Interview | 真下みこと + しずくだうみ


もうちょっと元気がないと無理なんだ

 第61回「メフィスト賞」(講談社)を受賞した『#柚莉愛とかくれんぼ』(2019)でのデビュー以降、ミステリを中心に単著の発表 / アンソロジーへの参加をコンスタントに続け、今年2月に刊行された目下最新作『春はまた来る』(幻冬舎)も話題を呼んでいる気鋭小説家・真下みこと。最新シングル『ほどけた螺旋階段』のリリースを控えるソロのシンガー / コンポーザーとしてのみならず、楽曲提供やアイドル・グループのプロデュース / マネジメントも手掛ける音楽家・しずくだうみ。言葉を扱い、メロディを紡ぎ(真下のSoundCloudではその素晴らしい素養の一端を確認できます)、アイドルを愛するという共通点を持ち、順風満帆を絵に描いたかの如き活躍を見せる両者は、共に心身の体力のなさを特性とする当事者でもあります。“元気がない”ふたりは、短い既定値の活動限界をどのように各局面へとアサインし、多忙を極める日々を乗り越えているのでしょうか。リアルではこの日が初対面となった両者に、悩みと秘訣を伺いました。

取材 | 坂井彩花 | 2025年3月

序文・撮影 | 久保田千史


――まず、今回の対談が実現した経緯からお伺いしてもいいですか。

しずくだ 「シングルをリリースするにあたり、誰かと対談したいと考えていたんです。いろいろとテーマを考えていく中で、自分と同じように体力がない中で物作りをしている人とお話をしたらおもしろそうだなと思って。真下さんが“週5で働くのは、しんどい”とSNSでおっしゃっていたのを思い出して、お誘いさせていただきました」
真下 「Xでよく“週5で働きながらなんて書けない”みたいな弱音を吐いてるから、それが目に留まったのでしょうか。“体力と創作”というテーマは、あまり語られていない気がしたので、私もぜひお話ししたいと思いました」

――創作活動をしている中で、おふたりは「体力がない」と感じているということですよね。
しずくだ 「そうですね。週5で働きながら、メジャーのバンドをやって、さらにインディのバンドもやって、という意味のわからない生活をしている知り合いもいるので。そういう人を見ていると“敵わんな”と思います」
真下 「私も、週5で働きながら連載を何本も抱えている人とかを見ていると、自分って体力ないなって思っちゃいますね。自分は連載が1本始まるだけでも、締め切りとかのプレッシャーで辛くなりそうなので。でも小説家って、週に5日フルタイムで働きながら小説を書くのがスタンダードなんですよ。新人賞とかを取ったとき、(編集者に)最初に言われるのは“仕事を辞めないでください”だし、私が大学生で受賞したときも“就職はするよね?”みたいなやり取りをしました。でも、週5で働きながら小説を書くっていう生活が、私はどうしてもできなくて。睡眠時間が短いとうまく稼働できないから、10時間くらいは寝ちゃうし、気圧とかの影響もすごく受ける。そもそも普通の人よりも1日が短いのに、けっこうムラがあるというか」
しずくだ 「全く一緒です。私も睡眠時間が短いとダメですね。あまり(対外的には)言っていませんが、子供がいるので、それによって強制的に生活リズムが整っているというか。とりあえず起きるけど、ギリギリ生きている感じですね」

しずくだうみ | Photo ©久保田千史

――しずくださんはnote「日中の眠気をぶっ飛ばす」はクリアできたが、日中に至る前の、「朝起きて行動すること」が困難と書いていましたよね。
真下 「めちゃめちゃわかります。日中の眠気は、カフェインでぶっ飛ばして」
しずくだ 「そう。カフェインでなんとかできる。とはいえ、体質的に効きすぎちゃうこともあるから、あまり摂らないようには意識していて。せめて朝飲むようにしないと」
真下 「夜眠れなくなっちゃうんですよね」
しずくだ 「そうなんですよ。タイミングを逃すと“あ、もう終わった”って(笑)」
真下 「私も夕方以降に飲むと、その日は眠れなくなっちゃって。カフェインを摂るタイミングは、考えないといけないと思ってます。執筆しなきゃいけないけど体が動かないっていうときは、処方されたお薬を飲むこともありますね。根本的な解決には至らないと思いつつも、そういうものを飲んでなんとかやり過ごしています」

