Review | 山梨・北杜「八右衛門湧水」


文・撮影 | あだち麗三郎

山梨・北杜「八右衛門湧水」 | Photo ©あだち麗三郎

 最近のお気に入りの水場は“お茶の水”だ。“お茶の水”といってもあの楽器店とスポーツ用品店が異様に並ぶあの“お茶の水”ではない。しかしあの街にはなぜあの2つのジャンルのみが密集しているのだろうか。いつも不思議に思う。そしてなぜ隣の神保町は古本と国内最高峰のカレー屋が乱立しているのか。街っておもしろいですよね。

 さて、今回紹介する通称“お茶の水”の正式名称は「八右衛門湧水」。山梨県北杜市にあります。なぜ“お茶の水”と呼んでいるのか。楽器店があるわけでもなく、スポーツ用品店があるわけでもない。湧いている水が、お茶の味なのだ。お茶の味の水なんて、あり得ないと思うかたもいるだろう。確かに文面上も、お茶の味のする水、それはもはやお茶だからだ。

 冗談はさておき、自然界に正解不正解の答えが存在しないように、自然界には“純粋な水”は存在しない。山の上の方で降った雨が、地に染み込まれ、30~50年くらいかけて麓のほうのある一点からいきなりドバッと湧き出す、それが湧き水だ。汚い?いや、『いろはす』だって、『サントリー天然水』だって、『Volvic』だって、同じように湧いた水を汲んで、煮沸消毒をしてペットボトルに詰められているだけだ。土の中を通る際、色んな植物の地層や鉱物を通って、それらの要素が影響して湧き水の味が決まる。

 もうこれは魚とか米とか肉とかと同じである。富山湾は地形がこうなっているからホタルイカが美味いとか、土がなんとか質だからそこの牧草を食べた○○牛は脂の乗りが違うとか。東北出身だから塩分の濃いものを好んでしまうとか、名古屋出身だからお金の計算に細かいとか……。

 そうして湧き出た水だから、ミネラルを取り込んで、お茶の味がすることもあれば、甘味を感じる水もあるし、日本酒みたいな水もあるし、牛乳の香りがする水もある。そんな違いがあるのがおもしろい。違いこそがおもしろさだ。

 今回の“お茶の水”はたぶん八ヶ岳を通っていて、八ヶ岳を通った水は他にもあるが、お茶の味がするのはここだけ。たぶん湧き出すポイントの近くがお茶の香りがするような地表になっているのだろう。

 水の味の違いなどよくわからないと言われるが、誰だって慣れればわかるようになってくる。ぼく自身、音楽家として最近はミキシングの仕事が多いのだが、録音する機材の違いとか、楽器の違いとか、録音する空間の違い、マイクの違い、ケーブルの違い、色々と違いの種類がわかるにつれてわかってくるのだ。“分かる”とは、文字通り“分ける(分類する)”ということだから。

 真に理解するなんてことは必要なく、ただ違いがあって、それぞれの差異を感じ、そこに純粋な楽しみがあるという世界はすてきだと思う。純粋な水が存在しないように、“理解する”ことなんて自然界には存在しないのだから。

あだち麗三郎 Reisavulo Adachi
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あだち麗三郎音楽家。からだの研究家。
人類誰もが根源的に自由で天才であることを音楽を通して証明したいと思っています。
1983年1月生まれ。少年期を米アトランタで過ごしました。
18歳からドラムとサクソフォンでライヴ活動を始めました。
風が吹くようなオープンな感覚を持ち、片想い、HeiTanaka、百々和宏とテープエコーズ、寺尾紗穂(冬にわかれて)、のろしレコード(松井 文 & 折坂悠太 & 夜久 一)、折坂悠太、東郷清丸、滞空時間、前野健太、cero、鈴木慶一、坂口恭平、GUIRO、などで。
「FUJI Rock Festival ’12」では3日間で4ステージに出演するなどの多才と運の良さ。
シンガー・ソングライターでもあり、独自のやわらかく倍音を含んだ歌声で、ユニークな世界観と宇宙的ノスタルジーでいっぱいのうたを歌います。
プロデューサー、ミキシング・エンジニアとして立体的で繊細な音作りの作品に多数携わっています。
また、様々なボディワークを学び続け、2012年頃から「あだち麗三郎の身体ワークショップ」を開催。2021年、整体の勉強をし、療術院「ぽかんと」を開業。