Feature | ヒキガエル


Interview | 岩井紀子 (東京農工大学自然環境保全学部門准教授)

 近年、ことにこの2年というもの筆者は、かねてからの家庭の事情にコロナ禍を取り巻くあれこれが加わり、ライヴやパーティ、エキシビションなどの現場にほぼ足を運べておりません。理不尽に後ろめたさが湧いてきます。口にしないだけで、筆者のみならずそういう人はけっこういるんじゃないかな。そのような状況に置かれると、これまでそういった現場で得られていたものの大きさに改めて気付かされます。現地で出会った人々とのちょっとした会話。音の振動を身体全体で受け止めるフィジカルな感覚。それらすべてが人間形成に影響していたのだと実感しました。もしくはそこに頼り切っていたのかも。そもそも自分は何を求めて現場に向かっていたのか?を振り返ったときに、思い至ったのは“新しい視点”でした。冒頭からキモい自分語りで恐縮です。

 そんな日々において、現在の筆者にとって“現場”に準ずる場所どこにあるのかと言えば、道端だったり、近所の公園だったりします。子供を遊ばせるのが主たるミッションではありますが、そこで見つける動植物には、多くの“新しい視点”が満ちています。目で見て楽しむだけでも時間を忘れますし、形状、植生、行動等について、なぜそこに至ったのか?へと考えを巡らせるときりがありません。ちょっと背中を押されたら、インテリジェント・デザインみたいなトンデモすら信じてしまいそうです(笑)。特に3月上旬、公園の小さな池で目にしたヒキガエルの繁殖には驚きを禁じ得ませんでした。2~3m四方程度の水たまりに数10匹、もしかしたら100匹以上のカエルがひしめき合い、組んず解れつする姿は、端的に“生命力”という表現がぴったり。音楽作品のレビューに時折見られる“生命力”で締めるタイプのテキストは、あまりに非論理的でクソだと常々思っていましたが、今ならアリになりそう(笑)。


 最初はただただ圧倒されていたヒキガエルの繁殖ですが、眺めているうちに多くの疑問が湧いてきました。そもそもこいつは本当にヒキガエルなの?いったいどこからこんなにたくさん出てきたの?わざわざオタマジャクシから始める意味あるの?など……。カエルに尋ねてもゲコゲコと鳴くばかりですし、文献にあたることはもちろん考えましたが、自分のリサーチ能力は全く信用しておりません。それならば、オーソリティにお話をお伺いし、読者のみなさまにシェアしたら楽しかろうという考えに至った次第です。そこで、筆者にとって馴染み深い動物園で講演を行っていらっしゃった東京農工大学自然環境保全学部門准教授・岩井紀子先生が思い当たり、ダメもとでご連絡したところ、なんと引き受けてくださったばかりか、メールでの筆者の稚拙な質問に全力で答えてくださいました。この大型連休、本稿をきっかけにシーズン真っ最中のオタマジャクシを見に出かけるかたがひとりでもいらっしゃたら嬉しいです。その際は、岩井先生がご執筆に携わられた近刊『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!オタマジャクシ』(緑書房)、『見つけて検索!日本のカエルフィールドガイド』(文一総合出版)もお供にぜひ!


写真提供 | 岩井紀子
取材・文 | 久保田千史 | 2022年4月


――ヒキガエルについていろいろお伺いしたいのですが、お送りした写真に写っているカエルは、ヒキガエルで合っていますか?僕がヒキガエルだと思い込んでいる説も捨てきれないので、念のため……。

 「ヒキガエルです。ただし、一般に“ヒキガエル”と言っているカエルには何種類か含まれています。3月頃に池に集まって産卵しているものはアズマヒキガエルとニホンヒキガエルです。これらはニホンヒキガエルの亜種(種よりさらに分かれた単位)なので、種としては同一ということになりますが、関東にいるのはアズマヒキガエルという亜種です。最近は西から亜種ニホンヒキガエルが移入されていて、必ずしもアズマヒキガエルとは言えなくなってしまっています」

