高野 寛デビュー35周年アルバム『Modern Vintage Future』記念対談
高野(以下 T)が多大な影響を受けたYMOを軸に、自身の音楽家としてのこれまでを綴った書き下ろし随筆集『続く、イエローマジック』と並行して制作された今作は、アルバムとしては約5年ぶり。コロナ禍に自宅で録りためてきた膨大な音源の中から自身の過去・現在・未来を浮かび上がらせた意欲作である。なお、デビュー35周年記念となるこのアルバムのマスタリングは、砂原良徳(以下 S)が手掛けている。生粋のYMOチルドレンの共演でもあり、そんな作品が、かねてからYMOと縁があり、「TechnoByobu(テクノ屏風)」を手掛ける「U/M/A/A Inc.」からリリースされるというのも、実に感慨深いものがある。というわけで、アルバムの完成を祝して、ふたりの対談がついに実現した。
取材・文 | 小暮秀夫 | 2024年11月
撮影 | 山口こすも
――おふたりはプライベートでふだん連絡を取ることは?
S 「ないですね。(高橋)幸宏さん周辺とかでみんなが集まるときに会う感じ」
T 「たまに“最近どう?”とか“なんか新しいニュースない?”とかメールを送って」
S 「たまにありますね。あと社会情勢的なことをちょっと話してみたりとか。そのくらいで、しょっちゅう(連絡を取る)っていうのはないです」
――じゃあ、こういう対談っていうのは?
T 「30何年ぶりですね」
S 「90年代前半に一度やった記憶があります」
――それはお互いの新作が出たタイミングで?
S 「というより、あの頃ちょうどYMOがまた動き出したりとか」
T 「“再生”の頃ですね」
S 「たぶんそういうザワザワした雰囲気の中でやることになったんじゃないかと思うんですけど」
T 「あと、まりんがYMOのカルトキング(*1)になって。その絡みだったかな」
*1 1993年放送のフジテレビ系クイズ番組『カルトQ』の「YMO」テーマ回で優勝。
――『カルトQ』のYMOの放送回、高野さんはテレビで観ていました?
T 「というか僕、予選落ちしました。一応出場してみたんですよ。事務所のスタッフと一緒に。もう、まったく歯が立たなかった(笑)」
S 「予選の問題が、本当に難しかったですね。自分も予選の問題が全部終わった後に、これはもう絶対どうやっても通らないって思いましたね。他の出場者のほうが自分より知識があったと思うんですけど、後半に幸宏さん絡みの問題が多くなって。(正解すれば)高得点の問題が、わりと高橋幸宏カルトQになっていたので、自分が間違って優勝した感じだと思います」
T 「僕、テレビでリアルタイムで観ていたんですけど、わりと重箱の隅をつつくような知識の問題がある一方で、ミュージシャンだったら答えやすいなって思うような問題も比較的多かったんですよ。そういうときにまりんがすごい得点を稼いでいた記憶がおぼろげにある。とはいえ、絶対僕なんかは無理ですね。あまりデータを覚えないタイプなんで」
S 「僕は(学校の)勉強をしないでそういうことばかり覚えちゃったんで(笑)。控室に行くと他の出場者はみんなわりとインテリっぽい感じの人たちばかりで。受験戦争を勝ち進んだようなタイプの人たちだから、みんなそういうノウハウを持っていて、こんな(ブ厚い)問題集を自分で作ってきてやっているんですよ。それを見て、いや、これには勝てないでしょ。僕はもう勉強しても覚えられないから、当時の記憶だけでやろうって思ったんです」
――砂原さんは高野さんがデビューに至る流れもリアルタイムで知っている世代ですよね。
S 「はい。“究極のバンド オーディション” (*2)のことも当然知っているし、それに高野さんが選ばれて、THE BEATNIKSのバック・メンバーとして1987年のツアーに一緒に行ったっていう、その一連の記事とかも全部読んでいます。そのときのTHE BEATNIKSのライヴ、東京と大阪だけでしたっけ?」
T 「いや、名古屋と福岡も」
S 「そっか。札幌には来なかったんですよ。それで観ていないんですけど。東京は“FUJI AV LIVE”だったのかな」
T 「そう。芝浦のインクスティック(インクスティック芝浦ファクトリー)で4日間やったんだよ」
S 「4日もやったんだ。すごいエリートですね。私から見るとエリート」
