Review | Morrissey『モリッシー自伝』


文・写真 | 山口美波 (She Talks Silence | VIVA Strange Boutique)

 この自伝は、Morrisseyの音楽活動30周年となる2013年にまず英語版が出版され、そこから7年もの月日を経てようやく日本の私たちの元へも届けられた。あらゆるすったもんだ(*)の末、日本語版での発売というありがたい快挙を成し遂げた出版社「イースト・プレス」さんと、翻訳を担当された上村彰子さんには、MorrisseyそしてTHE SMITHSファンの一人として、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。
* すったもんだの詳細については、上村彰子さんのブログに綴られておりますので是非ご一読ください。良くも悪くも深いため息が出ます。

 この鈍器のように重い、448ページもの自伝。読み終えていちばん心の中に留まった印象は、Morrisseyは幼少期から一貫して“弱者”という“当事者”であり続けているのだな、ということだった。もちろん、彼はアーティストとして大きな成功を収めていて、世界中に彼を崇拝するファンやフォロワーを生み出しているし、陰鬱としたマンチェスターでの少年期に生きる糧となっていたDavid BowieやNEW YORK DOLLSでさえも、自分の人生の登場人物にさせてしまうほど華やかな現実を手にしている。しかし彼の精神性は常に「より良い職を求める労働者」であり、「憧れのロックスター(Marc Bolan)に塩対応される少年」であり、「メンバーによそよそしくされるバンドマン」であり、「レコード会社にめんどくさがられる人」……といった、とにかく憂いを帯びたポジションに属しており、どうしてもそこから抜け出せないように見える。そしてそれら(彼の現実とマインドポジション)の奇妙なアンバランスさの原因となるものについて、この自伝から読み解くことができるように思う。Morrisseyの人生を幼少期から追体験することによってもたらされる新たな発見や思いがけない事実は、彼に対する好意も嫌悪も一気にアップデートさせてくれた。時代を問わず、メディアから届けられる彼の(ものとされる)発言や思想のありかたに眉をひそめる人たちも多くいると思うが、他者ではなく、Morrissey自身から語られる言葉に触れることができたのは、私にとっては、彼を知るうえでとても大切なパズルのピースとなった。Johnny Marrに対しての想いなどは、特に。

 彼がこの本を書き上げた当初からは、もう10年近い時間が流れているため、リアルタイムな彼の言葉ではないという部分で、自伝としてのパワーや説得力が弱まってしまっているのではないかと少し気になったものの、今になってこの日本語版発刊を認めたことを考えれば、その時差はさほど気にすることではなさそうだ。

 今からちょうど4年前、2016年の9月に私は、渋谷のオーチャード・ホールで彼のコンサートを観た。初めて見るMorrisseyの姿は、想像していたよりも穏やかな空気を纏っていた。レコードで繰り返し聴いてきた歌声が、生命力と存在感を持って今まさに自分がいる空間へと届けられることにとても興奮した。私は幸せなことに、ステージ下手の最前列にいた。コンサートの終盤、Morrisseyが「How soon is now?」を歌いながら、こちらへゆっくりと近付いてきた。私は思わず手を伸ばし、彼の名前を大きく呼んだ。すると彼はその場に屈んで、マイクを持っていない左手を差し伸べてくれ、私はいよいよ彼に“到達”した。1972年の同じく9月に、David Bowieの手に触れた少年時代のMorrisseyと同様、「魂が吹き飛ばされるような」喜びを感じた。

 得体の知れない“病気”にずっとつきまとわれ、「何か生産的なことをしないと一命に関わる」と思い込み、その痛みをインスピレーションの源としてきたMorrisseyは、音楽という鍵を使って自らの人生をこじ開け続けた。その人生を綴ったこの本は、彼と同じように“Still ill”なあなたや私に意外と寄り添ってくれる。

 そして単純に、Tony Wilsonや「Rough Trade」やBryan Ferryや『NME』といった、彼の“敵”に向けられる、Morrissey節がばっちりキマった惚れ惚れするような“嫌味”を読むだけでもおもしろいので、みんな気負わずパラパラと手に取ってもらえたら良いなと思う。

山口美波 Minami Yamaguchi
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山口美波 (She Talks Silence | VIVA Strange Boutique)ソロ・ユニット“She Talks Silence”として活動する傍ら、2019年4月、奥沢に「VIVA Strange Boutique」をオープン。自身が敬愛する様々なアーティストとのコラボレーション・アパレルを制作・販売している。