文・撮影 | 小嶋まり
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2歳年上の東京生まれの従兄弟がいる。小さい頃は仲がよかったけれど、今は滅多に会うことはない。
従兄弟が17歳のとき、わたしにとっては叔母である従兄弟の母が亡くなった。52歳、子宮がんだった。長い間看護師をしていたわたしの母は、病床に伏した人の鼻を見ると死期が分かると話していたことがあった。体調を崩し入院した叔母のお見舞いに母が行ったとき、叔母の鼻を見てもうだめかもしれない、と泣きながらわたしに話したことがあったのを覚えている。鼻の先が天に近づくかのように、尖ると言っていた。
とてつもなく暗く重い空気に包まれたお葬式だった。従兄弟とは一言も話さなかった。若くして母を失った従兄弟の気持ちは計り知れず、話しかけられる雰囲気ではなかった。
葬式が終わり空港へ向かう車の中で突然、僕は一生結婚しない、と従兄弟が言い放ち、破裂したように泣き始めた。家族となった大切な人を失う恐怖と、諦めと、強い意志が複雑に入り混じった強烈な一言だった。
その後、従兄弟は大学に進学したもののすぐ辞めてしまい、バイクに没頭した。バイク関連以外の人付き合いもあまりしなくなり、周りの余計な人間関係を削ぎ落としているのが分かった。叔母が亡くなってから数年後に叔父が叔母を追うように亡くなり、従兄弟はさらにバイクに夢中になった。大きな事故を起こし、生死の淵も彷徨った。よく喋る叔母に似てにぎやかな従兄弟だったのに、あまり話さなくなってしまった。
死にかけたにも関わらず従兄弟は未だバイクが大好きで、ごくたまに東京から島根までの長距離を、バイクに跨ってやってくる。結婚はしていないし、お付き合いしている人もいない。バイクという無機質な失われることのない対象が、彼を支えている。
人の命の儚さは裏切りのようにわたしたちにつきまとう。確信もなければ永遠でもない。不安定な生命に囲まれ、自らも抱え、心の拠り所をわたしはどこに見出すのだろうか。