T 「いや、もう、その最初の運が良すぎて。本(『続く、イエローマジック』)にも書いたんですけど、やっぱり実力が伴っていなくて。最初は幸宏さんのプロデュースということでプッシュしてもらって、たしかに作品としてはいいものを作っていたっていう自負は今でもあるんだけど。なにしろ僕はソロ・デビューするまで、ソロで歌ってライヴをしたことが一度もなかったんですよ。そんなのはありえないじゃないですか。だからエリートっぽく見えたんですけど、歌うこととライヴに関しては、一から勉強ですね。まだ当時はデビューしてからでもそんなことが許される時代だったっていうか。今だったらありえないんだけど」
S 「今はできあがっている人が出てくるっていうパターンのほうが多いですもんね」
T 「そしてすでにバズっている人がフックアップされて出てくるっていう」
*2 1986年に開催された、高橋幸宏と鈴木慶一(ムーンライダーズ)により設立されたレーベル「TENT」主催のオーディション。審査員は高橋幸宏とムーンライダーズ。
――高野さんがデビューされた1988年って、テクノポップやニューウェイヴが冬の時代に突入していて、影響された人たちが次にどこに行ったらいいのか模索していた時期でしたよね。
T 「寂しかったですね。だから、本当に話の合う人が周りにいなくて。僕よりちょっと下の世代で、そういう志向を持った人はクラブ・カルチャーに接近していって。ある人は渋谷系に行き、ある人はハウスとかダンス・ミュージックに行くんだけど、僕はどっちにも合流できず、シンガー・ソングライターとしてやっていくしかないっていう。そうこうしてるうちにJ-POP黄金期がやってきて、90年代はJ-POPのフィールドでやるしかなかったですね」
S 「だから90年代は、楽器を持っている人は苦しかったですよね。かなりそういう意味では」
T 「だって、幸宏さんとか教授(坂本龍一)でさえ、J-POP的なアルバムを模索している時期があったし」
S 「そうですね、90年代は。だから、普通にやっている人は大変そうだなっていう感じは、見ていて思いました」
T 「今みたいに、いろんなジャンルが均等にみんなに受け入れられているわけじゃなくて、オーヴァーグラウンドのJ-POP、そしてクラブ・カルチャーっていう、ほぼそのふたつのシーンしかない」
――高野さんは当時、クラブ・カルチャーにもっと接近していこうとは思わなかったんですか?
T 「接近してみたんですけど、酒に弱いのと、僕、あまり徹夜ができなくて、8時間以上寝ないと体調が悪くなるんですよ。タバコも吸わなかったし。だからクラブの環境に適応できなくて、なんかいつも社会見学に行くような感じでしたね。そこが楽しめていたら、また全然違った人生だったかもしれないけど」
――砂原さんはクラブ・カルチャーのほうにシフトしていきましたよね。
S 「僕はもともと夜型だったし、地元にいた頃に打ち込みをやっていたら、たまたま地元のレゲエをやっている人たちが僕らのやっているのを観て、“これ、君たちが作ったのか?一緒にやろう”とか言ってきて。ちょうどレゲエが打ち込みになり始めた時代だったんですね。ヒップホップをちょっとやっているような人たちもその中にいて、なんとなくそういう中に自然と入っていって、わりとかわいがってもらってたっていう感じでした」
T 「おもしろいね。黎明期ならではの、細分化していない感じが」
S 「そうなんですよ。レゲエの人たちが僕らに接近してきたっていうのが」
T 「札幌って、THA BLUE HERBとか、やっぱりちょっと独特なアーティストが出てくる印象があるもんね」
S 「THA BLUE HERBはジェネレーション的には僕が東京に出てきてから後に出てきた人たちなんですけど、彼らがよく出入りしていたヒップホップのクラブの店長はそのヒップホップのグループみたいなのを僕と一緒にやっていたことがあって。それは後からわかったんですけど」
T 「流れとしてはあるんだね」
S 「だからまったく断絶しているわけじゃないっていう。だってその頃だって、ヒップホップをやるって言ったって、ライヴではMA-1着てシモンズみたいなの叩いてますよ、僕。まだ全然かたちができあがっていない。スクラッチと自分が作ったオケと、なんかパッド叩いて、あとMCがいて、みたいな」
T 「ちょうど端境期だね。80年代と90年代のグラデーションがクロスフェイドしていて」
S 「そうなんです。まだまだ全然できあがっていないんです」
――ふたりの音楽面での共演が始まったのはいつ頃からですか?