Photo ©久保田千史
筆者撮影

――ヒキガエルの“ヒキ”ってなんでしょう??
 「全くわからないのでネットに頼りました。ネット情報なのでこのまま書いていいのかわかりませんが、“気ヲ以テ子蟲ヲ引寄セテ食ヘバ名トスト云フ”(大槻文彦『大言海』)ということで、虫を引き寄せて食べるから“ヒキ”なんだそうです」

――“ガマガエル”とか“イボガエル”といった呼称もヒキガエルをイメージさせますが、ヒキガエルとイコールで差し支えないでしょうか……。
 「ちゃんとした定義がないので、まさにイメージでしかないのですが、おそらくヒキガエルだと思います。もしかしたら、ツチガエルなどもイボ(というかでこぼこ)があるので、イボガエルなのかも、と思うことはあります」

――歴史物などでは“ガマの油”という薬(?)が頻繁に登場しますが、ヒキガエルから実際に薬効成分は抽出できるのでしょうか。
 「ヒキガエルをいじめると、体表から白い粘っこい液体が出てきます。これのことではないかと思っています。この液体にはブフォトキシンと呼ばれる毒の成分が入っているのですが、蟾酥(センソ)という漢方にもなっているらしいです」

――小さい頃、祖父から「ヒキガエルを触った手でオシッコをすると(or ヒキガエルにオシッコをかけると)、チンチ〇が腫れるぞ!」と言われて、非常にビビっていた思い出があるのですが、本当なのでしょうか……。
 「先述のように、ヒキガエルは毒を出すので、ヒキガエルを触ったら手を洗いましょう、という意味の言い伝えなのだと思います。実際に腫れるかどうかやってみた人は知らないのですが……」

――試してみたくはないですね……(笑)。僕はひとくちに「ヒキガエル、ヒキガエル」と言ってしまっていますが、きっとヒキガエルにもいくつか種類があるんですよね。日本国内で言えば、どんな種類のヒキガエルが住んでいるのでしょうか。
 「“ヒキガエル”と一般に言われているのはヒキガエル科のカエルたちです。日本在来の種としては、ミヤコヒキガエル(アジアヒキガエルの亜種)、ナガレヒキガエル、ニホンヒキガエル、アズマヒキガエルが挙げられます。ニホンヒキガエルとアズマヒキガエルはニホンヒキガエルの亜種となっていますので、3種ということになります。小笠原や先島諸島には、オオヒキガエルという外来種もいます」

ヒキガエル | Photo ©岩井紀子
Photo ©岩井紀子

――ヒキガエルの交尾 / 産卵を見て、まず驚いたのがその数です。2~3m四方の小さな池にもかかわらず、目算でも100匹近くはいたと思います。この範囲にこれだけいるなら、日本全国ではどれだけいるんや!という気持ちになったのですが、実際のところ、日本国内にはどれだけの個体数が生息していると考えられているのでしょうか。
 「難しいですね……。特に、公園の池を利用する都市のヒキガエルと、山に住んでいるヒキガエルでは全然密度も違うと思われます。日本国内と言わず、東京の都市部だけで考えてみると、ご覧になったような都市型の繁殖地になりそうな“公園”は約8,000haあるとのことです。ニホンヒキガエルの研究で有名な石川・金沢城のヒキガエルは、5haの公園に100から3,000匹が見られていたようです。これから計算すると東京都の公園部では1,600倍なので16万~480万匹いることになります。これは自然公園を外していますので、山にどれくらいいるかによって全体が変わりますが……。少なくとも東京の都市部では人間のほうが多いと言えそうです」

――加えて、毎日出会うような存在ではないが故に、どこからこんなに現れたんや!という驚きもありました。普段はいったい、どんなところに住み、どんな生活を送っているのでしょう。
 「ニホンヒキガエルの繁殖池に来たカエルたちがどこから来たのかを調べた研究によると、平均約100m、最大約200mと書かれていました。ただし、これは孤立した繁殖地のようで、世界のヒキガエル科まで広げてみると500~1500m程度になるようです。東京などの都会では孤立したところが多いでしょうから、普段は池から数100mくらいの範囲にいると思われます。夜の公園などで探してみると、植木鉢の影やごみ箱の裏などにひっそりと座っていることがあります。繁殖期以外の生活としては、昼間は適度に湿った暗い隠れ家に潜んでいて、夜になるとちょっとだけ出てきて餌を探し、満足したら戻るといった、動きの少ない生活を送っているのではないかと思っています」

