ひとりで生まれてひとりで死ぬけどひとりじゃない
取材・文 | imdkm | 2021年9月
――「Flower In The Dark」を始めとして、今年の前半は収録曲をシングルで連続リリースされていました。ああいったかたちでどんどんリリースしていったのはどんな理由があったんでしょうか。
「1曲ずつ丁寧に届けたいなって思ったんですね。最終的にアルバムというひとつの物語にして届ける、っていうヴィジョンは自分の中にずっとあったんです。ただそこに至るまでに、1個ずつ届けたほうがいいじゃない?って思って。ライヴも今年はなかったし。音楽を届けるときに全てを込めるような気持ちで作っているので、楽曲への愛着とか、そういうところから始まった感じです」
――楽曲をアルバムとしてまとめ始めたのっていつ頃ですか?
「今年の1月には全体像はできていて、そこから細かくミックスを詰めたりとか、インストを加えて流れを作るという作業は今年の半ば、4月、5月くらいから。彫刻みたいな感じですよね。徐々に塊から削っていくような(笑)」
――明晰夢や夢というコンセプトにたどり着いた理由ってなんでしょう。
「スピリチュアルな話になりすぎないようにしたいんですけど……(笑)。個人の夢なんて最もどうでもいいことのひとつだと思うんですけど、なので、自分の夢に価値を見出す、みたいなコンセプトにしたかったわけではないんですよ。ただただ、いろんな夢を見ていた時期があったんです。その当時、去年の1月とかぐらいですかね。本当に意味不明な、いろんな夢を見て、でもいい曲を夢で聴けておもしろかったな~みたいな時期があった。本当に音楽が好きなので、夢の中でさえも音楽に出会えたことが嬉しかったんです。それをどうせなら現実で私がかたちにして、みんなに聴いてもらえたらいいな、くらいの軽い気持ちでした。完成してみると、夢ということ自体は大した問題じゃなくなっていて、自分の意識と無意識を追体験できるような感じになったなと思って」
――ちなみに、夢で音楽を聴くっていうのは昔からあったんですか?
「そんなにしょっちゅうではないですけど、時々あって、いい曲だった場合はすぐメモしたりとか。そういうことはやってました。音楽を聴く夢は必ずしも美しい状況ではなくて。例えばアルバムの6曲目に“Demo CD-R From the Dead”っていう曲があるんですけど、それは夢から拾ってきました。自宅で過ごしていてパッとベランダを見たら、プランターに人の死体が埋まっていて。警察に電話したら刑事さんがやってきて、その死体を運び出して。若いバンドマンの男性の死体だったんですけど、その人の持ち物として古びたCD-Rがその場にあって、騒然として。“なにかプレイヤーはありますか?”みたいな話になって、じゃあこれで、って言ってプレステ2でそれを再生したときに、流れてきた曲なんです」
――けっこうディテールまで覚えてらっしゃるんですね。
「強烈だったんで。おっかなびっくりな気持ちで、死体が持っていたデモCD-Rのザーッていう雑音の中から聴こえてきたその曲が、え、やたら良くない?って思って。ちょっとこれ、もう1回聴かせてもらっていいですか?って刑事さんと話して。夢の中で(笑)。ある意味嬉しかったんですよね。そんな状況にあっても自分はなりふり構わず音楽を優先するんだと思って」
――そういうふうに夢から作った曲というのが14曲中けっこう入ってるんですよね。
「3割くらいかな。インストがそうです。それがコンセプトと言えるかどうかはわからないですけど。知らない人が聴けばそれは夢の曲でもなんでもなくて、ただの曲でしかないので。こういう話をあとで読んでもらったときに、“へー”って思ってもらえたらおもしろいくらいのトピックです」
――アルバムを通して聴いていて、非常に怖くなる瞬間が何度かあって、特に「Kids on the stage」と「Broken Radio」のところは、ヘンな夢に迷い込んだ感じが強かったんです。本当に追体験しちゃったなって思いました。
「聴いたままを再現したんです。私の意図が入らないように、記憶だけを頼りにしたので。そういうふうに怖いとか夢っぽいと思ってもらえたとしたら、再現がうまくいったのかな、と思います」
――アルバムとして、他の曲との流れの中に夢の曲を位置付けていくのはどんな体験でしたか?