S 「一緒にやってるの、実はないかも」
T 「“ワーハピ(WORLD HAPPINESS)”の最後のほうで、THE BEATNIKSとその周辺にいる人たちがみんな参加したスーパー・セッションがあったんだけど、そういうときくらいかな」
S 「(音源の)制作はないと思いますね」
T 「ただ、コロナ禍前に“Yellow Magic Children 〜40年後のYMOの遺伝子”(*3)っていうトリビュート・ライヴがあって。それのライヴ盤『Yellow Magic Children #01』を僕がミックスして、 まりんにマスタリングしてもらったことがあって」
S 「あれ、高野さん、自分でミックスしたんですか。そうなんだ。めちゃめちゃ大変でしたよね」
T 「3ヶ月かかった(笑)。そう、だから実は今回のアルバムの布石みたいのがそこにあるっていうのに最近気づいた」
S 「なるほどね」
*3 YMOの結成40周年を記念して、2019年3月14日に東京・新宿文化センター大ホールにて開催。Yellow Magic Children Band(高野 寛、高田 漣、ゴンドウトモヒコ、沖山優司、白根賢一、網守将平に加えて、スペシャル・ゲストとしてDAOKO、細野悠太、カジヒデキ、片寄明人、宮沢和史、野宮真貴、坂本美雨らが出演。
――今回のマスタリングを砂原さんに頼んだ理由というのは?
T 「数年前からYMO周辺の新譜 / リイシュー問わずまりんがたくさん手掛けていたから、何作も聴いていて。マスタリングってすごく難しいところがあって、大きく変えることもできるし、薄化粧程度っていうのもできるんだけど、リイシューものを聴くと、まりんのマスタリングは大きく印象を変えずに現代風にアップデートするみたいなのが上手だな、と思って」
――今回はどういうところに重点を置いてマスタリングを施したんですか?
S 「今回はカセットで録ったものもあったんですね。だから全部同じようなプロセスでできてきたわけじゃないっていうのがあるから、それを1本の串に全部綺麗に刺すっていう作業をやらなきゃいけないっていう感じだったんです。でも着地点はだいたい見えていたから、それを探しながらやるっていうよりは、そこに向かって調整をとにかく何度もしていく感じで。どこに行っていいのか悩むっていう感じではなかったですね」
――今回のアルバムは、コロナ禍という特殊な状況のもとでどのような創作活動をしていけばいいのか試行錯誤したり、考えたこと、いろいろと起こったできごとなどが詰め込まれていますよね。
T 「そうですね。いつも曲を作るとき、その時々のものが自然に刻まれていくものだと思うんだけど、そういう意味では今回はちょうど制作期間がコロナと重なったっていうことと、ふたり(高橋幸宏と坂本龍一)が亡くなったっていうことがどうしても影響として出ちゃいましたね」
――それらの音をBandcampで発表していくという発想はコロナ前からあったものなのですか?
