Interview | Matthew Herbert + Momoko Gill


自分ができないこと、自分がやろうとは思っていなかったこと

 Matthew HerbertのHerbert名義(そう、Herbertはプロジェクト名である)は、ヴォーカルをフィーチャーしたハウス・ミュージックに軸足を置いており、彼の数ある名義のなかでも最もポップな部分が表出する。とりわけDani Sicilianoがほとんどの曲で歌った『Around the House』(1998)と『Bodily Functions』(2001)は彼の名を広く知らしめたアルバムで、UK発のエレクトロニック・ダンス・ミュージックの不朽の名作として歴史に刻まれている。

 この度HerbertがMomoko Gillという稀有なミュージシャンに導かれるように出会い、がっぷり四つで組んで作り上げた『Clay』は、その2作にも匹敵するムードを携えた、非常に聴き応えのある作品になった。


 Momoko Gillとは、2024年にHerbertが突如復活させた「Part」シリーズの新作『Part 9』のリード曲「Fallen」(『Clay』にはリズムなどに変化を加えた「Fallen Again」が収録)でフィーチャーされていたその人であり、UKの先進的なジャズ・シーンで活躍するドラマー / 作曲家 / プロデューサー / シンガー・ソングライター。柔らかく繊細な歌声の持ち主で、「Fallen」は、長らくヴォーカリストを探していたというHerbertが彼を世に知らしめた「Part」を思わず再開させるのも納得してしまうほどの幻想的で美しい楽曲に仕上がっていた。


 その先行カットを経て、遂に全貌が露わになった『Clay』は、シングル1曲ではわからなかったMomoko Gillの音楽家としてのポテンシャルが存分に発揮されていて、Herbertのクリエイションも明らかにのっているのがわかる。メロディやハーモニーはポップだが複雑で、リズム・アプローチはハウスに留まらず多種多様。Herbertらしいヴォーカルや音素材のエディットも冴えており、「Heart」という曲では珍しいデュエットを聴くこともできる。多くのダンス・ミュージック・ファン、ジャズ・ファンに開かれた作品であり、とりわけ2000年前後のHerbertに魅せられた人には間違いなくポジティヴに、しかも新鮮に響くだろう。2025年にこんなアルバムが聴けるとは。耳馴染みがよく、創造的で、楽しさに溢れてもいる『Clay』は、いかにして作られたのか。Matthew Herbert(以下 H)とMomoko Gill(以下 M)に話を聞くことができた。


取材・文 | 南波一海 | 2025年5月
通訳 | 内山もにか
Photo ©Manuel Vazquez

――おふたりが知り合ったのは、Herbertさんの『The Horse』リリース時のライヴで、Momokoさんがドラマーとして参加したことがきっかけなんですよね。そこでMomokoさんからHerbertさんの楽曲をリミックスをしたいという話を持ちかけたところから発展していったという認識で合ってますか?
H 「だいたいそんな感じです。ロンドン・コンテンポラリー管弦楽団と一緒に馬の骨を使ったアルバムを作ったのですが、そこでPOLAR BEARのドラマーのSebastian Rochfordに参加してもらいました。ただ、Sebはライヴには出られなかったので、彼がMomokoにコンタクトするよう提案してくれたんです。それでMomokoがその特別なライヴでドラムをプレイしてくれました。その後、彼女は自発的に素晴らしいリミックスを作ってくれたんです。それを聴いて、もっと一緒に仕事をしてみない?とMomokoを誘いました」
M 「『The Horse』のショウの最後に、私の携帯電話からピアノのトラックを出して、それをマイクで拾うというシーンがあって。そのとき演奏者のみんなはステージ上で座っていて、馬がその会場を走り回っているような音を出しているんです。私のケータイから流れる人間の作った音は小さくて、馬の音のほうが大きいというコンセプトのパフォーマンスだったんですよね。私のケータイにそのときのピアノのトラックが残ったので、これを使って曲を作りたいって伝えたんです」

