Interview | 蓮沼執太フィル


何かを作り出していこうとするムード

 昨年末に東京・恵比寿 The Garden Hallにて単独公演「消憶」を開催したことも記憶に新しい中、2018年の『アントロポセン|ANTHROPOCENE』以来約5年ぶりのフル・アルバム『symphil|シンフィル』を3月22日にリリースした蓮沼執太フィル。本稿では、主宰の蓮沼執太との関わりが長く、蓮沼執太フィル生みの親でもある佐々木 敦が蓮沼にインタビュー。2019年から楽曲制作を開始し、コロナ渦を経た約3年の期間をかけて完成したという同作の制作過程やバックグラウンドについて語っていただきました。

聞き手 | 佐々木 敦 | 2023年3月
構成 | 仁田さやか
Main Photo | ©後藤武浩

――今回のフィルの作品は久しぶりじゃないですか。フィル名義だと、前作『アントロポセン』からだから、約5年ぶりくらい。
 「そうですね」

――かつその間に、2020年に(蓮沼執太フルフィル名義の)『フルフォニー』のリリースもあり、そこからも3年経っていて。今回のアルバムに関しては、なんといってもひとつ大きな前提としてコロナ渦だったことがあるわけですが、制作自体はコロナ禍になる前からやっていた?蓮沼フィルの場合は人数が多いから、ソロのように空いた時間にやることもなかなかできないと思うんですけど、どうやって始まり、完成に至ったのかをまず聞けたらと思うんですけど。
 「2019年の野音公演(*1)で木下美紗都さんが辞めているんですね」
*1 2019年8月25日に東京・日比谷野外大音楽堂で開催された単独公演「日比谷、時が奏でる

――それは木下さんが最後という位置づけで開催されていたんでしたっけ?
 「そうですね。“木下さんお疲れ様でした会”という気持ちでやっていました。その半年後くらいに日本でもコロナが流行り始めました。フィルとしては何か作り続けたくて、木下さんがいなくなっても音は録っていたこともあり、その後に蓮沼執太フルフィル『フルフォニー』をリリースしましたし、活動は緩やかに続いているというモードでした。コロナに突入してからもみんなでレコーディングしようとは思ってはいたんですけど、物理的に集まれる状況ではありませんでした」

――そうですね。
 「2021年と2022年にレコーディング・スタジオに入ったんですけど、今とはまたちょっと状況が違っていて、どちらも抗原検査キットを買って検査してから臨んで。集団での演奏、録音ということでわりとコロナに対してシビアに考えつつ作業していました。僕らの場合、ひとりずつレコーディングを重ねる方法でオーヴァー・ダブするのではなくて、大きいスタジオに集まって“せーの”で全員で合奏をして録るというのが基本スタイルなので、そうなってくると気軽に作業ができないのが現実です。とはいえ、締切があるわけでないので、こんな時期でもあるし、急いで何かを出そうという気もありませんでした。緩やかにできることをやっていって、いよいよ出せるんじゃないかという状況になったのでリリースした、というのが正直なところですね」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――フィルの、特にレコーディングや、それに向けて曲を作る行為って、コロナ渦には最も向いていないですよね。そんな状況でも、少しずつ進めていこうという意思はあったわけじゃないですか。そこは重要だと思うんですよね。
 「意志と呼べるほど強いものなのかはわかりませんが、まずフィルの活動で面倒くさいことが多いからやめるという気持ちにはならなかったですね。コロナ渦前から基本的にコスト・パフォーマンスが悪いことをわざわざやっているというのは否めないのですが(笑)。音を出して作品を作るという根源的な喜びというのはあるかもしれないですし、特定の利益を得たい気持ちもなくて。メリットがあるわけでもなく。それでも活動を続けていく、というのはコロナ渦前からずっとあって。コロナ禍になって物理的にもいよいよ集まることすらできなくなるんですが。ただ活動が10年を超えてくると、メンバーも仲間みたいになってくるんですよね。“何かやりたい”という集団的なことを、僕だけが決めるわけではないんですね。そういうメンバーから何かを作り出していこうとするムードができるというのは、個人としては新しいことだったんですよね。僕はコラボレーションが多いと思われますが、基本的にはひとりで制作や音楽をやっているような人間なので、他者を信頼できるところまでいき、判断をみんなでするというのもすごい稀なことなんです。もちろん音楽的に新しいことをしようということが前提にあるんですけど、それが作品的に良いか悪いかは置いておいて、人間味に重きを置いているというのは嘘ではありません。この状態が僕にとっては新鮮で、それをかたちにしてみようと思いました。僕はこれまで、一切そういう人間味や情という類の物事は排除してきた……というよりも、そもそも機会がないっていう感じだったんですけど。だから、今作は、音楽的な新しさや聴いたことのない音楽を作り出すことが原動力というわけではありません」

