一番やりたかったことができている
取材・文 | 小嶋まり | 2022年8月
撮影 | ©嶌村吉祥丸
――EP『夢うらら』タイトル・トラック「夢うらら」は、明るい未来への希望を想像させるエール・ソングになっているそうですが、エール・ソングを書こうと思ったきっかけは?
「この曲を書き始めた時期が冬から春にかけての季節の変わり目だったのが大きくて。その時期にこれから学校が始まる子とか、新しい職場で働き始めるかたがきっと多いじゃないですか。そこで雪が溶けて春になる感じとか、新生活応援みたいなテーマが浮かんで、そこから夢を応援する、自分自身も応援したいという気持ちが芽生えたのがきっかけです」
――曲にはパンデミックの影響もありましたか?
「やっぱりありますね。なかなか前向きになれないことが多いので、そういうときに自分のサウンドがちょっとでもポジティヴなものになったらいいな、と思っていました」
――作詞も練りに練りましたか?
「今回、すごく考えましたね。前回リリースした『California』はわりと個人的な思いや人物像ができていて、女の子っていうイメージの主張が強めの曲だったけど、それとはまた違って、今回は自分以外の他の人だったらどう思うんだろうっていうのを考えてみました」
――もっと視点を広げてみた感じ?
「そうですね」
――「夢うらら」のラップの中に天ぷらが出てくるのがよかったです。
「あそこは残りますよね。“大人のふりして人生tempo up”という歌詞のところと単純に韻を踏むように、似たワードだった“天ぷら”を繋げているんですけど、ちょっとカッコつけて装うみたいな、自分を偽る、みたいなことをヒップホップのスラングでは“天ぷら”って言うんですよね。そういうことも、逆にリアルでアリでしょっていう意味も込めて書きました」
――「夢うらら」は前作のEP『California』に続いて、J-POPやヒップホップなどさまざまなジャンルが詰め込まれてる上に躍動的な展開が印象的でした。ヴォーギングをイメージしたドロップ・パートもあったり。「夢うらら」を作るにあたってインスピレーションを受けたものはありますか?
「毎回、曲を作るときには自然に自分の中にインプットされたものがなんとなく出てきたりはするんですけど、何かをリファレンスとして作り始めることがほぼないんです。なので今回はちょっと特殊かもしれなくて。普段ダンスを練習しているんですけど、そのときにヴォーギングという腕の振りが特徴的なダンスを教えてもらって、これがヴォーギングかぁって。知ってはいたんですけど、やったことはなくて。これを自分も曲で踊りたいから、ヴォーギングをする曲を書こうと思ったんです。すぐ家に帰ってそれっぽい曲を作ったんですよ。それがちょうど今入ってるインタールードのセクションのところで。もともと“Vogue”として作った3分ぐらいの曲があって、その中の16小節くらいを“夢うらら”に持ってきているんですよね。だから、純粋に踊りたいっていうところから新しい曲を作って、それと並行して作業していた“夢うらら”のデモにヴォーグ・パートを入れ込んだという感じでした」
――自分のやりたいことも入れ込みつつ。
「やりたいことはやらないと!と思って」
――最近の曲って短めなイメージがあるのですが、まひるさんの「夢うらら」は4分以上あります。アイディアを詰め込んだらヴォリュームが出た感じですか。
「どうなんですかね。1曲の曲としてヴォーグ・パート以外は頭から順番に書いていっているんで、何も意識していないというか。移り変わりとかも自分的にはないと思っています。“展開が多い”って言われることが多いですけど、自分としては自然というか。もちろん、やりたいことをやろうと思ってヴォーグ・パートを作ったっていうのはあったんですけど、あくまでも曲としてどうやったらかっこいいか、ということを考えて書いているので、自然とこういう結果になった感じです」
――まひるさんの言うまるっと1曲!という中にもやはり展開の多さは感じていて、K-POP的な要素を感じる印象を受けましたが、最近のK-POPもチェックしていますか。
「K-POPは好きでめっちゃ聴いてます。K-POPではA・B・サビがきてその後ラップに行くっていう流れがあたりまえになっていて、若い子たちもそのスタイルが最近主流になっているんで、そこは自分が一番好きな曲の構成がいいなと思って。“夢うらら”はちょっと特殊な構成ではあるんですけど、だいたい毎回作る曲はほぼ全部2Aがラップになってるっていうことが多いんです。今K-POPもあたりまえにラップが入っていて、グループの中にラップ担当がいるじゃないですか。それを私はひとりでやるっていう。今回も『California』から引き続き、それをやってみようって感じでした」
――おすすめのK-POPはありますか?
