Review | 統制陶器 皿


文・撮影 | 梶谷いこ

 昨年の2020年末に『恥ずかしい料理』という本を出して半年ちょっとが過ぎました。7つのお宅でいつも作って食べられている料理を、エッセイと平野 愛さんの写真で紹介するこの本。わたしは“著者”ということになっていますが、実は文章のほかに本文のデザイン、イラストカット、そして料理のスタイリングもやらせてもらいました。制作費の都合という理由ももちろんありますが、「なんでも自分でやらないと気が済まない」というわたしのタチを、版元・誠光社の堀部(篤史)さんがさりげなく尊重してくれたのだと思います。「レシピページのスタイリングもいこさんがやったらええやん」。堀部さんのそんな言葉に調子づいて、制作が始まる1年ほど前からスタイリング用の食器を少しずつ買い集めていたのでした。今回はその中から、買ったものの出番がなく本では使われなかったものをひとつ紹介します。

統制陶器 皿 | Photo ©梶谷いこ

 青と緑のラインが爽やかな印象の白いリム皿。グレーがかった白色に濃い抹茶色とロイヤルブルーのラインがよく映えます。爽やかな雰囲気の中にシックな趣もあって、一筋縄ではいかない良さに惹かれて雑貨店にて購入しました。

 「個体差があるので、在庫ある分ぜひご覧になってください」。そう言ってお店の方が在庫分をレジ台いっぱいに広げてくれたはときには、まるで揃いの夏服に身を包んだ子どもたちを眺めているような気分に。よくよく見てみると、確かに同型でもラインの色の濃淡や太さにかなりのバラつきがあるのがわかります。濃く太いラインでポップな感じがするものもあれば、かすれて細いラインが繊細な味わいになっているものもありました。さんざん悩んで、濃いめの色のラインが細くキリッと入っているものを選択。一番内側の緑のラインの、引き始めと引き終わりの太さが違っているところにも惹かれました。普通の既製品にはなかなかない愛嬌があります。

 大きさは直径21.5cmほど。トースト皿よりひとまわり大きく、ディナー皿よりひとまわり小さいサイズです。実際に使ってみると、このサイズ感が良いのです。腹八分目の量だけ食べたいとき、パスタにしろカレーにしろ普通のディナー皿によそってみるとずいぶん貧相に見えてしまいますが、この皿ならその心配がありません。少ない量でもしっかりした食事に見せてくれるので、うっかり食べ過ぎることがなくとても重宝しています。

統制陶器 皿 | Photo ©梶谷いこ

 実はこれ、「統制陶器」と呼ばれる焼き物です。統制陶器とは、1940~1946年頃の日本で日中戦争~太平洋戦争の戦時色が強まる中、国によって管理、生産された日常雑器のこと。限られた生産資源を効率よく(軍事関係へ)回し、流通価格、品質を一定に保つため、全国の窯業地には“統制番号”と呼ばれる番号が振られ、管理されていたようです。しかしその詳細は、資料が焼失していたり、破棄されていたりしてわからないことが多いのが実際のところです。

 この皿をよく見てみても、統制番号らしき表記は見当たりません。ただ、重油窯で焼かれていたものとみられ、表面には鉄粉が混ざっていたり、生産の過程でついたとみられる傷があったり、“味わい”と呼びつつ“粗悪さ”と紙一重のクオリティと言えなくもありません。人も物もとにかく資源がない時代、やっと作ることができた1枚の皿です。わたしがこの皿に無邪気にも趣を感じられるのは、物があふれかえる今の時代に生きているからでしょう。先に「腹八分目にちょうどよいサイズ」と書いた絶妙な大きさも、もしかして食べる物がない戦時中~戦後、少しでもひもじい思いを紛らわせるための工夫だったのかもしれないと想像すると胸の詰まる思いがします。

 統制陶器が作られていた当時、全国の窯業地では日常に使う陶器類のほかに、「防衛食容器」と呼ばれる缶詰代用品の陶器製容器なども生産されていました。日常周りのわずかな金属さえ武器生産のために接収されるような時代に、缶詰作りに回す金属などなかったことは想像に難くありません。しかし防衛食容器は戦時中大量に製造されたものの、その多くは実際に使われることなく終戦を迎えました。肝心の中に入れる食糧が不足したためです。また、戦争末期になると軍の要請で手榴弾や地雷も生産していたことがわかっています。瀬戸、有田、信楽、備前など、今でも愛される焼き物の名産地で、殺戮のための道具が作られていた時代があったということになります。

 一見すると爽やかな色合いのヴィンテージ皿にも、紐解いてみればこんな歴史があったのです。わたしたちの食卓に楽しみをくれるはずの食器やそれを作る窯元が番号で政治的に管理され、軍需品と同じように扱われることが今後ありませんように。この皿で腹八分目の量のカレーやパスタを食べる度、そう願わずにいられません。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。