――僕はすごく正直に言うと、蓮沼くんがフィルを始めたときは、こんなに長続きするとは思っていなかったんですよ。
 「そりゃそうですよね。僕だってそうですよ(笑)」

――しかも、中核メンバーはほぼ変わっていない。それはけっこうすごいことだと思うんですよ。
 「とんでもないことですよ(笑)」

――それはメンバーにとってもそうだと思うんですよね。今回の新作をある種の困難な状況で作っていく中で、すでに蓮沼くんが話してくれたことがそうだけど、フィルって何なのかというのを改めて掴み直すことができたんじゃないかと思ったんですけど。
 「そうですね。おっしゃる通りすぎます。まず僕というよりメンバーも、音楽的なフロンティアがないとか言いつつも、今回のアルバムの制作にあたって“新しいことがやりたい”みたいなことは言っていて」

――それはそうだよね。
 「新しいことをするというのは、わりと僕にとっては当然のことなんですけど。でも新しいことをするミュージシャンはそんなに多くはないと思います」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――しかもいつまでも新しいことをやっている。
 「そうですね。いつまでもやってます(笑)。アーティストという視点ではなく、そもそも何かを作る人というのは、いつも何かしら新しいことをやっていくっていうのが良いかたちだと思っています。そういう志はフィルのメンバーみんなも持っていて」

――そうだね。
 「なので、みんなそれぞれ独立した個人として存在しています。そういう人たちを束ねているっていうのは改めて感じています。もちろん曲を作るということとは違う意味で、フィルを通して共同体としてのありかたを考えていくことは、自分でもよくわからない深みに触れていく作業がたぶんあると思うんですよね。こうやって作品を作り終えて、佐々木さんとお話させてもらっていることもそうですし、いろいろなプロモーションをしたり、メンバーで集まったりしているときにも、新しい側面が次々と生まれていて。だから変化をすることに対してみんなが柔軟だっていうのは奇跡的だというのと、だからこそ続けられているというのはありますよね。それは僕がもたらしている影響ではないですね。たしかにきっかけを作っているのは僕ではあるけれど、続いているっていう状態は、みんなが続けていると思う」

――それは個人の判断だもんね。今聞いていて思ったのは、ほぼみんなそれぞれ別の音楽活動とか、個人的な生活があるわけじゃないですか。蓮沼フィルを結成して10年くらい?もっとか。
 「結成はovalの来日公演 (*2)のときですからね」
*2 2010年10月15日に東京・代官山 UNITで開催された「oval Japan 2010

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――そう考えると蓮沼くんをはじめ、もちろん俺もだけどみんな歳を取っているわけだから、フルタイムでフィルをやるんです、というスタイルだったら、とっくに解散していたと思う。
 「僕が無理です(笑)」

――それもそうだと思う。やっぱり一期一会の繰り返し、毎回一期一会みたいな感覚がどこかであって。それはある意味責任の軽減でもあるし、そういう気持ちで能動性が生まれることもやっぱりあると思うから。さっきも言いましたけど、フィルがこんなに何枚もアルバムを出して活動するとは想像していなかった。もし同じような規模のことをやるとしても、どんどん変わっていくんだと思っていたから、中核メンバーが変わらずに今も持続していること自体はやっぱりすごくて、メンバーも昔から知っている人が僕の場合は多いので、良いことだな、って思っていたわけなんですけど。そういう中で、今回の作品に関しては、コロナももちろんあるんだけど、さっきも触れていたように、もうひとつのポイントはやっぱり木下さんが卒業してから初めてのフィルのアルバムということがあると思うんです。彼女が辞めた後も、いろんなヴォーカルの人がライヴによって入って、いろんな方法を試していたと思うんですね。
 「そうですね」