――それが「The Horse Is Here (Momoko Gill Remix)」だったと。そこから今回のコラボまで繋がっていったんですね。
M 「一緒にやってみようという話になって、彼のスタジオに行ってピアノやら琴やらを使ってジャムみたいなことをして、そこから“Fallen”ができました。彼はハウス・ミュージックをやってきた人ですけど、私はそういう音楽にあまり関係ないというか、ちょっと違う世界から来ているし、私もプロデューサーなので、作業しているうちにだんだんと一緒に作る方向性になっていきました。もともと彼は歌詞も書く人じゃないですか。もちろんヴォーカリストが歌詞を書く場合もあるかもしれないけど、基本的には彼の作品で歌う人は、ただシンガーとして参加するというかたちだったんですね。でも、私はプロダクションやソングライティングの好みが強いほうなので(笑)、こういうのはどう?これは?って度々提案していたら、一緒に作るかたちになりました」

――Herbertさんにお聞きしますが、Momokoさんとのコラボレーションに手応えを感じ、当初はシングルを作るつもりがアルバムまで発展していったという感じでしょうか。
H 「そうですね。新しい人と仕事を始めるときはいつもちょっとしたダンスのようなものだと思っています。数歩踏み出して、足が同じタイミングで同じ方向に動くか確認するんです。だから最初はいつも、穏やかな導入みたいな感じになります。Herbert名義のプロジェクトのために長い間、新しいシンガーを探していたのですが、私はMomokoの歌声だけを気に入ったのではなく、彼女のメロディのフレーズにも感動したんですね。本当におもしろいと思ったし、予想外で、自分にはできないものを持っていました。自分ができないこと、あるいは自分がやろうとは思っていなかったことを相手が出してくるということこそ最高のコラボレーションですよね」

――Momokoさんがゲスト出演されたGilles Petersonのラジオ番組を聴いたのですが、Herbertさんについて“レジェンド”だと言ってましたね。コラボの際にアイディアをどんどん提案されたということですが、レジェンドと音楽を作ることで物怖じしてしまうようなことはありませんでしたか?
M 「ロンドンの人って、ちょっとカジュアルな感じで“レジェンド”って言うんですよ(笑)。でも、実際にレジェンドだと思ってます。だけど、私は誰かのすごいファンになるということがあまりないんですよね。音楽も、それを作ったアーティストもすごく尊敬しますけど、ファンだから一緒に仕事なんてできないという気持ちにはならないんです。対等なレベルで作ろうって思ったし、すごい人だから怖いとかも思わない。たしかに、かしこまる人が彼の周りにはけっこういると思うんですよ。レジェンドだから(笑)。私は軽い気持ちで楽しく何か作ろうっていうタイプなので、きっと彼もそのほうが楽しいんだと思います」

Matthew Herbert + Momoko Gill | Photo ©Manuel Vazquez

――おふたりの楽曲制作はどういうふうに進められていったのでしょう?曲にもよるとは思いますが、例えば、様々な楽器を演奏して、それをサンプリングして組み立てていくのか、それともソングライター的に曲を作って、そこからアレンジを加えていくか。そのあたりをお聞かせください。
H 「ほとんどの曲がいつものやりかたと同じように始まりました。私がMomokoにスケッチを送って、彼女が気に入らないものは無視して、気に入ったものには何かを書いて返してくれるんです。いくつかのスケッチは私が映画の仕事でチリのサンティアゴにいたときに送りました。1日の撮影を終えて、ホテルの部屋に帰ってきて、ちょっとしたスケッチを書いたりしていたんです。たしか40ピースくらいは送ったはずです。そのうちの5、6個を気に入ってもらえて、そこから曲を広げていきました。基本的にはお互い自分のスタジオで曲を作って、最後のプロセスの1〜2週間ほどは一緒に仕上げていくという作業でした」
M 「とにかく早いペースで送られてくるんです。たくさんのスケッチから好きなものを見つけて、私だったらこういうやりかたができるかなというポテンシャルがあるもの、イマジネーションをくすぐるようなものがあったら、それを広げていくというやりかたでした。お互い音楽的に違うセンスの世界から集まったので、それがおもしろい要素だと思うんですよね」

