自分がどんな心情でも朝と夕は繰り返される
取材・文 | 村尾泰郎 | 2026年2月
写真 | 木原千裕
――昨年12月のワンマン・ライヴを拝見しました。ニカさんの歌は感情が身体を通して増幅されるというか、全身が感情のスピーカーになっているようなところがありますが、あの日は歌わなくてもそういう状態になっていて。ニカさんの生の感情がダイレクトにぶつかってきて圧倒されました。
「ありがとうございます。ガンジーさんが亡くなってから4年近く経って、コンサートに来てくれる方々はきっと私のことを心配してくださっていた方々だろうなって、そんなみなさんに今の自分の気持ちをそのまま伝えたいけど、言葉にするととりとめがなくなるから歌で伝えるんだぞ、と思っていたのに、ステージに上がったら、みなさん、ありがとう、という気持ちでいっぱいになってしまって」
――ステージに立ったニカさんが会場を笑顔で見渡してから涙をこぼして、その姿を観て観客もまた涙ぐんで。
「いやあ、本当にすみません(笑)。東京という場所も大きかったですね。もちろん、地元や他の町でやるライヴもいつも全力で臨むんですけど、初期からの活動を知ってくださっている方々がここにはやっぱりたくさんいて、一緒に歳を重ねてきたという感覚があるんです。しかも、新しいアルバムができて最初のライヴ、でもまだ聴いてもらっていない、前情報もほとんどない状態で披露する新曲たちで。感慨もひとしおでした。しかもあの日は、照明、音響、バンドの仕上がり、体調、すべてがいいコンディションでした。それでも、やっぱり気負っていたのか、本番の最初のほうはうまく声が出なくて。こんな状態で新曲披露するのは嫌だ、って時間稼ぎしちゃいましたが、ちゃんと歌えるようになってからは全力を出し切って記憶がないくらい。でも、コンサートが終わる頃に、また歌が取り上げられちゃうって思って」
――「私、歌いたい!」って叫んでいましたね。その言葉が胸に刺さりました。
「ガンジーさんが亡くなる直前、さすがにそろそろ新作を作りたいと思っていたんです。ライヴでやる曲が代わり映えしないのが恥ずかしくなってきていて。小泉今日子さんに提供した曲「ごめんね」「わたしのゆく道」(2012)をライヴでセルフ・カヴァーしたり、新曲として、ガンジーさんのかっこいいところを見せられる、ベースがブンブン鳴っているような曲を作ったり。新作に向けて自分たちのスタジオも作りかけていたんです。でも、その矢先にガンジーさんが……。ほら、幸せすぎたから罰が当たったんだ、歌も取り上げられちゃうんだって思いました」
――罰だなんてとんでもない。でも、人はそういうときにそういうふうに感じてしまうんですね。
「“ガンジーさんショック”以降というか、ガンジーさんが亡くなってからはコーヒーを淹れて飲むことさえ自分に禁じていました。ガンジーさんを死なせてしまった私が、自分を喜ばせるようなことをしたらダメだと思って。自分に罰を与えようとしていたんですよね。そうやって自分の感情を押さえ込んでいたから、歌いたくないけど歌わざるを得ない状況になると抑えていた感情が溢れ出して、わあわあ泣いてどうにもならなかったんです。音楽を聴いただけで崩れ落ちてしまう。そういうことがあって、私、音楽が好きだったんだってようやく気がついたんです。私の感情と歌はこんなにも繋がっていたんだって」
――それまで音楽が好きだと思ったことはなかった?