――アルバムに関しては、アンサンブルという要素ももちろんあるんだけど、もう一方で歌のパートとかラップのパートとかがすごく大きなウェイトを占めていて。三浦(千明)さんがかなりヴォーカルを担当していて、かつ、ゲストでxiangyuさんと塩塚モエカさんが参加していて。歌の半分以上は蓮沼くんが歌っているわけだけど、それ以外のもうひとりが木下さんではなくなっているということは、やっぱりひとつ大きな変化だと思う人もいると思うんですよ。
 「もちろんそうですね」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――それを蓮沼くんはどう捉えている?
 「これはもはや佐々木さんしかわかってもらえないかもしれませんが(笑)。僕はそもそも歌手ではないのに、(今作では)これだけ歌っているっていう時点でかなりチャレンジをしています。つまり得意分野とは逆のことをやってるのに、これがポップ・ソングという形式になっていることが、少し変わった反転になっているんです。そういう音楽的フォーマットを試している、チャレンジしているのが大前提としてあると思います。やっぱり木下さんがいないっていう音楽的なダメージは大きいので、当初どうしようかなぁ、と思っていましたけど、ただ木下さんの出自も、自然に歌い出して、何か目的があって音楽を作るというよりは、自分と向き合って個人的な音楽を作るアーティストだと思っています。また、近しい間柄だったからフィルに参加している、というパーティの入りかただと思うんですね。そう僕は思っていますが、ヴォーカルとして捉えると、アンサンブルの中心になってしまうパートなんです。個人的にはアンサンブルの中の声の要素であって、15人いたら1/15だと思っているんです。だけど、メンバーはヴォーカルはメイン、と捉えている人も多いので、そこが演奏家とコンポーザーの視点とちょっと違っていて。木下さんが抜けて、xiangyuさんや塩塚モエカさんにゲストとして入ってもらうと、それはそれで音楽的には聴いたことのない新しい蓮沼執太フィルのモードになっていてすごく良いんですね。その上で、やっぱり自分たちでフォーメンションを完結させたい、ゲストを招かずに自分たちの中で生成する活動が大切なんじゃないかと思っています。その表れのひとつが、三浦千明さんが歌っていること。あと近年はオーチャードホールでのライヴにヤン富田さんに参加していただいたり (*3)、ゲストを呼ぶことが多かったんですけど、それもやめてみたんですね。ゲストを招かずに自分たちだけで演奏することにして。去年の末の恵比寿のライヴ (*4)で、自分たちのみで作り上げるということをライヴの現場でも試して、手応えがしっかりあったんです。自分たちだけで作り上げるということがしっかりと根底にないと、ゲストが入ったときに化学反応を起こせないですよね。それでこういうスタイルになったんです。ライヴでは三浦さんはフリューゲルホルンを吹いた直後に歌唱をしています。そういうわけのわからないことをさせてしまっているんですけど(笑)」
*3 2021年4月23日に東京・渋谷 Bunkamura オーチャードホールで開催された「○→○」
*4 2022年12月23日に東京・恵比寿 The Garden Hallで開催された「L’ULTIMO BACIO Anno 22 消憶」

――あれは誰が歌っているんだろう?と思っていたらフリューゲルホルンの人が歌っていたという(笑)。
 「その立ち位置っていうのは僕が思い描いていた1/15の要素にわりと近くて。やっぱりヴォーカリスト単体となるとソリストとしてちょっと存在が強くなってしまうから、何か兼任をして、いわゆる分業制みたいなかたちで担当すると、よりフラットになっていくと思っていて。僕も鍵盤を弾いて歌っていて、指揮をする。ライヴではイトケンさんやゴンドウトモヒコさんも指揮をしたり。そういうかたちでやっているので、変な話、木下さん在籍のときよりも、より自分が良いと思うフィルの状態にはなっているんですね」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――なるほどね。
 「本当はピンチなんですけど、おもしろいな、と思います。ピンチと言いつつも、まあなんとかなるんだろうって思っているんですが。そして自分にとっても活動がおもしろくなるんだという発見があって。それも奇跡的だと思います」

――曲によってですけど、印象的な声を持った、フロントに位置しうるようなヴォーカリストがいなくなり、ほかに誰かを迎えることもあり得るけどそういうことはせず、いたメンバーの中でやってみたら逆に良かったというのは、GENESISからPhil Collinsが誕生するみたいな(笑)。NEW ORDERもそう。そういうことも踏まえてなるほどな、と思ったんですけど。今までの話でも蓮沼くんは「もともと歌っていたわけじゃないし、今もなお、いわゆるシンガーではない」といようなことを言うじゃん。
 「プロのシンガーはすごい技術ですからね。という単純な話なんです(笑)」