「要するに、夢の曲をここに配置する理由をどう作るか、みたいなことですよね。ひとりの人物が眠ってる間に夢を見て、目が覚めて現実の世界に戻って、また夢に戻ってと行き来するような表現をイメージしていたりもしていたんですけど、ある意味で、夢の曲を配置するときっていうのはDJ的な脳みそになるのかもしれないです。夢の曲は俯瞰して聴ける感じで。たとえばデモCD-Rの曲の次は“5AM”という曲なんですけど、この曲は“死”に向き合うというテーマがあって。悲しいこととしてではなく、優しく、穏やかに“死”と向き合う。そういったテーマと関連付けながら並べていく作業でしたね。DJ的に意味を持たせながらストーリーを作ったっていう感覚に近いかな」
――“夢”というパーソナルなモチーフを中心にしつつ、例えば「System」っていう曲はBlack Lives Matter運動にインスパイアされた楽曲だとリリース・コメントに書かれていて、そういったかたちでパーソナルなものの中に社会的なイシューが埋め込まれているのがおもしろいと思いました。
「社会的なことと個人的なことって、実は切り離されているようで繋がっているんですよね。社会っていうものは個人がいて、その人が生きているからこそ、その人が体験している社会がある。それはどっちが先かは誰にもわからない。個人的になりすぎないように、社会にも目を向けよう、という話ではないというか。例えば“このアルバムのメッセージを一言で言ってください”と言われたら、社会的なものと個人的なものがシームレスに繋がっているんだということを問いかけたかった。社会のことを語るときに“私からみた世界”についてしか私には語れないから、それだけはなるべく正直に表現できたらいいなあ、というふうに思ったんですよね。これを聴いて誰かが共感してくれたら、私はひとりじゃないんだ、ひとりで生まれてひとりで死ぬけどひとりじゃないんだって思えますね」
――「System」はRyan Hemsworthが参加している曲です。Ryan Hemsworthとはもともと交流はあったんですか?
「ちょうど“System”より半年くらい前のある日、RyanがInstagramでDMを送ってきてくれて。それで、Ryanの作ったデモ音源に歌を入れたりとか、そういうことをしてたんです。“System”は私のほうでデモができて、絶対これはRyanとやったほうがいいなって思って。そのときは音楽的な直感でしかないんですけど」
――実際に作ったデモをRyanに渡して、戻ってきたときの第一印象はどうでしたか。
「すごく予想外。いい意味で、全然思ってもいなかった展開になっていて。それがすごく嬉しかった。コラボレーションの醍醐味かもしれないですね。自分にはとても思いつけなかった。ひたすら嬉しくて驚いて、ほんとにリスペクトしかないですね」
――他にも「5AM」は作詞が弟さんのKeisei Loubtéで、ソングライターとしてZach Surpが参加されていて、「It’s So Natural」にはAAAMYYYが参加されています。どれもすごく印象的な楽曲でおもしろかったんですけど、弟さんに歌詞を書いてもらうっていうのに驚いて。弟さんはもともとそういうことをされてたんですか?
「ぜんぜんなんですよ。仕事とかではなく。仲がいいんですよね。小さい頃は転勤が多かったですし、大人になってからもよく一緒に遊んでいて。弟も音楽が好きで、“この曲のこの歌詞がいい”とか、そういう話を日常的にしていて。よく私の書いた歌詞を見せてアドヴァイスもらったりもしてたんです。それもあって、やったらいいのができる気がしたというか。“5AM”は死生観の曲ですけど、一番身近にいる友人みたいな存在だから、近い感じかたをしていたのかなって、詞を読んでから思ったんですけど。私はあまりこだわらないんですよね。その人が作詞家であるかどうかとか、その人がどういう仕事をしているとかよりも、その人が無意識に発信しているなにか、雰囲気というか、そっちのほうが大事というか」
――「5AM」はZachとのエピソードも狐につままれたような感じ(* 1)になるものですね。
「曲を出してしばらくしたら連絡がとれて、なんだ、生きてたのか!って。聞いてみたら、“現代社会に疲れてSNSだとかストリーミングに曲を公開するのをやめてたんだ。携帯も持ってなかった”って。余談なんですけど、“5AM”を向こうが勝手に仕上げていた曲があって、“3AM in Tokyo”っていうんですけど。それがSoundCloudだけに上がっていて。いつの間に!? って思いましたけど、まあよかったよ無事で、みたいな。そんな後日談がありました」
* 1 SNSを通じて知り合い一緒に曲を作っていたZachは、ある日突然音信不通になり、インターネット上からこつ然と姿を消してしまった
――「It’s So Natural」のAAAMYYYともコラボしたのは初めてですよね。交流はあったんですか?