「えー!そんなに詳しくないんですよ。最近はバラードばっかり聴いています。韓国のバラードが好きで。イ・ムンセ(이문세)とか」
スタッフ 「めちゃくちゃ大御所。63歳ですよ」
「K-POPというか王道なんですけど、最近だとその辺ですね」
――いわゆる歌謡曲ですかね。目の付け所がすてきです。ひとつ気になっていたところがあって、希望にあふれた曲「夢うらら」と共に、自分らしくいられない恋にケリをつける曲「ごめんなさい」が収録されていますが、この曲を『夢うらら』EPに入れた理由は?対極的なカラーがあっておもしろいと思いました。
「何もないんです(笑)。たまたまこういう曲を書いていて、たしかにこの曲を一緒に入れたのは、対照的なのはメリハリがあっておもしろいのからっていう理由ではあるんですけど、作るときに全然意識はしていなかったです」
――レコードのA面B面みたいな感じで。
「そういうイメージはしていました」
――A TRIBE CALLED QUESTに影響を受けたと以前のインタビューでおっしゃっていましたが、最近聴いているヒップホップ、または新たなジャンルの音楽はありますか?
「最近も相変わらずQ-Tipを聴いています。昔の作品はもちろんですが、みなさんまだまだ現役じゃないですか。Nasも新譜を全然衰えない勢いで出しているので、最近もずっと追いかけてます。ずっと自分のスタイルを突き詰めていて、そういう音楽との向き合いかたにも憧れます」
――A TRIBE CALLED QUESTがApple Musicでラジオをやっていますが、めちゃくちゃ選曲が良いですよね。
「良いですよね。ずっとかけていてもいいですよね」
――まだなかなか下火にならないパンデミックですが、制作に影響はありましたか?
「そもそもDTMを始めてからまだ2年も経っていないので、コロナ渦前と比べられないんです。コロナ渦になってから動き出したので、どういう影響を自分に及ぼしているか正直わからないんですけど、どっちにしろ家にずっと籠って制作を行うタイプなので、そんなに影響はないです。物理的に困ることは制作面ではなかったです」
――今後は音楽フェスに出たいっていう気持ちはありますか?
「海外は一番大きな目標ですけど、まずは日本のフェスに出たいですね」
――個人的には「SXSW」に出演してほしいです。ピアノはまひるさんにとって人生の大切なエッセンスだと思いますが、日々欠かさず練習していらっしゃるんですか?
「そんなことないですよ。ヤマハに10年以上通っていたときはコンクールが常にあったので、あたりまえのように練習していたんですけど、やっぱり他のことがやりたくなっちゃうと、わりとそっち1本になっちゃうので、環境も含めてだいぶ変わりました。歌がメインになったし、パソコンでの制作がメインになったのもあるし、練習よりも作るほうにフォーカスしています」
――1stアルバム『PLANKTON』はジャズ・ピアノ作品でしたが、かなり変わりましたよね。
「ピアノと歌は全然違いますし、準備に時間がかかりました。歌いたいって思ってから、どうしようどうしようっていう時期が3年くらいありました」
――ジャンルの進路を変えることについても悩みましたか?
