Interview | MRS. PISS | Jess Gowrie + Chelsea Wolfe


誰からも好かれようとするなんて、時間の無駄

 すでに“新時代のゴシック・クイーン”的な形容を超えて、アメリカを代表するシンガー・ソングライターとして認知されてきたChelsea Wolfeが、2020年にはMRS. PISSという新しいバンド名義のもとでアルバムをリリースした。『Self-Surgery』(自己手術)と題された昨品では、暗黒イメージはそのままに、グランジやインダストリアル、さらにはサイケデリックな要素も感じさせるパンク・ロックが鳴らされている。このバンドで彼女のパートナーとなったのは、2017年のアルバム『Hiss Spun』からバックでドラムを叩いてきたJess Gowrie。Jessは単なるドラマーではなく、Chelseaとは旧知の中であり、いったん袂を分かった時期を経て関係性を復活させて以来、空白期間を取り戻すかのように創造面での結びつきを強固なものにしてきた。MRS. PISSは、そんな2人が近年ずっと温めてきたコンセプトが遂に具現化したものだという。そのサウンドはもとより、“抑圧された女性があげる反逆の叫び”を彼女たちらしい表現で世に突きつける様は実にカッコいい。この2020年にデビューした鮮烈なデュオに、今後もぜひ注目してほしい。

取材・文 | 鈴木喜之 | 2020年11月


――まず初めに、ふたりが出会った頃の話を聞かせてください。00年代前半にはRED HOSTというバンドを一緒にやっていたそうですね?

Chelsea Wolfe(以下 W) 「地元でDimple Recordsを経営してるMary Gebhardtという人から、とても才能のあるドラマーがいるって紹介されたのがきっかけだった。彼女は、きっと私たちがとても仲良くなれるはずだと考えていたみたい。実際に会ったJessは、厳粛で優しいエネルギーを持っていて、たしかにたちまち化学反応が起きるのを感じられた。私がソロ・プロジェクトのためにドラマーを探していると知ったJessが“どうして私にしないの?”と言うから、そうした!すぐにジャムり始めて、Dolly Partonのトリビュート・ショウで一緒に演奏した後、まずは私が進めていたソロ・アルバムのための曲に取り掛かった。それから新曲にも取り掛かって、Ian Boneをベーシストに迎えてRED HOSTを結成したの。Jessとプレイすることは、ロックンロールのマジックに頭から飛び込むような感じだった。彼女との演奏を通じて、バンドのフロント・パーソンになる心構えとか、他にもたくさんのことを学ぶことができたと思う」

MRS. PISS | Jess Gowrie + Chelsea Wolfe

――Jessは、どういう音楽環境で育ったのですか?自分も音楽をやろうと考えたきっかけや、当時とりわけ好きで聴いていたバンドなども教えてください。
Jess Gowrie(以下 G) 「私は、馬と鶏のいる田舎で育った90年代のグランジ・キッズで、友達はみんな遠くに住んでいたから、私には音楽とドラムしかなかった!ガレージで何時間も、SMASHING PUMPKINS、HOLE、SOUNDGARDENの曲に合わせてドラムを叩いてた」

――ドラムをメインの楽器として選んだのはなぜですか?
G 「6~7歳くらいの頃からドラムに惹かれていて、それが一番しっくりきたというか、自然と周りのものを叩くようになっていて。母がギターを買ってくれたときには、目の前のものを何でも叩くのはやめようと思ったりもしたんだけど、結局できなかった。で、初めてドラムキットを買ってもらってからはスイッチが入って、もう振り返ることもないという感じ」

――RED HOST解散後、Chelseaとの縁が切れている間には、I’M DIRTY TOOというバンドをやっていますよね。デュオ編成であることや、ドラム以外の楽器の演奏、作曲や歌も担当するなど、MRS. PISSのスタイルに通じるところがあるような気がするのですが、どうでしょうか?
G 「I’M DIRTY TOOは間違いなく、Chelseaと一緒に演奏できなくなったことへの対処法だった。私は自分のことをシンガーだとは思っていないし、Chelseaのようなシンガーを見つけるのは難しいとわかってたから、当時のバンドメイト(Zac Brown)と私は、自分たちでやるしかないって決めたんだ。I’M DIRTY TOOではドラムに集中するというより、ヘヴィなリフと自分自身のための新しい挑戦をすることに重点を置いていた。それはとてもよかったと思う」

