でも、大丈夫だと思いますよ
筆者がfkirtsさんの服装を勝手に考察したジン『I♡FKIRTS』を2018年に書いてから早3年。コロナ禍に突入し、人と会うこと自体がためらわれてしまうこの時代に、自分の好きな人の話を聞き、記録しなくてはならないのでは?という謎の思いが募り、ついにインタビューをさせていただきました。ブログやジンを書く理由から、環境問題がテーマの最新ジン『SPRING 2021』、今冬のアウター事情、2021年に買ったアート作品、メンタルケア、家族、友達の作りかたまで、大ヴォリュームで語っていただきました。
取材・文 | slim_organic | 2021年10月
構成 | 仁田さやか
撮影 | 三田村 亮
――今日は、お話を聞かせていただく機会をいただきありがとうございます。fkirtsさんのブログとかジンを読んでリスペクトしているので、話が聞けて嬉しいです。
「ありがとうございます(笑)」
――fkirtsさんに聞きたいことをメモしてきました。fkirtsさんのことを知らないかたにもわかるように、まずは自己紹介をお願いできますか。
「自己紹介、一番難しい(笑)。いろんな音楽の催しに行くのが好きで、絵とか写真とかの展示を観に行くのが好きで、たまにDJをしていて。画家のhiraparr wilsonと顔が似ているっていう理由だけでDJユニット“どっぺるげんがぁ”を組んだり。あとは、個人的におもしろいと思ったことをまとめたジンを不定期で出していて、たまに原稿執筆の話がなぜか舞い込むから、物書きっぽいこともやって。あとは『歯のマンガ』(カトちゃんの花嫁)の初期に“フカツさん”としてなぜか出ている、みたいな。本当、謎なんですよね。遊んでいたらこうなった」
――そもそも、ジンを作ろうと思ったきっかけは?
「まず、“みんなジン作ってよ”って言いたい。ばるぼらさんが、自分のジンを“パージン”と言ってくれて。そこで“パージン”っていうワードを初めて知ったんだけど、“パーソナル・ジン”のことらしくて。自分のことを書いているジン。こういう読み物って、書いた人のことを知らなくてもけっこうおもしろいから、みんなに作ってほしい。めっちゃ簡単にできるよ。パソコンで作ってコンビニで出力して、ホチキスで止めて、ライヴに行くときに持って行って、友達に無理やり買わせたりするだけで、人見知りでも絆ができるよ、っていう。音楽とかを作ったりしてなくても意外といいよ、って」
――Instagramに投稿していいねを気にするよりも、ジンを作ってしまったほうが言葉足らずにはならないというか。
「そうそう。それでも渡した後にエゴサーチをしちゃうけど(笑)」
――もちろん、反応は気になりますよね。
「でも反応の出かたもSNSのスピード感よりゆったりしてるから。スローメディアで最高ですよ。もともとは、ジンを作る前からブログを書いていて。そもそもは、なんとなく楽しかった思い出を残したい、みたいな思いがずっとあって、映像メディアをやりたいと思っていたんだけど全然無理で、ブログを始めたという」
――映像メディアをやりたかったんですね。
「そう、2010年頃の当時は、なんとなく今起きていることがわかる映像メディアみたいなものが当時は全然なくてつまらなかったから。DOMMUNEより以前に、昔スペースシャワーTVで『メガロマニアックス』(* 1)っていう番組があって、“こういうことがやりたいんですよー”とかわちゃわちゃ全然知らない人に話しかけている時期を経て、とりあえずブログを始めようかな、って思っているときに七尾旅人さんのライヴに行って(* 2)。それで感動して、よし書くぞ!って思ってそのまま漫画喫茶に行ってブログを開設して、書いて、公開して。excite(『10分で納得のいく日記を書く訓練』)だったと思う。今も残ってるんじゃないかな」
* 1 1998年から2003年にかけて放送。VJはブライアン バートン・ルイス。
* 2 2010年4月15日に東京・吉祥寺 弁天湯で開催された「風呂ロック」。
――その最初のブログは少しだけ書いてblogger「YULUXUSBLOLOLUG」に移行してましたね。
「うん。そういうブログが、いろんな友達ができるきっかけになって。それからインターネット疲れみたいなのがあって、そのタイミングで“TOKYO ART BOOK FAIR”に出店している友達に誘われて“不幸の科学”のブースでジンを出して、という流れ」
――最初にジンを作ったのがそのタイミングですか?