「やりたいことは次にあるという状態で、どうやってそれを始めるかずっと悩んでいました。なので今はやりたいことができているっていう感じです。今回入れたピアノ・アレンジは、今までやってきたことが生かされていると思います」
――成田ハネダさん(パスピエ | key)をアレンジャーに迎えた理由は?
「『California』制作後から、アレンジャーを迎えたいっていう話はスタッフ内でしていて、私も自分とは違うフィールドで活躍されてるアレンジャーのかたとお仕事をしたことがなかったので、自分にないものを持っている人と作ったらどういう風になるのかを見てみたいと思っていて。そこで成田さんを紹介してもらったんですよ。それからいろいろな曲を聞かせてもらって、変拍子の曲があったり、すごく複雑なことをやりつつもポップに落とし込んでいて、音楽家としてすごい、うわぁ、いいな!と思いました。バランス感がすごく自分好みだったのでお願いしました」
――やはりポップスをやりたいって思いますか?
「はい、思います。ポップスがやっぱり好きなんですよね、Ariana GrandeやRihannaを17歳くらいのときに好きになって、やっぱり歌唱力はもちろんですけど、見た目も華やかでかわいい服を着て踊っている感じが共通していて。音楽性だけじゃなくて、こういうトータル的なことを自分が表現したいことなのかな、と思って憧れていて」
――まさにポップ・アイコン、ファッション・アイコンとしても注目を浴びるまひるさんですが、ファッションに関して意識していることはありますか?
「もともと古着をずっと着ているんです。展示会とかへ行っても基本サイズがMからとかなので自分のサイズを見つけるのが難しくて、ほぼ着たいと思った服は着られないんですよ。でも、古着だったらサイズも見つかることが多いし、人と被らないので昔から着ています。それはずっと変わらなくて、大切なところだなって思っています」
――10万人以上のフォロワーがいますが、SNSを活用するにあたって利点に感じること、マイナスに感じることはなんですか?
「私はもともとSNSから発信して今の活動に繋がっているので、欠かせないコミニケーション・ツールだと思っています。ファンのかたやフォロワーさんが直接感想をくれたりするのはとても好きだし、そのおかげで距離を近く感じられるので。リファレンスとしてファッションやメイクを探すときもやっぱり開くし、インスピレーション源ではあるんですけど、ずっと見ちゃう感じで。時間が取られちゃうっていう。そこは本当にマイナスですよね」
――制限時間を設けたりはしていますか?
「一時期使っていたこともあります。でもSNSが必要なときもあるので、意味なくて辞めちゃいましたけどね。上手な使いかたが難しいです、支配されてますもん。どうやって抜け出せばいいのかわからない」
――沼にハマっていくような感覚ですよね……。海外のフォロワーさんも多いと思うのですが、どこの国からのアクセスが多いですか?
「アジア圏ですね。たまに日本語以外のコメントをいただくんですけど、それはSNSがあってこそだと思います。嬉しいです」
――4ヶ月間、ニューヨークに行かれていたんですよね。また海外に行きたいという気持ちはありますか?
「ずっと言ってます!行きたいです」
――またニューヨークですか?
「ニューヨークだけじゃなく、ほかのところにも行きたいですね。迷いますよね。アメリカはロサンゼルスかニューヨークか、みたいな話になることがあるんですけど、自分はどちらが好きなのかを知りたいというのもあるし、ずっと昔からカリフォルニアに憧れているので、行かないとな、って思います」
――「I was born in California」(「California」の歌詞)ですもんね。
「のはずなんですけどねぇ。行ったことがないので行かないとなぁって思います。でも感覚的にはやっぱりニューヨークが好きだと思います。Q-Tipとかイーストコースト・ヒップホップが好きなので!」
――今注目しているアーティストはいますか?音楽に限らず、アート、作家、ジャンルは問いません!
