Interview | Marta De Pascalis


時代を超えた独自の空間で存在できれば

 人間とマシーン(機械)の歴史は遡れば、古代まで辿り着く。マシーンの語源はラテン語の「machina」。さらに言えば「machina」の由来は、ギリシャ語の「mēkhanē(μηχανή)」。この言葉が生まれた当初は、「道具」「工夫」「手段」などを意味していたそうだ。1950年代には、今の世の中に大きな影響を与えている人工知能(AI)という概念が生まれ、私たちのマシーンに対する考えかたが当初とは大きく異なっている。それは身体性を伴わないという意味において。

 AIと時を同じくして、50年代にアメリカの電子工学者であるロバート・モーグによって初期シンセサイザーとも言える電子音響装置が開発された。この装置が生まれた瞬間から約70年、様々な実験が繰り返され、人間とシンセサイザーとの指先を通じたコミュニケーションは続いている。今回はこのマシーンから奏でられる音世界を探求するアーティストMarta De Pascalisを紹介したい。


 彼女はイタリア・ローマ生まれで、現在はドイツ・ベルリンを拠点にしている作曲家 / サウンドデザイナー。制作には主にシンセサイザーやテープループを用い、安定したループに自由な演奏を取り入れている。過去には、自主制作の『Quitratue』(2014)、英ロンドン拠点のカセットテープ・レーベル「The Tapeworm」からの『Anzar』(2016)、から『Her Core』(2018, The Wormhole)、『Sonus Ruinae』(2020, Morphine)をリリース。2023年の最新作『Sky Flesh』は、現行音楽の最先鋭を突き進むCaterina Barbieriが主宰するレーベル「Light-years」からリリースされた。


 また、これまでに「Berlin Atonal」「Mutek Festival」などの音楽フェスティヴァルや、スペイン・マドリードのMuseo Reina Sofia、ベルリンのVolksbühne、そしてロンドンのCafé Otoなど、数々のレジェンダリーな会場でのパフォーマンスを行っている。イタリア・ミラノのプラダ財団からサポートを受けた昨年のSanta Maria Annunciata in Chiesa Rossa教会での演奏も成功を収めた。


 今回は3月2日(日)の東京・落合 soupでの公演から始まる彼女の初来日ソロ・ツアーに先がけ、彼女のバックグラウンドや最新作『Sky Flesh』の裏側に迫るべくメール・インタビューを実施した!


取材・文・翻訳 | 熊澤隆仁 (deepbluesea) | 2025年1月
Main Photo ©George Nebieridze


――まずは、あなたについて教えてください。簡単な自己紹介をお願いします。

 「こんにちは!ローマ出身で現在はベルリンを拠点に活動しているシンセ奏者です。時空間に波紋のように広がって、私たちの音に対する認識を変えるような出来事としての音楽体験に興味を持っています。マシーンを通して音響の世界を科学的に探求中です」

Marta De Pascalis | Photo ©Francesco Paolo Albano
Photo ©Francesco Paolo Albano

――あなたの音楽は非常に感情的で、時に触れると深く胸に迫るものがあります。音楽を通して、感情や心の変化をどのように表現していると感じていますか?また、その表現方法はどのように進化してきましたか?
 「音楽は、行動や感情、現実世界における存在の鏡です。私にとってそれは、まるで深く果てしない夜空を見つめるようにして汲み取る、未知の泉と向き合う中で感じる“何か”を翻訳する言語なんです。それが私にはとてもしっくりくる行程で、実際、根本的に必要かつ身に迫るものです。音楽における進化とは、自分の中でゆっくりと動き続ける意識のプロセスであって、自分自身がその動きの中の一部であると感じます。最近では、私は単なる“筒”のような存在になったと感じています。つまり、私が先ほど比喩として述べた井戸を覗き込み、探求することで、観客が自分自身の内面や深層と繋がるための媒介者の役割を果たしているんです」

――あなたの作品には、初期音楽やルネサンス音楽の影響が感じられると言われています。それらのジャンルの特定の要素を現代的なエレクトロニック音楽とどう融合させているのか、そのプロセスについて詳しく教えてください。
 「そうですね、最新作『Sky Flesh』については、そう言及されることもあります。たしかに、『Sky Flesh』の一部の演奏方法には、そういった音楽形式の影響が反映されている部分があります。でも、音楽が特に作曲されたものではなく、マシーンを使った即興練習の結果として生まれたものなので、意図的ではなかったと言わざるを得ません。むしろ、私が特定の研究成果を自分の中に吸収し、それが自分の中で結晶化して、自然とその方向に導かれたのだと思います」