――I’M DIRTY TOOというバンド名も、MRS. PISSのコンセプトにつながってくるような印象もありますが。
G 「私は根っからのコラボレーターで、誰かパートナーと一緒に仕事をするのが一番だから、そういう意味では似ているのかも。ChelseaもZacも、私が音楽的に新しい道を切り拓くことを応援してくれるし、個人的にはとても充実感を得られる」

――現在はHORSENECKというバンドもやっていて、2020年にも最新アルバムをリリースしていますね。
G 「HORSENECKは、ここ6年ほどやってる。とてもラウドなストーナー・メタルのバンドで、プレイするのがとても楽しい。他のメンバー(元WILL HAVENのAnthony Paganelliほか)とは、同じ地元のシーンで活動していた何年も前から知り合いで、一緒に何か始めようよって話になったんだ。今年の初めに『Fever Dream』っていう新作をリリースしたけど、他の多くのバンドと同様、それに伴うツアーはできなかった。でも、またツアーができる状況になったら、やるつもり」

――ちなみに、サクラメントのバンドというと他に、DEFTONESやFARなどが知られていますが、あなたにとって地元のシーンはどんなところだったのでしょうか?
G 「サクラメントには、いつも素晴らしいローカルな音楽シーンがあった。残念ながらここ数年で閉店してしまったけれど、いくつかのクラブは、私という人間を完全に形成してくれたと思う。10代の頃に重要なショウを数多く観て、少し後には同じクラブで演奏していたことが、私にとってのマイルストーンになった。サクラメントのシーンは私の自信を一手に育ててくれて、人生に必要な道を教えてくれたんだ」

――さて、2014年に再会して、ChelseaのバンドにJessが加入し、共にアルバムも作り、ツアーも回る中で、このMRS. PISSの構想も次第に出来上がっていったのだろうと思います。どのようにして形になってきたのでしょうか?
G 「再会した後、私たちはChelsea Wolfeのレコード『Hiss Spun』に収録される曲を一緒に書いた。それがリリースされた後は、一緒にたくさんツアーをして、いろいろな経験を共にしたんだけど、それを私たちのパースペクティヴから新しい音楽プロジェクトに活かすことができると感じたんだ。私にとって『Self-Surgery』は、最初から最後まで、そのストーリーを物語っている」

――Chelseaは、MRS. PISS用のアイディアを書き留めるリリック・ジャーナルをつけていて、Jessとの会話を通じて「これはMRS. PISSに相応しい」と感じたものを記録し続けてきたそうですね?
W 「そう、リリック・ジャーナルは、夜遅くまでバスに乗っていてジャムができなかったときとかに、ちょっとしたアイディアをすべて書き留めておくために重要なものだった。私は言葉や名前を書きつけたり、ギターのリード・パートを鼻歌でレコーダーに記録したり、あるいはアコースティック・ギターで、最終的にはもっと大きな音で演奏されるような曲を夢見ながら演奏したり」

――MRS. PISSでは、作詞も含めて2人で曲を作っているようですが、どのようなプロセスで進めているのでしょう?
W 「『Self-Surgery』のライティングは、共同作業の賜物。私たちはアイデアが浮かんだら常に記録して、とっておく。そして休みの日や週末、サクラメントにあるJessの練習スペースに2人で篭って、曲のアイディアを考えたり、それを練り上げたりする。すでに2人は基本的にファミリーだったから、コラボレーションは私達にとって簡単なこと。長い間お互いを知っているし、すべてのアイディアをサポートし合える。音楽的には全く違う場所から来ているにもかかわらず、それぞれの奇妙な音楽マインドを、どうにかして翻訳することができる。Jessは、ドラムはもちろん、ギター、ベース、ドラム・マシン、シンセのパートまで書いてくれた。彼女がプロデューサー兼マルチ・インストゥルメンタリストとして輝いている姿を見るのは、とてもクールだった」
G 「曲は、一緒に書いているうちに形になっていく。2人のうちのどちらかがリフを持ってきて、それを広げていくんだ。RED HOSTの頃と同じように、Chelseaとの共同制作は、いつだって心地のいいものだった」