T 「コロナ前から一応アカウントは持ってたんですけど、何曲か発表した感じだと、全然手応えもなく、わりと放置されていたんですね。でもそのBandcampが、コロナでライヴができなくなったアーティストのために手数料を取らないっていうキャンペーンを始めて。試しにリリースしたら、当時ってみんな家にいて情報をちゃんとキャッチしてくれていて、すごく反響があって。作品にもよるけど、ライヴ1本やったくらいの収益があることもあったし、何度も何度もやっているうちに、だんだんミックスとか音作りのスキルも上がってきて、曲も溜まってきて。それが今回のアルバムのメインの曲のベースになっているんですけど」
――そういう風にフットワーク軽く発表できたからこそ、ポップな歌ものだけではなく、アンビエント、エレクトロニカ、即興などの実験的な部分も出せたっていうのがありますよね。
T 「そうですね。さっき言ったように、もともと自分の中にはそういう要素がすごくいっぱいあったんだけど、デビューした時代の背景と、自分がシンガーとしてヒット曲が出たっていうことが裏腹で。やっぱりほとんどのファンのかたは、歌ものの高野 寛として認識しているところにインストを出しても、反応は芳しくなかった。実は91年に、14曲中5曲インタールード的なインストを挟むっていう構成で4枚目のアルバム『AWAKENING』を作ったんです。でもそれが当時けっこう不評で、“無謀なことするね”なんて、あるミュージシャンに言われたりして。そういう時代ですよ。本当にインストっていうものがJ-POPシーンでは認められないっていうか。そこはたぶん、まりんが生きてきた世界とはちょっと認識が違うと思う」
S 「そうですね。うちら(電気グルーヴ)は好き勝手やっていて」
T 「それはすごいよね。同じ時代で同じくメジャー・レーベルの中にいながら、やっぱりそこはかなり乖離していた」
S 「でもうちらもレーベルとの摩擦は相当あったと思います。僕はそれを(俯瞰して)見ているタイプだったけど、わりと兄貴分ふたり(石野卓球とピエール瀧)が会社と戦ってくれて」
T 「バンドだとそういう風に結束して戦うことができるけど、ソロでひとりだけだと、周りと戦うのはなかなかしんどいですよね。だからその『AWAKENING』っていうインスト多めのアルバムが当時セールス的にも落ちてしまい、評判も良くなかったんで、インストをやるっていうことが僕の中でちょっとトラウマ的になってしまって。そこから復活するまでに相当な時間がかかったんですね。実は今回やろうと思ったようなことを、僕、2000年くらいに一度やりかけているんですよ。田島貴男くんがOriginal Loveって名乗っているのと同じように、高野 寛っていう名義を捨ててHAAS(ハース)っていう名前で再デビューしようかと思って、わりと今回のアルバムに近いサウンドでライヴもやってみたんですけど、それもやっぱり反応は、みんな首を傾げるような感じで芳しくなくて。結局1回ライヴをやっただけで終わっちゃったんですね。そういう意味では本当に長年やりたいと思っていたことをやっとかたちにできたとも言えるし」
S 「でも、近年作ったソロはわりとエレクトロニック要素のものとかもありましたよね。聴いていて、こういうのやればいいのにって、すごい無責任に思っていたんですけど」
T 「アルバムの中に何曲かだけそういうものがありましたとか、そういう感じなんだけど、今回みたいに全編そのカラーで揃えてアルバムを作るっていうのは初めてですね」
――このアルバムの制作背景を考えると、世の中はいろいろと大変なことがあったし、高野さんの恩師と言える高橋幸宏さんや坂本龍一さんが亡くなったりして精神的にも相当辛かったと思うのですが、曲によってはレクイエム的な重さをストレートに表現するのではなく、あえてポップな方向に音を振り切っている側面もありますよね。