「いや、そんなわけはないんですけど、でもあまり日常で音楽を聴かないし、そんなに欲していない気がしていて、自分は本当に音楽が好きなんだろうか?っていうのは思っていました。でも今回、好きとか、そういうことではなくて、音楽にだけは心を開いていたというか、自分が生きていくうえで、どれだけ音楽に支えられていたかがようやくわかったんです。私、歌うのが大好きです!寺の仕事とか子育てとかうまくできないけど、私の取り柄がここにありました!って思えた。なのに、残りの人生でそれを封印していいんだろうか。ガンジーさんが私と結婚して、広島に来てお寺を手伝ってくれたのは、二階堂和美に音楽を続けさせるためだったんじゃないか。だったら、私が歌をやめることなんて望んでいないかもしれない。そう思えたことが、新作に向かう原動力になりました。そして、もうひとつの理由はみどりちゃんです」
――ニカさんと10年以上、一緒にやってきたピアニストの黒瀬みどりさんですね。
「みどりちゃんがガンジーさんショックのあと、私の歌が変わったって言うんです。ねーちゃん……みどりちゃんは私のことをそう呼ぶんですけど、“今のねーちゃんの歌は心がそのまんま出てる。音楽でしか出せない悲しみみたいな、こんな歌を歌えるのはねーちゃんしかいないのに、世の中でその歌が聴かれていないのはおかしい”って、半ば怒るような感じで言うんですよ。普段そんなことを言う人じゃないんですけどね。だからこそ、そんなこと言ってもらえたのはありがたいし、私、歌ってもいいのかな?って思えるようになったんです」
――『潮汐』を聴くと黒瀬さんの存在の大きさが伝わってきます。先行シングル曲「リトル・トラベラー」のイントロで黒瀬さんのピアノが聴こえた瞬間にニカさんの歌の気配を感じて、黒瀬さんのピアノとニカさんの歌は一体なんだと思いました。
「そうなんですよ。彼女のピアノの音が聴こえると、ポーン!って身体を置きざりにして歌の世界に連れていかれるんです。私の中にいる歌う人たちが、いってらっしゃい!って肩を叩くみたいな感じで」
――伴奏以外にも、黒瀬さんは1曲を除いて全曲のアレンジを手がけてアルバムに大きく関わっていますね。
「前作の『にじみ』の頃からなんですけど、まず私が歌メロを全部歌って、それをみどりちゃんが譜面に書いてコードをあてていくんです。私の中で鳴っている音を捕まえることに関して彼女が誰よりも鋭い。だから新作を作ろうって動き出したとき、アレンジは彼女と私でやらせてほしいって最初に言ったんです。でも、みどりちゃんは“自分はアレンジしているつもりはなくて、ねーちゃんがこうしたいと思っていることを音にしているだけ”って言っていますけどね」
――アルバムからふたりがこれまで以上に強い絆で結ばれていることが伝わってきます。そこに今回、クラムボンの原田郁子さんが共同プロデューサーとして参加しています。原田さんはアルバムでどういう役割を果たしたのでしょうか。
「前に郁子さんのライヴを観に行ったときに、終演後に楽屋に挨拶に行ったら、郁子さんが“二階堂さんは今、子育てとかお寺の仕事で大変だと思うけど、もし歌いたいって思ったときに私の力が必要だったら全力でサポートするから”みたいなことを言ってくれたんです。なんて温かい人なんだろうと思って。いや実は、最近判明したんですけど、そのときそんなことを言わせた裏には、私が先に、二階堂和美はオワコンだから、とかいじけた発言をしたからだったみたいで(笑)。でもそのときのことがすごく心に残っていて、今回何か始めるぞとなったときに、郁子さんにも手伝ってほしいと伝えたら、数日確保して、わざわざ私の家まで来てくれたんです。私の中にモヤモヤ〜っと浮かんでいるものにチューニングを合わせに。そのときに私とみどりちゃんで録っていた“リトル・トラベラー”と“恋しがってるよ”のデモも聴いてもらったんですけど、“人に聴かせられないものを聴いた気がする”って言われたんですよ(笑)。えっ、それってポップスとして成立していないってこと?って思ったんですけど、あとで郁子さんに聞いたら“濃密すぎた”って。たぶん、私とみどりちゃんは聴く人のことをあまり意識していなかったと思うんです。あまりにもふたりの世界になっていた。そこで郁子さんが、私たちと外の世界を繋げる役を買って出てくれたんです」
――ニカさんと黒瀬さんの関係が濃すぎるので、客観的な目が必要だったのかもしれないですね。