MRS. PISS | Jess Gowrie + Chelsea Wolfe

――パンクやメタルだけでなく、グランジとかインダストリアルの要素まで取り込みながら、これまでChelseaが発表してきた作品よりもキャッチーな要素を獲得しているように感じました。こうした音楽性になることを、自分たちでは制作中どれくらい意識していましたか?
W 「これって不利なことなのかもしれないけど、音楽を作っている瞬間には、それがどのジャンルに傾いているのかということは意識していない。それよりも、可能な限り無防備でダイレクトに音楽的なアイディアやメロディを生み出すことが大事だと思ってる。ただ結果的に、メタル、パンク、サイケデリック、インダストリアルといった要素が、アルバムを制作する中で全てひとつになった。編集作業に入ってからは、曲の方向性を変えすぎないように調整していったから、それであちこちにキャッチーな瞬間が生まれたのかも。つまり『Self​-​Surgery』では、ダーティだったりウィアードになることを恐れていなかったのと同じように、キャッチーになることも恐れていなかったってことだね」

――MRS. PISSの表現に触れていると、“女性はみな清廉な淑女たるべき”という社会の静かな抑圧に対する、「私たち女性の中に確かに存在している人間らしさを、勝手に汚いと決めつけるな」という反抗の叫びを感じます。そうして完成したアルバムには『Self-Surgery』というタイトルがつけられました。このアルバムを作ることで、世間から清潔さを強要されたために生じてしまった自己嫌悪の心情を克服できたのでしょうか?
W 「うーん、そうね……私はまさに、ドレスを着て、髪をとかして、ニコニコして、みんなから好かれるようにしなさいって感じで育てられたの。 多くの女性がそうであるように、私もまたそこに幾つかの問題を抱えてきた。好感を持ってもらうために、自分自身の多くの部分を隠してきたから。そして今、私が言いたいのは、そんなのクソくらえ!ってこと。ヒューマニティとか、互いに親切にすることに関して異論はないけど、誰からも好かれようと努力するなんて無意味なことだし、正直なところ時間の無駄。だからMRS. PISSとしてのコンセプト、ヴィジュアル・アート、バンド名、そして音楽は、私が育てられてきた社会のたわごと全てに対する“ファック・ユー”みたいなもの」

――ストリーミング・サイトでは差し替えられてしまった、この刺激的なジャケット・デザインはいかにして出来上がったのかを教えてください。
G 「カヴァー・アートは、素晴らしいアーティストであり、私たちの友人でもあるジュネーヴ出身のCaroline Vitelliが描いてくれた。Chelseaも私も、彼女のデザインしたタトゥをたくさん入れてる。Carolineにバンド名や音楽性について話をしたら、アルバムのカヴァー・デザインを考えてくれて、私たちの音楽の生々しさとメッセージを、彼女のアートを通して完全に理解してくれていると感じた」
W 「ストリーミング・サイトでは、この絵は受け入れられないという誤解を持たれたのかも。最終的には音楽がそこにあるってことが一番大事だけれど、アートワークが人によっては少しチャレンジングなものであることを楽しんでもいる。もしそれがあなたに考えさせる機会を与えるのであれば、ある意味それは良いことなのかもしれない。カヴァーに描かれた女性が出血か、放尿していることが気になるのはなぜなのか?あなたがオープンにしていれば、そこからより大きな議論につなげることができるはず」

――MRS. PISSの音楽について、「かつて魔女と決めつけられ、不当に狩られた女性たちが、今この時代にいよいよ逆襲を開始する。そんな21世紀のサバトに鳴り響くパーティ・ミュージック」と形容してみたのですが、いかがでしょうか?
W 「確かに、“魔女”という肩書きの名誉を回復することは重要なことだと思う。過去に魔女とされていた人々の多くは、特別にスピリチュアルな知識を持っていた人や、診断されていない精神疾患を持っていた人、あるいはジェンダー規範に適合していない人、嫌な男にレイプされた他の女性が中絶するのを助けていた人などだった。だから、私はそれらの人たちが自分たちを魔女と認識していたかどうかにかかわらず、全面的に賛同したい」

――今後もMRS. PISSとして継続的に活動していこうと考えているそうで、嬉しいです。5曲目のタイトル「M.B.O.T.W.O.」とは“Mega Babes of the wild order”という意味で、“メガ・ベイブス”とは、次の作品でMRS. PISSのもとに集う女性アーティストたちをイメージしているそうですが、どのような形で次作あるいは新曲を作ろうと構想しているのか教えてもらえますか?
W 「現段階では、私たちは主にChelsea Wolfe名義での新しいアルバムに入る曲を書くことに集中しているけれど、Jessと私は静かにゆっくりと新しいMRS. PISSの曲も進めてる。そして時が来たら、他の女性たちを誘って、PISSの新譜を目指す旅に出ようと思う!」