「そう。なぜか仲間にいれてもらえた!ってタイミングがあって。2013年。最初はジンじゃなくてステッカーを小袋に入れて出していて。その後、加賀美 健さんに誘われて“TOKYO ART BOOKAKE FAIR”(* 3)でもジンを出して。なぜだかそういう機会がもらえたから、ジンを作ったっていう感じ。やっぱり自分からは動いてはいない部分もある(笑)」
* 3 2014年12月開催の第1回から2016年8月開催の第4回、最終回までjunichi fukatsu名義で参加。
――一応ブログを読めるところまで遡って読もうと思って、たぶん最初から最新の記事まで読めたんですよ。2016年くらいの記事を昨日読んでいて、これはさすがに全部読めないかな、と思ったんですけど、2016年から2019年に急に飛んで。
「そう、その間はやってない。その間に別サイトをやっていて。Wordpressでちゃんとドメインとって、やるぞー!って勢いだったんだけど、全くできなくて。そっちのお金払うのやめてbloggerに戻ってきて」
――じゃあWordpress時代のはもう読めない?
「読めない」
――もったいないですね。
「でもほとんど書いてなかったから」
――先程の話に戻るんですけど、弁天湯の七尾旅人のライヴがブログを始めるきっかけなんですね。そのライヴを見て、クラブばっかり行ってたけど、そういうライヴとかも行くようになったっていうようなことが書いてあって意外でした。昔から平行していろんなものが好きなのかなって思っていたんですけど。
「メロコア、NUMBER GIRLみたいなところから、大学に入ってクラブ・ミュージック、トランスとか。ずっとそっち。あと洋楽、普通にOASISとか。でもハードコアは観に行ってたんだよね、BREAKfASTとか。メロコアの延長線上でよりコアで格好いいものはなんだってなったときにハードコアだって。それこそやっぱり雑誌『relax』(の影響)。BREAKfASTも『relax』。人脈的に竹村 卓さん、平野太呂さん周り。その頃は磯部 涼さんの影響もめちゃくちゃあった。所謂“RAW LIFE”っぽいところにずっと行っているみたいな状態で、ほかはDOMMUNEとか。そことアコースティックなジャンルって、当時磯部さんは両方書いてはいたけど、なんとなく自分は行ってなかった。弾き語りとかは特に。目覚めたのは完全に七尾旅人さんのライヴから。今だとめっちゃ普通だよね。BUSHBASHとかも」
――GOFISHや井手健介さんもBUSHBASHでライヴをやってますね。気付けば最近はあたりまえになりましたけど、10年前はそうでもなかったんですかね。
「そうでもなかったと思うんだけどね、全然」
――でもGOFISHのライヴで会って、Forestlimitでも会うみたいな人は今でも限られている気もします。でも、まだまだ知らない素敵な音楽があふれていると思うと、生きようって気になりますね。
「ははは(笑)。強い言葉出たね」
――今日はfkirtsさんのジンをいろいろ持ってきました。
「めっちゃあるね」
――このフォトジンとか好きでした。
「何気に自分のジンが一番好きなんですよね」
――じゃないと作らないですよね。fkirtsさんの立ち姿でセルフィしているジンとか。いろんなパーカーとキャップ被っているジンとか。めちゃくちゃ良いです。
「それいいよねー。思い出もあるし、今見るとまたいいなあ。このカラーのやつまた作ろうかな」
――絶対作ったほうがいいですよ。
「簡単に作れるからねえ、こんなの」
――自分の持っているアイテムを紹介していて、嫌らしさがない人って本当に珍しいと思います。自慢になっていないのが。
「なってるでしょ、多少は(笑)」
――いやいや、全然そういう感じになってないんですよ。
「あんまり価値が高い物を買わないからだと思う」
――レア物自慢じゃないからですかね。
「レア物みたいなものにあまり興味がない。単純に価格が高いブランドものが載っていても嫌だもんね。自分なりの視点で書いてあるから。庶民の嗜みみたいなもんですよ」
――最新のジン『SPRING 2021』は売りかたも良かったですね、paypalで。
「初めて通販しました。たぶん200部くらいは作ってるんじゃないかな。ベルリンに住んでいる元おでん屋ROKUのakkoさんにも最近やっと届いた」
――『SPRING 2021』では環境問題がテーマでしたけど、それ以前のジンを読むと、物欲がすごい時期が長いじゃないですか、今でもそうだと思いますけど。ジンのテーマが切り替わったのって何かきっかけがあったんですか?