――でもやっぱり蓮沼くんが一番最初に歌い始めたライヴから観てきた感覚で考えると、相当場数も踏んでるし、自分が歌う歌を書いているわけだから、自信というのとはちょっと違うかもしれないけど、自信と慣れの半分ずつというか、やっぱりあたりまえだけど堂々と歌っているじゃないですか。今までのアルバムと比べても力強いというか、強いんだよね。
 「歌が?」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――歌というか、全体が。よく蓮沼くんの音楽を評するときに「爽やかな風が吹く」みたいな表現をされることも多くて、フィルが生楽器ということもあって、そういうイメージに合致しているような雰囲気が今まであったと思うんだけど、今回はもちろんそういう雰囲気はありながらも力強い感じがあって。それはヴォーカルにも表れていると思ったんですよ。
 「うん、そうですね。いろんな側面があるんですけど、あえて強くしているということはありますね。オーガニックだとか、有機的だとかというのも、もしかするとみんながフィルに対して思っていることかもしれません。でもそれは一応“フィルハーモニック・オーケストラ”と言っているから、とりあえず電子音は使われないでしょ、という単純な印象はあると思うんですね。元々はたくさんライヴをしてきて、曲も溜まってきたからアルバムをリリースしたのが最初のきっかけだったので、レコーディングに関しては“我々の現在のかたちとしての音楽を残すぞ”という意気込みは薄かったんですね。そういった流れから、みんなも活動としてより新しいテクスチャーを求めた結果、やっていないであろう領域に踏み込んでみたところ、それがある種の強さに繋がっているのかもしれないです。あとは、そもそも“雰囲気もの”をやっている実感はないですね。楽曲を聴いていて “いい感じだね“みたいなことを目指していないというか。例えば全曲インストで複雑な構成で全曲10分くらいの難しい曲、みたいなことをやろうと思えばできるけど、今回ではやっていなかったりします」

――そうですね。うん。「BLACKOUT」みたいな曲でアルバム1枚は作れるかもしれないけど、それはやらないですよね。
 「そうですね。そういったことをするタイミングじゃないのかな、と思っていて」

――今までもそうだったんだけど、今までよりももっと、1曲1曲が立っているというか。過去のアルバムは、1枚である流れがあって、変化っていうものが位置付けられている感じがしたんですけど、今回は1曲毎の立ちかたが強い。冒頭の「GPS」からしてガツンとくる感じがあって。だから楽曲性、曲としての独立性があって、“雰囲気もの”じゃないということがより自覚的に意識されたかたちで曲が成り立っているというように思いましたね。
 「大谷能生さんやゴンドウさんは“J-POPだね”って言ってるんですけど(笑)」

――あれがJ-POPだったらもっとJ-POPは良くなってるよ(笑)。
 「あとは、物理的に作っていた時間が長いから、1曲1曲を細かく丁寧に作っていることは“強さ”につながっていると思います」

――制作期間が長いから、飛び飛びだというのはあったんじゃないですか?
 「それもありますね。それと、過去作は同じ日に3曲連続でレコーディングをするとか、すごいスケジュールで制作していたんですね(笑)。なので楽曲の独立性は条件から自然とできていって、アルバム全体としてのムードが生まれてしまうというのはありました。今回は、まず数年に亘って作っていたというのと、もちろん“いっせーのせ”でレコーディングしていたこともありますが、その後のポスト・プロダクションに時間をかけていたことなど、普段とは異なる作りかたをしていることによって楽曲毎の個性がついていったというのはあると思います」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――さっきから名前も出ていますけど、メンバーではないけれどもxiangyuさんがかなり活躍されていて、彼女ひとりで木下さんが担ってきたある部分と、環ROYが担ってきたある部分を兼ねていて、非常に大きなウエイトを占めていると思うんですけど、xiangyuさんの参加について話してもらえますか。
 「そうですね。そもそもユニークな人だなと思っていて」

