Interview | suede


人々が繋がってゆくほど孤独にもなってゆく矛盾

 青春時代、私にとってsuedeは美学のような存在だった。「The Drowners」を、自分を奮い立たせるテーマソングのように扱っていた。当時、無力感や焦燥感に葛藤する自分を“退廃的で耽美的な”彼らの世界観に重ねることで肯定し、昇華しようとしていたのかもしれない。

 時は2025年。私は、成熟を重ねた彼らに何を求めるのか。答えは、ニュー・アルバム『Antidepressants』の“質感”に宿る。現在のsuedeは、昔以上に危うく、生々しく、衝動に駆られている。


 Brett Andersonが私に語ってくれたのは、suedeの核となる精神の追求だった。理屈抜きに興奮を追い求める今の彼らの姿勢は、デビュー当時よりもパンクで、耽美的と言っていいだろう。ファンにとってこれ以上の朗報はない。


 今回、Brettに直接インタビューできるというとんでもなく幸運な機会を得た。創作意欲や価値観など、個人的に気になっていたテーマも交えながら、新作の魅力を語ってもらった。


取材・文 | Cony Plankton (TAWINGS) | 2025年7月
通訳 | 原口美穂
Photo ©Dean Chalkley

――本日はよろしくお願いします。ニュー・アルバム聴きました。素晴らしかったです。
 「(日本語で)ありがとう!」

――これから聴き込んでいくのが楽しみです。suedeの曲は聴き込むほどに魅力が増すように感じます。
 「うん、僕たちの曲ってけっこう深みがあるほうだと思う。いろんな聴きかたができるし、場所によってはかなり複雑な構造をしていたりする。すぐに飽きるような音楽はあまり好きじゃないんだ。やっぱり音楽には深みがあってほしい。だから僕たちは、何度も聴けて、その度に新しい発見がある、そんな音楽をいつも作ろうとしているんだ」

――このアルバムは前作『Autofiction』(2022)リリース時のツアーからの影響を受けていると耳にしましたが、それについて詳しく聞かせてください。
 「ここ数年はずっとツアーをやっていてさ。君にもわかると思うけど、やっぱりライヴの音楽には特有のエネルギーがあるんだよね。それをレコードに閉じ込めたいって強く思ったんだ。
ライヴには切迫感とか興奮がある。それを『Autofiction』と今回のアルバムで特に意識して、どうやってレコードに反映させるかを試してきたんだ。初期の僕たちのレコードを聴き返すとさ、もちろん曲は良い。でも、今作っているレコードほど“生々しい興奮”は感じられないんだよ。だから結局のところ、僕がやりたいのはライヴのスピリットを封じ込めることなんだ」

――おっしゃる通り、今作品ではいい意味での荒々しさ、生々しいエネルギーや初期衝動のようなものを感じました。その表現はリスナーに届いてると思います。
 「それってすごく大事なことなんだ。歳を重ねてレコーディングのやりかたもわかってきたけど、精度よりも情熱のほうがはるかに重要なんだ。完璧なヴォーカル・テイクとか完璧なギター・テイクなんて、正直どうでもいい。大事なのは正確さじゃなくて、ワクワクするかどうか。僕たちはGENESISじゃないからね(笑)。つまり言いたいのは、ああいう精密で正確なものを目指してるわけじゃないっていうことだよ。suedeにはもっとパンクっぽい逞しさがあるんだ。もっと傲慢で、興奮があって、粗削りな部分が必要なんだよ。その“ざらつき”をどう捉えるかっていうことなんだ」

――その感じはよく理解できます。ありがとうございます。このアルバムは制作当初、コンセプチュアルなパフォーマンス・アート作品、サウンドトラックのような作品として制作する予定だったんですよね?それはどのようなものだったのですか?今回完成したものとは、全く別のものだったのでしょうか。
 「そう、全く別物になるはずだった。最初はアート寄りの、バレエに合わせるためのサウンドトラックみたいな作品を作ろうとしていたんだ。でも途中で“もうそんなアート寄りのことはやめよう”ってなった。結局また“ロックのレコード”を作りたくなったんだよ。時には変わったアイディアとか極端な試みをやってみたくなることもある。でも、suedeの核はやっぱりロック・バンドなんだ。
『Dog Man Star』(1994)とか『The Blue Hour』(2018)みたいにコンセプチュアルで極端な作品もやれるけど、結局は“興奮できるロック・バンド”に戻る。それが僕たちの本質なんだ。だから今回はもう一度、そのロック・バンドとしての側面を掘り下げてみたかったんだよ。新しいロック・レコードを作ることにワクワクしているんだ。もちろん、将来また変わったことをやるかもしれないけど、しばらくはありのままのsuedeでいたいんだ。
まあ、ずっといろんなタイプのアルバムを作ってきたわけだし、しばらくは“2025年のsuede”をやらせてもらってもいいよねって思う」

suede | Photo ©Dean Chalkley

――それを聞いて今後の活動がより楽しみになってきました。ここで逆に、お気に入りのクラシック作曲家や曲を教えていただけますか?
 「クラシック音楽っていう意味で?おぉ、なるほど。これはおもしろい質問だね、今まで聞かれたことなかったよ!いくつか好きなのがあるんだ。(トマゾ・)アルビノーニっていう作曲家は知ってる? すごく有名な曲があるんだけど、タイトルを思い出せないんだよな(笑)。とても切なくて美しい曲なんだ。
あとは(セルゲイ・)ラフマニノフ。ラフマニノフは最高だよ。僕の一番好きな作曲家を1人挙げるなら、きっとラフマニノフだと思う。『パガニーニの主題による狂詩曲』とか、本当に美しい。彼のオーケストラ作品はどれも素晴らしいんだ。父親がクラシック音楽の大ファンだったから、自然と影響を受けたんだと思う。クラシックは僕にとって一番好きな音楽ジャンルってわけじゃないけど、時々すごく心を打たれる曲に出会うんだ。ベートーヴェンやショパンの曲なんかもそうだね」

