“モテるためには”というのがピンとこなくて
取材・文・写真 | SAI (Ms.Machine) | 2022年12月
――自己紹介をお願いします。
「金原毬子です。『Numéro TOKYO』というインターナショナル・モード誌の編集をしています。扶桑社という出版社に入社して、最初の2年間は書籍の販売営業。希望を出して3年目で『Numéro TOKYO』の編集部に異動になりました。アシスタント・エディター、ジュニア・エディターを経て、エディターに。現在は特集やカルチャー系の読み物などを担当しています」
――美容師さんみたいな感じで、段々と役職が上がるシステムなんですね!
「『週刊SPA!』や『ESSE』などうちの会社の他の媒体には、そういった肩書の変化はないので、モード誌特有の文化なのでしょうか。ちなみに、肩書が変わるだけで、会社における役職や給料が上がるわけではありません(笑)」
――編集のお仕事内容を教えてください。
「仕事内容は、たぶんテレビとかで言うと、プロデューサーみたいな役割なんです。企画を立て、取材したい人や、フォトグラファーやライターなどスタッフの人選を考えます。上がってきた原稿の確認、写真のセレクト、デザインの発注、各所への校正確認などなど……。予算やスケジュールの管理も大事な仕事です」
――なるほど。
「私の場合はカルチャーを担当することが多くて。それこそSAIさんに取材させていただいたときは、音楽とフェミニズムについての企画でしたね」
――ウェブ版と雑誌版だと、けっこう内容が違ったりしますか?
「雑誌は毎号ひとつのテーマがあるので、1冊としてまとまりがあります。ウェブ版に関しては、テーマはあまり関係なく、ひとつずつ記事が独立しているので、自由度が高いです。例えば先日、私が好きなミュージシャンのbeabadoobeeのインタビューをやらせていただきました。ウェブでは旬の映画監督や俳優、ミュージシャンのインタビューが充実しています」
――編集者になりたいと思ったきっかけを教えてください。
「ちっちゃい頃から、本を読んだりするのが好きだったので、何かしら本に関わる仕事をしたいっていうのはありました。その中で、私が高校生のときにふたつ歳下のタヴィ・ゲヴィンソンがウェブマガジン『Rookie』を立ち上げて。めちゃくちゃ衝撃を受けたんです」
――懐かしい!
「ですよね!読んでましたか?」
――はい、そのムーヴメントのときにちょうど、原宿の古着屋さんとかに通ってました。世代ですね。
「世代ですよね!嬉しい。あまり英語は読めなかったけど、『Rookie』でタヴィのセレクトした音楽やペトラ・コリンズの撮った写真に夢中になりました。年齢や性別問わずに何でもできるんだって教えてもらったし、同世代の女性の力になるものを作りたい、私もこういうふうになりたいって思いました」
――なるほど。本当にいろいろな人に影響を与えているんですね。
「その次は『nero』(マッシュホールディングス)っていう雑誌で」
――わー!大好きです。持ってます。
「わ~!嬉しいです。とても大好きで、大学のときに、雑誌を作る授業をとって、編集長の井上由紀子さんにインタビューしたほど」
――音楽雑誌って、おしゃれなものがあまりないイメージだったのですが、『nero』は洋雑誌の日本版みたいな感じでとびぬけて洗練されていましたよね。日本語版と英語のページ両方あるのも含め。
「めちゃくちゃカッコいいですよね。それに井上さんの紹介するアーティストが、どんぴしゃで好きなことが多くて。最初はSky FerreiraやHAIMを取り上げていたのがきっかけで買いましたが、Petite MellerやArvida Byströmなど、『nero』きっかけで好きになったアーティストもたくさんいます」
――すごくわかります。金原さんにインタビューして、この記事が出るっていうのも嬉しいです。また繋がっていく感じが。
「嬉しいです!井上由紀子さん、たまにライヴとかでお見かけするんですけど、なかなか声をかけられなくて。私、タワレコでアルバイトしていたんですけど」
――そうなんですね!
「はい。大学2年生くらいの頃に井上さんにインタビューして、そこから井上さんは定期的にタワレコにいらしていたので、そのときは何度かご挨拶していました。常に若いアーティストを見ているかたですよね。タワレコで一緒に働いていたNatsukiくんも『nero』で取り上げられていました」
――Luby Sparksの!