――あれだけカエルのいた池が、翌日にはほぼもぬけの殻になっているというのにも驚きました(昔の人が忍者と紐付けて想像を巡らせたというのはよくわかります)。短期間に集中して、大挙して交尾 / 産卵するメリットってあるのでしょうか?また、交尾を観察していると、遠目には鳴き声も含めてのどかな光景なのですが、よくよく見ると非常にヴァイオレントというか……命を落としかねないのでは?と心配になってしまうほどでした。実際、特にメスや弱そうなオスは、瀕死に見える個体もいたように思います。カエルは皆、ああいった営みを行うものなのでしょうか……。
 「たしかに、ニホンヒキガエルの繁殖では、オスが池にいるのは10日から2週間くらいとされていますが、そのうち繁殖が盛大に行われるのは1~2日間だけで、とても短いです。どのカエルもこういう繁殖をするわけではなく、種によって様々で、ふたつに大別されています。Explosive breeder(爆発的繁殖者)とProlonged breeder(長期繁殖者)です。当然ニホンヒキガエルは爆発的なほうです。長期繁殖だと、オスはいつ来るかわからないメスをひたすら待ち続けることにエネルギーを使いますが、爆発的だと待っている必要はありません。繁殖期に池に行けばメスは必ず現れます。そのため、大きな声で鳴き続ける必要もありません。後述するオットンガエルは半年くらい繁殖期が続くProlonged型ですが、声が大きく、繁殖期中鳴いてメスを呼んでいます。それにひきかえ、ヒキガエルは声が小さく、耳を澄まさないとわからないレベルです。メスを呼ぶというより、間違えてオスに抱きつかれたときに自分がオスであることを示すことにしか使っていないように思えます。鳴くことにエネルギーを使わない種だと言えます。一方で、大挙することのデメリットもあります。ヒートアップした状況に多数のカエルがひしめき合うため、壮絶な戦いが起こり、とにかくメスを離すまいとするオスによって絞め殺されるメスもいれば、オスなのにオスに抱き着かれて絞め殺されるオスも出ます。大繁殖が行われた後の池には死体があることが多いですね。逆にProlonged型になると、メスがオスを選ぶ余裕が生まれ、そのためにオスがいい声を出したり、いい場所を取ろうとしたり、がんばることになります。それはそれでオス間闘争も起こりますが、団子になって見境なく、という感じではなく、より実力争いに見えます。爆発型の種では弱いオスにもチャンスはありますが、Prolonged型ではしっかり判定されて実力者がさらっていくようなイメージです」

ヒキガエル | Photo ©岩井紀子
Photo ©岩井紀子

――どちらの繁殖スタイルも厳しい世界ですね……。ヒキガエルの繁殖を見ていると、大群とはいえ、体色や模様、体格などにかなり個体差があり、名前をつけて見分けられるレベルだと感じました。一緒に見ていた子供に「どうしていろんな色のカエルがいるの?」と訊かれ、咄嗟に「人間だって、肌の色が違っても人間は人間でしょ?色が違ってもヒキガエルはヒキガエル!」と言ってしまったのですが、実際のところはどうなのでしょう……。
 「ヒキガエルは地上を歩いていることの多い種で、茶色い土がバックグラウンドになる場合が多いと思われます。そこに溶け込むような体色になっているのでしょう。土の色もいろいろなので、必ずしもどれかの色の隠れる能力が高い、ということではなかったのではないかと思います。例えば濃い茶色の隠れる能力が高いと、その色のヒキガエルの生き残る確率が高くなり、よりたくさん子孫を残すので、その色の遺伝子がどんどん増えて、濃い茶色の個体ばかりになる、という進化が起こるのですが、それがなかったのかもしれません。もしかしたら住んでいる地域に多い色によって、カエルの色も違っているのかもしれませんが、ちゃんと調べられてはいないようです」

