Review | アマリア・ウルマン『エル プラネタ』


文・写真 | sunny sappa

 遅ればせながら明けましておめでとうございます。今年も映画にまつわるあれやこれやをマイペースに語っていきたいと思ってますので、よろしくどーぞ!

 さて、今回はアマリア・ウルマン監督の『エル プラネタ』という作品をご紹介します。

 昨年から在宅勤務を増やした私は完全に運動不足。さらに寝正月で増えたであろう体重(怖くて測ってない)も気になり、とある1月の日曜日、ゴロゴロするのをやめてウォーキングを兼ねて渋谷へ。モチベーションを高めるため、ついでに1本観て帰ろうじゃないか、ということで第一候補にしていたBunkamura ル・シネマの濱口竜介監督『偶然と想像』が間に合わず、パルコのWHITE CINE QUINTで上映中の本作に急遽変更。予告編は観ていたので気になってはいたけど、ま、おしゃれ系インディペンデント映画かな?って感じで前情報も少なめで鑑賞。

 あらすじざっくり↓

ロンドンでの学生生活を終えた駆け出しスタイリストのレオ(アマリア・ウルマン)は、母親が暮らす故郷スペインの海辺の町・ヒホンに帰るが、母親(アレ・ウルマン)は家賃滞納でアパートも退去を迫られてるギリギリの状態だった――。母と娘はお金も仕事もない厳しい状況ながらも、身分不相応に“SNS映え”するスタイリッシュな暮らしを目指す――。
――公式サイトより

 監督のアマリア・ウルマンさんはアルゼンチン出身の世界的に注目されている若手パフォーマンス・アーティスト。自身が監督・脚本・主演・衣装デザインをしています。母親役を演じているも実のお母さん。モノクロームで撮られたスペインの寂れた地方都市の哀愁漂う風景、それとは対照的な個性的でスタイリッシュなファッションが印象的でした。

 まず真っ先に彷彿とさせられるのがノア・バームバック監督、グレタ・ガーウィグ脚本・主演の『フランシス・ハ』(2012)ではないでしょうか?モノクロの手作りっぽい雰囲気や魅力的な風貌の若い女性の主人公、クスッと笑えるさりげなーいユーモア……etc.。先程、皮肉めかして“おしゃれ系インディペンデント映画”と言わせて頂きましたが、実は何を隠そう“おしゃれ系”も“インディペンデント系”も大好物であります(あー、これ言うのけっこう勇気が要りますね)。通ってきたカルチャーもあるけど、いくら知性や理性を駆使しても抗えないんですよね。

 そう、これはいわゆる“女子もの”映画です。あくまで“女”ではなく“女子”ね!古くはチェコのヴェラ・ヒティロヴァ監督による『ひなぎく』(1966)からソフィア・コッポラが大成させたジャンルだと思っています。一言で言うと女性が自らの女子(女の子)性を描いてるもの。ちなみに女子性とは、意識せずとも露呈してしまう生まれ持った性です。それらを“女子もの”と私が勝手に名付けさせていただきました(笑)。ピーター・ウィアー『ピクニック at ハンギング・ロック』(1975)とかテリー・ツワイゴフ『ゴースト・ワールド』(2001)みたいに、見た目はそれっぽいけど男性監督が撮った“ガーリー系”とはまた別ですね。でもエリック・ロメールの『緑の光線』(1986)は正真正銘女子映画なんだな~。ってやや定義が曖昧ですが……。

Photo ©sunny sappa
HDDに録画していた『フランシス・ハ』より。女子はパリがお好き。

 『フランシス・ハ』は恥ずかしさ全開のグレタ・ガーウィグの自伝的脚本で、いわば自虐ネタだから「わかる、わかる~」ってなる正統派“女子もの”コメディなんです。そこが秀逸!完全に作り手の女子目線で捉えていることが“女子もの”の重要なポイントです。『エル プラネタ』も、監督の経験に基づいているからこそリアルで共感出来る内容になっています。

 キャッチコピーは「みんな、飾って生きている」。みんなって主に女性ではないかしら?! 男性もファッションを楽しむし、仮にメイクをするにしても、女性の方が対外的な要因が絡んでいるような気がしてなりません。誰にどう思われるか?とか。こう思われたいとか。インスタグラマーも圧倒的に女性が多いですよね。自己主張もしたい反面、全てを曝け出し過ぎて惨めとも思われたくない。できれば良い格好したいのです。もちろん虚栄心だったりプライドは男性にもあるけど、より物質的なものや外見に依存するのも女性なのかな。でもそれはすごくナチュラルなことで、実際自分もそうだし、やり過ぎない程度に楽しんでいるいう自覚もしてますよ!だって可愛いものや綺麗なもの、美味しいものには心底ときめきますもん。買い物も好きだしね。そんなDNAレベルで植え付けられた“女子”描写が数多く盛り込まれています。

