Review | ミロス・フォアマン『パパ/ずれてるゥ!』 | アーサー・ペン『アリスのレストラン』 | ラス・メイヤー『ワイルド・パーティー』


文・撮影 | ミリ (Barbican Estate)

 日本には四季があって良い。どんなに単調な毎日を送っていても半ば強制的にムードを変えられる。一方で夏の暑さ、冬の寒さが極端だから、その過酷さを嘆くばかりで反対側の季節のことを忘れてしまう。私は季節によって聴きたい音楽が異なるので、音楽を通してのみ辛うじてその時々のフィーリングを思い出すことができる。この文章を書いている現在、桜はとうに散り、ラジオから延々と流れては私を苛つかせた“さくらソング”もあっという間に消えていった。一進一退を繰り返しながら、確実にあの灼熱の夏に近づいている春に私がいつも聞きたい音楽は、グルーヴィなサイケデリック・サウンドだ。今回は時代の空気感をもひしひしと感じ取れるいくつかの映画とそのサウンドトラックを紹介しよう。

| ミロス・フォアマン『パパ/ずれてるゥ!』(1971)

Photo ©ミリ

 原題は『Taking Off』なのに、邦題では“/”とカタカナ小文字“ゥ”を入れた経緯を当時の配給担当に聞いてみたいこの映画は、「アカデミー賞」作品賞、監督賞を含む数部門を受賞した『カッコーの巣の上で』(1975)や、『アマデウス』(1984)のミロス・フォアマンがアメリカで撮った最初の作品だ。『パパ/ずれてるゥ!』もまた、1971年のカンヌでグランプリを受賞したにも関わらず、なぜか観ることが難しく、あまり知られていない。私はつい最近廃版のDVDを購入したが、最高に可笑しい映画だった!

 一人娘が家出をしたと思い込んだ両親が、彼女を捜しまわるドタバタ劇が描かれ、もうひとつの時間軸として娘が参加したロック歌手だか、ミュージカルだかなにかのタレント・オーディションの風景が映し出される。つまりこの映画のサウンドトラックのほとんどは、素人の(それも揃って絶妙な風貌をした)女の子たちの歌声なのである。緊張からドラッグでヘロヘロの状態の子も含む48人の女の子たちが入れ替わり立ち代わり歌う「Let’s Get a Little Sentimental」や、チャイコフスキーの「ノクターン」を全裸でチェロを抱えて演奏する子など、終始いたたまれない光景だ。その中で唯一、ギターのアルペジオが美しくも悲しい「And Even The Horses Had Wings」という曲を歌う女性がおり、どこかで見たことがある顔だと思えば、映画賞の常連、『ミザリー』(1991)のキャシー・ベイツの映画デビュー・シーンだった。“ハリウッド映画のどこにでも出てくるオバチャン”が、美しい声をもつ歌手だったとは驚きだ。

 ようやく一息と思いきや、直後にリュートで弾き語りをする女性が登場し、この『Ode to a Screw』という曲の歌詞は、私が知る限り世界で一番酷い(笑)。掲載するのは憚られるので、興味のある方はYouTubeで検索してみてほしい。その他、この映画のカルト的シーン、「S.P.F.C = “家出した子供を持つ親の会”」という大袈裟な学会で、紳士淑女たちは失踪した子供たちの気持ちを理解するため、初めてのマリファナ・レクチャーを受ける。そこで流れるTHE INCREDIBLE STRING BANDの『Air』は極上で、抱腹絶倒だ(以前の記事で触れたアンディ・ウォーホルの取り巻き、ウルトラ・ヴァイオレットがおおよそマリファナ初心者とは思えない姿で登場するのも見所である)。チェコスロバキア出身のミロス・フォアマンは、アメリカの古典的中産階級の親たちと、留まることなく増え続ける家出ヒッピー少女たちのいずれも鋭く風刺し、ブラック・コメディたっぷりなこの映画は、サウンドトラックを含めて怪作なのだ。


