自分の中の全く揺らぎのない部分
過去に田口が数多く制作してきたTシャツをテーマとする同展では、“Tシャツをデザインするときの思考と手法で絵を描く”というコンセプトで描き下ろしたイラストを「CORNER PRINTING SELF」にて自らシルクスクリーンでプリントした作品のほか、過去の映像を含む作品やラフも展示。これまでTシャツのためにデザインしたグラフィックを集約し、展示のコンセプトとは逆の発想でまとめた画集『TEE AS GRAPHICS』も会場先行にて販売される。
会期中には親交の深い音楽家が多数参加するイベントも開催される同展の開始前に、デザイナーを目指したきっかけから、初個展に込めた思いまでを田口に語ってもらった。
なお、本稿で掲載したポスター、音楽作品のカヴァー・アート、MVはすべて田口がデザインを手掛けたものだ。
取材・文 | 高木“JET”晋一郎 | 2025年9月
Main Photo ©森田ツヨシ
序文 | 仁田さやか

「幼稚園か小学校低学年の頃に、ひとりで子ども向け雑誌の付録を作ったら、それを見た母親が“うちの子はなんでもひとりでできちゃう”と親戚に自慢していて。それで、自分はこういうことが得意なのかも、と思ったことを覚えています。絵やイラストを描いたり、友達とゲームブックを作るのも好きだった。小学校3年生のときに、担任の先生から誕生日にもらったメッセージを最近発見したんですけど、“アイディアマンの田口くん。将来は何になるのかな?デザイナーなんてどうでしょうか”とコメントを寄せてくれていて。予言されてる!ってびっくりしました(笑)」

「90年代が10代で、スチャダラパー、電気グルーヴ、Cornelius、ピチカート・ファイヴなどの、渋谷系の音楽にド真ん中で影響を受けて。渋谷でCDを買って、裏原で服を買うというのが高校生のときの定番のルート。ただ、高校2年までは周りでそういう友達が少なくて、テイ・トウワさんの『Future Listening!』(1994)を聴いているのは世界で俺だけかも、と不安になって、当時大々的に宣伝されていた華原朋美の1stアルバム『LOVE BRACE』(1996)を買ったんです。こういうのを聴かないといけないのかな、と思って。でも1周聴いて、何をやっていたんだ、と我に返ってすぐに売りに行って(笑)」

「その中でも、スケシンさん(SKATE THING | C.E)のデザインにはすごく影響を受けましたね。例えばスチャダラパーの『FUN-KEY LP』(1998)の周辺作品に関わっていた頃だと、CDの規格マークや品番がめちゃくちゃデカかったり、解像度の低い写真を超かっこよく使ったりしていたんですよね。“MORE FUN-KEY-WORD”のシングルも、お菓子を包むような銀色のラミネート・パッケージに入っていたり、とにかく新鮮だった。タケイ・グッドマンさんの映像もそうですけど、スチャダラパーの周辺は、目新しさと同時に“核心の格好良さ”があったんですよね。それから、信藤三雄さんや北山雅和さんの手がけたアートワークやデザインにも影響を受けました。だから、自分にとっては“渋谷系のCDジャケット = デザイン”だったんですよね。中でもスケシンさん、北山さん、タケイさんは、“仕事としてデザインを担当している”というよりも、アーティストの一員のような感じで作っていて。その3人に憧れていました」