T 「確かにそういうレクイエム的な曲もちょっとあったけど、外しましたね。好き放題やってるとはいえ、やっぱり高野 寛っていう名前でやってきたこととの連続性があるといいなと思ってたので。あとは、聴いた人がどう感じるかはまだわからないけど、曲調としては違和感なく聴ける曲も入ってるとは思うんですが。でも、僕は悲しいことがあっても、モヤモヤをそのまま曲にするみたいなことは、あまりしないですね。それって自分はスッキリするかもしれないけど、後始末ができないっていうか。そういう曲を繰り返しライヴでやったりするのは楽しくないですし」
――「青い鳥飛んだ」とか、思いっきりポップに振り切ってますよね。
T 「そうですね。ストーリーをハッピーエンドにしちゃうのは癖ですね。だけど、この曲は最後のフレーズに込めたイメージっていうのが実はあるんだけど、それは言うとおもしろくないんで、みなさんに好きに解釈してもらえれば」
――「Head's Talking」では音や歌詞にYMOへのオマージュ的な面が出ていますね。
S 「僕が聴いた印象だと、YMOっていうよりは幸宏さん(の色合い)が一番強くて。YMOも幸宏さんが参加している(曲の)ときのYMO感っていうのが強いっていう感じが自分はしましたけどね」
T 「それはなんだろうね。でも、それはもうしょうがないよね」
S 「自分は今TESTSETっていうバンドをやっていて。このあいだ、メンバーの永井(聖一)くんが作ってきた曲をみんなでアレンジして、僕はベーシックをちょっと作ったんですけど、ミックスしているときに“高野さんっぽい”っていう話になって。“これ、まりんさんがたぶん幸宏さんっぽさを持ってきて、何かと混ざって高野さんっぽくなったんじゃない?”っていう分析をみんなでしてたんですけど」
T 「幸宏さんはやっぱりシンプルなんですよね、コード展開とかがね。それでいてメロディアスっていう。その要素が自分にも通じるとこがあるのかな。教授はもっとコードが複雑だし、細野(晴臣)さんはポップだけじゃない全方位な感じ」
S 「でもリズムは細野さんもちょっと入っている感じはあったけど。坂本さんっぽさが一番薄い」
T 「あのコード感覚は真似できないからね」
――このアルバムと同時期に高野さんは、音楽家としての自身の歩みを綴った随筆集『続く、イエローマジック』も出版されますが、執筆にはいつ頃から着手されていたのですか?
T 「1年くらい前に書きませんかっていう話をいただいて、今年に入ってから少しずつ書き始めたんですけど。その頃はまだアルバムの全体像ははっきり見えておらず、タイトルも決まっていなかった。書きながら、自分でもいろいろ気が付くことが多くて。そのうちに、いっそこういうテーマでアルバムも寄せていこうっていう風に連動していったというか。狙ってやっているわけではなくて、なりゆきですね」
――高野さんは、昔のことを細かいことまで覚えているタイプなんですか?
T 「覚えてるところもあるんですけど、ごっそり抜け落ちてる記憶もあって。だから書きながらやっぱり曖昧なところは検索して。いくら調べても出てこないことは昔の日記やスケジュール帳を探してきて検証したりとか。そういう作業もやりました」
S 「そのとき自分がどうだったかっていうのも含めて見ることができるから、非常に読むのが楽しみですね。(高野さんとは)すごい近い距離じゃないですけど、並列に進んでたまにクロスしてまた離れてみたいな、そういう存在ですから」
――高橋幸宏さんのプロ活動50周年記念ライヴ「LOVE TOGETHER 愛こそすべて」(*4)で音楽監督を務めたり、2019年「Yellow Magic Children ~40年後のYMOの遺伝子~」のバンド・マスターを務めたりといった重責を、YMOチルドレンの代表として担うことが高野さんは多かったりしますよね。それについてはどう思っていますか?