『パパ/ずれてるゥ!』はTHE BEATLESの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』(1967)に収録されている「She’s Leaving Home」から着想を得たという。THE BEATLESの歌詞の通り、また映画の構成と同じく、親と子は交じり合う事なく平行線を辿る。

| アーサー・ペン『アリスのレストラン』(1969)

Photo ©ミリ
私の所有しているレコードは映画のサウンドトラックではなくアーロ・ガスリーのオリジナル・アルバム。発売30年後の1996年、49歳になったアーロの全く同じ構図の写真をジャケットにした再録盤もリリースされている。

 『俺たちに明日はない』(1967)でニューシネマの王者に君臨したアーサー・ペンによる『アリスのレストラン』は、フォーク・シンガーArlo Guthrieの1967年の同名タイトルのアルバム、そして楽曲を映画化したものだ。正直に言って、私にとってこの映画は、『俺たちに明日はない』を超えて、アメリカン・ニューシネマの枠組み外でもベスト級だ。アーロが実際に入り浸っていたコミューンでの思い出が描かれ、自身が主演を務める。私は映画の出発点となった18分37秒の単調で、しかし超絶技巧のフィンガー・ピッキングによるトーキング・ブルーズ楽曲、映画では何度も流れる「Alice’s Restaurant Massacree」(邦題「アリスのレストランの大虐殺」)が大好きで、つい口ずさんでしまうし、この18分半を指標にどこまで歩いていけるか、しばしば地味なチャレンジを続けている。大虐殺といっても、感謝祭のパーティーで出たゴミをアーロ達が不法投棄したことから、マサチューセッツ州はストックブリッジという田舎町においては世紀の大犯罪となってしまい、逮捕、裁判に至るまでの警察や判事をおちょくった歌である。全てがどうでもよく思えて、鼓舞すらさせられる曲だ。


伝説的フォーク歌手Woody Guthrieの息子、Arlo Guthrieの「Alice’s Restaurant Massacree」は、間接的ではあるが反ベトナム戦争的とも捉えられ、時代を象徴する曲となった。アーロは1969年のウッドストックにも出演している。

 Arloの楽曲と共に展開されるいくつかのエピソードは、基本的に馬鹿げていて楽しいものばかりだが、迫りくる徴兵制や、ドロップアウトした若者達の自由を謳いながらも次第に体制化していくコミューンなど不穏な空気を感じずにはいられない。底抜けに明るいのに、とてつもなく嫌な予感のする、間違いなく暗い映画でありアルバムだ。ボニーとクライドには憧れるけれど、彼らの生き様は少々現実味を帯びていないとすれば、『アリスのレストラン』のリアリティ、特に長回しのドリーズーム(ヒッチコックの『めまい』で有名。“めまいショット”とも言う)が用いられるラスト・シーンは何度見ても呆然としてしまう。そこでも楽観的な「Alice’s Restaurant Massacree」が流れるのに、その不穏さに鳥肌が立つ。

| ラス・メイヤー『ワイルド・パーティー』(1970)

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 ご存じ“おっぱい映画”のラス・メイヤー監督『ワイルド・パーティー』は、3ピースのガールズ・バンドが、胡散臭い敏腕プロデューサーによってスターダムを駆け、そしてショウ・ビジネスの暗部に引き裂かれていく物語。このZマンというプロデューサーは、その奇行から今年1月に獄中で逝去した“ウォール・オブ・サウンド”の生みの親Phil Spectorをモデルにしているのは明らかだ。後ほど触れるが、“セックス、ドラック、ロックンロール”のこの映画は、単にエンターテインメント性の押し売りだけでなく、案外文化的価値のあるものなのではないかと私は考えていて、たまたま訪れた東京・東陽町の「ダウンタウンレコード」でこのサウンドトラックを発見したときは大興奮したことを覚えている。Stu Phillipsによるソフトロック、ガレージロックの楽曲は、ぎとぎとした映画の内容とは裏腹に、ゴキゲンでマリブビーチの風を感じる。さらにSTRAWBERRY ALARM CLOCKが本人たち役で出演しており、劇中で「Incense & Peppermints」を演奏し、主人公のガールズ・バンドとも共演する!