「私の住んでいる町は広島の片田舎なんですけど、みどりちゃんがまた、野生動物みたいな人なんです。自分の知っているミュージシャンたちとは全然違う。みどりちゃんに比べると私なんて全然飼いならされているほう(笑)。だから、みどりちゃんといると、どんどん彼女に引っ張られて野生化していっちゃうんです。郁子さんはふたりのそういう面を尊重してくれつつ、聴く人の立場に立ってアルバムを俯瞰して見てくれました。郁子さん、アルバムが完成するまで7回も家に来てくれたんです。来てくれている間も、突然お通夜が入ったり、子どもを寝かせてくるとかで、私が席を外す時間もたくさんあって。そんな私に代わって、他のスタッフとやるべきことの整理をしてくれたり、収録曲や曲名を示唆してくれたり、自分の作品のように一緒に考えてくれました。曲順も考えてくれて、“こんなに自分で音を出さずに誰かの作品をサポートするのは初めて”と言っていましたね」
――アルバムにはいろんなタイプの曲が並んでいて全体に流れがある。このまとまりの良さは原田さんの客観的な視線があればこそなんでしょうね。原田さんが提供したラテンのリズムの「あれもこれも」が、ちょっと異色な感じで良いアクセントになっているし。
「郁子さんが初めて家に来たとき、寺の仕事や子どもたちの世話でぐちゃぐちゃな私の生活を半日見ただけで、次の日には“あれもこれも”の断片ができていたんです。自宅スタジオに置いてあったガンジーさんのベースとセッションするつもりで作ってくれたみたいで。その晩、ふたりでデモを録って大盛り上がりして。でも、アルバムの最後の最後まで曲は完成しなかったんです。ずっと保留状態。他の曲を先にどんどん詰めてこの曲を最後にしたのは、アルバム全体のバランスを見て仕上げたかったのかもしれないですね」
――曲のクレジットを見るとガンジーさんやお子さんたちの名前が入っていますが、いろんな音が重なって二階堂家の空気が伝わってきますね。
「郁子さんがレコーディングの合間に子どもたちの声を録ってくれていたんです。ガンジーさんが作った新曲のフレーズとかは、生前に録音していたものを部分的に使おうかとも思って試したりしたんですけど、うまく馴染まなくて。結局、亡くなる3日前くらいに広島の小さなライヴハウスでワンマンをやったときのリハーサル音源を“あれもこれも”の中に忍ばせました。耳を澄まさないとわからないですけどね」
――原田さんが来たときには「リトル・トラベラー」と「恋しがっているよ」のデモができていたということですが、「リトル・トラベラー」をceroの髙城晶平さん、「恋しがっているよ」をキセルの辻村豪文さんにお願いしたのはどういう経緯からですか?
「歌えるようになってはきたものの、まだ自分で曲を作る気にはなれなくて。作ってもらったものを歌うことならできるんじゃないか、と思って。辻村くんはお互いにデビューする前からの知り合いで、ずっと“一緒に何かやりたいね”って言っていたんです。髙城くんとは5年前くらいに2マン・ライヴをやって、そこで髙城くんの曲をカヴァーさせてもらったんです。私は感情みたいなことしか歌詞にできないけど、髙城くんの歌詞が文学的というか、そこに景色があるのが素敵で、いつか曲を書いてもらいたいと思っていたんです。ふたりには、二階堂和美に歌わせたい曲を作ってくださいってリクエストしました」
――それって大変な宿題ですね。でも、それぞれのアプローチで答えを出している。さすがだと思いました。
「ほんと、すごいですよね。レーベルのスタッフからは“ガンジーさんのことは加味しなくても大丈夫です”と言ってくれたみたいなんですけど、ふたりとも私が大きなものを失って心にぽっかり穴が空いていることを、慰めるでもなく、そのまま表現している。ああ、本当に自分ではとても書けない、けれどまさに今、歌いたかった歌はこんな歌だった、っていうのが届いた」
――「リトル・トラベラー」の最後のサビ、「愛はかたちを変えてあなたの元へ帰る」というところで歌声がぐっと深まって、そこで歌の景色が広がるように感じました。
「そうなんです。あそこは歌っていて景色がバカッって開くのが見えるというか、そう感じさせる曲なんですよね。そこに来るまで感情が情景の裏側に潜んでいてあまり表に出てこない。だからあの頃、向き合いやすかったんです。少し自分の感情と距離を保てた。でも髙城くんも辻村くんも、デモの段階で完成されていたので、それをなぞるような感じにならないように歌メロだけ取り出して、みどりちゃんがデモとは違うコードをあててギリギリのところまでミニマルに削っていったんです。それがあまりに濃密な感じだったので、郁子さんは“聴いてはいけないもの”って思ったのかもしれないですね」