――おふたりは、1日にどれくらい稼働しているんですか。
しずくだ 「作詞と事務作業を往復しながら、フルタイムくらいは動いていますね。アイドル運営でもあるので、けっこう事務作業があるんですよ」
真下 「私はフルタイムほど働けていないと思います。書いているときは過集中みたいになるので、執筆時間だけでいえば30分くらい。長くても1時間くらいですね。あとは、事務作業をしたりメールを返したりっていう感じで」

真下みこと | Photo ©久保田千史

――その日の気分によって、執筆時間が変動するということでしょうか。
真下 「基本的に締め切りと文字数が決まっているので、そこから割り出した文字数を1日のノルマにしていて。例えば、1日に2,000文字とか。それを2ヶ月間続けると、ちょうど本1冊くらいの文量になるんです。執筆期間は友達との約束も入れず、“あとは何も期待してくれるな”みたいなマインドで過ごしています」
しずくだ 「合宿みたい」
真下 「本当にひとり合宿みたいな感じですよ(笑)。とりあえず初稿では、クオリティがどうとかを気にせずに、2ヶ月間走り抜けることだけを目標にがんばることにしていて。気になったところはメモしておいて、全部を書き終わってから直す。途中で見てしまうと、なんでこんな文章を書いちゃったんだろうって落ち込んでしまって、走り切れなくなるので。このスタイルに切り替えてからは、つっかえることが少なくなりました。とりあえずでも毎日書いていると、自分との約束をちゃんと守れている感じがして、精神的にもいい気がしています」
しずくだ 「卒論と一緒でね。作品は出しちゃえば、なんとかなりますから」
真下 「指導教官になんとかしてもらう(笑)」
しずくだ 「編集者さんの存在って大きいですよね。けっこう前に、私としては長めの文章を書いたときも編集者さんが付いてくださって。“こういう構成にしましょう”とか“こういうふうに書いたらどうですか?”とアシストしてくれて、気持ちの面で“こんなに楽なんだ!”と思いました」
真下 「誰かからアドヴァイスをもらうことって、あまりないですか?」
しずくだ 「メロディと歌詞ができている状態でアレンジャーに投げて、“いい曲ですね”って返ってこなかった曲は全部ボツにすることにしてます」
真下 「たまたま言い忘れちゃった可能性も……」
しずくだ 「絶対に言う人なんですよね。今回のシングルも、それで4曲ボツになりました」
真下 「“えー!”ってなっちゃう」
しずくだ 「でも、真下さんもYouTubeでおっしゃってましたよね」
真下 「2作目を出すまでが、けっこう大変で。10万字くらいの長編が、丸々3本ボツになってます」
しずくだ 「それを知ったとき、“ヒィッ”ってなりました」
真下 「当時はすっごく辛かったけど、今となっては、出版するレベルじゃないのに世に出ちゃったら怖いな、と思うところもあるので。編集者さんがストッパーとしていてくださるのは、すごくありがたく感じています。それこそ、初めて小説を書いたときは全部が手探りでしたしね。あの頃の何も見えない感じと比べると、すごく恵まれた環境にいると思います」
真下 「しずくださんは、お休みの日って作りますか?」
しずくだ 「基本的にはないです!」
真下 「ないんですね」
しずくだ 「アイドル運営もやっていると、土日がイベントで。ライヴがなかったとしても子供と遊んでいるので、体力的には別に休まらないですね」

しずくだうみ + 真下みこと | Photo ©久保田千史

――真下さんは、お休みがありますか。
真下 「ないですね。そもそも気持ちが休まらないですし、土日だと編集者さんからの連絡が来なくて集中できるから働いちゃう。最近では打開策として、わけのわからないタイミングで旅行を入れて、休むための時間を作ったりしているんですけど、結局は旅行先でも執筆をしたりメールを返したりしちゃうんですよね」
しずくだ 「むしろ集中できる環境ですよね(笑)」
真下 「ワーケーションみたいな。温泉宿での執筆もいいな、と思いながら帰ってくるという」
しずくだ 「家のことをやらないで仕事ができるの最高だ!みたいになっちゃうの、よくないですよね(笑)」
真下 「よくないですよね(笑)。でも、“週明けまでにチェックしてください”みたいな連絡がいきなり来たら困るので、iPadを持って行かざるを得ないし。そうなると、やっぱり仕事をしちゃうんですよね」