「デザイナーになりたくてデザインの学校に入って、そこを卒業したのはいいけど、就職したい先がないぞ、と。“就職先”じゃなくて“したい先”(笑)。それでプー太郎になったんですよね。その頃、原宿にあった渡辺俊美さん(TOKYO No.1 SOUL SET)のレコード・ショップZOOT SUNRISE SOUNDで働いていた小泉(菜保子)さんに自分のポートフォリオを見せたら、“明日は俊美さんが来るから、作品を見せたら?”と言ってくれて。のちに小泉さんはTOKYO No.1 SOUL SETのマネージャーだっていうことを知ったんだけど。それで翌日、俊美さんに作品を見てもらったら“いいね、ニューウェイヴだね”と褒めてもらえて。そして“最近THE ZOOT16というバンドを始めたから、そのTシャツをデザインしてよ”というお話をいただいて、30パターンくらい案を考えたら、それが結局Tシャツではなく、ZOOTのライヴ盤『LIVE』(2003)のジャケットに採用されて。それが初めてのデザイナーとしての仕事でした。ただ、そこからそのままLB(Little Bird Nation)周辺とのお仕事に繋がるわけではなくて、結局そのまま2年半くらいプー太郎のままだったんですよね。家で謎の映像を延々と作って、それをDOARAT(*1)の事務所に持っていってみんなに観てもらったりしていた時期」
*1 : 渡辺俊美が1997年に立ち上げたアパレル・ブランド。
「スチャダラパーの『THE 9th SENSE』(2004)がリリースされて、そのデザイン・クレジットを見たら“Motif”と書いてあって。それでネットで検索したら、メール・アドレスが出てきたので、デザイン事務所かどうかもわからなかったけど、デザイナー募集していませんか?って連絡したんです。一緒にポートフォリオとしてTHE ZOOT16のジャケット・デザインを送ったら、代表だった光嶋 崇(*2)さんが、“募集はしていないけど、俊美さんの顔(をあしらったデザイン)が送られてきたからには、会わないといけない”と返事をくれて(笑)。それで、スチャダラパーとTHE ZOOT16の2マン・ライヴのときに、俊美さんの仲介で光嶋さんとお会いして、Motifに入ることになったんです。入って最初の仕事は、スチャダラパーが『笑っていいとも!』の“テレフォンショッキング”に出ることになったから、そのポスターを至急作る、というものでした。スケシンさんが作ったロゴとイラストにリリース情報を載せた程度のものだったと思うけど」
*2 : スチャダラパーBoseの実弟
「“アーティストと一緒にプロダクトを作る”という経験で大きかったのは、かせきさん(かせきさいだぁ)との仕事ですね。Motifに入って、かせきさんの作ったキャラクター、ハグトンをあしらったTシャツを手掛けさせてもらうようになったんですけど、まだ若かったから、かせきさんの意見に対して“こっちのほうが良くないですか?”みたいな、悪い意味でのエゴを出してしまったこともありました。思い返すと、今より視野が狭かったし、経験も少ないから、こだわりというよりも、単に自分の許容範囲が狭かったと思います。でも、そこでかせきさんは一緒に意見を交換しながら、制作にそのまま関わらせてくれて、結果すごくいいものが生まれて。そこでちゃんとディスカッションすれば、いいものにたどり着くということを学ばせてもらいました。それと並行して、ANIさんのプロダクトに関わらせてもらったり。あと、DOARATの(当時代表を務めていた)徳永(憲二)さんから店内で流す映像を作ってほしいというお話があって。打ち合わせに行ったときに、自分でデザインしたTシャツを着ていたんですけど、それを徳永さんが気に入ってくれて、それから外注デザイナーとして毎月DOARATのTシャツを作ることになったんです。それが自分のクリエイションの転機としても大きかったかもしれない。自分の憧れのブランドでデザインができるっていうのもそうだし、プロとして毎月ちゃんと新しいデザインを生み出さないといけないという意味でも。“もうアイディア出ないよ!”の“その先”を、毎月続けなきゃいけないというのがすごく良かったと思います。もう出ないと思っても、絞り出せばアイディアは出るというのもわかったし」

「人から頼まれてデザインしたり、誰かのために何かを作るというのが、個人的にもすごく性に合っているんですよね。だから“自分単独の個展”というイメージは、全然持っていなかった。たしかに、これまでも個展の話は何度かいただいていたんですけど、“個展をやるのはアーティスト、自分はデザイナー”という気持ちがあったし、アーティストのような対象がいない状況で、ゼロから何かを生み出すということが、全く想像できなくて。だけど、もう20年以上もデザイナーとして活動してきて、ここで何か新しいことをする必要があるとも感じていたし、新しいことをすれば、そこから何かが広がっていくこともわかっていた。だから自分発信で、ゼロからイチを作る作業をしてみたいと思っていたときに、ギャラリーJULY TREEの薮下(晃正)さんから個展のお話をいただいたので、これはやるべきタイミングなんだと思って」