「ずっと興味があったことではあるんだけど……。ずっと、ちゃんと環境とか考えなきゃいけないな〜って思いつつ、これくらいならいいんじゃない?みたいに蓋をしていたんだけど、会社で環境問題系のブランドをやるよ、ってなって。いろいろ勉強しなきゃ、って知識を入れていったら、その蓋がバカって外れちゃって。これはもうやらないとなーって完全に切り替わった感じではあるね。でも結局いろいろ買っているけどね(笑)」
――まあ、買うのはやめられないですよね……。世の中的にも雑誌『SPECTATOR』の土特集があったり、関心を持っている人は増えているのかな?っていう気はします。
「前よりも“どーせ……”みたいな態度の人ってかなり減ったと思うけどね。それでも、まだまだ多いけど」
――それでもやっぱりめっちゃ買ってるんですね。
「古着だったらOK、っていうゆるっとしたルールを設けることで異常に古着を買っているっていう」
――異常に(笑)。2016年のブログに、5年くらい前から古着のモードになったって書いてありましたね。
「それより前はいわゆる日本国内のカリスマ系のブランド。ああいうカルチャーがめちゃくちゃ好きだったから。実際“WTAPS”の超常連客」
――ジンにもWTAPSのジップフーディめっちゃいい、みたいな話が出てきますもんね。
「うん。今でこそWWWとかで“プロ客”って言われたりするけど、その前はWTAPSのプロ客だったっていう。めっちゃ並んで買うみたいな。たまにWTAPS周辺でイベントがあったのよ。WTAPSがPHILOSOPHYっていう本屋さんをやっていて、そこで映画の上映会をやっていたりして。そういうのに行って良くしてもらって」
――服好きの人、アパレルで働いている人ってWTAPSが好きな人が多いイメージがあります。僕は地元の平塚の古着屋「MAMUDS」で中学からほぼそこで服を買っていたから、ドメスティックなカルチャーにはそんなに興味が向かなくて。fkirtsさんはなんでそもそもそういうドメスティックなブランドを好きになったんですか?
「中学のときは全然服に興味がなくて。お小遣いも多くなかったし。高校生のときに裏原宿ブームがあって。みんな古着屋さんに行き出したり、裏原宿のTシャツを着ている人が学校に数人いる、みたいな。雑誌『smart』『Boon』『POPEYE』『GET ON!』とかを読んで。REVOLVERとか並んだりしてましたよ。地元にカルチャーっぽいものがあまりないって思ってたから」
――横浜ですよね。
「その後、全然あるじゃん、ってなるんだけど」
――cafe & bar spareとか、ミスメロ(ミスターメロディー)さんとか。
「そうそう。高校、大学のときは地元に何もないって思っていたから、下北沢に行ったり原宿に行ったりしていたんだろうね」
――実家を出たのっていつですか?
「大学のときはひとり暮らししてたよ。仕送りしてもらって、バイトして。明治大学の理工学部。小田急線の向ヶ丘遊園に住んでた。その後にバンタンデザイン研究所に通って、そのときは実家から行ってた」
――大学を出てから専門学校に行ったんですね。ファッション・ブランド「DUCK DUDE」のデザインをしている、っていうのは載せていいんですか?
「全然大丈夫ですよ。でも最近は本当に下火になってきてるけどね」
――(ブランドのキャラクターの)ダックが『METAL BACON』着てたりとか、『Yeezy』履いてる2010年代中盤がピークですか?
「そうだねえ。ピークだったと思う」
――当時は、電車の中や道を歩いていると時々着ている人を見かけるくらい流行ってましたよね。“お茶の間”に広がっている感じというか。今は違うブランドに携わっているんですか?
「うん。ひとつは北欧のエシカルなブランド“DEDICATED.”と、もうひとつオリジナル・ブランド“AIMNAIM”で作っていて。アパレル業界も厳しすぎて、新しいことをやらなきゃいけないけど、それも全然上手くいかない、みたいな」
――コロナ渦もあって、外に出かける機会が減ったら服を買わない人もいるでしょうしね。実家のご両親は健在ですよね?家族構成は?
「健在。姉がひとりで末っ子。だからもう完全に放置されているよね。諦められてるっていうか、無関心というか」
――そういえばfkirts父もウェブサイトをやっているんですよね。記事でリンク飛ばしても大丈夫ですか?
「全然大丈夫」
――お父さんのサイトもすごいですよね。充実。というか、こういうお父さんだからfkirtsさんがこうなったんだっていう。
「全く一緒。親父がワインのラベルをずーっとファイリングしているのを見せられたんだけど、びっくりして。なぜかと言うと、全く同じ時期に俺はチョコボールの箱をファイリングしていて」
――ははは(笑)。お父さんがワインのラベルをファイリングしていることは知らなかったんですか?
「全然知らない。全く同じ時期に、チョコボールの箱が少しずつデザインが変わっていくのを記録するためにファイリングしていて」
――収集が好きなんですね。いくら親子とはいえ、そこまで似たことをしている人ってなかなかいないですよね。
「性格もめちゃくちゃ似ていると思う」
――反抗期とかあったんですか?
「どちらからというと母親とぶつかることのほうが多かったと思う。母は教員でした」
――fkirtsさんの真面目な感じもそこからきてたりするのかな。
「確実にきてますね」
――fkirtsさんって、わりと年ごとの服のモードってあるじゃないですか。今はどんな感じなんですか?
