Review | デヴィッド・フィンチャー『ザ・キラー』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。2024年が始まりましたね。どんな年になるのかな?今年も映画をテーマにあれこれ書いていきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします!

 さて、年明けは子供の受験ということもあり、家にいたんでね、ひたすら配信で映画鑑賞していました。こんなときだからこそと名作を見直したり、3時間以上あるような大作に挑戦したり……。そうそう、Netflixオリジナル作品とかも久しぶりにチェックしていたので、今月はそこからデヴィッド・フィンチャー監督『ザ・キラー』(2023)をピックアップしますね。これ、めちゃおもしろかったんですよっ!あらすじざっくり↓

ある任務失敗により、雇い主を相手に戦うことになった暗殺者。世界中で追跡劇を繰り広げる彼は、それがかたき討ちであっても目的遂行に個人的な感情を持ち込まないよう自分自身と闘い続ける。
――Netflixオフィシャル・サイトより

 デヴィッド・フィンチャー作品ということで、一応劇場公開されていたらしいけど、かなり短期間だったみたい。私も全くスルーしておりまして、たまたま友達から「全編でTHE SMITHSの曲使ってるよ!」というLINEをもらって知り得たわけです。他のNetflixオリジナル作品もそうだけど、なんとなくひっそり配信されている感じだったので、ちょっともったいないと思いました(疎いのは私だけかもだけど……)。

 それにしても、パッと見のヴィジュアルとかあらすじだけだと、マジで???? 実際観ても途中まで「何故にTHE SMITHS?」っていう感じなんだけど、その違和感の意味がジワジワ回収され、最終的にはなるほどーーー!!!! って興奮したのは自分だけかしら?!ある意味新しいかたちのTHE SMITHSムービーが誕生してしまったよね。理由について個人的な見解を述べつつ、ネタバレに繋がる可能性もあるので、以下ご留意下さい!

Photo ©sunny sappa

 この映画ね、ざっくり言ったらマイケル・ファスベンダー演じる殺し屋(名前わかんない)が各地で淡々と殺しをするだけの内容なんです。本当に一部始終それだけ。台詞とかも大半が彼の頭の中の独白でほぼ構成されていて、映画自体すごく変わった作りなんですよね。テンションもちょっと不思議だし。それでも主人公の仕事っぷり、殺しに至る手口や証拠隠滅の細かい描写、駆使するガジェットの数々、一部ではちゃんとアクションもあるし、ディテールだけでも十分に楽しめちゃう作品になってるのは流石はデヴィッド・フィンチャー。そして、攻めてるなぁ、と感服しました。

 でね、この殺し屋がどーやらTHE SMITHS大大大好きなんですよ。イヤフォンでいっつもTHE SMITHSを聴いているわけ(笑)。すっごいストイックでハードボイルド感満載なシチュエーションでよ、Morrisseyのあの声が挿入されるから思わず笑っちゃったんだけど、見終わると意外にそこが本作の肝だったのかも。

 当初はTHE SMITHSだけじゃなくて、他にもその時代のアーティストの曲が使用される予定だったとか。結局権利の問題でTHE SMITHSだけになったらしいので、デヴィッド・フィンチャーの真意はわかんないけど、個人的にはTHE SMITHSオンリー(別の意図でPORTISHEADも使われていますが)だったことで、この作品への理解が深まったような気が勝手にしています。劇伴のほうはフィンチャーと言えばおなじみのTrent Reznorです。

 『(500)日のサマー』(2009, マーク・ウェブ監)という映画で、主人公の男子がTHE SMITHSを聴いていて、それがきっかけでサマーちゃんと出会うのですが、この作品ではTHE SMITHSが主人公のキャラクター、タイプ、指向をわかりやすく象徴する要素のひとつとして使われていると思うんです。ちなみにこの男子はカラオケでPIXIESも歌います。デヴィッド・フィンチャーも『ファイト・クラブ』(1999)でPIXIESの曲を使用していて(曲は違うけど)、『(500)日のサマー』でのジョセフ・ゴードン = レヴィットって『ファイト・クラブ』のエドワード・ノートンからインスパイアされたんじゃないかと密かにずっと思っています。なんとなく雰囲気も似ているし……。

Photo ©sunny sappa
↑クライアントの金持ちオヤジ(アーリス・ハワード)はなぜかサブポップのTシャツ着てる(笑)。彼の運命にも注目。

 ちょっと話が飛んじゃったけど、『ザ・キラー』のマイケル・ファスベンダーも(顔も身体も全然違うけど)マインドとしては同じ = THE SMITHSを聴くタイプ。モリッシーの世界観に共感しているって事ですよ!言ったらマッチョな世界とは対極のナイーヴさを持った人物なのだとわかるのです。

 それを踏まえて、極めて冷徹で完璧な仕事ぶりと、まるで呪文のように何度も何度も繰り返される台詞「計画通りにやれ、予測しろ、即興はよせ、対価に見合う戦いにだけ挑め、誰も信じるな、感情移入はするな、感情移入は弱さを生む、弱さは無防備にする、やるべき事を確実にこなす、もし、成功したければ、単純だ」。

 私たちがこの映画で観る一連の内容は、自分と戦い、制しながら、人間らしい本来の姿を封印して仕事に徹するある1人の男の姿ですよね。それって具体的に何なのか?というところ。これ、殺し屋というちょっと現実離れした職業を描きながら、監督自身の仕事の流儀、向き合いかたを語っているとも受け取れませんか?そりゃそーだ、世界のデヴィッド・フィンチャー監督は殺し屋レベルの異常で非情な仕事をしてるんじゃないか!そう思うと、このハードな劇画タッチの作品もいきなりコメディに思えてきちゃったり、もう一度観直したらかなり見えかたが変わってきますよ。あとはフィンチャーが大のTHE SMITHS好きっていうことも間違いない!!

 そんなこんなで、『ザ・キラー』はひと捻りもふた捻りもあるとてもおもろい作品でした。前回の『Mank / マンク』(2020)もそうだったけど、Netflixのデヴィッド・フィンチャーはけっこう自由に撮っている感じがあっていいな~。ぜひぜひご覧ください!

■ 2023年11月10日(金)配信開始
『ザ・キラー』
https://www.netflix.com/title/80234448

[監督]
デヴィッド・フィンチャー

[脚本]
アンドリュー・ケヴィン・ウォーカー

[出演]
マイケル・ファスベンダー / アーリス・ハワード / チャールズ・パーネル / エミリアーノ・ペニルア / ガブリエル・ポランコ / ケリー・オマリー / サラ・ベイカー / ソフィー・シャーロット / ティルダ・スウィントン

[音楽]
アティカス・ロス / トレント・レズナー

[撮影]
エリック・メッサーシュミット

[編集]
エリック・メッサーシュミット

[美術]
ドナルド・グラハム・バート

[衣装]
ケイト・アダムス

2023年 | アメリカ | 113分 | PG12 | 原題: The Killer
©First Cow

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。