. ハートブレイク
07. 恋せよ乙女
08. 恋愛クレーマー
09. 二人のフィロソフィー
10. Moonlight
11. ごめんね (Extended Ver.) *
* CDのみ収録のボーナス・トラック
Disk 2
リミックス・アルバム
TBA
| ヴァイナル
NRSP-1270 3,000円 + 税
[収録曲(曲順未定)]
01. ごめんね
02. Just a feeling
03. Next Town
04. 1988
05. フライデーナイト
06. ハートブレイク
07. 恋せよ乙女
08. 恋愛クレーマー
09. 二人のフィロソフィー
10. Moonlight
| カセットテープ
NRCT-2501 2,500円 + 税 | 限定300本
[収録曲(曲順未定)]
01. ごめんね
02. Just a feeling
03. Next Town
04. 1988
05. フライデーナイト
06. ハートブレイク
07. 恋せよ乙女
08. 恋愛クレーマー
09. 二人のフィロソフィー
10. Moonlight
11. TBA (未発表ライヴVer.) *
12. TBA (未発表ライヴVer.) *
* カセットテープのみ収録のボーナス・トラック