――中国の人かと思ったら全然そうじゃないんだね(笑)。
 「彼女はもちろん素敵な音楽をやっていますが、たまたま音楽をやっている、みたいな雰囲気を感じるんですね。いわゆるミュージシャンのマインドではないのが好きです。マルチな活動、というわけではなく、自分がやりたいことをする、というシンプルだけど現代だとやりにくいことを軽々とやられている姿勢を尊敬しています。xiangyuさんも経験を重ねてラップスキルを上げていったり、おもしろいリリックを書いたりしていて。わりとその感じは僕と似ているのかな、というのがあります。xiangyuの曲がそもそも好きですし、彼女も僕らのライヴに遊びに来てくれていたこともあって、本当に好意的なかたちで良いコラボレーションができていると思います。やっぱりフィルとの関係性がすごくナチュラルで。SPIRALで配信ライヴ (*5)を行ったときに初めて参加してもらったんですけど、その公演にはパフォーマーとしてAokidさんにも出てもらったんですよ。Aokidはただ僕たちの周りをぐるぐるしながらブレイクダンスをしていたんですが、そんな状況にも楽しそうに参加してくれていて。そのくらいの自由な印象を感じました」
*5 2020年8月29日に東京・表参道 Spiral Hallにて開催された「蓮沼執太フィル・オンライン公演 #フィルAPIスパイラル

――メンバーではないながらも、すごく大きな役割をアルバムの中で担っていると思いました。そしてもうひとり、羊文学の塩塚さんが参加されていて。
 「羊文学はそもそもファンなんですが、緊急事態宣言中のコロナ禍で行われたGinza Sony Park主催の家からの演奏を配信する企画ライヴ (*6)の第1回目に出演させてもらいました。僕の次が塩塚さんだったんですね。弾き語りをされていて。そのパフォーマンスでのプライベートさが良かったんです。今回のアルバムで塩塚さんに歌ってもらっている“HOLIDAY”は、NEWoMan新宿からのオファーで制作したんですが、最初の段階からフィルで歌ものをやりたいと決めていて、ヴォーカリストをフィーチャーするかたちでやってみようと思っていました。それまでフィルの音源ではゲストをフィーチャーしたことはなかったんですね。なのでチャレンジングでもあったのですが、塩塚さんにヴォーカルをお願いしたら楽曲にぴったりでした。ライヴに何回かゲスト出演していただいたときも、僕の想像を超えるパフォーマンスで尊敬しています。それから羊文学の楽曲“マヨイガ”を、“フィルでアレンジができないですか”という話をいただいて、その楽曲も歌詞も素晴らしかったので、楽しく作業をしました。このタイミングでアルバムの1回目のレコーディングが終わっていました。アルバムの半分くらいはかたちが作られていました。“マヨイガ”のオファーを受けたのは2021年の春だったんですけど、夏に2回目のレコーディングすると決めていました。その上で、どういう音楽の方向性にするかを考えていた時期でした。イトケンさんが“生ドラムじゃなくて、エレドラを使うことでリズムも電子音の要素をもうちょっと入れてみる?”という提案をしてくれました。そういったサウンド面の提案を羊文学の“マヨイガ”のリワークで試してみたんです。それがしっくりきて、この方向性でアルバムを仕上げよう、と決まりました。アルバム前半に収録されている“GPS”、“半分寝てる”、“ゆう5時”のサウンドは、その後半の時期に作った曲たちですが、“マヨイガ”リワークのプロダクションを経て制作されているのがわかると思います。時系列で辿ってみると、塩塚さんやxiangyuが参加していることは自然な流れなんですね。“マヨイガ”のリワークを手がけたことによって、自分たちもサウンドがちょっと変わっていきました。さっき佐々木さんにおっしゃっていただいた、ひとつずつの曲が強い印象みたいなものは、このリワーク制作を経て生まれたという経緯もあるのかな、と話しながら思いました」
*6 2020年4月22日にオンラインで開催された「Park Live 蓮沼執太

――公開収録曲の中で一番古いのと一番新しいのはどれ?
 「一番古いのは“HOLIDAY”ですかね。音楽的にも生々しいですね。ライヴ感があるというか。アルバムの全体図ができていないこともあって、録音の感じが古い印象もあります。全曲を並べた時に雰囲気が異なってしまうので、実はミックスを少し直していたりします。“GPS”、“BLACKOUT”は新しいですね」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――それを聞くとやっぱり「HOLIDAY」はクライマックス感があるじゃないですか。歌い出しから盛り上がる感じだし、エモいじゃないですか。「GPS」もある種のエモさがあると思うので、制作の最初から最後まで、どこかそういう感覚が持続したかたちでこういうアルバムになったのかな、と話を聞いていて思いました。
 「確かに、論理的にエモさを考えていなかったんですけど、言われてみれば“BLACKOUT”にもエモ要素が入っているな、と思いました」