――あなたの音楽は、過去の音楽に対する深いリスペクトと未来への期待を同時に感じさせます。あなた自身、過去と未来の音楽の交差点のようなものを感じることはありますか?
 「私は、過去や未来に向かうのではなく、時代を超えた音楽を作りたいと思っています。それが音楽を熟成する最も良い方法だと信じているからです。音のマテリアルに対する私のアプローチには、一時的なパラダイムから脱却する力があると考えています。私の作品が過去と未来の両方のエコーを呼び起こし、究極的には時代を超えた独自の空間で存在できれば、私は正しい道を歩んでいると感じられるでしょう」

――あなたのライヴ・パフォーマンスは、音楽制作とどのように異なるのでしょうか。スタジオでの制作と、実際のライヴの場で感じる音楽の変化について、どのように考えていますか?
 「ライヴ・パフォーマンスに対する私のアプローチは、長年に亘って変化してきました。当初はインプロヴィゼーションのフォームに重きを置いていましたが、その後、自分のアルバムからの曲をライヴで演奏するコンサート形式へとシフトしていきました。特定の曲が観客から愛されていることを私は知っています。そして、私のライヴに足を運んでくれる人たちが、その曲を目の前で体験できることを嬉しく思います。私もお気に入りのアーティストのライヴに足を運ぶ際には、彼らに私の好きな曲を演奏してくれることをつい期待してしまいます」

Marta De Pascalis @Berlin Atonal | Photo ©George Nebieridze
@Berlin Atonal | Photo ©George Nebieridze

――コラボレーションについてどうお考えですか?これまでに印象に残ったアーティストや共同作業について、どのような体験がありましたか?
 「最近では、Mute RecordsからリリースされたLouis Carnellの最新アルバム『111』(2024)で彼とコラボレートしました。コラボレーションのプロジェクトは楽しいですね。普段はかなり孤独な作業なので、時々自分の中のヴィジョンや考えを誰かと共有するのは新鮮な体験です。今はヴィジュアル・アーティストのFilippo Vogliazzoとも一緒に作業をしています。数年前に私たちは『Glaring Sound』というサウンド・インスタレーションとパフォーマンスでコラボレートして、現在は次のプロジェクトが進行中です。他のアーティストとの作業は、思いがけない方向に自分を押し進めてくれるので、新しい視点をもたらして音や作曲に対する考えかたを広げてくれます」

――あなたの音楽制作において、インスピレーションを得るためにどのような方法を取っていますか?日常生活の中で特に影響を受ける瞬間や場所があれば教えてください。
 「特に方法があるわけではありませんが、マシーンから多くのインスピレーションを得ています。独特の音色、反応の仕方、そして(時には)予想外のテクスチャを生み出すことです。もはやほとんどの時間、常にインスピレーションを浴びているような感覚ですね。むしろ、そのインスピレーションをかたちにして音に変えるための隙間の時間を確保することのほうが重要です」

――過去のインタビューでは、ローマで過ごした時間やその都市の特徴的な風景があなたの音楽に強く影響を与えたとおっしゃっています。ベルリンに引っ越して10年以上でしょうか?移住があなたに与えた影響について教えてください。
 「そうですね、もう13年ベルリンに住んでいます。長い年月ですが、長かったようには感じません。時間は、奇妙なパラダイムです。移住が私にどのような影響を与えたかを正確に定義するのは難しいですが……その影響を本当に理解するには、移住しなかった場合のパラレルな人生を送る必要があるでしょう。確実に言えることは、楽な生活ではないということです。もちろん、私は移動の自由があるヨーロッパの白人として恵まれた立場から話していますが、それでも移民には移民なりの困難や課題があります。特に今のドイツは政治的にかなり厳しい状況にあり、私たちは皆それに対して疲弊していると思います。とはいえ、私が今でもベルリンを愛しているのは、巨大なアート・コミュニティがあるからです。アーティストとして成長し、進化するには最善の場所です」