――MRS. PISSとしての経験を経て、今後Chelseaのソロ名義での作品にも何か影響が反映されてくるでしょうか?
W 「Jessとの共同作業は、いつも私の音楽に影響を与えてくれている。『Birth of Violence』の作曲とレコーディングは、何年も世界中でツアーをして燃え尽きそうに感じていたから、山の中に我が家と飛べるような静かな場所を見つけて、それを録音する時間を必要とした、というものだった。それでもなおJessは、そのアルバムの一部となってくれて、アコースティックな曲でも素晴らしいビートをたくさん提供してくれた。そして、いつものように私はもう次のアルバムに向かっているし、バンド・メンバーたちと新しい音楽をたくさん作っているところ」

――ところで、Chelseaは、最近アニメでワンダーウーマンの声を担当したそうですね?
W 「そう、Tyler Batesのおかげで、DCコミックの新シリーズ『Dark Nights: Death Metal』のサウンドトラック用に曲を提供することになったんだけど、彼らはこの新しいコミック各号の予告編やティーザー・ビデオのようなものを作るために、私にワンダーウーマンの声優を依頼してきて。当初は、私の単調な話しかたを聞いたら、これはダメだって判断されるだろうと思ってたんだけど(笑)、最終的には私の静かで無表情な声が気に入ってくれたようで、うまくいったの!このところ在宅期間が長く続いていたこともあって、何か違う仕事ができたのは本当に楽しかったし、DCコミックスが大好きなので、彼らの芸術的なユニバースのほんの一部に関わることができて、本当にラッキーだと思ってる」

――Chelseaは、2013年にSouthern Records(Latitudes)から『Prayer for the Unborn』というタイトルで、RUDIMENTARY PENIのカヴァーEPをリリースしましたが、これにはどんな経緯があったのですか?
W 「ある時期、RUDIMENTARY PENIに夢中になっていた同居人がいて、家の共有スペースのレコード・プレイヤーからはいつも彼らの音楽が流れていたの。自分の部屋から出ると、いつもNick Blinkoの声が流れていたから、そのうち彼の夢を見るようになった。Nickが私を取り巻いているような気がして。ある日の幽霊が出そうな晩、RUDIMENTARY PENIの歌詞を調べているうちに、自分自身でトリビュートのカヴァー曲を作ってみたくなった。そうしてベッドルームでレコーディングしてリリースしたんだけど、その後ロンドンのSouthern Recordsからセッションに誘われて、当時のフル・バンドと一緒に、もっと目的がはっきりしたヴァージョンを録音し直すことにした。スタジオに入る前は知らなかったんだけど、RUDIMENTARY PENIは、同じ素晴らしいエンジニア(Harvey Birrell)と、そのスタジオで多くの曲を録音していた。まさに運命的だと感じたから、アートワークもNick Blinkoに頼んだら、やってくれたの!すべてが本能に導かれた、魔法のような経験だった」

――では、最近お気に入りの音楽を教えてください。
W 「WARDRUNAの『Kvitravn』が、私を元気にしてくれる作品。Einar Selvikは何をやっても基本的に私の新しいお気に入り。彼の音楽的な方向性は素晴らしい」

――いずれ事態が収束したら、改めて来日公演が実現することを願っています。そのときは、Chelsea WolfeとしてのライヴとMRS. PISSとしてのショウを両方とも見ることは可能ですか?
W 「うん。それぞれのプロジェクトのためには、自分の中にあるふたつの異なるエネルギーと声をチャネリングしているので、同時にやるっていうのは自分にとって新しい挑戦になるだろうけど、もちろんMRS. PISSもChelsea Wolfeバンドも、日本で演奏できることを願ってる!」

MRS. PISS Bandcamp | https://mrspiss.bandcamp.com/
Chelsea Wolfe Official Site | https://chelseawolfe.net/

MRS. PISS 'Self​-​Surgery'■ 2020年10月7日(水)発売
MRS. PISS
『Self​-​Surgery』

国内盤CD DYMC-354 2,700円 + 税

[収録曲]
01. To Crawl Inside
02. Downer Surrounded By Uppers
03. Knelt
04. Nobody Wants To Party With Us
05. M.B.O.T.W.O
06. You Took Everything
07. Self-Surgery
08. Mrs. Piss