「なんだろう。とりあえず異常にメルカリでジーパンを買っていて」
――ジーパンなんですね。
「ぴったりサイズ」
――今履いているのはどこのですか?
「レディース用の501で。LEVI’Sの701っていう。7が頭のモデルは全部レディース。これはさらにスチューデント・モデルっていうちょっと小さいモデル。フロントのボタンが普通5つなのが4つだったりコンパクト。コインポケットの縫製が違ったりする。80年代のもの」
――最近「久しぶりにデニムを履きたくなった」みたいな話をよく聞く気がします。
「聞く聞く。完全にブーム」
――それこそ高校の頃とかに、がんばって501の赤耳買うか買わないかくらいな感じだったんで、今ハマったらめっちゃおもしろいんでしょうね。
「赤耳じゃないやつも値段上がってるんだけど、このスチューデントとか小さめのは探している人があまりいなくて。だから超探せばぴったりのがみつかる」
――色落ちの具合が、とかそういう価値観も今ないですもんね。
「逆に色が残っているのが高くて、ケバとかっていうワードが。ケバ残り。それでちょっと値段が上がるみたいな」
――濃い色を買って自分で落とすとかって感じでもなく。
「女性とかは色が落ちているのは汚らしいから嫌だって」
――ヒゲとかそういうの全く興味ないでしょうしね。
「ヒゲがついてたら嫌だって。俺もそうで」
――綺麗に履ける感じですもんね。
「そうそう、綺麗に履けるから。それをキープするために何本も買うみたいな感じ。あとは、最近このレベルまできたらヤバいって自分で思ってるんだけど、ネイビーの無地のTシャツを4枚くらい買って。B.V.Dの80年代とかの、ちょっと腕周りが細くなってるのとか。で、首のリブがちょっとだけ太い。小さめのサイズだとポケットが少し大きくて」
――パッと見アンバランス、胸ポケットが大きく見えるっていうか。
「それが最高!みたいなところまできちゃっていて」
――これはどこで買ったんですか?裾のステッチもいい。
「YAMA STORE。こういうのがあと3枚くらいあって(残り3枚を持ってくる)。これもう完全に異常行動だなあ」
――ネイビーたちが。いいですね、色の違いが。
「これはScreen StarsのHEAVY。首のリブの丸さがいい。このレベルまで達したら終わりだな、っていう……これは沼だな」
――素敵だな、って思いますよ。
「これの黄色が欲しいな、とかそういう風になってきちゃってるから」
――ここらへんのプレーンな無地のTシャツって、当時しか出せない色ですよね。
「同じ青でもそれぞれ微妙に違って、ひとりで眺めながら最高!ってやっているっていう」
――買ってますね。
「買っちゃってますね。だからもう結論、何も変わってないです。ジーパンもそうだけど、レディスのファッションに興味あるのと、あとForestlimitにいる人とかってめちゃくちゃオシャレだから。どうしたらああいうグラマラスな感じを取り入れられるのかなあ、って今考えているところです」
――勝手なイメージですけど、Forestlimitに来ている人って、レイヴっぽいっていうか、ギラギラした感じに向かっている人が多いイメージなんですけど。
「今“見た目!”っていうグループがあって。新宿のマンションの一室でミシンとかが置いてあって、そこで自由に古着をリメイクできたりする」
――S-LEEさんとイベントやってたりしますか?