――10年代には「Marina di Neukölln」というイベントをオーガナイズしていましたね。とても良いタイトルですね。こういったキュレーターとしての仕事は今もしていますか?
 「いえ、しばらく何も企画していません。最後に企画したのは、2019年から2021年にかけて共同運営したリスニング・セッション・シリーズ“No Rooms For Squares”ですね。“Marina di Neukölln”は本当に特別なフェスティヴァルでした。タイトルを気に入っていただけたようで嬉しいです!郊外にあるトルコ料理店の庭で、計3回開催しました。ベルリンの様々な音楽シーンからミュージシャンを集めて、今生きているこの瞬間を祝おうという趣旨だったんです。その庭は、まるでどこかの海岸にいて、すぐ向こうに海が広がっているような、素晴らしい雰囲気でした。独特でマジカルなあの場所が恋しいです。残念なことに今は閉鎖されていて、その地域に建設される新しいアウトバーン(高速道路)の出口とベルリンで最も高いビルのために取り壊されることになっています。街がそれほどドラスティックに変化していくのは悲しいことです」

――あなたが使用しているシンセサイザーは日本製(YAMAHA)ですが、日本の音楽や楽器など気になるものはありますか?
 「もちろん!YAMAHAは大好きです。小型の『CS01』を抱えてツアーをしています。あと、とても興味があるのは水琴窟。すごいですよね。早く見てみたい!」

Marta De Pascalis | Photo ©Lisa van der Rhee
Photo ©Lisa van der Rhee

――あと数週間で日本ツアーが始まりますが、楽しみにしていることがあれば教えてください。
 「基本的にすべてです。日本に行くことは長年の夢だったので、それが現実になることにとても興奮しています。日本で自分の音楽を演奏できることは、とても光栄で特別なことです。とても楽しみにしています!」

Marta De Pascalis Official Site | https://www.martadepascalis.com/

Marta De Pascalis Japan Tour 2025

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月2日(日)
"Electronication in Japan" by elect-low
東京 落合 soup
18:00-
2,500円(税込 / 別途ドリンク代)
予約

[Live]
Geoff Matters / kurando / Marta De Pascalis / natsuehitsuji / SNH + 鈴木彩文 + 寺田京介 (VJ)

[DJ]
Inqapool

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月8日(日)
experimental room #47
「みずとつちの芸術祭-福島潟-2025・冬」関連イベント

新潟 水の駅 ビュー福島潟
開場 13:30 / 開演 14:00 / 終演予定 15:30
予約 3,000円 / 当日 3,500円 / 新潟県外 2,500円(税込)
U18 入場無料
予約

[Live]
福島麗秋山 + 福島 諭 / Marta De Pascalis

[DJ]
Jacob D. Fabregas

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月13日(木)
Ante-nnA
愛知 名古屋 DUCT
18:30-
2,500円(税込 / 別途ドリンク代)

[Live]
CazU-23 / Ek dui tin char / KAMAGEN / Marta De Pascalis

[DJ]
Ohasyyy (slowroom)

[VJ]
Yum

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月15日(土)
Tobira Records instore showcase vol.62
兵庫 加西 Tobira Records
11:00-
2,500円(税込)
学生 1,500円(税込)
予約

[Live]
Computer Station / Daniel Majer / 胡蝶の夢 / Marta De Pascalis / Perila

[DJ]
kaoru / nishihiroshi / RAlooE

[Shop]
Snack Burger / Void

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月17日(月)
京都 木屋町 UrBANGUILD
開場 19:00 / 開演 19:30
前売 3,000円 / 当日 3,500円(税込 / 別途ドリンク代)
予約

[Live]
Krikor Kouchian / Marta de Pascalis / 立石 雷

[DJ]
KJ Trypta

[Shop]
deepbluesea / Sixth Garden Records

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月20日(木)
Aural Execution for Argument
大阪 南堀江 environment 0g
17:00-
3,000円(税込 / 1ドリンク込)

[Live]
黒岩あすか + foreign.f + Dagdrøm / Marta De Pascalis / Ryo Murakami / Vesparium Role

[DJ]
平野隼也 / Zodiak

[Food]
犬犬

Marta De Pascalis Japan Tour 2025| 2025年3月21日(金)
SELECTED by deepbluesea / cvc《Marina di Jodoji》
京都 錦林車庫前
18:30-
1,500円(税込)

[DJ]
1729 / Kazumichi Komatsu / Marta de Pascalis / Vís

| 2025年3月26日(水)
東京 幡ヶ谷 Forestlimit
TBA