T 「バンマスは本当に大変なんですよ。必死にやるんですけど、じゃあ誰か任せられる人がいるかなと思うと、いや、これ自分がやるしかないんだろうなっていう」
S 「いや、本当そうですね。やっぱりYMOチルドレンのすごい人って、僕らの世代だと高野さん、(TOWA)TEIさん。演奏系とDJ系とでこのふたつに分かれるっていう感じですけど、でもバンドだったらやっぱり高野さんしか選択ないよなっていう。それはもうしょうがないっていう感じがしますけどね」
T 「重責だと思いながらも、他に周りを見渡しても全部任せられる人はいないっていう状態でずっと来たので。僕より下になると、まりんもそうだし、小山田(圭吾)くんとかもいるしね。(高田)漣くんには時々手伝ってもらう感じ。僕より上の世代になると、YMOとリアルタイムで直接関わってたかたとかもいるけど、僕みたいに大学生くらいで接点ができたっていう人があまり世代的にいないから、そういう役割なんだろうなと思いながらやってますね」
*4 2022年9月18日に東京・渋谷 NHKホールで開催。高野のほか、永井聖一、高田 漣、高桑 圭、堀江博久、ゴンドウトモヒコ、大井一彌、Smooth Ace、矢口博康が出演したほか、ゲストとして大貫妙子、小原 礼、小山田圭吾、木村カエラ、 坂本美雨、Sandii、鈴木慶一、Steve Jansen、立花ハジメ、東京スカパラダイスオーケストラ ホーンセクション(NARGO、北原雅彦、GAMO、谷中 敦)、Hana Hope、林 立夫、原田知世、細野晴臣、矢野顕子(映像出演) 、LEO今井が出演。
――HAASでのアンビエント路線は今後も追及していきますか?
T 「アンビエントはすごく好きなんですよ。だから時々いろんなところで人知れずやっています。告知しないでやったりとか。アンビエントってそういうもんだと思うから。自分のライヴの中にもそういうパートを織り交ぜていくようなこともやりたいし。歌とアンビエントで2部に分けるのか、間でちょっとだけやるのか、いろいろ考えています」
S 「(このアルバムの)ライヴはどうするかとか考えているんですか?けっこうガシッとしてるから、ライヴすげえの観たいなって思いながら、作業していたんですけど」
T 「そこはね、一応ひとりでラップトップでやるっていうのはこの間実験済みなんだけど、そこにサポート・メンバーを何人か加えて、モダン・ヴィンテージ・フューチャー・カルテットっていう構想はある」
S 「それこそ幸宏さんが自分のライヴをやるときみたいに、いい布陣揃えて、なんかバシッとしたのを観たいって思って」
T 「いずれね。ひとりでできることはわかったんで、それをデュオにしたり、トリオにしたり、カルテットにしたり、その場に応じてやろうかなと思って。あとはね、映像。映像の力を借りようと思っていて」
S 「映像はね、大変です。このあいだ、(TESTSETの)ライヴを観に来てもらったんですよ。演奏より映像を見てほしいと思って」
T 「実際、研究の視点で見ちゃった(笑)。この素材どこから持ってきたのかな、とか」
S 「いや、全然そう思って呼んだので」
――今後、もしかしたらおふたりで何かおもしろいコラボレーションもあるかもしれないですね。
S 「そうですね。もうだいぶ歳取ってきてるんで、やらないとやらないで終わっちゃうから、なんかあってもいいかなと思っています」
――おふたりの今後の予定をお聞かせください。砂原さんは?
S 「僕は今自分のソロみたいなことは全然やっていなくて、マスタリング業と、あとバンド(TESTSET)。もうちょっとキャパシティあげたいと思ってやってます」
――高野さんは?