――インストの「BLACKOUT」がアルバムでは一番長い曲だけれど、このアルバム以外で考えたら、もっと長い曲はあるわけじゃないですか。
 「あります」

――「BLACKOUT」はジャズロックっぽいというのかな、今のジャズっぽさみたいなものとロック的なダイナミズムみたいなものが後半すごく立ち上がってくるし、蓮沼フィルのインストゥルメンタルの曲の中でも新しい感じを出していると思ったんですよね。
 「確かにそうですね。今っぽいジャズさを感じてもらえたら、それは嬉しいです。そのジャズ感っていうのは、ただ単に大谷能生さんのサックスのフレージングかもしれません。構造的には“BLACKOUT”もミニマルな構造で、モチーフの反復で作られています」

――この曲は11分くらいだけど、例えば18分くらいにするとかも、曲の構造的には全然できるじゃないですか。
 「できますね(笑)」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――あえて大作感を出さない、むしろ凝縮する方向にいっているような印象を受けたんですよね。
 「佐々木さん、鋭いです。大袈裟に大作にはしていないですね。真意を突きまくっています(笑)。“BLACKOUT”はアルバムの各楽曲の個性を際立たせるスパイスになるようにしています」

――「BLACKOUT」でも大谷くんのサックスの話がありましたし、フィルの中では常に、大谷くんの存在は良い意味でのトリックスター的な要素があるわけじゃないですか。言いかたを変えるとジョーカー的な(笑)。今回、最後の曲で燻銀のような声でポエトリー・リーディングを披露していて。僕は大谷くんとは、蓮沼くんよりさらに古い付き合いがあるけれど、すごいな、と思って。最後の曲での大谷くんの存在は若干ラスボス登場感もあるし(笑)。
 「そうですね(笑)。大谷能生を知っている人からしたら彼を使い倒しているっていうのがあると思うんですけど、おもしろい才能の持ち主ですよね、やっぱり」

――大谷能生の可能性を全て引き出している。
 「先輩ミュージシャンですから、僕が彼の可能性を引き出してるんですよ、なんて言えないです(笑)。メルセデス・ベンツのCMのナレーションをたまたま見ていて、これ大谷能生?って思って、問い合わせたら本人でした(笑)。例えばこれまでフィルと声という共同作業でいうと、環ROYさんやxiangyuさんのようなラップとしての手法や、山田亮太さんと大崎清夏さんと作ったシアターピース“TIME (*7)”のような現代詩があります。音楽に対して言葉をどのように扱うかは様々だと思うんですが、大谷能生さんも言葉の扱いに関して巧みだし、複雑なコンテクストを理解してもらえるのがすごいところですね」
*7 2012年2月19日に東京・横浜 神奈川芸術劇場(KAAT) 中スタジオ、3月25日に東京・六本木 国立新美術館で開催された「TIME

――声が本当に良いからね。
 「そうですね。ハッとしますよね。あとは大谷能生のサックスに関していうと“BLACKOUT”でかなり難しいオーダーをしています。音源を一聴してもわからないレベルだと思うんですけど、独特な奏法とポスト・プロダクションが良いコラボレーションをしていておもしろく響いていると思います」

蓮沼執太フィル | Photo ©小林真梨子
Photo ©小林真梨子

――最後にひとつ聞きたいんだけど、蓮沼くんはニューヨークと東京と半々で活動していて、今後はどうなるかわからないけれど、今は日本にいて。今回のアルバムのヴォーカルは全部日本語だけど、例えば英語でやることだってできなくはないじゃない。日本語で表現することを選んだのは?
 「ドメスティックなものを作っているという意識は全くなくて。むしろブルックリンなど海外の友達はあまり言語を気にせずに音楽を聴いていますね。もちろん音楽オタクが多いんですが(笑)、日本語の音楽もサウンドとして、純粋に音楽として聴いている。そこにインターナショナルだとかドメスティックだとかっていうのはあまりないと思っていて。壁を作るとしたら、それは日本側の問題で、僕はそこには縛られていないというのが正直なところです」