――このアルバムの核になるのはアルバムの後半。特別支援学校の子どもたちのために作られた「つながりあって生きている」と、ガンジーさんが亡くなった直後にレーベル「7e.p.」の設立20周年を記念したコンピレーション『COLORS』のために書き下ろした「うまれてきたから」が続くところです。この2曲でストレートに歌われる生と死が本作のテーマだと思いました。とくに「うまれてきたから」がすごい。人も虫も動物も生まれてきたから死ぬ、という事実をひたすら歌って、サビで「知ってた」と繰り返す。この「知ってた」の表現は難しかったんじゃないですか?ここをどう歌うかで曲の聴こえかたが違ってくるし。
「そこを聴き取ってもらえたのはすごく嬉しい。7e.p.のコンピレーションへの参加は、前から頼まれていたんですけど、状況的に免除してくれると思ったんです。今、歌える状況じゃないからって。でも、“もう告知しているし、ギリギリまで待つから”って言われて、わかったわよ!やるわよ!って半分キレながら、今はこういうことしか言えない、ということを歌詞にして1時間くらいで作った曲なんです。もう、やけくそ(笑)。だから最初に歌ったときの“知ってた”は“知ってたわよ!”って怒っているんです。でも、それから3年近く経って、こないだの10月、盛岡でライヴをやる機会があって、そこでこの曲を歌ったとき、初めて大きなものに包み込まれる感覚があったんですよ。そのときに、痛みを訴えるんじゃなくて、地球の外側から見ているような感じで歌えば、もっと人に届く曲になるんじゃないかと思って。もうギリギリのタイミングでしたけど、郁子さんに話したら、“トライしてみたらいいと思う”って言ってくれたので、歌い直しました。ライヴの前に(曲に参加した)三田村管打団?のレコーディングが終わっていて、その演奏に感動したこともあったのかもしれないですね」
――三田村管打団?の演奏がニューオーリンズの葬送曲みたいで、それが曲に膨らみをもたせていますね。
「本当にそうですよね。この曲を三田村とやろうって言ってくれたのも郁子さんなんです。アルバムを作り始めた頃、郁子さんにデモ音源を何曲か渡していたんです。そうしたら、郁子さんのコンピューターがバグって、いっぺんにそのフォルダの曲が出た。そのときの音を録音してくれていて、聴かせてくれたときに“なんか三田村っぽいね”と話していたんです。そこから“この曲、三田村とやったらどうかな?”って思いついてくれて」
――サビで「知ってた」という言葉が繰り返される中で、その言葉に怒りを感じたり、悲しみを感じたり、慈しみを感じたりする。聴く人によって、聴くときの気持ちによっても感じかたが違うと思います。
「そんなふうに受け取ってくださるかたがひとりでもいることが嬉しいです。ガンジーさんが亡くなったあと、自分が作った“いのちの記憶”や“めざめの歌”を嫌いになった時期があったんですよ。“必ずまた会える”とか“それでも生きる わたしは生きる”とか、そんなのきれいごとじゃない!って腹が立って。今はきれいごとなんて聞きたくない。だから、この曲では事実しか歌っていないんです。仏教の法話で“死の反対は何だと思いますか?”って問いかけて、“それは生です。生まれてきたから死ぬんですよ”っていうのをときどき聞くことがあるんです。生まれたら死ぬ、というのは仏教の基本理念で、よく知っている話なんですけど、知ってたさ、知ってたけどさ!って反発する気持ちがずっとありました。でも、歌入れをしたときは少しだけ受け入れられた気がしたんです」
――頭では理解できても感情は別ですよね。
「仏教って宇宙くらい大きなところに自分を放り投げてくれるようなところがあって。そうじゃないと、人間って小さなことが気になったり、傷ついたりする。私はガンジーさんの死を受け入れられなかったので、宇宙規模まで視野を広げることでようやく少し自分のことを許せた気がするんです。そういえばこの前思い出したんですけど、ガンジーさんが亡くなって2ヶ月後くらいのタイミングで、生物学の先生がテレビに出ていて、哺乳類の一生のうちの心拍数はだいたい同じなんだけど、動物によって心拍の速度が違うから寿命も違うっていう話をしていたんです。それによると人間の寿命は本来50年くらいなんですって。その話を聞いて、54歳で死んだガンジーさんは、まっとうに動物らしく生きたんだと思ったんです。それで子どもたちに、ねえねえ、お父さん、動物だったんだねって言ったら、“そうだね”って明るく返してくれました。そういうふうにガンジーさんの死を離れた視点から肯定できる材料っていうのは、いくつでも欲しかったんですよね」