「2017年くらいに出会って、最初は“TempalayのシンセサイザーとヴォーカルのAAAMYYYさん”として認知してたんです。その後、『BODY』っていうソロのアルバムが出たのを聴いて、こんないい音楽をやってたんだと思って。なんとなくそこから、探り探り、いつか必然的なかたちでコラボできたらなと思っていて。それで、デモができたときにこれだったら絶対にハマりそう、と思って決意してデモを送った感じです。AAAMYYYには日本語のパートの歌詞をまるまるお願いしていて。4行くらいの、曲の後半に出てくる部分なんですけど、1ヶ月くらいかけて考えてくれて。妥協せずに取り組んでくれたんだなっていう詞で、実際に読んでほんとに感激しました。タイプというか性格的なところは違うかもしれないですけど、戦ってる感じとか、会うと共通点を感じます」
――「Show Me How」はすでに2019年のライヴで披露されていた楽曲で、ライヴのオーディエンスとステージ上のアーティストの関係を歌った曲です。それが、新型コロナ禍が続く2021年に聴くとなおさら切実に響くなと思って。ご自身で「Show Me How」を本作に入れた理由というか、2021年に出るこのアルバムに入れようと思った決め手ってありましたか。
「“Show Me How”は自分にとって特別な曲かもしれない。“ステージに立っている自分とそれを聴いているオーディエンス”っていうテーマを思うと、神聖な気持ちになるんです。ライヴを思い出すと、実際にそういう気持ちになっていて。逆に、これをアルバムに入れないっていう発想はなかったんです。入れない理由がなかった」
――「当然入るでしょう」っていう。
「そうですね(笑)。アルバムでは、夢の中のステージ(“Kids on the stage”)から、ラジオが壊れて(“Broken Radio”)現実に引き戻されたときに、自分の核心を確かめる、そういう曲として位置付けできたかなと思います」
――他の曲が打ち込みの質感で統一されている一方、あの曲はドラムが割とフィジカルな感じのある響きですよね。
「すごく悩んだんですよね。アレンジをもっとアルバムにフィットさせるようにいじってやるほうがいいのかなって思った時もあったんです。ただ、全体の曲が揃ってきたときに、“Show Me How”で初めて自分の姿を鏡で確認できるみたいな感覚があって。意外とこのままでも大丈夫じゃないかなって。ミックスは変えたんです。ドラムの響きをタイトにして、低音のキックを強調して。職人的な立場でアジャストさせたりして」
――『Lucid Dreaming』というアルバムが完成して、創作のサイクルにひと区切りがついたところかと思うんですけど、最後に、それを経ていまどういうお気持ちなのか聞きたいです。みなさんにはこれから届くものなので、始まりでもあるんですけど。
「なんでしょうねえ(笑)。これが終わったら3ヶ月くらい夏休みもらおうかな、って思ってたんですけど、1曲作りかけで気になっているものがあって、それはやんなきゃな、と思ってます。それに、1曲1曲出してきたように、アルバムについて発信していかないと。配信ライヴをやるっていうプランもあります。あと、ありがたいことに私のまわりに才能のあるすばらしいトラック・メイカーの皆さんと繋がりを持てているので、『Lucid Dreaming』のリミックス盤をそのみなさんにお願いしたいなと思ってます。これからお願いするんですけど」
――じゃあまだまだこれから忙しい、という……。
「そうですね。いつになったら温泉とかプールとか行けるのかな?なんて思いながら(笑)」
――とりあえず、インタビューをお読みいただいた方にはぜひ『Lucid Dreaming』を聴いていただいて。
「ね。興味を持ってもらえたら嬉しいです」
■ 2021年10月20日(水)発売
Maika Loubté
『Lucid Dreaming』
https://lnk.to/ML_LucidDreaming
[収録曲]
01. I Was Swimming To The Shore And Heard This
02. Flower In The Dark
03. Mist
04. It’s So Natural
05. Spider Dancing (Album edit)
06. Demo CD-R From The Dead
07. 5AM
08. Kids On The Stage
09. Broken Radio
10. Show Me How (Album edit)
11. Lucid Dreaming
12. System
13. Nagaretari
14. Zenbu Dreaming