「そうそう。Baby Loci + sudden starとか、あの辺の周り。めっちゃクリエイティヴでジェンダーレス」
――そういうことが大前提っていうか、どんどん更新されていってほしいですね。冬はアウター、何着ますか?「Patagonia」のカメレオンJKTを買ったっていうツイートは見ましたけど。
「あれは本当に寒くなる前まで。真冬は軍モノの、ECWCSのLEVEL7 TYPE1っていう。丈が長いモンスターパーカーって言われてる、いろいろな人が着ているのがTYPE2。TYPE1は短めの丈のシンプルなもので、サイズ違いで2着持ってるんです。メルカリで、2019年と、その前の年に買ったのかな」
――この前、僕もLEVEL7を下北沢のmu.で買ったんですけど、ブリーチしてもらうんですよ。LEVEL7はみんな着てるから着られないなーって思っていたんですけど、ブリーチしているものが置いてあって、いいなって。
「おお、最高だよね。GEN3、暖かいから」
――王道だけど一歩捻ってるものが好きなので、そういうところに今冬は落ち着きました。
「たしかに。あとPHINGERINでコートを頼んでる」
――fkirtsさん、PHINGERINやBAL周辺のかたがたとも昔から友達なんですね。
「Monkey TimersっていうDJユニットがバンタンの同級生で。年は違うけど同じクラスで、CD貸したり。その片方のTAKEやんが「balanceweardesign(現・BAL)」で働きはじめて、その繋がりでPHINGERINの小林(資幸)くんとも知り合って」
――僕も坂脇 慶さんがデザインしたBALのシャツはすごいお気に入りです。他にもZMURFさんとかとやっていて良いですよね。
「ね。それこそ映像をpooteeくんが撮っていて」
――やっぱりASOKOに携わっていた人たちってめっちゃすごいんだなって思います。あとPHINGERINで働かれているハヤトさんも知り合いですよね。
「そうそう。ハヤトくんはPHINGERINが始まるか始まらないかくらいに知り合った気がする。PHINGERINの前に、CYDERHOUSEの(岡本)裕治くんと小林くんがCIDER MOUSE POSSEっていうのをやっていて、小林くんと裕治くんはMixroofficeでバイトしてて。要するに僕の同世代で、文化服装の学生時代からイケイケでキレキレの最高にギラギラしている若者というとまず彼らだったのかなみたいな。クラブに行っても派手だし。スケシン(SKATE THING)さんがいて、そのふたりが取り囲んでめちゃ盛り上がっているみたいな光景が毎週末YELLOWとかで繰り広げられていて」
――鋲ジャンのブログとかもおもしろかったです。
「CYDERHOUSEの裕治くんが鋲ジャン作ってくれるとか、いろいろあったね」
――今も鋲ジャンは家にあるんですか?
「実家にある」
――チャリとかも実家ですか?
「実家実家。置けないからね」
――実家にお宝ありそうですね。
「いやー、何もないよ。レアになりそうなものは全然持ってない。個人的な趣味。誰にも理解されないものが多い」
――そんなことないと思いますけどね。ところで、最近気に入っている古着屋はどこですか?
「mu.はめっちゃいいですね。めちゃくちゃかっこいい。沖(真秀)くんが(SNSに)上げていて、それで知った」
――mu.はいいですよね。今日履いてるパンツもmu.で買いました。patagonia MARS level5。MARSのスカートリメイクは見ました?
「あれめっちゃ良かったよね!丈がもうちょっと長かったら買ってた」
――あれは本当に発明というか。実物を見たかったんですけど、この前お店に行ったときにはなかったです。
「その日のうちは迷えるくらいはオンラインにあって。あとは最近Kinsellaがメンズを始めて“Rabble.”っていう。古着で。すごい変なのばっかり出していて」
――TOXGOの上のところですよね。最近PROPS STORE含めそこら辺行ってないから行ってみよう。
「本当言うとMr.Cleanとかが良いはずなんだけど、どっぷりアメカジにハマっちゃいそうで。テンション的にちょうどいいのがmu.とかFILMとか」
――アメカジおじさんにはなりたくないはないですよね……。
「おじさんがちょっと……やっぱりおじさん恐怖症というか……。おじさんが嫌いだからおじさんになりたくない、みたいなそういう葛藤はある。外から見ると気持ち悪く見えるのかな、っていうのもすごい思うね」
――おじさんがここに遊びに行っていいだろうか?っていう葛藤とかは?
「あるある。KotsuくんがDJする学生のイベントで、たぶん本当に20代前半しかいないところに行って。俺とNOVO!の加藤さんだけが、おじさんとしてそこに存在しているみたいなときがあったような気がするんだけど、大丈夫なのかなあ……(笑)みたいな」
――難しいですよね、自分が気にしてるだけなのかもしれないし。年を重ねてきて、体の不調とかはないですか?最近の世の中のテーマでセルフケアは重要視されている気がします。fkirtsさんってメンタル不調とかなさそうに見えますが。
「いやー、実は微妙でして。死ぬほど寝ることによってどうにか保ってるだけ。寝られなくなったらマジ終わりだなって。ちょうどこの3、4ヶ月、仕事が忙しくてマジでキツかったっていう感じだけどね。とにかく寝た。寝られるときにとにかく寝た」
――化粧水とかCBDアイテムとかは使ってないんですか?