――人間との比較は適切ではないとも思いますが、ヒキガエルにも、人間で言うところのLGBTQIA+に相当する性的志向の個体はいるのでしょうか。
 「いないと思います、と咄嗟に思ってみたのですが……よく考えたら、いてもおかしくないですね。性的志向が遺伝的に決まるのか、環境的に決まるのか、よく知らないのですが、胎内環境によると聞いたことがあります。例えば農薬などの化学物質による水質の悪化などは、ホルモンの生成を乱し、もしかしたら性成熟をうまく誘導できなくすることもあるかもしれません。人間のような、感情などの複雑な要素はないにしても、いわゆるオス / メスという性別にならず、繁殖に参加してこない個体が実はどこかにいる可能性も捨てきれません」

――ヒキガエルの腹面はツル~~ンとしていて、触っても性器らしいものにぶつかるイメージがないのですが、生殖器はどこにあるのですか?メスはオスを背中に乗せたまま産卵しているように見えるのですが、体内で受精してから産卵するのでしょうか?産卵してから体外で受精するのでしょうか。
 「カエルは体外受精です。体の外に生殖器はなくて、オスとメスは抱接した状態で水中に卵と精子を放出し、そこで受精が行われます」

――卵が入ったところてんのようなもの(卵塊と言うのでしょうか)の透明部分には、どんな機能がありますか?太かったり細かったり、サイズ感がまちまちに見えたのですが、これは個体差でしょうか。
 「卵のゼリー部分の機能としては、水分を保ったり、捕食をしにくくしたり、受精を助けたり、中の卵をつぶれないようにしたり、いろいろ考えられています。サイズ感がまちまちなのは個体差もあると思いますが、ヒキガエルの場合は引き延ばされているかどうか、もありそうです。移動しながら産むので、どこかに引っかかったりすると、すごく引っ張られて細く見えてしまうことも。あとは、産み出されてすぐの場合、まだ水を十分に吸っていなくて細かったりもします。この場合は時間が経つと太くなっているはずです」

――水を吸って太くなるんですね!吸水性ポリマーみたい!1匹で何個程度の卵を生みますか?生んだ数だけみんなオタマジャクシになれるのでしょうか……。
 「ニホンヒキガエルの場合、5,000~20000個、だいたい10,000個と言われています。これらが皆オタマジャクシになれることは少ないです。うまく発生が進まないものがあったり、途中で食べられてしまうものもあります。あとは、卵によって運命が大きく左右されているような印象があります。ダメになる卵塊は(受精失敗とか、干上がって乾燥とかで)全部ダメになるけれど、うまくいく卵塊は9割方成功する、という感じではないかと思います。いいときにいい場所に産めば、オタマになるまで(孵化まで)はけっこう成功すると思いますが、平均してしまうと決して高い割合ではなさそうです」

――卵の状態から交尾 / 産卵の舞台に上がるまでに、どれくらいの年月がかかりますか?オタマジャクシに手足が生えて、尾が短くなった段階ではとても小さいので、大人になるまでにとても時間がかかるような気がしてしまいます。
 「ヒキガエル科のカエルは他のカエルに比べて変態時のサイズが成体サイズに比べてとても小さいです。ですが、陸での成長速度は驚くほど早く、1年目の冬頃には体長は5~6cmほどになり、次の年の秋には成体サイズに近くなるようです。繁殖には2年目の春から参加するものが出始め、3年目にはほとんどの個体が参加してくるとの報告がありました。アカガエルなどの小さいカエルでは、次の年に繁殖に参加できていたりして、よりサイクルは早いです」