ラス・メイヤーと女優たち。「20世紀FOXでは異色のヒットだったのに、上層部は『ワイルド・パーティ』をなかったことにしている」と、ラス・メイヤーは御立腹だ。

 『ワイルド・パーティー』の原題は『Beyond the Valley of the Dolls』。そう、女優でロマン・ポランスキー監督夫人であったシャロン・テートをスターに押し上げた『哀愁の花びら』(原題『Valley of the Dolls』 | 1967)を引用したタイトルとなっている。冒頭で、「この映画は『哀愁の花びら』の続編ではありません」と前置きされているが、スターを目指す女の子たちがドラッグの世界に溺れていくベースは一致している。そして『ワイルド・パーティー』撮影中の1969年、チャールズ・マンソンの一味による残虐極まりないシャロン・テート殺害事件が発生したために、脚本家のロジャー・エバートは事件を想起させるショッキング・ホラーの要素を盛り込んだのだ。

 記憶に新しいクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)しかり、いくつかの資料、文献で『哀愁の花びら』はヒット作だったとされているし、実際興行収入も申し分なかったようだが(当時飲酒による奇行で騒がれていたジュディ・ガーランドをモデルにしている等スキャンダラスな内容だからか)、私としては『哀愁の花びら』は非常につまらなくて、うんざりする映画だったから、ラス・メイヤーが低予算で60年代の混沌を詰め込んだ、悪趣味な『ワイルド・パーティー』で文字通り前作を“Beyond”していることが清々しく、歴史的な映画と思えるのだ。

 紹介した作品は全て一見悪ふざけの延長で製作されたお花畑映画、音楽に思えるが、何か圧倒的恐怖が水面下でうごめいている様が好きだ。最後におまけで、『Three In the Attic』(1968)を紹介しよう。

Photo ©ミリ
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の興奮冷めやらぬまま、勢いで通販した『Three In the Attic』のサウンドトラックCDはブートのような装丁。

 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019)のサウンドトラックに収録されていたChad & Jeremyの『Paxton Quigley’s Had the Course』という謎の男について歌われた曲が大変気に入って出どころを調べると、『Three In the Attic』(1968)という映画のテーマ曲だと判明した。浮気性の主人公パクストン・クイグリーを、3人の彼女たちが屋根裏に監禁し、食事は与えず代わるがわるに肉体のみを提供し懲らしめるという『時計仕掛けのオレンジ』(1971)の拷問シーンを思わせる、世にも馬鹿馬鹿しい映画だったが、このサウンドトラックが大変素晴らしく、本家ワンハリを抑えて全曲が私の2019年Apple Music再生回数のトップにランクインされていた(笑)。ぜひチェックしてほしい。

ミリ Miri

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ミリ (Barbican Estate)東京を拠点に活動するエクスペリメンタル / サイケデリック / ノーウェイヴ・バンドBarbican Estateのベース / ヴォーカル。ロック・パーティ「SUPERFUZZ」などでのDJ活動を経て2019年にバンドを結成。2020年3月、1st EP『Barbican Estate』を「Rhyming Slang」よりリリース。9月にはヒロ杉山率いるアート・ユニット「Enlightenment」とのコラボレーションによるMV「Gravity of the Sun」で注目を浴びる。同年10月からシングル3部作『White Jazz』『Obsessed』『The Innocent One』を3ヶ月連続リリース。今年3月19日にLana Del Reyのカヴァー「Venice Bitch」をYouTubeとIGTVで公開。

明治学院大学芸術学科卒。主にヨーロッパ映画を研究。好きな作家はヴィム・ヴェンダース。