――今回の新作は悲しみを受け入れる過程で生まれたアルバムなんですね。黒瀬さんがニカさんの歌が変わったように感じたそうですが、僕もどこか違う気がしたんです。これまでのニカさんは感情を全開にして歌と一体化していた。今回は歌と向き合っているというか、歌と視線をそらさずに対話しているように感じたのですが、ニカさん自身、何か変化は感じました?
「(大きく頷いて)うん!すごく向き合っている。ということに、今気づきました。みどりちゃんに“これまでとは違う”と言われたときに、私はずっと生命削って歌ってきたつもりなのに何が違うんだろう、と思ったんです。でも、自分でもどこか違うような気がしていて、それが何なのかわからなかったんです。でも思い返してみると、これまでは歌に対して、ついてこい!って感じだったんですよ。歌は自分がコントロールするものだと思っていたような、横柄なところがあったかもしれない。でも、ガンジーさんショックで歌えなくなったときに、自分はすごく歌に助けられていた、歌が私の一番正直なところを受け止めてくれていたのに、私は歌のことを軽んじていたかもしれないと気づいて。今は自分の中の“歌う細胞”に対して、本当にありがとう。これからもよろしくお願いしますっていう感謝の気持ちでいっぱいなんです。ライヴでも歌を聴いてくれる観客のみなさんより、私の中で歌おうとしている細胞に向き合っている。この前のライヴのことをほとんど覚えていないのも、自分の気持ちが“歌う細胞”に向いていたからだと思います。一番良い歌をください!ってお願いしながら歌っていた」
――その変化がアルバムにも反映されている気がしました。これまでと同じようにエモーショナルなんですけど、どこか不思議な穏やかさというか深みがある。
「前作の『にじみ』はラスト・アルバムのつもりで作っていて、自分が歌いたい曲を全部詰め込んだエゴイスティックなところがあったんです。自分が死んだあとに評価されたらいい。やっぱり評価されたいんかい?みたいな話ですけど(笑)、今回はそういう気負いは全然なくて。ガンジーさんが亡くなったあと、“ニカさん大丈夫なのかな?”って思ってくれている方々に手紙を出すつもりで作ったアルバムなんです。心配してくださっている方々、ひとりひとりに手紙を出すことはできないけど、このアルバムを出すことで、ガンジーショックからの歩みを伝えられたら良いなって思いました」
――たしかに手紙ですね。歌からニカさんの今の気持ちが伝わってきます。
「アルバムを作っているとき、音楽に向かっている時間が楽しかったんです。でも、そのぶん子どもたちのことを放ったらかしにしてしまって、私、何をやっているんだろう?って悩んだりもしたんです。でも東京のライヴのあと、みどりちゃんが手紙をくれて、“ねーちゃんは子どもを放ったらかしにして音楽をやっていていいのかな?みたいなことを言っていたけど、あのアルバムは、ねーちゃんがおじさん(ガンジー)の死に向き合ったすべてが含まれとると思う。だからあれは、子どもたちへの大事な大事なお手紙だと思う”って書いてあったんです」
――なるほど。このアルバムは子どもたちに向けた手紙でもあるわけですね。
「子どもたちは子どもたちなりの受け止めかたをしたはずで、それはなかなか言葉では伝え合えないけれど、自分たちの声も入っているこのアルバムをいつか聴いて、ふっと、リアルに、温かいものを感じ取ってくれる瞬間があったらいいなと思います」
――その子どもたちの姿がジャケットに小さく写っています。
「これはガンジーさんが亡くなる3ヶ月前にドライブに出かけたときに私がスマホで撮った写真なんです。アルバムのタイトルが決まったとき、タイトルに合わせて海の写真をどこかに使ってほしいと思ってデザイナーのサイトヲヒデユキさんに渡したらジャケットになっていました」
――「あれもこれも」の歌詞に「満ちて 引いて」というくだりがありますが、アルバム・タイトルと関連は?