「そうですそうです」
――TAWINGSのメンバーも働いていたし、渋谷のタワレコはすごいですね。毬子さんが音楽好きなの、なんだか紐解けてきた気がします。なるほど、音楽畑のかたなんですね。
「たぶん、音楽畑のど真ん中に行っちゃうと全然詳しくないんですけど。自分の好きな音楽しか追いかけていないですしね」
――音楽畑のど真ん中は、なかなかディープですよね。ジャンルがすごくたくさんありますしね。
「それこそNatsukiくんとかは知識も豊富なので、ポップとか書くのが超うまかったです。音楽は好きでしたけど、音楽雑誌で働くことはあまり考えていなかったですね。ライターさんは、なる道筋が謎だったので、出版社に入るくらいしか考えられなかったです」
――たしかにライターって、なる道筋が謎ですよね。大学は何科だったんですか?
「専攻は経済学部で、やりたいこととは全然違いました。文学部の授業で、雑誌を作る授業を取ったりもしましたけど。出身が名古屋なんですけど、とにかく東京に出たくて、受かった学部に。今なら、他の学部にたくさん学びたいことがあったな、と思います」
――なるほど。学生時代、出版の道も考えてたんですけど、アルバイト先だったマガジンハウスは早稲田大学出身のかたが多くて。美術系の学校に通っていたので、高学歴の人が多いなあ、もし出版の道に進んだらやっていけるのかなあ、と思っていたのを覚えています。
「たしかに。早稲田の人は多いですよね。うちの会社も早稲田の人が多いです。私は青学で、青学の人も、ちらほらいるんですけど……。でも、仕事をしていると学歴は関係ないな、と思います。『Numéro』に関しては服飾専門学校出身のかたもいます」
――扶桑社は、『Numéro』の他にファッション誌があったりしますか?
「『Numéro』だけなんですよ」
――あっ、やっぱりそうですよね。去年取材のお話をいただいたときに、どういう雑誌を発刊しているのか気になって調べたんです。
「『週刊SPA!』『ESSE』『天然生活』など。ほかに書籍やムックも数多く出版しています」
――他に影響を受けた雑誌とかってありますか?
「『Rookie』『nero』『GINZA』(マガジンハウス)、中高生の頃は『ELLEgirl』(ハースト婦人画報社)を読んでいました」
――おお~、おしゃれだ……!
「いやいや……。とにかく海外へのあこがれが強くて『ELLEgirl』はずっと毎月買っていて、あとは『INROCK』(イン・ロック)を買っていました。アイドルっぽい洋楽のミュージシャンにインタビューしている雑誌です」
――なるほど~。
「日本の女性誌の“モテるためには”というのが、全然ピンとこなくて」
――たしかに女性誌……私たちが高校生の頃は『CanCam』(小学館)とかが主流でしたよね。赤文字系という言葉もありましたしね。
「そういう意味で、『Seventeen』とか『non-no』(集英社)とかは、あまり読んでこなかったです」
――紙媒体は“斜陽産業”と言われていますが、どう感じますか?
「実際に、斜陽産業だなあと毎日感じていて」
――そうなんですね。
「うちの雑誌だけではなくて、出版業界全体的に右肩下がりだというのは、いつも感じています。でも最近、河出書房新社から出ている『文藝』っていう雑誌が2019年にリニューアルして以来、とても売れていて。毎回のテーマも内容がすごくおもしろいなって思うんです。文芸誌も下火だったと思うんですけど、リニューアルして盛り返せるっていうことは、好きな人に、しっかり刺さる、売れるものを作れば、全然まだまだやっていけると思います。そういう意味でがんばりたいと思っています」
――出版業界は、長年働いているかたが多いでしょうし、良い意味でも悪い意味でも、昔の価値観がずっとありそうですね。
「そうですね。ものすごく古い面もたくさんあって。最初、ファックスで書店から書籍の注文をとっていたのはびっくりしました」
――たしかに、以前編集部でアルバイトしていたとき、ファックスで送ったりしていましたね。
「古くからある業界ですし、システム面はみんなが一度にアップデートできるわけではないので、しかたないですし、アナログの良さもあるんですけどね。でも、夫の働いている会社が、IT企業の若いところなので、うまくいかなかったらすぐにやりかたを変えて、どんどん改善していくのを見ていると、出版業界の体制はなかなか変わらないんだなあって思うことがあります」
――ITと出版業界は対照的ですね。