――おふたりは、休むことへの罪悪感がありますか。
しずくだ 「罪悪感があるというより、休みかたがわからないという感覚のほうが近いですかね」
真下 「私も友達とご飯へ行くのが、一番休めている感じがしていて。時間があると、山のように積んである資料の本や流行りの本を、ちょっとずつ減らしていくために読書をしちゃうんですよ。それって、結局は仕事のために本を読んでいることになるから、全然休めている感覚がなくて。だからといって、何もしないでゲームをしていると“フルタイムで働いている人は、今からいっぱい書くのに”みたいな気持ちになっちゃう。うまく休めないんですよね。もしかすると、休みかたがわかれば、具合がよくなるのかもしれない(笑)」
しずくだ 「“今日は休みです。海に行きますよ~”みたいな感じで、強制的に連れ出してくれる友達が欲しいな。自分のためだと後回しにしちゃうけど、人のためならなんでもがんばれちゃうから」
真下 「たしかに。私も友達といる間は、スマホも触らずにしゃべることに集中できます。ひとりだと、海へ行ったとしても絶対にiPadを取り出しちゃう気がする(笑)。人がいるっていうのは、大事なのかもしれませんね」
しずくだ 「人がいる強制力みたいな」
真下 「そういうサービスがあったらお願いしたいです」
しずくだ 「でも、サービスだと申し込む勇気が必要かも」
真下 「たしかに(笑)」

しずくだうみ + 真下みこと | Photo ©久保田千史

――お話を聞いていると、おふたりともすごく「動けている」感じがするのですが、その自覚がないということですよね。
しずくだ 「周りの人には“なんでそんなに動けてるの?”って言われるんですけど、自分では“全然動けていない”っていう認識なんですよね」
真下 「私も“毎年本を出しているのは、すごいことだよ”って言われることもあるんですけど、自分としては“1冊しか出せてないし”って思っちゃう。勝手にハードルを上げて、どんどん辛くしていくみたいな。きっと実際に動けているかどうかというより、自分を認められるかどうかなんでしょうね」
しずくだ 「自認の問題ですよね。超人すぎる周りの人と比べちゃうのが大きい気がします」
真下 「“めちゃめちゃ売れてる”とか“賞を取りまくり”みたいな投稿ばかり、タイムラインに流れてきますからね。本を出せなかった人が、わざわざ“今年は出版できませんでした”って投稿することはないので」
しずくだ 「たしかに(笑)。“出ました”しか出てこないですよね」
真下 「だから、けっこうSNSの影響もあるように思います」
しずくだ 「そうですね。私もSNSを見てないときは、ちょっと元気ですもん(笑)」

――おふたりは、どのようなことを意識しながら制作に臨んでいますか。
しずくだ 「アイドル運営関連のデザインや依頼の歌詞など、自分じゃなくてもいい仕事には、あまりこだわりすぎないようにしています。クオリティを下げるわけではなく、過集中ほど入れこみすぎないようにするみたいな。逆に自分名義の作品に関しては、100%入れ込むようにしています」
真下 「“大事なのは”って言うと授業みたいなんですけど(笑)、私は“今日は2,000字じゃなくて4,000字書けそう!”みたいな日も、絶対に2,000文字で止めるようにしていて。逆にどんなに調子が悪い日でも、どんなに駄文だと思っていても、絶対に決まった文字数は埋めるようにしています」
しずくだ 「大事かもしれない」
真下 「調子がいい日を作ると波ができちゃって、調子が悪い日ができちゃうじゃないですか。なので、サーッと平坦な感じにさせることを意識しているんです」
しずくだ 「治療的にもいい気がしますね。波を作らないって」
真下 「そうなんですね。ただ、そのスタイルにしてからは、テンションが上がる瞬間がなくなってしまって。最近は毎日パソコンに向かって文字を出力する機械みたいになってます。昔だったら、すっごくいい比喩やすっごくイカした会話文が思いついたときに“止まらない!”みたいな感じになってたんですけどね。たぶんテンションが上がらないように、無意識に自分でストッパーをかけているんだと思います。もはや凪」
しずくだ 「私は凪になってしまうと、本当に何もできなくなっちゃう。だから、“元気が出ることないかな”って探すようにしているんですけど、元気がなさすぎて外にも出られない。“元気を出すための元気が必要”という言葉を見かけて、本当にその通りだと思いました」
真下 「“服屋に行くための服がない”みたいな」
しずくだ 「本当にそれ。もうちょっと元気がないと無理なんだなって」
真下 「そういうときは、もはや寝るしかないですよね」