――Momokoさんにとっては、Herbertさんの作りかたというのはかなり違うものなのでしょうか。
M 「作りかたというよりもリズムやグルーヴが私にとっては違う世界っていう感じ?私はどっちかというとジャズやR & B、ヒップホップ、アフロ・ビートとかのドラマーとして演奏してきたので、一番違うのはリズムなのかなって思います。それとハウス・ミュージックのヴォーカルはソングライティングというよりも短いフレーズとかモチーフとかが多いですよね。私はヴァースがあってコーラスがあるという、ストーリーの組み立てられた曲を作るのが好きなので、そこはダンス・ミュージックの世界とは違うのかなと思います」

――Momokoさんのご自身の曲「Rewind/Remind」でHerbertさんがミックスされていますが、それはそういった違うフィールドのおもしろさを採り入れてみようという狙いもあったのでしょうか?
M 「いや、実は今回のコラボを始めた当初、彼の作ったビートで私が7、8曲くらい歌うかわりに、私のアルバムを8曲くらいミックスしてもらうという話をしていたんです。まだ彼がプロデューサーで私はシンガーというふうに考えていた最初の頃のことなんですけど。結局、コラボを始めてからは彼と一緒に曲を作るようになって、私のアルバムは彼がミックスしてくれて、それを全部同じ期間にやったということなんです」

――もとはそういう話だったんですね!HerbertさんはMomokoさんの作品にミキシング・エンジニアとして参加してみて、どんなおもしろさや発見がありましたか?
H 「Momokoとは仕事するたびに、メロディのかたち、録音方法、スタイル、細部へのこだわり、そのすべてが驚きに満ちていると感じていました。音楽をやっていてそう感じるのは稀有なことですよね。だって、Spotifyには毎日10万曲もアップロードされていて、我々はすでにたくさんの音楽を聴いているので、驚くことってあまりないじゃないですか。音楽は山ほどあるので、たとえ小さな驚きであっても、驚き自体を見つけるのが最近は本当に難しくなったと思います。その点でMomokoのレコードも私たちふたりのレコードも同じ課題はあったと思います。だからこそ、それぞれのトラックに異なる挑戦がありました。特にMomokoのレコードで最大の課題だったのは、数年に亘って様々な場所で、様々なエンジニアや機材を使って録音されたものから一貫性のあるサウンドを作り出すことでした。ただ先ほども言ったように、彼女と一緒にチャレンジを試みていくのは驚きがあるし、どんどんやっていきたいことなので、とてもやりがいがありました」

――しかし、同時に2作進めていたとは。それも驚きです。
H 「ひとつみんなにわかってもらいたいなと思うのは、アルバムを作る上での私とMomokoの役割です。Momokoはプロデューサーとしても非常に優秀で、制作していく中でかなり興味深い決定を下すことができる人なんです。いまだに音楽界では女性のプロデューサーはあまり認められていないという背景がありますが、今回の『Clay』のクレジットを見てもらえれば、すべてが50/50だということがわかりますよ」

――代表作のひとつである『Around the House』に連なる作品という宣伝文句がありますが、作りかたとしては根本的に違うということですよね。
H 「そのとおり」
M 「嬉しいです。昨日ヴァイナルが届いたんですよ。もうできたんだって思ってます。できるまでが早かった。さすがですね。やっぱりレジェンドなので、彼は(笑)」

Matthew Herbert + Momoko Gill | Photo ©Manuel Vazquez

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Herbert & Momoko 'Clay'■ 2025年6月27日(金)発売
Herbert & Momoko
『Clay』

Strut Records | Accidental Records
https://strut.lnk.to/Clay

[収録曲]
01. Calm Water
02. Need To Run
03. Mowing
04. More And More
05. Heart
06. Animals
07. Fallen Again
08. Babystar
09. Show Me
10. Someone Like You
11. Circle Shore