ヒキガエル | Photo ©岩井紀子
Photo ©岩井紀子

――水中で産卵し、オタマジャクシとしての生活を経て変態→陸上に上がるという過程は、とても非合理的に思えます。卵やオタマジャクシの段階で金魚に食べられてしまったり、水流がある場所では流されてしまったり……とてもリスクが高い気がするのですが……。成体の姿で陸上で誕生するよりも、水中のほうが安全ということなのでしょうか。もしくは、素人考えですが、あえて水に流される→生存領域の拡張、といったストラテジーによるものなのでしょうか。カエルという種が登場した大昔からこの営みが続けられてきたのであれば、そうなった理由も含めて教えていただけると嬉しいです。
 「カエルが水に産卵するのは、卵が固い殻をもたず、乾燥に弱いためです。ここまでは魚類と同じです。その後、陸上生物へと進化する段階で、どこかで陸に上がる必要が出てきました。どこで上がるかは種によって様々で、とてもおもしろい戦略を持っています。話し始めるとものすごく長くなってしまうのですが、簡単に言うと、水も陸も使ったほうが、長い目で見たときに成長や生存に有利だからオタマジャクシをやっている、というところです。水の中の生存率や成長率、陸での生存率や成長率を考慮したときに、最初は水にいて、途中で陸に行ったほうが、成熟するまでの生存可能性が高く、大きくなれるのだと思います。卵やオタマジャクシで金魚に食べられたり、水に流されたり、水の中の生存率は高くないでしょうが、一方で陸の生存率も高くはありません。捕食者に食べられてしまったり、乾燥して干からびてしまったり。特に小さいときは乾燥のリスクが高かったりもするでしょう。そういうときは、小さいうちは水にいて、ある程度大きくなってから陸に上がったほうが生き延びられる、ということになります。水や陸の環境によっては、ずっと水にいたほうがよかったり、ずっと陸にいたほうがよかったりして、実はそういう戦略をとる種もいます。直接発生と言って、熱帯の方に生息しているコヤスガエル属などのカエルは卵の中で変態し、カエルになって出てきます。逆に、ずっと水にいたほうが良い場合は、幼形成熟と言って、サンショウウオの仲間に見られるのですが、幼生のかたちのまま成熟して子供を残したりします。カエルの種類によって、水や陸の生存率、成長率が違い、それによって最適な戦略も違っているのです。水に流されて生息地を変えるといったことは、少なくとも池のカエルにはあまり当てはまらないです。むしろ、産卵された場所から移動することは、変態するまでできないのが普通なので、移動という意味ではしにくいステージと言えます。渓流のオタマは流下することができ、2年間で130mくらいという調査結果があります。でもこれも、自分で遠くに行きたくて、というよりは、大雨の出水で流されてしまって、という感じを受けます」

――オタマジャクシに手足が生える、尾が消える、というメカニズムが全くわかりません……。徐々に骨格が変化してゆくのでしょうか……。エモーショナルなことを言っても仕方ないのですが、本人(本オタマ)的には痛かったりするのでしょうか。
 「おもしろい視点ですね。手や足はゆっくりできてきます。先に後足、その後に前足ですが、後足は最初から外に出ていて、少しずつ伸びてきます。後足が立派になってくると、いわゆる“頭”の部分の内部で前足が作られているのが透けて見えます。前足が完成すると、あるときシュポっと出てきます。変態が近づくと餌を食べなくなるので、胃などの内臓部分はその間に変わるのだと思います。前足が出た時点では顔もまだオタマっぽいですが、尾が吸収されていくうちに口がだんだん割けていき、カエル顔になっていきます。本人が痛いのかどうか、全然わかりません!」

――ヒキガエルの寿命はどれくらいですか?自宅の玄関先に鎮座するヒキガエルが毎年必ず現れるのですが、それが毎年同じ個体なのか、違う個体なのに同じ場所に鎮座しているのか、ちょっと気になっています。
 「野外の個体で10年近く生きているようです。意外と毎年同じ個体なのかもしれません。もしかしたら、玄関先がとてもヒキガエルにとって気持ち良い座り心地のところで、いろんな個体がとっかえひっかえ狙っている可能性もあります。模様などで識別ができればぜひ見てみていただきたいところです」

――わかりました!毎年特徴をメモしてみようと思います。ヒキガエルのヴィジュアル面にフォーカスすると、“イボガエル”呼称の由来であろう多数の突起がありますよね。池で観察している際に周囲の人々から何度か「ギャー」という悲鳴が聞こえ、その原因のひとつがこの“イボ”だと思ったのですが、何のためについているのでしょうか。日本でよく見かける他のカエル(アマガエルやトノサマガエルなど)はツル~~ンとしていますよね?
 「先述の毒液を出すところのようですが、それ以外に何か意味があるのかわかりません。抱接の時に滑りにくい……?は他のカエルも同じですし。イボイボしていたほうが土のテクスチャに溶け込みやすいとか?日本のカエルの中ではかなり陸性の強いカエルなので、ツルツルしていると地面では目立つのかも?? 陸性が強いとなると、表面積が増えてしまうのは乾燥に弱くてダメなのじゃないか?とかいろいろ考えてみましたが、真相は不明です」