「ははは、使ってないね。変化としては、美容院に頻繁に行くようになったっていうのが超セルフケアになってるなって。美容院を予約するっていうことができない人間だから。とにかく面倒臭がりだから、いろいろできないの。そのひとつに、美容院の予約ができないっていうのがあって」
――男子は特に苦手な人が多い気がします。
「時間通りに行けないっていう。遅刻しちゃうっていう怖さでそもそも行けないっていうのがあったんだけど、原宿の喫煙所でタバコを吸っていたら、そこに来ていた美容師の人に“剃り込み、やってみませんか?フェードやってみませんか?”って言われて。それで1回タダで切ってもらって、そのあと普通にお客さんになって。それからLINEで“そろそろどうすか?”みたいな連絡が来る。イベントに行く回数が減って時間があるっていうのもあるけど、今はほぼ月1で行っていて。そうやって聞いてくれるから、えーっとこの日ですかねって返信すると、“じゃあ次はパーマいきましょう!”みたいな。言われるがままにやってもらってる」
――今日、撮影のときにヘアメイクが決まった感じで来たな、と思ってました。
「あはは(笑)。このセットも美容院で売っている整髪料をちゃんと買って」
――いいですね。似合っていると思います。パーマ期の前は角刈りっていうかスポーツ刈りのときもありましたね。あのときはあのときで似合ってました。
「そうそう(笑)。角刈りのときに急に美容師に話しかけられた」
――じゃあ美容院に通うのがある種、生活の中のリズムと救いになっているんですね。
「そうだね。単純にシャンプーしてもらえるだけでありがたい、みたいな。けっこう社会の中で重要な要素だなって思うけどね」
――FNMNLの徳利さんの記事にも書いてありましたけど、最近、コロナ渦でいろいろな場所に行くこと、または行ったことを書くのが憚られるっていうのもあるからか、インターネットにこれ行きました、これ買いましたとか書かない傾向の人って多いじゃないですか。fkirtsさんもそっちにシフトしてますよね。Instagramのストーリーズの投稿ぐらいで。それがちょっと寂しくもあるんですけど。
「そうね、刹那的な。掘り起こされたくないっていう気持ちもめっちゃあるから」
――でもfkirtsさんは、いやらしくなくそういうことを記録できる、貴重な人だと思うんです。
「普通に体力的に無理だなあ(笑)。仕事が忙しくて、前はブログとか3時4時くらいまで書いてたけどもう今はできないっすね。平日3時4時とかはさすがに無理」
――嫌ですもんね、次の日に響くのとか。みんな掘り起こされるのが嫌だから記録しなくなったのかな。
「単純に、俺もブログやるときに勝手に写真撮って載せてたけど、やっぱりそれができなくなった」
――ブログにも書いてましたね、許可を取るのも大変だなって。たしかにそうかも。
「実はそれをすごく思っていて。でもどの時代にも“やっちゃえ!”っていう人間って俺がやらなくなっても次から次へ出てくるから、と思ってたんだけど出てこなかったな、っていう(笑)」
――fkirtsさんがブログ書いていたのって30歳から35歳ぐらい。僕がそれを読んでいたのが20代後半から30前半とかなんですけど。自分が35になったときに下の世代に示せているものって何もないな、って思っちゃいます。
「何かをしたい、みたいなのはやっぱりあったからブログとかをやってたんだけどね」
――何者かになりたい、みたいな?
「うん、そういう気持ちがめちゃくちゃあったから。“裏原宿に憧れる”って、結局一発当てたい衝動みたいな。人生観としてめっちゃ刷り込まれてて。未だにちょっとあるもん、一発当てればなんとかなるんじゃないかって。絶対ならないっていうのは最近わかってきたんだけど(笑)」
――fkirtsさん、可能性しかないですけどね。
「いやいやいや、もう難しいっすよ。大変です大変です。本当に、お金のこと考え出したらマジ無理だなって思っちゃうけどね。逆に言うと、半分自給自足にしたらなんとかクリエイティヴなことも半分やりながら暮らしていけるだろうなあとか、考える。現実的に」
――fkirtsさんが若い頃から憧れていた野村訓市さんみたいに、今二十歳ぐらいの人たちのパイセンっているんですかね。
「どうなんだろう、わかんない。でも、野中モモさんはやっぱりめっちゃ尊敬するな。いてくれてマジよかった、みたいな。若い人に限らず、そう思っている人は多いと思うけど」
――本当にそうですね。改めてブログを読んでいて思ったんですけど、展示にひとりで行って、そのあと展示している人と仲良くなるスピードが半端ないですよね。
「ははは(笑)。でも本当に波長が合う人だけかも。当時は向こう側が誘ってくれるみたいな、ウェルカム感が凄かったような気がする。高円寺のASOKOとか、nanookくんとか。nanookくんはマジで異常だったと思う(笑)。初めて展示に行って、展示に着いた時間が終わりくらいの時間だったから“これから別のイベントあるから一緒に行く?”みたいな」
――どうしてそんなにすぐ仲良くなれるんですか?