「びっくりします。それにこの業界に限らずだとは思いますが、周りには働いている女性が多いにもかかわらず、上の役職の人はまだ男性が多くて。実際、産休や育休を取っているかたもいらっしゃるのですが、なんとなくまだ不安はあります」
――最近、AbemaTVの『30歳までにとうるさくて』というドラマを観ていて、そういうシーンがあるんですけど、リアルにあるんですね。もやもやしちゃいますね。
「学生のときまでは男女の差をあまり感じなかったのに、社会に出るとモロに感じるから、すごい、フェミニズム魂に火がついちゃって。こんなんでいいのかって」
――そうですよね。育休 / 産休を取ると、今までのキャリアがリセットされるみたいなシステム、女性にとっては、究極の2択ですよね。キャリアと結婚、出産を考えたときに、タイミングを考えざるを得ない職業なんですかね。
「そうですね……。最近ネトフリで、『ヒヤマケンタロウの妊娠』というのを観ていて」
――観ようと思ってました!パートナーと見たほうが良い作品だと思ってまだ観ていないです。
「たしかに。絶対一緒に観たほうがいいと思います。ふつうは女性に投げつけられる言われたくない言葉が、妊娠した男性のヒヤマケンタロウに投げつけられるんです。男性は共感しながら、女性の立場も想像することができるだろうなって思います。私も夫に見せたいです。それと、男性だけど妊娠したヒヤマケンタロウが、育休を取って、また復帰できる道筋を見つけたいみたいなことを言っていて。それを見て私も、ちゃんと後輩のためにもしっかり休んで、しっかり復帰できる人になりたいなって思ってます」
――個人が戦うのではなくて、システム自体が変わるといいですよね……。ちなみに『軽い男じゃないのよ』というドラマも、男女の役割が逆になっている作品で、おすすめです。
「観てみます!メモっておきます」
――さて、質問も終盤になってきました。編集者としてのやりがいを教えてください。
「やりがいは、私自身が共感した人に取材して、それがたくさんの人に届けられたな、っていうときは、やりがいを感じます。あとは、素敵な組み合わせのかたがたの対談が実現したりとか。例えば、“カラダ”っていう特集の号で、山崎ナオコーラさんと村田沙耶香さんに対談していただいたんですけど、すごく印象的で。山崎ナオコーラさんはわりとフェミニズムの視点、村田沙耶香さんはわりとファンタジーな視点でカラダを考えていて、その2人が話し合ったときにどうなるか、みたいなのが見られて、かたちにできてすごく楽しかったです。あとは“音楽 x シスターフッド”という切り口で女性ミュージシャンの企画して、SAIさんとかに取材したときも嬉しかったです。……自分本位ですけど、自分がこういう人に話を聞いて、こういう人に届けたいって思った企画が実現できたときは、すごく嬉しいです。……すごい自分本位ですね」
――そうですか?
「本当は、もっと売れる企画も考えなければいけないんでしょうけど……」
――私の例で恐縮ですが、例えば、バンドだとTwitterでエゴサーチするとリアクションがキャッチできたりしますが、雑誌の場合は、読者の声をキャッチするのがたぶん難しいですよね。
「そうなんですよね。ウェブ記事だったらPVで見られるので、どれだけ読まれたかわかるんですけど、雑誌だと、どのページがどのくらい読まれたかはわからないので」
――たしかに、そうすると売れた要因ってわかりにくいかもしれないですね。
「どうしても自分のエゴになっちゃって……。自分にとってどれだけおもしろいものを作れて、自分がどれだけ納得できたか、になっちゃって。もっと、多くの人に届けることも考えていきたいです」
――売れているものが必ずしも良いとも限らないですし、難しいところですね。大変なのはどんなところですか?
「締切があるので、決められた期間の中で、やりたいことを実現するのがすごく大変で。時間がないっていうところですかね」
――お仕事は月曜日から金曜日という感じですか?
「そうですね。基本は平日です。時間は朝も夜も遅いですね」
――編集部は、そういうイメージがあります。最後に、今後の展望を教えてください。
「個人的には、もっと書籍を作りたいと思っていて。雑誌だと毎月出るし、どんどん新しいことを伝えていくものだけど、やっぱり誰かの手元に長く残る書籍を作りたいなあと思っています」
金原毬子 Twitter | https://twitter.com/1994_mariko