――四肢を広げて立ち上がった(ように見える)状態になると、かつて『鳥獣戯画』に描かれたように、擬人化したくなるのも納得の姿をしていますよね。その理由として思いつくのが、手足の指の形状と後肢の長さです。ヒキガエルの指は何本ですか?曲げたり(例えばピースサインをしたり)はできるのでしょうか。また、後肢が短いカエルなども存在するのでしょうか。
 「ヒキガエルの前肢の指は4本、後肢の指は5本です。多くのカエルはこの本数です(後述するオットンガエルは例外です)。曲げることはできますし、落ちそうになったり、何かに登るときは曲げた指で捉まっているのを見ますが、自分でピースをしているのは見たことがありません。そこまで器用ではないのかな?と思います。無理矢理かたちを作ればピースにはできそうです。後肢が短いカエル……カメガエルでしょうか。手足の短い不格好なカエルです」

――カメガエル、ググってみましたが、とてもユニークでカエルとは思えない風貌ですね(笑)。岩井先生から見て、ヒキガエルの魅力はどんなところですか?
 「哲学的な顔をしているところです。何か人生(カエル生)について深く考えているような顔をしている、と思っています。上から見るとその良さがわからないので、ぜひ手に乗せて、乗せられなければ顔を下げて、同じ視線で見てみてほしいです。渋い、いい顔をしています」

ヒキガエル | Photo ©岩井紀子
Photo ©岩井紀子

――岩井先生がカエルを好きなった理由や、研究者の道を選んだきっかけなどを教えてください!研究を続ける上でのご苦労が伝わるエピソードや、これから研究者を目指すみなさんへのアドヴァイスなどもあればお聞かせください(たくさんあることと存じますが……)。
 「カエルを好きになった覚えはなかったのですが、気づいたらこうなっていました。もともと実家の庭に小さな池があり、そこにヒキガエルが毎年産卵に来ていたので、オタマジャクシを飼ってはカエルにして、というのを小さい頃からやっていました。そのうちカエルになっても飼いたくなり、中学生で仔ガエルのためにアブラムシを集めるようなことをやっていました。一番身近な生き物だったと言えます。その延長で、大学の卒業研究を決めるときに好きな生き物を聞かれ、強いて言えばカエルですかね?と答えたところからカエルの道が始まりました。研究生活が好きだったので、そのまま研究者になってしまいました。良い指導者にも恵まれました。研究者は、好きなものを相手にできる一方で、真実を追究するのは厳しい道でもあります。いろいろな意味で自分との闘いです。研究職に就けるかどうかは実力に加えて運も必要で、かつ常勤になるにはかなり年齢が遅くなってしまいます。“ちょっと好きだから”では続かないので、覚悟して入ってきてください。それでも、研究は楽しいです。こうかな?と思ってその通りの結果でも嬉しいですし、違う結果が出れば、なんでだ!? となって次のステージに繋がります。自分しか知らない新しいことを世界に発信し、見ず知らずの海外の研究者からコメントをもらえたりもします。自由研究でも卒業研究でも、研究って楽しい!とビビッと来た人はぜひのめりこんでみてください」

――そうしてハードな道を歩んできた岩井先生が長きに亘って研究し、“日本一かっこいい”と評するオットンガエル。その出会いと、どのあたりがかっこいいのかを教えてください(書ききれないとは思いますが……)。
 「オットンガエルはまずヴィジュアルがいいです。堂々としています。声もいいです。鳴き声が本当に独特で、よく“男の人の咳払い”などと例えられるのですが、夜の山の中で“ウォッホン!!!”とやっているのがおもしろいです。“ウォッホン!”の部分はとってもおっさんなのですが、そのあとにかわいく“くーくーくー”というのが付け加わります。喉を鳴らすような音なのですが、これが“くーくー。くーくーくー。くーくー。く~~~~”となってみたりして、意外とヴァリエーションがあり、かわいいです。前足の指がカエルには珍しく5本になっていて、5本目には棘が入っています。捕まえるときに刺されると、とても痛いですし、流血します。オスはこれを使って闘争を行っていて、傷だらけになっていたりします。戦いに勝つために、とてもマッチョになっていて、胸や腕の筋肉がモリモリです。そのくせとっても敏感で、こちらの気配があるとなかなか戦いの場面を見せてくれません。そういった特殊な生態が全部かっこいいです。出会いは22歳、修士1年生のときの旅行でした。生物サークルの仲間に誘われて、何の気なしに行った奄美大島で出会い、ヴィジュアルと声に惚れました。みんなで借りたレンタカーを夜だけ独り占めさせてもらい、山の中の繁殖地で一晩中声を聴いていました。また奄美大島に行きたい一心で保全研究用の助成金に応募し、資金を得て通いつめ、生態調査をしました。我ながら若かったなーと思います」

