Review | 『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』


文・撮影 | SAI

 映画を見た後には服を買っている。帰りの電車の中でパンフレットを読み、着いた駅で慌ててパンパンになったリュックの中(袋をもらわなかったのでリュックに詰め込んだ)にパンフレットをしまうときに気付いた。

 年始に目が溶けるほど泣く出来事があり、ベーシストのリサコに話を聞いてもらいながら井の頭公園を何10周もした思い出を忘れない。

 そんなわけで、スウェーデン映画『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』を観に行きました。60代の主婦が主人公のこの映画、ヒューマントラスト有楽町では何時の席も満席で、シニア世代に人気な映画なのかなと思いながら(以前ヒューマントラスト有楽町でアルバイトしていたことがあるのですが、シニア世代のお客さんが多い映画館でした)。

 物語の主人公ブリット=マリーは40年間専業主婦をしていた女性なのですが、この設定は少し驚きながら観ていました。なぜならスウェーデンでは男女平等社会が進んでいて、専業主婦がほとんどいないと知っていたからです。パンフレットを読んでみると、少し前の世代の設定とのこと。スウェーデン映画『リンドグレーン』では、主人公リンドグレーンが兄より門限が早く、女の子だから厳しく育てられていたり、『ファニーとアレクサンデル』では、妻が愛人を公認しているシーンがあったり(イングマール・ベルイマンの作品はわりとそういうシーンが多い気がします)、スウェーデンも昔から男女平等ではなかったんだなあって思うことが多々あって、それは少しこれからの希望になったりします。

 原作者フレドリック・バックマンの代表作である『幸せなひとりぼっち』もかなり有名な作品で、スウェーデン映画らしく死がまとわりついているのですが、全体的には温かな物語。『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』と同様、移民の女性が物語を際立たせる役柄として登場します。以前スウェディッシュ・ラッパーSilvana Imamについて書いた記事でも少し触れているですが、スウェーデンはヨーロッパの中でも多くの移民を受け入れている国のひとつ。2019年の「トーキョー ノーザンライツ フェスティバル」でもスウェーデン映画はガブリエラ・ピッシュエル監督の『Eat Sleep Die』が上映されていて、監督自身も移民であるのですが、その背景が色濃く反映されている作品でした。

 『ブリット=マリーの幸せなひとりだち』は、家族の死や不倫など悲しいことがある映画でしたが、そういうシーンを直接的に描いてないのが上品で、とても優しい映画でした。ブリット=マリーの服や愛用のメモパッドは花柄のピンクで統一、マニュキュアもいつも丁寧に塗られていて、几帳面な性格が窺えます。母親の田舎についての発言からして、ブリット=マリーは都会で育ったお嬢さんという感じなのですが、嫌味な感じはしません。ハッピーエンドのスウェーデン映画はなかなかないので、後味スッキリな映画でした。

 「ひとつずつ、ひとつずつ」と辛いことがあったときにブリット=マリーが自分に言い聞かせるシーンがあるのですが、年始のつらいことがあったときも、そうやって自分に言い聞かせてたなって。

 DVD化されたら母にプレゼントしてあげようと思いました。

SAI
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SAI | Photo ©Matthew SommersMs.Machineのヴォーカリスト / リリシスト。

2015年にバンドMs.Machineを東京にて結成。近年ではTOTAL CONTROLやUBIKといったオーストラリアのポストパンク・バンドと共演。米NYのメディア・コレクティヴ「8ball」やオンライン・メディア「CVLT Nation」のチャンネルにライヴ出演するなど、ボーダーを越えて活動している。2020年4月にはシングル『Lapin Kulta』をリリース。

ソロでは『Dröm Sött』を2019年8月にリリース。同年にフィリピンのバンドTHE MALE GAZEと共演。2020年はシングル『LIER』『スミノフ』などを発表し、7月にEP『瑞典春氷』をリリース。同作は『音楽と人』誌に掲載されるなど、大きな話題となっている。音楽活動以外では、中国の写真家Ren Hangの作品やインディペンデント・マガジン「CONTACT HIGH ZINE」にモデルとして参加。石原 海監督の映画『ガーデンアパート』に出演している。