Interview | Lucy Rose


全力で取り組んできたことを軽んじられるのは悲しい

 アコースティックの手法をベースに色彩豊かな音楽を生み出してきたイギリスのSSW、Lucy Rose。1989年サリー州に生まれ、シェイクスピアの生誕地として有名なウォリックシャー州で育ったLucyは、10代でドラムやピアノ、ギターに興味を持ち、独学で作曲の才能を開花させながらミュージシャンを夢見てロンドンへと移住する。同じイギリス出身で年齢も近いLaura MarlingがNOAH AND THE WHALEやMYSTERY JETSのマドンナとして才能を見出されたように、地道に音楽活動を続けていたLucyの才能を見出したのは当時ロンドンのシーンで群を抜いて人気を獲得していたBOMBAY BICYCLE CLUBのJack Steadmanだった。

 2012年には敏腕プロデューサーCharlie Hugallを迎え、Sony傘下のColumbiaからリリースした『Like I Used To』でメジャー・デビューを飾り、全英13位という好成績を残す。さらに同作に収録された「Shiver」は日本でもアニメ主題歌に起用されてここ日本でも注目を浴び、来日公演には熱狂的なファンたちが集まった。デビューより3年を経てリリースされた『Work It Out』ではダンス・ミュージックの要素でガラリと雰囲気を変え、さらに幅広いファン層を獲得し、セールスでもデビュー・アルバムの記録を塗り替えながらも、自らの強い意志でメジャーレーベルを離れ、インディ・レーベルのCommunion Recordsへと移籍する。


 2016年にはソロで、その翌年にはバンド編成で日本公演を行い、最新作『Work It Out』を携えて1月に3度目の来日を果たしたLucy Roseに、新しくスタートしたレーベル「Real Kind Records」や女性ミュージシャンの抱える苦労などについて語ってもらった。


取材・文 | 多屋澄礼 | 2020年1月
通訳 | 原口美穂
撮影 | 久保田千史

――今回が3度目の来日ですが、初めて来たときと日本の印象は変わりましたか?
 「自分が着実に歳をとったことは感じていますね。そのせいかもしれないけど、来る度に印象は変わってきてる。日本って文化的にもとても魅力的だし、美しい。それに、なにより人々がとても親切ですよね。そんな日本の良いところに惹かれています。初めて日本に来たときは“ああ!私って日本に来られるくらいのミュージシャンになったんだ!”ってことに興奮したり、全てが新鮮だった。当時は今よりずっと若くて、ちょっと自己中というか、自分を主軸に捉えがちで。2度目の来日では少し成長して、日本の文化の興味深さを発見できました。今回はさらにもっと深掘りしてさらなる魅力を発見したいですね。今まではGoogle頼りだったけど、今回はもっと積極的にローカルな人々に話しかけて、オススメの場所や、何をしたらいいか聞いてみたり、コミュニケーションを取れるといいな」

――日本での経験が曲に反映されたことってありますか?
 「今までは一度もなかったですね……。自分はそんなにおもしろい人間じゃないから、インタビューされる度に、すごく皆さんに申し訳ないなあ……って感じます。失望されるんじゃないか?って。もうちょっと物事をポジティヴに捉えたり、みんなが楽しんでいるように自分も楽しんで、音楽に落とし込めたら、って思うんですけど、まだ私にはできないんです。それができるようになった段階で、日本での経験が自分の音楽に現れるようになったらいいな、とは思います」

――日本の音楽を聴いたりはしてましたか?
 「実はほとんどないんです……。でもそれって、とても残念ですよね。日本の音楽が幅広すぎて、どこから聴いたらいいのか、なかなか分からないんです。あまりに世界中にたくさんの曲があふれていて、その中から自分好みの音楽を探し出すのって不可能なんじゃないか?って感じちゃう。いつも音楽が周りにありすぎるし、他の音楽を聴く時間を見つけるのが難しいのも原因ですね」

――筆者は柴田聡子さんやカネコアヤノさんなどがLucyさんと共演したら素敵だなと思います!
 「私はすごくシャイなので、なかなかコラボレーションや共演といった話は難しいけれど、次回の来日ではぜひトライしたいです。あとでミュージシャンの名前、メモさせてね!」