――資金調達も含め、やっぱりタフな世界ですね……。熱を感じます。先生のホームページを拝見していると、突如ウシガエルを食したトピックが現れて、かつては食用とされていたという予備知識があってもびっくりします(笑)。「けっこうおいしい」とのことですが、どんな味、食感なのでしょうか。唐突に召し上がったわけではないと思うので、経緯もお伺いしたいです。
 「動物を対象としている研究者の間には、“対象生物は食べてみないとね”という風潮?があります。たまたま近くの川にウシガエルがたくさんいて、採ったサンプルがあったところに、職場のイベントにちょうどよいということになって一部を唐揚げにしてもらいました。幸いカエルはもともと食用の種も多いので、食べることに抵抗はなかったです。“鶏肉”と言われますが、まさにその通り。唐揚げにしてしまえば普通のおいしい肉でした。ちょっと骨っぽいのですが。ウシガエルは特定外来生物に指定されている“悪者”ですので、みんなが捕まえて食べてしまえば一石二鳥だと思います。ちなみにオットンガエルも昔は食用にされていたということですが、今は県指定天然記念物なので食べられません。出会ったときは指定前だったので、食べておけばよかった……と思っています」

――おお……大好きなオットンガエルも……ちょっとロマンティックに思えました(←視点絶対違う)。岩井先生はヒトと生物の役割や関係性にフォーカスした自然環境保全の研究をしていらっしゃいますよね。具体的にどのような研究なのか、やさしく教えていただけると嬉しいです。また、僕たちがカエルを見るとき、どのようなことに思いを巡らせれば自然環境の保全に繋がるでしょうか。
 「いろいろ迷走しているのですが……今現在は水と陸の繋がりをカエルの視点から見ることと、全然違いますが小笠原の外来種グリーンアノールの駆除に関わっています。カエルのほうでは、先ほども少し触れた“なぜオタマジャクシをやるのか”から始まって、水と陸のどちらがどれくらい大事なのか。どちらを大事にすればカエルは守れるのか。といったことを考えています。カエルの中でも、水の時代を大事にしている種と、陸の時代を大事にしている種があって、例えばヒキガエルは後者(とても小さく変態して、陸での成長が主体)なのですが、それぞれの種に合った保全方法があると思うのです。ヒキガエルであれば、水はちょっと手薄になっても、陸をしっかり守ってあげたほうがよいかもしれないですし、逆にアマガエルなんかは水でけっこう大きくなりますので、水の時代をもっと考えたほうがよいかもしれません(例えば水田の管理方法とか)。カエルの保全、というと、成体のステージに考えが行きがちな気がするのですが、オタマジャクシが成功するかどうかで、その後のカエル生にも影響が出てくるので、水だけ、陸だけ、ではなくて、相互に繋がっているものとして見るようにするといいのかな、と思います」

岩井紀子 Noriko Iwai
Official Site

オットンガエル | Photo ©岩井紀子東京都出身。
東京農工大学自然環境保全学部門准教授。
主にカエルを対象とした動物生態学、保全生態学が専門。

『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!オタマジャクシ』■ 2021年10月20日(水)発売
AZ Relief, 伊部朝香 編著
『日本のいきものビジュアルガイド はっけん!オタマジャクシ』
写真 | 関 慎太郎
緑書房 | A5判 | 152頁 | 1,800円 + 税
ISBN 978-4-89531-766-5