「やることに決めたのはいいけど、本当に何をしたらいいか、何を表現するべきかがわからなかったし、アイディアも出てこなくて。初の個展だからといって、キャンバスに絵を描いたりすると、それは自分が活動の中心に置いてきたことではないし、なんか嘘っぽくなると思って、いい着地点が見えなかった。そうやって悩んでたときに、Ozawa Kenji Graphic Bandで一緒に映像作品を作った(*3)デザイナーの山下ともこさんから“Tシャツを展示の中心にするのはどう?”というアイディアをもらって。たしかに、Tシャツは自分の表現として嘘じゃない。でも、単にTシャツを飾るのはポップアップ・ショップみたいだから、じゃあTシャツを作るときの思考と手法で絵を描くのはどうだろう、と考えました。だから今回のタイトルは『TEE TO GRAPHICS』。それだったら自分のデザイナーとしてのスタンスの延長線上にあるプロダクト作りができると思ったし、その考えかたでできた11点の作品が、今回の個展の中心になっています」
*3: 田口は、公募により選出されたプロのグラフィック・デザイナー11名によるOzawa Kenji Graphic Bandのひとりとして、小沢健二「ウルトラマン・ゼンブ」(2021)のMVを制作。

「この11点には、本当に自分が普段から思っていることや、これまでの蓄積、考えかたがすべて込められていて。ただ、それを展示するだけだと抽象的でわかりにくいと妻にアドヴァイスされて、キャプションを入れたんですよね。だから、絵と言葉で自分を説明しようと。作って感じたのは、自分にとってすごくポジティヴな作品群になったということですね。嫌なものが入っていないし、見ていて気分が良くなる、楽しくなる、希望を持てるような作品になったと思う。それが絵に込められているし、キャプションでもそれを併せて確認してもらえると嬉しい」
「20年かけて作ってきたTシャツのデザインの中から、自分に欠かせないプロダクトを選んで収録しました。基本的にTシャツはボディの構造はみんな一緒だから、服なのに絵がメインになるじゃないですか。服の中でも異色だし、その“媒体としてのおかしさ”が、自分にとってTシャツが興味深いと思う部分かもしれない」

「“楽しくなる気分”みたいなものを核心にして、デザインを作っている部分はありますね。やっぱりポップなものがいいんですよ。専門学校時代のポートフォリオを見ると、内向的だったり、非大衆的だったり、重さやエグさがやっぱりある。でも、プロのデザイナーがやるべきことは、もっとポジティヴなものだと思うんです。それがプロか否かの分かれ目な気がして」

「イメージとしては1stアルバム。よく“1stアルバムで言いたいことは全部言い切った”みたいなアーティストのインタビューがあるじゃないですか。まさにそれで、本当に今までの自分、自分自身を、11点に絞り出していると思う。だから、自分の中の全く揺らぎのない部分が、この11点に込められていると思います」

「初の個展なので、ご祝儀で先輩たちに甘えようと思ってます(笑)」

■ TAGUCHI RYO SOLO EXHIBITION
TEE TO GRAPHICS
2025年10月2日(木)-10月13日(月・祝)
東京 神泉 JULY TREE
〒153-0042 東京都目黒区青葉台4-7-27 ロイヤルステージ01-1A
平日 15:00-20:00 | 土日祝 14:00-19:00 | 6日(月)休
[オープニング・パーティ]
2025年10月2日(木)17:00-22:00予定
DJ: ANI(スチャダラパー) / SHINCO (スチャダラパー) / ココナツ・ホリデーズ
入場料 500円(税込 / 1ドリンク付き)
予約不要
[トーク・ショー]
2025年10月10日(金)18:30-19:30 Sold Out
ゲスト: Bose(スチャダラパー)
入場料 1,000円(税込 / 別途1ドリンク) / 定員20名(着席のため要予約)
[クロージング・パーティー]
2025年10月13日(月・祝)17:00-21:00
Live: 渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET)
DJ: 西寺郷太(NONA REEVES) / DJフクタケ
入場料 500円(税込 / 1ドリンク付き)
予約不要