「そう!あの歌詞からヒントを得て思いついたタイトルなんです。潮の満ち引きのように、自分がどんな心情でも朝と夕は繰り返される。朝いた人が夕方にいなくなっていることもある。そんなアルバムかなと思って」
――朝と夕の繰り返し。潮の満ち引き。「うまれてきたから」に通じるような人間のスケールを超えた摂理ですね。新作が完成した今、これからの音楽活動について何か考えていることはありますか?
「また歌と仲良くなっちゃったんで、歌を封印するなんてことはもう考えないと思います。でも、どんなふうに続けて行くのかはまだ考えていなくて……。ただ、歌には絶対正直に向き合っていきたい。その気持ちは揺るぎません」
――絶対正直に付き合いたい。そんな存在ってなかなかないですよね。家族や恋人にだって正直になるのは難しいのに。
「余計になれないですよー!正直になりたいものがあるのって、すごく贅沢なことですよね。歌以外のことにも正直に向き合えると良いけど……。もし、それができそうに思えたら、また1曲、もう1曲っていうふうに作っていけるかもしれないですね」
カクバリズム『潮汐(Chou-Seki)』 特設ページ | https://kakubarhythm.com/special/chouseki/
■ 2026年1月21日(水)発売
二階堂和美
『潮汐』
P-VINE / KAKUBARHYTHM
CD PCD-18928 2,727円 + 税
https://p-vine.lnk.to/n4M4Jm
[収録曲]
01. リトル・トラベラー
作詞・作曲 髙城晶平
02. つけっぱなし
作詩 皆川 明 | 作曲 二階堂和美
03. あれもこれも
作詞・作曲 原田郁子
04. 恋しがっているよ
作詞・作曲 辻村豪文
05. BILLIE
作詞・作曲 二階堂和美
06. つながりあって生きている
作詞・作曲 二階堂和美
07. うまれてきたから
作詞・作曲 二階堂和美
08. あうん
作詞・作曲 二階堂和美
■ 2026年4月8日(水)発売
二階堂和美
『にじみ』
P-VINE / KAKUBARHYTHM
Vinyl 2LP PLP-8310/1 税抜6,600円
[Side A]
01. 歌はいらない
02. 女はつらいよ
03. 説教節
04. あなたと歩くの
05. PUSH DOWN
[Side B]
01. ネコとアタシの門出のブルース
02. 麒麟
03. 蝉にたくして
04. 岬
05. ウラのさくら
[Side C]
01. Blue Moon
02. 萌芽恋唄
03. とつとつアイラヴユー
04. いつのまにやら現在でした
[Side D]
01. お別れの時
02. めざめの歌
03. 足のウラ
■ 二階堂和美
アルバム “潮汐” 発売記念ワンマンライブ
2026年6月21日(日)
広島 CLUB QUATTRO
開場 15:45 / 開演 16:30
前売 6,500円(税込 / 整理番号付 / 全自由 / 別途ドリンク代)
一般発売: 2026年4月18日(土)10:00-
e+ / ぴあ / ローソン
※ 高校生以上は大人料金
※ 小中学生は当日 3,000円キャッシュバック(要身分証)
※ 未就学児無料(保護者の膝上鑑賞)。お席が必要な場合はチケットが必要となります。
※ お問い合わせ: 広島CLUB QUATTRO 082-542-2280