しずくだうみ + 真下みこと | Photo ©久保田千史

――しずくださんの新曲『ほどけた螺旋階段』についてもお話をしていきたいと思います。まず、どのような想いをこめて、作られた作品なのかお伺いできますか。
しずくだ 「実は、あまり覚えていなくて(笑)。アイドルの楽屋で、唸りながら作詞をした気がします。この曲に限ったことではないですが、サビを絶対にキャッチーにしようとは決めていました」

――真下さんは、この楽曲を聴いてどのように感じましたか。
真下 「この頃、自分が考えていたことに、“螺旋階段”というワードがリンクしていて、すごくびっくりしました。私は“去年と今年の自分では、どう変わったかな”みたいなことを、よく考えるんです。その中で、“同じ場所だけど、上がり下がりがあるよう気がする”と感じていたので、曲を聴いて“もしかすると人生は螺旋階段になのかもしれない”と思って。去年と同じ“小説を書く”という行為をしているから、同じ場所に居続けて成長していないように感じるけど、きっと同じ場所ではないんですよね。子供の時代から今に至るまで、螺旋階段を上がったり下がったりしている。前にいた場所から違う場所へ行けていたら、上っていても下がっていても成長なんだと、『ほどけた螺旋階段』を聴いて思ったんです。だから、小さい頃の自分に会いに行くのに、“のぼっているのか、降りているのか わからない”っていうのは“そうだよな”と、すごく思って。どっちにいるかわからないけど、名前を呼び続ける営みこそが希望なんじゃないかなと感じました。
しずくだ 「ありがとうございます。すごくちゃんと聴いてくれてる! 彷徨っている今の自分と当時の自分を別ベクトルで考えていたので、真下さんのお話を聞いて“階段って上り下りできるんだ!”みたいな発見がありました」
真下 「なるほど。過去の自分は別軸なんですね。サビがちょっと開放的で、どこかに投げるような感じがしたのは、そういうことだったんだなと納得しました」

――おふたりは、創作を続けるための工夫って何かされていますか。
しずくだ 「実を言うと、けっこう行き詰まりは感じていて。今回のシングルとボツになった曲たちで、言いたいことを言い切っちゃったから“このあとにミニ・アルバムを作るのか”と思っているんですよね。続けようとは思っているけど続けられるのかな、っていう感じです」
真下 「私も最近は凪を保ちすぎたせいなのか、心がワーッ!ってならなくなっちゃって。アイディアがあまり浮かばなくなっちゃったんですよね。だから、諦めて編集者さんに“アイディアが浮かばないんですよね”って正直に申告しています。そうすると“こういうテーマで考えてみませんか”ってヒントをくださるので」
しずくだ 「すごい!」
真下 「それでなんとかやれそうかなっていう感じです。とっかかりさえあればなんとかできる能力みたいなものは、これまでの経験で得られたので。そこには、ちょっと自信ができたように思います」

――では最後に。今後は、どのような作品を作っていきたいですか。
真下 「私は自分の作風を確立させたいと思っていて。これまでは“作品毎に新たな挑戦をする”というのを目標に、いろいろな題材と向き合いながら、明るめの作品にも暗めの作品にも取り組んできたんですけど、結果として“この作品が好き”と言ってくださるかたに、次に何を勧めればいいのかが難しい状況になっていて。もうちょっと勧めやすいものというか。“真下みことといえば”という軸が見つかるといいなと思っています。いろいろなジャンルを執筆する中で、読者のかたにピンとくる作品が書けたら嬉しいですね」
しずくだ 「私は“こういうのがやりたい”みたいなのが、すごくあるわけではないんです。でも、背伸びをしないのは大事にしていますね。バズに照準を合わせて曲作りをする人もいるんですけど、そういうことをやってバズらなかったら辛いし。そのときに作りたいものを作る心を忘れないようにしたいと思います」

真下みこと lit.link | https://lit.link/MikotoMashita
しずくだうみ lit.link | https://lit.link/shizukudaumi

しずくだうみ 'ほどけた螺旋階段'■ 2025年5月6日(火)発売
しずくだうみ
『ほどけた螺旋階段』

そわそわRECORDS
CD | Digital

[収録曲]
01. ほどけた螺旋階段
02. ほどけた螺旋階段 (Instrumental)

真下みこと『春はまた来る』■ 2025年2月19日(水)発売
真下みこと 著
『春はまた来る』

幻冬舎 | 1,600円 + 税
四六判 | 256頁
ISBN 978-4-344-04408-1
https://www.gentosha.jp/viewer/viewer.html?cid=12314&lin=1

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