「ディーン・フジオカさん。ちょっとだけ共演させていただいたこともあって、お話ししたときに、ジャズがすごくお好きで、興味を持ってお話してくれて。それに、歌がめちゃくちゃ攻めていてかっこいいんです。それから、作家の諏訪哲史さんの『アサッテの人』(講談社)は好みの世界観です。又吉直樹さんも好きです」
――又吉さんはポッドキャストもされてますよね。ポッドキャストはよく聞いてますか?
「ポッドキャストもよく聞いていて、真空ジェシカさんが好きです。最近ポッドキャストを聴かないと寝られなくなっちゃってます。最近話が魅力的なかたに興味があって、同じ時を生きていて、同じ時間を過ごしている中でそれぞれ感じることが様々なのはあたりまえなんですけど、知ると楽しいんです。考えかたがおもしろいと感じる人の作品は見ていたいっていうのはあります」
――まひるさんもポッドキャストをやったりはしないですか?
「前に2か月間限定の冠ラジオをやっていました。最初は慣れなくて難しかったんですけど、慣れた頃に終わっちゃったのでリベンジしたいです」
――中学生のまひるさんがファッション・デザイナーにインタビューする『GINZA』(マガジンハウス)の連載「MAPPYが行く!」はすごくおもしろかったです。
「ありましたね。企画を考えてくださって、今回はこの人にインタビューしましょうってお話を聞きに行く連載で」
――何を聞こうとか、あらかじめ考えていましたか?
「その前に、なんで自分なんだろう?って思っていました。Jean Paul Gaultierさんとか、超有名なデザイナーさんたちにインタビューをしていたので、すごい経験でした。あり得ない時間を過ごしてたんだな、って思います」
――まひるさん、物怖じしないんだと思います。
「小6くらいから年上の人に囲まれて仕事をしていたからか当時は自然とやれていたんですけど、今のほうが変に緊張しちゃいます。あの頃はなんかチビが来てなんか聞いちゃうぞ、みたいな感じだったのでなんでも聞けたんですけどね(笑)」
――あの無敵感もよかったですけど、今も深みがあっていいと思います。著名人にインタビューするというのも珍しい経験だったと思いますが、これまでに人生を変えたような、衝撃的なできごとはありますか?
「THE BLUE HEARTSに出会ったことです。大好きです。初めて聴いたのは小学生のときだったんですけど、その頃はジャズ以外全く興味がなくて。ジャズしかやってなかったときに偶然聴いて、そこからハマりました。最初に“リンダ リンダ”を聴いて、衝撃。あれ以上の衝撃、今のところないです」
――まひるさんにパンクス精神を感じています。音楽以外にも俳優業などもされていますが、今一番挑戦してみたいことは?
「ずっとやりたかった歌を始めたので、これ以上欲がないです。今一番やりたかったことができているので。あと、演技はずっと興味はあるんですけど」
――演技はやってみてどうでしたか?
「やりたいと思ってできることじゃないですね。どのジャンルも結局ずっと続けてたり練習をしてる人にはもちろん敵わないと知りつつ、自分にとっての挑戦にはなるのでやりましたが、すごく楽しかったです。音楽でも、ラップ・パートとかも自分じゃないキャラクターになりきったり、人格が変わるような楽しさは得られるのでいいですよね」
――今年も残り3ヶ月ですが、今年中にやりたいと思っていることは?
「今年中に新しい音源を出したいです!もう制作を始めています」
――それでは最後に、コラボするなら誰としてみたいですか?
「DA BEATMINERZ!BLACK MOONとか、BOOT CAMP CLIKのアーティストたちのビートを中心に手がけているんですけど、それがすごくかっこよくて。DA BEATMINERZやQ-Tipとお仕事するのが夢です!」
■ 2022年9月16日(金)発売
甲田まひる
『夢うらら』
https://mahirucoda.lnk.to/yumeoohlala
[収録曲]
01. 夢うらら
02. ごめんなさい
03. 夢うらら (Instrumental)
04. Yume ooh la la.pf