「なんとなく共通の友達がいるくらいだよ」
――共通の友達がいるのは信用度高いですよね。昔のブログ読んでると名古屋まで友達と弾丸で展示を見に行くとかやってるじゃないですか。読み返すとめっちゃ眩しく見えます。
「俺が見てもたぶんそう思う。一番楽しかった時期だと思うよ」
――ブログの気になるところだけスクショしておこうと思ったんですけど、スクショしきれなかったなあ。沖さんの最初の展示から行ってますね。沖さんと玉田(伸太郎)さんとカセットテープをかける会みたいなこともやってたんですね。
「ね、“DJ中学の時のオレ”っていう」
――歴史だな、って思いました。
「楽しかったです。やっぱりスペースがあるのって良かったです」
――たしかに場所があるっていいですね。
「ふらついてる時代。どの世代でも、25、6歳の頃ってなんとなく孤独感を感じていて」
――ふらつきカルチャー。ASOKOがあるときは1、2回前を通ったことしかないんですけど、当時PANIC SMILEの吉田 肇さんが高円寺でレコ屋(Sunrain Records)をやっていたじゃないですか。そこと円盤と古着屋にはめっちゃ行ってましたね。BREAKfASTとか豊田道倫さんとか買って聴くみたいな。僕の場合はひとりふらつきカルチャーって感じですね。
「へー。あまりCD屋に行ってないんで。ナマケモノだから。店がやっている時間に起きないし。休日はライヴの時間に合わせて外出る感じで」
――『SQUIDS magazine』についてのブログも当時バズってましたね。コンタナ(今夜が田中)さんとか。
「“バズ”って言っていいのかわからないけど(笑)」
――コメント欄にT.R.E.A.Mがリツイートしてくれてアクセス数が今回めっちゃ伸びました!みたいなことが書いてあって。
「ははは(笑)」
――当時そうだったよなあ、みたいな。そういえばコンタナさん、アカウント消しましたね。誰も気づいてないタイミングで。
「Twitterで知った」
――dztpさんがツイートしてましたね。dztpさんが書くアウトドア系の記事とかいいですよね。真摯で。
「ね。dztpさんにもめちゃくちゃ影響されていると思う。あとはbcxxxさんとか。Twitterを見ていたときはかなり影響を受けていたと思います。bcxxxさんこそいまやもう書いてないけども」
――最近、30歳を越えると友達の作りかたがわからないって思ったんですけど。
「まあね、わかんないね。だから俺は本当によかったなーと思っていて。今は、だいたい展示に行って知り合った人とか、ブログをやっていてちょっとしたきっかけがあって仲良くなった人と10年以上関係性が続いているから。それはめちゃよかったな。もともとの友達があまりいないから、全然。今友達を作ろうと思っても、コロナ禍だとより難しい」
――僕は結婚してからは、家族ぐるみで知り合う友達も多くて。
「それって超大事だよね。俺も彼女がいて繋がる人、っていうのがめちゃくちゃ今あって。人間関係もすげー変わるな、っていう」
――fkirtsさんと初めて喋ったのがたぶん2015年ですかね。
「なんとなくDK SOUNDのイメージだったけど」
――そのときにちらっと話して。そのあとにたぶん……。
「OPPA-LAだよね」
――そうです。VIDEOTAPEMUSICさんとかが出ていて……。odd eyesのレコ発(* 4)のときかな。朝方に席に座ってたら、確かeminemsaikoさんが隣に座ってきて。それでeminemsaikoさんに「fkirtsさんですよ」って紹介された気がするんです。それで「ブログ読んでます」って言って。
「わりと最近だね」
* 4 2015年5月16日に神奈川・江ノ島 OPPA-LAで開催された「odd eyes『A love supreme for our brilliant town』release party」。MILK、VIDEOTAPEMUSIC & beipana、odd eyesがライヴ、JxJx (YOUR SONG IS GOOD) 、panparth、pootee、磯部 涼、strawberry sexがDJで出演。
――fkirtsさんのジンを初めて買ったのは、その後6月の“TOKYO ART BOOKAKE FAIR”のときだった気がします。スニーカー作ってたときあるじゃないですか。ohianaさんの座禅組んでるポスターが貼ってあったとき。ペ・ヨンジュンの等身大パネルがシーリング・ファンに括り付けられて回っていたときかな。
「とんだ林(蘭)とかも出てたとき。所狭しとやってたね」
――fkirtsさんってポスターとかジンとかめっちゃ買ってると思うんですけど、2021年は何か買いましたか?
「GUCCIMAZEと河村康輔さんとYOSHIROTTENの3人でやってた展示(* 5)はグラフィック好き冥利に尽きる最高の内容で。高かったけど買ったんですよ、ポスター。ギャラリー月極っていう、駐車場みたいなところでやっていて。前は作品は買ってなかったんだけど、ライヴやイベントの開催がなくて行かない分、お金に余裕ができちゃって。それで最近は買おうかなと思っていて、ポスターもその一環」
* 5 2021年7月30日-8月20日まで東京・学芸大学 ギャラリー月極で開催されたKOSUKE KAWAMURA × GUCCIMAZE × YOSHIROTTEN「CHAOS LAYER」
――直筆サイン入り。確かに印刷がすごいですね、細かいところのレイヤーが凄い。これは額装したいですね。
「結局額装せずそのままになっちゃってるけど。ステッカー好きの次元の最上級。最高だー!みたいな。これはいい」
――ほかにはなにか買いましたか?