――先ほどポジティヴじゃないっておっしゃってましたけど、自分自身どんな性格だと思いますか?
 「以前は、何かトラップみたいなものがあると、それに嵌ってしまいがちで。仕事だったり、妻としての努めだったり、なんでもひとつのことに熱中しがちだったんです。でも、そんな性格もOKって思っている面もあって。今の自分は、もっといろんなことに対してオープンで、視野を広く持ちたいと思っています。そうすることでより進化していける。トラップが目の前にあったとしても、これからはただそれに嵌るだけじゃなくて、より良くしたり、そこから広げられるような性格でありたいと心がけています。以前と比べて精神的に大人になったな、と感じますね」

――最新作からもLucyさんの成長というか、大人のムードというか、その片鱗を感じ取ることができます。最新作『No Words Left』はどんなものからインスピレーションを受けていますか?
 「自分にとって音楽は継続して作り続けているもの。だから、何か新しい衝動が必要とか、コンセプトが必要ってことじゃなくて、全て自然な成り行きで生まれたものなんです。火山が噴火するのをコントロールできないように、私にとって曲作りはコントロールできないもので、音楽として生み出すことは自分自身にとってもセラピーになっています。だから、具体的にきっかけを明言するのは難しいですね。それに、30代に突入することで、多くの変化を乗り越えなきゃならないのは感じています」

――今筆者は35歳ですが、30代よりも40代に突入するほうが、ハードル高く感じてもいます(笑)。身体的にも精神的も様々な壁がありそうで。これって女性特有のものかもしれないのですが。
 「20代のときは次に何があるんだろう?ってとにかく無邪気にワクワクしていたけれど、30代という壁の前で子供のこととか、色んな問題というか、課題が山積みのように感じてしまって。自分はちゃんと大人の階段を昇る準備ができているのかな?って不安に駆られることもありました。今までは音楽をやっていることに対して常に前向きな姿勢でいられたし、いろいろなことを乗り越えられてきたけれど、30歳になったら突然スイッチが切り替わったような感覚に囚われてしまって。南米ツアーでは、経費節約も兼ねてファンの家に泊まったりして、30にもなってこんなことをやっていて、私は大丈夫なのか?って」

Lucy Rose | Photo ©久保田千史

――でもそれは視点を変えれば、30でもそういったことに精力的に取り組めるパワフルなアーティストってことじゃないですか。Lucyさんはお子さん欲しいと思うんですか?
 「まだ私には子供がいないけど、子育てと音楽を両立できるのか?って考えることはありますね。今と同じようにやっていけるのかな?って心配になる。これは女性特有の悩みですよね。男性のミュージシャンであれば、奥さんが家で子育てして、何週間もツアーに出ることも可能だし。母親は同じようにはいかない。それに、残酷なことに体内時計は着実に進んでいるから、子供が欲しいと思うタイミングも女性にとってはすごく重要な問題ですよね。体内でチクタク時を刻む音が実際に聞こえてくる感じがする(苦笑)。でも出産も子育ても全て、自分にとっては経験値ゼロだから。この東京公演が終わったら、特にスケジュールが埋まっていないんですけど、ミュージシャンになってからずっと何かが常にあったから、その空白の期間自体がとても稀だし、もしかするとチャンスかもしれない。それも全て成り行きというか、神が実際いるかはわからないけど、神のみぞ知るって感じですね」

――女性というだけで様々なリスクを初めから背負わされてるように感じるときもありますよね。女性として、ミュージシャンを継続していくために心がけていることはありますか?
 「前作を発表した際に、周りからはあまりこの作品を真剣に受け取ってもらえていない、それってもしかすると私が女性ミュージシャンだからなのかな?って、いろんなことが馬鹿らしくなってしまった時期があって。ミュージシャンとして正当に評価されることはとても重要で、音楽を続けていくモチベーションになる。だからこそ、他人からの評価を気にしないのは難しい。あまり近しい存在じゃない人たちから、結婚式みたいに大勢が集まる場所で“あら、まだ音楽を続けていたの?”なんて言われて、悲しい気持ちになったことも何度かあった。そんなことが続くと、私って音楽続けていてもいいのかな?って自信を失ってしまう。自分が今まで全力で取り組んできたことを軽んじられるのはとても辛い経験でしたね。でも、たとえリリースが決まっていなくても、曲は書き続けたいと思ってる。何にも拘束されずに。今はほぼ自由の身だから、どんなものが生まれてくるのかちょっと楽しみでもあります」

