Review | パク・チャヌク『別れる決心』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。1月末からコロナになってしまいました。幸い熱はすぐ引いて、在宅で仕事もしていたのですが、家族とは隔離で家事をしなくていいので、自宅軟禁時間はひたすら映画を観ていました。早く観なきゃ!と思いつつ放置していたハードディスクに撮り溜めてある、なかなか食指が動かなかった作品(長い、重い、難解などなど……)が容量を圧迫していたので、こんな機会にこそまとめて観られて良かったかも。あとはね、1日かけて『ゴッドファーザー』(フランス・フォード・コッポラ監督)シリーズのトータル約9時間を時系列でちゃんと鑑賞して、「うーん、改めて名作だ……」と再確認していましたよ(笑)。ま、それにしても、消毒とマスクでここ数年元気いっぱいの私でしたが、久しぶりに“身体的にキツい”という経験をしまして、健康のありがたさを痛感した次第です……。

 さて、復活したらアカデミー・シーズンだし、観たい作品も目白押しで忙しい。その中から今回は、楽しみにしていたパク・チャヌク監督の『別れる決心』についてお話したいと思います。こちらの記事がアップされる頃にはちょうど公開されたばかりかと思いますが、上映イベントとオンライン試写で一足お先に拝見させていただきました!イベントでは町山智浩さんの解説も聞いているので、ふわっとだけ参考にしながらなるべくネタバレしないようにご紹介しますね。あらすじざっくり↓

男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレは捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”のはじまりった……。
――オフィシャル・サイトより

 なんとなく噂には聞いていたけど、驚く程ガラッと作風を変えています。過激なストーリーを過激な描写で展開しまくるスタイルはどこにいった~?! それでもちょっとしたギャグ感覚(としか私には思えない)や漫画っぽい画作り、アングルなど、節々にはパク・チャヌク監督らしさはあるものの、かなり抑えた表現になっていました。広告のヴィジュアルもなんとなく地味目だし。珍しく年齢制限もなしだから、良い子のみんなも観られるのね、なんて思っていたら、また違う意味でかなり大人な内容。あらすじからもわかるように、恋愛ミステリーではあるんだけど、事件の真相やストーリーを追うだけが主題の映画じゃないのよ。言うなれば、幾重にも重ねられたディテールを読み解きながら味わう複雑な恋愛心理の話?こりゃお子様にはわからないでしょう。ま、わたくしも恋愛についてはお子様レベルの知識と経験値しかないので、偉いことは言えないんだけどね。

 主人公のヘジュン刑事は真面目で完璧に仕事を全うするあまり、殺人事件に魅了されちゃっている人物です。未解決事件があるとやけに活き活きしてるしさ。というか、むしろ軽く職業病で不眠になるくらい事件に執着してるの。だから殺人容疑をかけられた謎の美女・ソレさんを疑えば疑うほどどんどん囚わて好きになっちゃうっていう。純愛のように見えて、ちょっと屈折してるよね。でもソレさんもね、それをわかっているからヘジュン刑事を好きになるんです。この“刑事と被疑者”を、”見る側と見られる側“というディテールを駆使しながらフェティッシュな恋愛関係として描いているとも言えるでしょう。

パク・チャヌク『別れる決心』 | ©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

 そもそもパク・チャヌク監督は「愛してる」のない恋愛映画を撮りたかったのだそうです。だから『別れる決心』のヘジュン刑事とソレさんは紛れもなく惹かれあっているのに、言葉では勿論、お互いの気持ちを確認するような直接的な事象がほとんど存在しません。それは何故なのか?! ということと、その中で2人が愛情故に取る行動がこの映画の見所だと思います!

 実は私、『オールドボーイ』(2003年)を初めて観て、パク・チャヌク監督の痛い描写がちょっと苦手だったんです。でも、そのイメージを覆してくれたのが2016年の『お嬢さん』でした。『オールド・ボーイ』の後、『親切なクムジャさん』以降のパク・チャヌク監督はチョン・ソギョンさんという脚本家を起用する様になります(Netflixのドラマ『シスターズ』を手掛けられているかたです)。女性の立場からリアルな心情を表現したり、登場人物にしても、それまで単一的に描かれていたような女性像から脱却させることで物語に深みをもたらしています。本作『別れる決心』のソレさんの人物造形も単なるファムファタールではなく、ひとりの人として多面的に見せているから、ヘジュン刑事が惹かれていくのがわかるし、観客の私達も物語に惹き込まれてしまうんですよね。監督のインタビューでも女性の描きかたについてはきちんと明言されていていて、一見過激に見えても配慮や本質をついたヴィジョンを持っている人なんですよね、パク・チャヌクって。

パク・チャヌク『別れる決心』 | ©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

 ちなみに今回のイベントでは前述の『お嬢さん』も大スクリーンで鑑賞出来て嬉しかった!エロいはエロいんですけど、それ以上に勇気と意義を感じますし、エンタメ感もありながら隅々にまで行き届いた美的感覚、女優さん2人のかわいさと体当たりの演技も素晴らしく(同じアジア圏とはいえレベルが違いすぎる……)、衣装も素敵。そしてなによりストーリーの爽快感!まさにチョン・ソギョンさんの脚本なしではここまでの感動はなく、ただのエロ映画で終わってたかも……なんてね。とにかく傑作なのでぜひ(18歳以上の人だけね)。今回の『別れる決心』と対比して観るのもまたおもしろいですよ!!

パク・チャヌク『別れる決心』 | 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED■ 2023年2月17日(金)公開
『別れる決心』
東京・TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
https://happinet-phantom.com/wakare-movie/

[監督]
パク・チャヌク

[脚本]
チョン・ソギョン / パク・チャヌク

[出演]
パク・ヘイル / タン・ウェイ / イ・ジョンヒョン / コ・ギョンピョ

提供: ハピネットファントム・スタジオ / WOWOW
配給: ハピネットファントム・スタジオ
2022年 | 韓国 | シネマスコープ | カラー | 138分 | G | 原題: 헤어질 결심
©2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。