Column「平らにのびる」


文・撮影 | 小嶋まり

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 昨日、遠距離恋愛をしている恋人がこちらにやってきた。年が明ける前から会えるのが楽しみで楽しみでたまらなかった。小さい頃から遠足やら何か楽しい行事があるときは、次の日が早く訪れるようにと早めに床に就いていた。昨晩ももれなくそうである。夜9時には寝てしまっていた。その甲斐あって朝早く清々しく起床、家中をくまなく掃除してから母が彼のために作ってくれた茶碗蒸しと筑前煮を受け取りに行ったら、あっという間に空港へ迎えに出る時間になっていた。何もかも完璧に仕上げておきたいと思っていたけれど、結局時間が足りず、急いでシャワーを浴びて髪も乾かさず化粧もしないままおもちと車に乗り込み、空港へ向かった。

 空港は湖の真横にある。慌てたものの予定の時間より早く着いたので、駐車場の端っこにある湖畔まで行き、空を見上げて彼の乗る飛行機の到着を待った。飛行機のライトが湖の向こうのほうから見え始めると気分が高まった。遠方から人を迎え入れるときの興奮が好きだ。これからの楽しみが逃げることなく目前に待ち構えている。無情に過ぎ去る時がそれを食い尽くしてしまうのは悲しいけれど、そんなことは今はまだ考えないようにする。

 おもちを連れて空港の入口へ向かい、玄関横の窓にへばりついて中を覗いていると、彼が到着口に現れたのが見えた。きゅーんとしますね、やはり。彼は私たちに気付いてこちらへやってきた。何度も彼と一緒に過ごしているおもちもさぞかし喜ぶだろうと思ったら、思いのほか無反応だった。車内では、お互い参加もしなかった成人式や他人とたわいもない会話をする難しさなどについて話したりした。片田舎の飲み屋街にあるスナックで働き始めたこともあり、その難しさを身に染みて感じている。選択枠が星の数ほどある都市圏で長く過ごしているうちに、文化的、政治的な価値観が近しい同士で固まりがちになっていた私にとって、真逆の立場だったり、共通点のない人たちと対話するというのはコンフォートゾーンから抜け出す作業であり、それがなかなか至難の業だったりする。そぐわないかたち同士でも共存する、ということについて考えさせられている。

 夜になると風が出てきた。ご馳走をたくさん食べたので腹ごなしにと、散歩に出ることにした。歩いているうちに、風はどんどん強くなる。近所にある運動公園のだだっ広いグラウンドの横で立ち止まり、ふたりで雲の隙間から覗く月を眺める。薄明かりのなか、公園にある大きなフラッグポールが強風に煽られカンカンと鳴り響き、不気味だった。俺、これひとりだったら怖いな、と彼が言った。私は、ひとりで夜中にランニングしたりしているから別に怖くないかも、なんて格好つけて言ってしまったけれど、内心ひとりだと耐え切れないくらい怖いと思った。

 彼が滞在するこれから4日間、楽しみである。

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正編 | トーチ (リイド社) 「生きる隙間
Photo ©小嶋まり小嶋まり Mari Kojima
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ライター、翻訳、写真など。
東京から島根へ移住したばかり。