T 「11月28日に渋谷のタワーレコードでアルバムの発売を記念したトーク & ミニ・ライヴがあるんですけど、ライヴは細野悠太(Chappo, CHO CO PA CO CHO CO QUIN QUIN)くんと僕とふたりでやろうと思っています。来年は、バンド編成のライヴでイベントに出たいですね」
砂原良徳 Instagram | https://www.instagram.com/yoshinorisunahara/
■ 高野 寛
ニューアルバム『Modern Vintage Future』のリリース記念インストアイベント
トーク & ミニライブ & サイン会
https://towershibuya.jp/2024/11/06/206112
2024年11月28日(木)
東京 渋谷 タワーレコード渋谷店 B1F CUTUP STUDIO
「イベント入場引換券」「整理番号付きイベント入場券」交換開始 (B1階段前) 17:30 / 集合 (1F階段前) 18:30 / 開演 19:00
[出演]
高野 寛
Special Guest: 細野悠太
[参加方法]
ご予約者様優先で11月26日(火)商品入荷次第、タワーレコード渋谷店にて対象期間に高野 寛ニュー・アルバム『Modern Vintage Future』または高野 寛著『続く、イエローマジック』(millebooks)をご購入いただいたお客様に「イベント参加引換券」をお1人様1会計1枚、「サイン会参加券」をご購入点数分をお渡しいたします。
※ 「イベント参加引換券」は「整理番号付き優先入場券」への引換が必要となります。引換はイベント当日11月28日(木)の17:30より当店B1F階段前にて行います。
※ 整理番号はランダムで配布いたします。
※ 「イベント参加引換券」「サイン会参加券」は対象期間に、対象店舗でご予約 / ご購入いただいた方に先着でお渡しいたします。無くなり次第配布終了となりますので予めご了承ください。
※ 当日のイベント参加人数は時間の都合により、制限を設けさせて頂く場合がございます。
※ サインは上記対象商品にさせていただきます。当日忘れずにご持参ください。
※ 当日はサインのみとさせて頂きます。握手や記念写真撮影などは御遠慮下さい。
※ 「イベント参加引換券」「整理番号付き優先入場券」「サイン会参加券」はいかなる理由でも再発行出来かねます。また、複製・転売・コピーなどが発覚した場合には無効とさせていただきます。
※ 混雑状況に応じて、予告なくご購入列を形成する可能性がございます。予めご了承ください。
[ご予約時 / 入荷後の「イベント参加引換券」確保]
※ 店頭・電話予約可。
※ インターネット予約取り置き不可
※ 書籍 高野 寛著『続く、イエローマジック』(millebooks)に関しましてはご予約いただきましたお客様でも11月26日(火)以降にご購入いただきましたお客様のみ配券対象となります。11月26日(火)よりも前にご購入いただいても配布対象外となりますので予めご了承ください。
※ 既にご予約済みのお客様も配布対象となります。
■ 2024年11月27日(水)発売
高野 寛
『Modern Vintage Future』
配信リンク: https://lnk.to/HiroshiTakano_ModernVintageFuture
CD UMA-1151 税込3,000円
DL 通常 税込1,833円 | ハイレゾ 税込2,750円
商品リンク: https://lnk.to/HiroshiTakano_ModernVintageFuture_CD
[収録曲]
01. Loop(初めと終り)
02. 青い鳥飛んだ
03. 僕ら、バラバラ
04. Isolation
05. The River
06. Moment & Eternity(刹那と永遠)
07. Play ▶ 再生
08. Head’s Talking
09. サナギの世界
10. STAY, STAY, STAY
11. Windowpane
12. #105remix *
13. 20200102 *
14. Instant House *
15. Breath *
* CD Bonus Tracks
■ 2024年11月11日(月)発売
高野 寛
『続く、イエローマジック』
ミルブックス | 四六判 | 256頁 | 1,300円 + 税
ISBN978-4-910215-20-4
[内容]
YMOとの邂逅|未来の音楽「YMO」との衝撃の出会い
憧れを追いかけて|高橋幸宏さん、ムーンライダーズ主宰のオーディションに合格
プロの洗礼|高橋幸宏さんプロデュースでプロデビュー
虹の都へ|憧れのトッド・ラングレンとのレコーディング
この声は小さすぎて|ヒット曲が生まれた喜びと葛藤
渋谷系前夜|フリッパーズ・ギター、オリジナル・ラブとの交流
新たな世界への旅立ち|坂本龍一さんと世界を旅したワールドツアー
教育テレビという遊び場で|伝説のテレビ番組『土曜ソリトンSIDE−B』
初めての一人旅|新たな挑戦、弾き語りツアー
初めてのバンド|ナタリーワイズと9・11の衝動
サヨナラから|名曲『サヨナラCOLOR』誕生秘話とハナレグミ
ボス|忌野清志郎さんとの友好と別れ
イエローマジック、再び|細野晴臣さんの知られざる音楽活動期
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MIYAとブラジルと仲間たち|宮沢和史さんと仲間たちとの音楽世界旅
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