Review | 延興寺窯 トースト皿


文・撮影 | 梶谷いこ

 長いこと自活しているうちに、だんだんと手持ちの食器の数が増えてきました。人からいただいたり、出先で買ったり、道端の「ご自由にどうぞ」と書いてある箱から拾って帰ったり……。必要なぶん以上は持たないようにしていますが、その中でもつい手が伸びるものとそうでもないものの差があるようです。

 京都・聖護院に「ロク」という生活用品や食器のお店があります。食器は、山陰や九州、沖縄の民芸のものを中心に扱っていて、すべて店主の橋本さんが窯元から直接仕入れられています。

延興寺窯 トースト皿 | Photo ©梶谷いこ

 “民芸”という言葉を聞くと、なんとなく“丁寧な暮らし”というちょっと微妙なニュアンスのある言葉をイメージする人もいるかもしれません。そりゃあ、日々を丁寧に暮らすのは大変すばらしいことですが、“丁寧な暮らし”というフレーズが使われるとき、往々にしてそれは単なる売り文句という場合が多いような気がします。また、“丁寧な暮らし”というイメージで憧れをかきたててモノを売ろうとすると、それ以外を貶めることにもつながります。そんな“ライフスタイル・ビジネス”に、違和感を抱く人が最近増えてきたのかもしれません。

 しかし、ロクはそんなビジネス・ツールとしての“丁寧な暮らし”とはちょっと違うところに身を置いているお店です。店頭では、窯元や製造元の“物語”を押し出してのセールストークはあまりありません(もちろん、こちらが訊いたら親切に教えてくれますが)。それよりも、もっと物理的なデータからの使い勝手をガイダンスしてくれます。例えば、「この椀は容量が○○mlなので、ごはんなら大盛りよそえます」とか「この鉢は縁の向きが垂直ではないので、口をつけて汁をすすろうとすると難しいかもしれません」とか。

 橋本さんは、商品のイメージやストーリー性などというふんわりしたものではなく、容量やサイズ、形状、素材、強度など、あくまで生活者から見た使い勝手を、客観的なデータで示してくれます。だからその場の雰囲気や素敵な暮らし像への単なる憧れなどからではなく、心から納得がいく買い物ができるのです。それもあって、わが家で頻繁に食卓に登る食器はロクで買ったものばかりになってきました。ロクの食器たちは「なんとなく」で食器棚から出してきても、ぴったりと生活に馴染む感じが心地よく、自然と手が伸びます。

 中でも、鳥取の延興寺窯のトースト皿は、ほぼ毎日使う愛用のお皿です。実はこれ、ロクの特注品。今わたしたちが暮らす社会は大抵センチやミリなどのメートル法で出来ていますが、民芸をはじめとした和食器は尺貫法で作られています。橋本さんによると、その寸法規格の微妙なズレにより困っていることのひとつが、トーストを食べるときに使うちょうど良いお皿がないことだったそうです。

延興寺窯 トースト皿 | Photo ©梶谷いこ

 また、洋皿ではこうしたフラットな形の皿をよく見ますが、この形を“型”で成形するのでなく、ろくろで成形するのはかなり難しいことなのだとか。ましてや民芸の窯は地元の土を使うのが必須条件。そうなるとさらに難易度は上がります。そんな至難の業とも言えるリクエストに、新しい試みを模索していた鳥取の延興寺窯が興味を持って応えてくれたのだそうです。

 直径は約20cmほど。この飴色は延興寺窯の釉薬ならではの色味です。もともと延興寺窯の焼き物に用いる土は粒子が細かく、民芸の焼き物のなかでもスマートな雰囲気がありますが、こんな風に洋風の形をしていると、逆にアナログな風合いが際立って見えます。ろくろをまわしてできる表面の凹凸に釉薬が重なって、微妙に浮き出た濃淡がなんとも良い塩梅です。裏返すと確かにろくろの跡が。ざらざらとした底面の手触りが指におもしろく、手に取るたび新鮮な驚きがあります。

延興寺窯 トースト皿 | Photo ©梶谷いこ

 「なにも無理に民芸でトースト皿を探さなくてもいいんですけどね……」と苦笑する橋本さんですが、そんな彼女の“融通のきかなさ”が、そのまま「ロク」というお店への信頼に繋がっているような気がしてなりません。「使い心地が良いとはどういうことか?」「どんな生活に豊かさを感じるのか?」自分に対して常に問いを重ねてきた人だからこそ、譲れないポイントは押さえつつ、フラットな視点から品物の良さを伝えられるのだと思うのです。

 液晶をスクロールして流れてくる情報やイメージは、憧れや欲望、コンプレックスを際限なく刺激します。でもそういった欲望に従うことと、心を満たすことは案外別のところにあるのかもしれません。ふいに落ちてきた欲望を満たそうとして、逆に満たされない気持ちが大きくなってしまうことも少なくないものです。ロクの店頭で橋本さんと話していると、自分に問い続けることの豊かさやおもしろさ、大切さを改めて思い出します。いつの間にか抱いた憧れや欲望はどこからくるのか、ときどき自分に問いかけてみるところから、心地良い生活はスタートするのかもしれません。

〒606-8392 京都府京都市左京区聖護院山王町18 メタボ岡崎101
075-756-4436

13:30-18:00
不定休

※ 営業時間は変更となる場合があります。

梶谷いこ | Photo ©平野 愛
Photo ©平野 愛
梶谷いこ Iqco kajitani
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1985年鳥取県米子市生まれ、京都市在住。文字組みへの興味が高じて2015年頃より文筆活動を開始。ジン、私家版冊子を制作。2020年末に『恥ずかしい料理』(誠光社刊)を上梓。その他作品に『家庭料理とわたし――「手料理」でひも解く味の個人史と参考になるかもしれないわが家のレシピたち』『THE LADY』『KANISUKI』『KYOTO NODATE PICNIC GUIDEBOOK』などがある。