 しかしながら『フランシス・ハ』が最終的に成長ストーリーとして清々しく着地するのに対して、『エル プラネタ』はやや社会派の様相を見せています。あらすじからもわかるように、貧困生活を描いているからです。この母娘の一見お茶目で楽しい時間にも、現実は影を潜めながら付き纏い、足元をぐらつかせているのです。執拗に鳴く不穏なカモメの鳴声があらゆる場面で使用されているのはその象徴なのかもしれません。

 とはいえこの映画、確実に転落していても別段悲壮感なんてものはなく、その淡々と堕ちている感じすらリアルで、実際こんなものなのかとさえ思えてしまう。是枝裕和監督やケン・ローチ、ダルデンヌ兄弟の描く貧困もある意味リアルかもしれませんが、昨今の女子世界でのそれは一見してではわからないんです。今やインターネットやSNSっていう、極端に悪く言ったら虚構の世界だったり、この母娘みたいにクレジットカードの抜け道とかもあって、いくらでも見栄を張れる。でも着々と迫る現実からは結局逃れられないんですよね。諦め混じりの現実逃避と、その中に垣間見る可笑しみや愛おしい瞬間(死んでしまったペットの話は我が家も一緒過ぎて笑えました~!)。その意義や是非を問うわけでもなく、ただただそれを真正面から捉えたアマリア・ウルマンさんの新しい感覚には勇気をもらえました!

 私も20代は夢追って極貧を味わった身分。レオが商売道具のミシンを売るシーンがあるけど、自分も電気代を支払うためにレコード売ったりしてましたから(涙)。あのとき手放したレア盤の数々……とか正直思い出したくないですよ。でも恥じてはおりません!それがあっての今があるとも思っているので。もうひとつ、身を持って感じたのは生活のレベルを下げることの難しさ。逆だったら簡単なんだけどね。レオのお母さんも素敵なものや美味しいもの、優雅で楽しい暮らしを知ってるからこそのアレなわけで……。

Photo ©sunny sappa
パンフレットはなかった(泣)ので、チラシを持って帰りました。

 チラシやポスターのレオの表情が全てを表しているように、日常の中でふと訪れる不安や憂いといった複雑な感情がザワっと湧いてくるような、そんな作品でした。

 それにしてもここ最近の女性監督の勢いは止まらないですね。前回ちょこっと触れたクロエ・ジャオ、今回のグレタ・ガーウィグやアマリア・ウルマン、素晴らしかった『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020)のエメラルド・フェネル、フランスのセリーヌ・シアマ(『燃ゆる女の肖像』2019)や韓国のキム・ボラ(『はちどり』2018)やキム・ドヨン(『82年生まれ、キム・ジヨン』2019)、イタリアのアリーチェ・ロルヴァケル(『幸福なラザロ』2018)、大好きなJulia Holterが音楽を担当した『17歳の瞳に映る世界』(2020)のエリザ・ヒットマン……などなど。因みに元祖的なジェーン・カンピオンも『パワー・オブ・ドッグ』(2021)で完全復活しましたね!挙げたらキリがないのでまたゆっくり取り上げられたらと思っています。

 彼女たちのしなやかで勇敢な視点、繊細な表現、新しい価値観の提示が、これからの世界を生き抜く術を得るヒントになる気がします。それは女性に限らず男性も大いに気付かされるのではないでしょうか?!

■ 2022年1月14日(金)公開
『エル プラネタ』
渋谷ホワイトシネクイント、新宿シネマカリテほか全国順次公開
https://synca.jp/elplaneta/

[出演]
アマリア・ウルマン / アレ・ウルマン / チェン・ジョウ ほか

[監督・脚本・主演・プロデュース・衣装デザイン]
アマリア・ウルマン

字幕翻訳: 小尾恵理
配給: シンカ
提供: シンカ / シャ・ラ・ラ・カンパニー
2021年 | 82分 | アメリカ・スペイン | 英語・スペイン語 | モノクロ | 1:1.85 | 5.1ch | 原題: EL PLANETA
©2020 El Planeta LLC All rights reserved

sunny sappa さにー さっぱ
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sunny sappa東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。