――私はスウェードの音楽にクラシック音楽の要素も感じているので、先ほどおっしゃっていたバレエとの関わりについては個人的にすごく興味があるんです。
 「おもしろそうだし、きっと僕たちならできると思うよ。そういう資質はあると思うんだ。でも今はロック・バンドでいることを気に入っているし、その方向をもっと掘ってみたいんだよね。やっぱり時には“レーンを選ぶ”っていうか、方向性をひとつに絞らなきゃいけないときがあるんだ。ソロ・アーティストならいろんなジャンルを行き来できるけど、バンドはそうはいかない。どうしても惰性とか慣性みたいなものがつきまとうから、ある状態を受け入れて、それを思い切りやる必要があるんだよ」

――本当にそうだと思います。パーソナルなことかもしれませんが、ご自身の創作意欲はどこから来ていると思いますか?
 「僕の母親はすごくクリエイティヴな人だったんだ。画家で、いつも絵を描いたり、何かを作ったり、洋服を縫ったりしていた。だから僕の創造性の核は母親から来ているんだと思う。父親も別の意味でクリエイティヴだったよ。彼は現実的で、家具を全部自分で作ったりしていた。芸術的ではないけど、物作りの人だった。子どもの頃、うちは貧しくて欲しいものを買えなかったから、自分で作るしかなかったんだ。大きくなって音楽にのめり込んだときも、“自分が聴きたい音楽が世の中にないなら、自分で作ろう”って思った。最初はひどい出来で、どうやったらいいかもわからなかったけどね。でも時間をかけて学んで、今は自分の求める音楽を作れる段階に来たと思う。suedeは音楽の中でかなりユニークな立ち位置にいると感じるし、他の誰も僕たちのやってることを再現できないと思ってる。もちろん似ているバンドの名前を挙げることはできるだろうけど、僕は本当に“suedeはsuede”だと思うんだ。ブリットポップに括られることもあるけど、あのムーヴメントに属していると思ったことは一度もないよ。 仲間意識なんて全然感じなかった。僕たちは僕たちで、他にない存在だと思う」

――そういうことだったのですね。現在はどうでしょう?例えばあなたの今の家庭からモチベーションや創造性をもらうこともありますか?
 「すごくあるよ。やっぱり自分が本当に情熱を持てるものを見つける必要があると思うんだ。若い男なら恋愛や彼女のことを歌うだろうけど、僕はもうすぐ58歳だし、今は家族が一番大事なんだ。だから家族との関係を歌おうとする。でも、家族を歌うときって往々にして“ありきたりで甘ったるい”感じになりやすいんだよね。それはやりたくなかったんだ。僕の息子についての曲“Sweet Kid”もそうだけど、あれも未来に対する不安や恐れを織り交ぜて歌ってみているんだ。平凡な家庭の風景じゃなくて、もっとおもしろく、複雑でニュアンスのある家族の姿を描きたかった。結局、家族のことはどうしても歌詞に現れてくるんだよね。自然に。僕にとって本当に大切な存在だから。でも同時に、このアルバムは“21世紀の不安”についての作品でもある。現代社会の機能不全だったり、倦怠感みたいなものとか。皮肉なことに、人々がどんどん繋がっていくほど、孤独にもなっていく。そういう矛盾をこのアルバムに反映したかったんだ」

――何をしているときが一番幸せですか?
 「そうだなぁ……シンプルなことだよ。息子と一緒にいる時間とか、学校に送り迎えしたりとかね。そういうあたりまえのことをしているとき、本当に幸せを感じる。僕にはふたつの人生というか、ふたつのパーソナリティがあるんだ。家庭的な男、つまり夫であり父親としての自分と、アーティストである自分。だからアーティストとしてステージに立っているときもすごく幸せなんだ。“フロー状態”って知ってる?フローっていうのは、未来のことも過去のことも考えていなくて、ただ“今”に没頭している状態のことなんだ。ステージの真ん中でパフォーマンスしてるときがまさにそれで、ものすごく特別な体験なんだよ。誰もが味わえるわけじゃないから、それを体験できるのはすごく恵まれていると思う。しかもそれでお金をもらえるんだからね。本当にラッキーだよ」

――ありがとうございました!
 「(日本語で)ありがとう、ありがとう!See you!」

suede | Photo ©Dean Chalkley

suede Official Site | https://www.suede.co.uk/

suede 'Antidepressants'■ 2025年9月5日(金)発売
suede
『Antidepressants』

国内盤 SHM-CD UICB-15003 3,000円 + 税

[収録曲]
01. Disintegrate
02. Dancing With the Europeans
03. Antidepressants
04. Sweet Kid
05. The Sound And the Summer
06. Somewhere Between An Atom And A Star
07. Broken Music For Broken People
08. Criminal Ways
09. Trance State
10. June Rain
11. Life Is Endless, Life Is A Moment
12. Medication *

* Bonus Track For Japan