「作品はTAKUYA WATANABE TAKUYAくんの絵とか。ANAGRAでやってたとき(* 6)に出してた、油彩絵の具を溶くものを固めたやつ。永遠にそれが固まらないぬるっとした状態でずっとある、みたいな作品があります(作品を手に取る)。だんだん黄色さが増してきている気がする。ふにゃふにゃなんです。虫ピンで止めてある。これが一番彼のタトゥーの作風と似てるからいいなって」
* 6 2021年2月7日-16日まで東京・半蔵門 ANAGRAにて開催された「天国と地獄の結婚」
――紫外線とかで変化しているんですかね。おもしろい。いいですね。最近、特に自宅で過ごすことが多くなって植物にハマる人って多いですけど、fkirtsさんはどうですか?
「特にはハマってない。単純に言うと服が関わってないからっていうのもあって。やるとしたらコットン栽培はやりたいな」
――やっぱり軸が服なんですね。
「仕事が服だから。よりそうなっちゃっていて」
――日本は普通に綿って育つんですか?
「全然育ちにくい。“和綿”っていう品種があるんだけど、繊維がめっちゃ短いからボソボソで耐久性も弱いんだけど、沖縄とかだとギリギリ強いのが育てられる」
――暑いところだと育つんですか?
「降雨量とか、いろいろ因果関係があるんだよね。だから世界でも育てられるところが限られているのに、無理やり作ってる。で、地球がヤバい。そんな感じですね、とにかく」
――麻だったらいいんですかね。
「そう!麻はすごく強いからめっちゃ育つけど、やっぱり肌触りは綿のほうが抜群にいいから」
――直で麻は着ないもんなあ。
「だから綿が常にトップにいるっていう」
――最近patagonia workwearのヘンプのオーヴァーオールを買いました。
「うんうん。直接肌に触れないものは全部麻とかに切り替えたほうが絶対いいっていう」
――がんばって切り替えていこう。fkirtsさんは何歳になったんでしたっけ。
「39歳です」
――39歳ですかー。2022年の3月で40歳。
「よく覚えてるね」
――覚えてますよ、毎年じゃないけどプレゼントあげてますし(* 7)。
「あー、そっかそっか」
* 7 2016年3月27日の「DO-PINK 2016 黄金町”裏”桜祭り」でfkirtsさんがPADDLERS COFFEEで犬と戯れている写真をプリントしたCORNER PRINTING製のハンカチ、2019年のなぽみみH.M.C「バザー4」に合わせて制作したぬいぐるみ「フカフェックスツイン」など。
――fkirtsさんが2022年に40歳。40歳からのカルチャーが始まっていきますね。
「いやー、世間からどんどん離れて行っちゃうんだろうな。普通に考えて……普通ってよくないね」
――そうですね。でも楽しい人たちと素敵なものに囲まれているのは幸せだなって思います。
「本当ですよね。でも、大丈夫だと思いますよ」
――おお。じゃあ見出しは「大丈夫だと思いますよ」にしとくんで。
「ふふふ(笑)。大丈夫だと思います。素敵なものを作ってくれる人とか、その人自体が素敵な人、みたいなことをめっちゃ知ってるし、その人たちはすぐ消えてなくなるわけじゃないし。全然大丈夫。そんな感じです」
――今日インタビューしてよかったなって思いました。
「友達、素敵な知り合い、いる、OK!みたいな。そんな感じ」
――fkirtsさん、素敵なメンタルですね。
「そうですか?いやー、恵まれてるんだろうなあ、っていう感じ、本当に。運はめちゃくちゃいいと思う。そういう意味では。本当に嫌な人はほとんどいない。いい人ばかり。会ったときにほっこり、みたいな」
――ポジティヴですね。
「でも会社に行くともう“はあー……”みたいな感じでやばい、精神状態が。普通にアンガーマネジメント講座に行こうって思うくらい。後輩とのやりとりとか、気をつけないとなーって。関わりかたを自分も見直さなきゃ、とかね。やってますね」
――最後に何か一言ありますか?
「選挙に行きましょう、ですね。マジで考えようやあ、っていう。最後に言いたいことは環境問題をやろうってことと、選挙やろうや、ってことですかね」
――おじさんになっても学んで、社会に対してアクションしていくってことですね。
「おじさんになったからこそ、自分ができることを真剣に考えたほうがいい。自分のこと以外を考えたほうがいいな、ってめっちゃ思いますね」
――尊い時間をありがとうございました。