――蓮沼フィルは久しぶりのアルバムで、4月にはコンサートもあるということで、2023年4月段階での“新生”蓮沼フィルの演奏と音楽を聴けることをすごく楽しみにしています。
 「そもそも佐々木さんがいなかったら蓮沼執太フィルは存在していないですからね。『アントロポセン|ANTHROPOCENE』のインタビューに続き、まさかニュー・アルバムでもお世話になるとは思っておらず、お話を聞いていただき本当に光栄です。ありがとうございました」

蓮沼執太フィル Official Site PS | http://www.shutahasunuma.com/ps/
蓮沼執太フィル Official Site | https://www.hasunumaphil.com/
蓮沼執太 Official Site | http://www.shutahasunuma.com/

蓮沼執太フィル『symphil|シンフィル』■ 2023年3月22日(水)発売
蓮沼執太フィル
『symphil|シンフィル』

Digital | CD DDCB-13054
https://ssm.lnk.to/symphil

収録曲
01. GPS
02. ゆう5時
03. 1/2 SLEEP -半分寝てる-
04. マヨイガ -PHIL REWORK-(羊文学)
05. ずっとIMI
06. #API
07. 呼応 / Co-Oh
08. BLACKOUT
09. HOLIDAY
10. Eco Echo

東京・初台 東京オペラシティ コンサートホール: タケミツ メモリアル | Photo ©後藤武浩蓮沼執太フィル
ミュージック・トゥデイ
https://www.hasunumaphil.com/performance/869/

2023年4月2日(日)
東京 初台 東京オペラシティ コンサートホール: タケミツ メモリアル
開場 16:30 / 開演 17:30 / 終演 19:30予定

券種 | 座席表
| SS (1階前方) | 8,000円
コンサートの醍醐味のひとつは、ステージの近くで、演者を見ながら、正面から音を感じられることにあります。ステージとより一体化するような感覚を味わえるかもしれません。
| S (1階後方 & 3階バルコニー) | 6,000円
演奏を楽しみ、音を思う存分浴びることができる1階、もしくはコンサートと空間を一緒に楽しめる、絶景の3Fバルコニー席です。
| A (2階サイド1列目) | 5,000円
2階のサイド1列目からダイレクトにステージと空間を楽しめます。オーディエンスもよく見えます。座席によって、見え方、感じ方が変わるかもしれません。
| B (2階サイド2列目) | 4,000円
ステージを見るというより、この場所ならではの「音」をじっくり集中して聴いていただける席です。
| C (3階サイド1列目) | 3,000円
コンサートホールの天井が近く感じられる3階のサイド1列目の席。座席によって景色が変わる面白さもあります。
| D(3階サイド2列目) | 2,500円
コンサートホールで聴く音楽を気軽に楽しみたい方、学生の方におすすめです。
※ B・C・D席は、ステージ全体を見通すことはできませんが、東京オペラシティコンサートホールでは、どの席でも音が気持ち良く届くように設計されています。空間の中に広がる音の醍醐味をそれぞれの場所でぜひ味わってください。

| 親子席 (2階バルコニー) | おとな 6,000円 | こども 2,500円
小学生、未就学のお子さまと一緒に安心して楽しめる特別なエリアを用意しました。お子さまのコンサートホールデビューとしてもおすすめです。
※ 親子席は、小学生以下のお子さま連れのお客さまのためのチケットです。ご入場時にお子さまの年齢が確認できるものをご提示いただく可能性がございます。
※ 小学生以上は有料、未就学児童は無料です。おとな1名につき、こども1名まで、膝上での鑑賞が可能ですが、座席が必要な場合はチケットをお買い求めください。
※ 中学生以上は他の席種のチケットをお買い求めください。
※ 親子席でお買い求めいただける、おとなチケットは2枚までです(おとな3名+こども1名はご遠慮ください)。
※ 保護者のみ、お子さまのみでのご入場はできません。
※ 当日、託児サービスをご利用いただけます(要予約・有料 | 0-1才まで1,500円, 2才以上1,000円 | 先着順)。
お問い合わせ: イベント託児・マザーズ 0120-788-222(月-金 10:00-12:00 / 13:00-17:00)

主催: J-WAVE / 蓮沼執太
企画・制作: 蓮沼執太 / SETENV

※ お問い合わせ: HOT STUFF PROMOTION 050-5211-6077(平日 12:00-18:00)