――そうLucyさんが思うようになったのは、やはりメジャー・レーベル所属時代の経験からでしょうか?
 「まさに、その通り。多くの人は、メジャーからインディに行くことはとても辛い、格落ちみたいな先入観を持っていると思う。メジャーだったらお金も潤沢で、レコーディングに上級の機材を使ったりとか。そういうイメージは手に入れることはできるけど、それって実のところ何の意味もないんですよ。あまり理解されていないと思うけど。商業的に音楽を売り出そうとすると、矛盾がたくさん生まれてくる。スタイリストさんとか、ヘアメイクさんとか、多くの人の手を入れることで、スタイリッシュで売れるイメージを作り上げていくのがメジャーのやりかたですよね。でも、私にはそれがとても無意味で虚しく感じたし、私にはそんなもの必要ないって思ってしまったんです。音楽を作ることで自分を解放できたり、とても有意義なことだと感じていたのに、その音楽を売り出すプロセスを経ることで無意味になってしまう。実際にメジャーで活動していてそう感じました。そこに発生するお金が自分の価値を示しているように錯覚してしまう、その怖ろしさに気付くことができてよかったです」

――他人にイメージを作られてしまうって、ちょっと怖いですね。Lucyさんは自身をコントロール・フリークだと思いますか?
 「そう思う。レーベルを始めて、改めてそう感じてる。私が所属するCommunionとCaroline Internationalが立ち上げをサポートしてくれたけど、基本的には自分が責任を持って、周りにあるクリエイティヴなことや人を集めて、レーベルで新しいことができたらいいな、って思ってる。レーベルはミュージシャンたちのメッセージを代弁する役目を担っているから、やるなら全力で、しっかりと継続していきたいんです」

――レーベル名を“Real Kind”にした理由は?
 「ハイキングをしているときに、これからスタートさせるレーベルのありかたについて思いを巡らせていたんです。レーベル名ってすごく重要だから、とても真剣にね。レーベルを運営していく上で何を大切にしていきたいかを考えたときに、親切にしたり、優しくすること、ミュージシャンたちにとって正直であることを大切にしていこう、っていうアイディアに着地したんですよ。“ホンモノ = Real Kind”っていうダブル・ミーニングにもできると思って」

Lucy Rose | Photo ©久保田千史

――レーベルの最初のリリースをSamantha Crainさんにした理由も教えてもらえますか?
 「彼女は私のUKツアーをサポートしてくれて、それがきっかけで彼女と深く関わるようになったんです。ある日、彼女が新しいアルバムの音源を送ってくれたんだけど、リリースのアテもなくてすごく困っていて、今までに5枚のアルバムを出している実績もあるし、自分と同じ女性ミュージシャンとして共感できる部分も多くて、信頼できる。なにより、彼女が今まで世に出してきた作品の中で、最高傑作だと思ったのが一番の理由ですね!」

――レーベル業務がこの先、自分の音楽性にも影響していくと思いますか?
 「それとこれは別にしていきたいと思う。作品のコンセプトなども自分で決めるようになって、前作と今作はドラムレスにしたんですけど、それによってとても厳かでムーディなものになったのがとても嬉しくて。今まで作品に参加してくれたドラマーも大好きだし、ドラムレスの曲はラジオではなかなかかけてもらえないって分かっていても、自分が本当にやりたい方法で、自分の意思が赴くままに作品作りに集中できた。メジャー時代には、やりたくないことでもイエスと言わなきゃいけないこともたくさんあったから、その反動かもしれないですね。レーベルのカラーに関わらず、自分らしい作品を生み出してほしい、って私のレーベルに所属するアーティストたちにも願っています」

――最後に、MVのアイデアは自分自身で考えているんですか?Lucyさん主演の映画を見ているような世界観が個人的に大好きです。
 「そう、一部を除いてはほぼ私のアイディア。本当は、自分の作品のMVにメインで出るのはあまり好きじゃないんだけど、やっているうちに、その世界観にのめり込んじゃってて。気がついたら“あれ?また主演みたいになっちゃった!”って(苦笑)。好意的に受け止められているんだったらとても嬉しい!」

Lucy Rose Official Site | https://www.lucyrosemusic.com/
Real Kind Records Twitter | https://twitter.com/realkindrecords

Lucy Rose 'No Words Left'■ 2019年3月22日(金)発売
Lucy Rose
『No Words Left』

COMM306

[収録曲]
01. Conversation
02. No Words Left pt. 1
03. Solo(w)
04. Treat Me Like A Woman
05. The Confines of This World
06. Just A Moment
07. Nobody Comes Round Here
08. What Does It Take
09. Save Me From Your Kindness
10. Pt. 2
11. Song After Song