※ 岩井先生はp104-105, p124-127にご寄稿

[目次]
| 巻頭ビジュアル
| オタマジャクシとは?カエルとは? / オタマジャクシの多様性
| クローズアップ
| 世界の変わったオタマジャクシ図鑑
| オタマジャクシの春夏秋冬
| オタマジャクシを飼ってみよう
| とことんオタマジャクシ
オタマジャクシQ & A
今、起こっていること
日本列島に住むオタマジャクシの多様性
文化 / 歴史の中のオタマジャクシ
研究者からのメッセージ
自由研究のすすめ
オタマジャクシに会える動物園・水族館・博物館

| 用語解説
| 参考文献

『見つけて検索!日本のカエルフィールドガイド』■ 2020年4月10日(金)発売
カエル探偵団 (藤田宏之, 福山欣司, 岩井紀子, 柗島野枝, 中津元樹, 吉川夏彦) 編著
『見つけて検索!日本のカエルフィールドガイド』
文一総合出版 | A5判 | 88頁 | 1,200円 + 税
ISBN 978-4-8299-7226-7

[目次]
| この本の使いかた 
| カエルを観察するために 
| カエルの体と生活史 
| 本州・九州・四国・北海道・離島のカエル
カエル検索表
本州 / 九州・四国 / 本州・九州の周りで固有種のいる島々 / 北海道
似ている種を見分けよう
ヒキガエルのなかま / トノサマガエルのなかま / アカガエル・タゴガエルのなかま / ニホンアマガエルとアオガエル2種 / ヌマガエル・ツチガエル・サドガエル
探してみよう!カエルの卵
カエル探しカレンダー
カエル図鑑
アズマヒキガエル / ニホンヒキガエル / ナガレヒキガエル / トノサマガエル / トウキョウダルマガエル / ナゴヤダルマガエル / ツチガエル / サドガエル / ヌマガエル / ニホンアマガエル / モリアオガエル / シュレーゲルアオガエル / カジカガエル / ニホンアカガエル / ヤマアカガエル / ツシマアカガエル / チョウセンヤマアカガエル / タゴガエル / エゾアカガエル / ネバタゴガエル / ナガレタゴガエル / ヤクシマタゴガエル / オキタゴガエル / ウシガエル / アフリカツメガエル
| 奄美群島のカエル
カエル検索表
似ている種を見分けよう
ハロウエルアマガエル・アマミアオガエル
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リュウキュウカジカガエル / ヒメアマガエル / ハロウエルアマガエル / アマミアオガエル / アマミアカガエル / アマミハナサキガエル / アマミイシカワガエル / アマミイシカワガエル / オットンガエル
| 沖縄諸島のカエル
カエル検索表
似ている種を見分けよう
ハロウエルアマガエル・オキナワアオガエル
探してみよう!カエルの卵
カエル探しカレンダー
カエル図鑑
ホルストガエル / ナミエガエル / リュウキュウアカガエル / オキナワイシカワガエル / ハナサキガエル / オキナワアオガエル / シロアゴガエル
| 先島諸島のカエル
カエル検索表
似ている種を見分けよう
ハナサキガエル2種とヤエヤマハラブチガエル / リュウキュウカジカガエル・アイフィンガーガエル
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オオハナサキガエル / コガタハナサキガエル / ヤエヤマハラブチガエル / サキシマヌマガエル / ヤエヤマアオガエル / アイフィンガーガエル / ミヤコヒキガエル / オオヒキガエル
| 生き残れ!カエル双六(すごろく)①②③
| 外からやってきた生き物とカエル~外来種の問題
| カエルをまもる 
| 自分でもっとカエルを調べてみる! 
| 名前で検索(種名索引) 
| おすすめの本 / 本書で参考にした文献 
| コラム
日本のカエルの分布と生物地理 
北海道のカエル事情 
トノサマガエルのなかまがすべて集まる長野県 
ヒキガエルのなかま~繁殖から上陸まで 
色や模様が多様なトノサマガエルのなかま 
アオガエルのなかま~繁殖のしかたの違い 
「普通種」タゴガエルに秘められた多様性 
マングースに襲われた奄美のカエル 
カエルの「種」を分けるもの
カエル探偵団のアカガエル産卵前線 
カエルと日本文化