Review | ヴェリコ・ヴィダク『キノ・ライカ 小さな町の映画館』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。新しい年の初寄稿です。今年も映画のお話アレコレにお付き合いいただけると嬉しいです!

 さて、今月はフィンランドを代表する映画監督アキ・カウリスマキが映画館を作るというドキュメンタリー作品『キノ・ライカ 小さな町の映画館』をピックアップしました。あらすじざっくり↓

北欧フィンランドの鉄鋼の町カルッキラ。深い森と湖と、今は使われなくなった鋳物工場しかなかった人口9000人の小さなその町に、はじめての映画館“キノ・ライカ”がまもなく誕生する。元工場の一角で自らの手で釘を打ち、椅子を取りつけ、スクリーンを張るのは映画監督のアキ・カウリスマキと仲間たち。キャデラックにバイク、ビールと音楽。まるでカウリスマキの映画から抜けでたようなその町で、住人たちは映画館への期待に胸をふくらませ、口々に映画について話しだす…。
――オフィシャル・サイトより

 フィンランドかぁ、いつか行ってみたいな……。円安の昨今、みなさんもなかなか実現のハードルが高いでしょうけど、この映画を観たらちょっとだけ旅行気分を味わえるかもよ。ただし、ヘルシンキのような都市じゃなくてカルッキラという人口1万人弱の小さな地方の町(つーか、村?)へですけど。

 工場で働く人々、馴染みの酒場、そこで演奏するロック・バンド、バイクを改造する人たち、キャデラック、自然、ソーセージを焼いて酒を飲む「ナマケモノ会」、フィンランドの退屈な日常を歌詞にする姉妹デュオのMAUSTETYTÖTや日本から移住したアーティスト・篠原敏武、そしてDIYで映画館を作るアキ・カウリスマキ……などなど、淡々と映し出されるのは、飾りっけなしのカルッキラの風景とそこに住む人々の日常。

 この作品は、概要から想像するような巨匠・カウリスマキに密着したドキュメンタリーというよりも、あくまで主役はカルッキラという町(とそこに住む人々)。カウリスマキも一住民として出演していて、そのスタンスがとても心地よく、とにかくのんびりとした空気感に身を委ねながら旅する気分で観られるリラックス・ムードに溢れた1本になっています。ちょっと言ってみたら“町おこしフィルム”的な側面もあるのかな?だって、これを観たらみんな絶対カルッキラに行きたくなるはずだから!

Photo ©sunny sappa

 監督をしたのはクロアチア出身のヴェリコ・ヴィダクさん。かねてから親交のあったカウリスマキと映画館の共同経営者ミカ・ラッティは制作に前向きだったものの、本作の肝である(かなりシャイな)地元住民のコメントを引き出すのに苦戦し、心の距離を縮めようと家族でカルッキラに移住までしちゃったらしいです。その甲斐あってか、カルッキラに住む人たちそれぞれのキャラクターが際立っていて、その独特の味わいに妙に惹き込まれてしまいます……(笑)。なんか、この町自体がまるでカウリスマキ映画の世界そのものみたい。

 カウリスマキは、(今どき儲からなくても)映画館を作ることでカルッキラに恩返しをしたいと言っていたけれど、現在、実際にキノ・ライカ・ツアーが企画されるほど世界中から観光客が来るようになって、寂れていたカルッキラに活気が生まれているらしい!注目を浴びることで、住民たちは生まれ育った町に誇りを持ち、バーを併設した映画館は文化伝承と住民の交流の場になっているというのだから、地元への貢献度は計り知れないですよね。いやー、すごい、素晴らしい!このドキュメンタリー映画を含め、いわゆる自分の“ネーム・ヴァリュー”をこんな風に使っちゃうなんてほんと粋なんだな〜。

 一昨年末にはアキ・カウリスマキ監督の『枯れ葉』が公開されたのも記憶に新しいですよね。なんてことのない、ありふれた筋書きでもここまで豊かに響く作品になり得るということに驚きました。カウリスマキの作品に登場するのは決まって、ままならない日常を生きる労働者たち。お金持ちや美男美女は出てこない。正直いつも同じ作風で同じような事柄を描いていますが、それでも毎回心からいいなと思えるし、決して古くならないのは、常に一本筋が通っていて、それが監督自身の信念と生き様であるからなのでしょう。本作『キノ・ライカ 小さな町の映画館』で、自ら毎日現場へ向かい、肉体労働も厭わず仲間たちと共にせっせと働くカウリスマキの姿を見て改めてそう感じました。そして、そこには小さな希望があるのです。

 さて、カウリスマキの「ナマケモノ会」の如く、私もちょうど1年くらい前から友人4人と「映画クラブ」なるものを結成しました。といってもマニアックな同好会ではなく、それぞれ趣味嗜好も異なる面々でおいしいものを食べながら(ここ重要!)毎月1本の作品について語るだけの会。みんな忙しいから個々に観るときもあるし、揃って劇場へ行くことも。とにかく気軽に楽しめるようなスタイルで活動しております。

 年始にクラブの新年会を兼ねて、創業100年以上の老舗映画館、埼玉・川越スカラ座へ。この『キノ・ライカ 小さな町の映画館』はここで鑑賞しました。おー、まさに小さな町の映画館じゃん!っていうことでこれまた感慨深かった……。学校の体育館を思わせる空間にレトロなヴェルヴェットのシート。我々はなんとテーブル付き(!)の席に座りましたよ。

 しかしながら、このスカラ座は2年後に閉館予定とのこと。現在、この事態を回避するためのクラウドファンディングも行われています。グッズを買って寄付する方法もありますので、興味のある方はぜひチェックしてみて下さい!

■ 2024年12月14日(土)公開
『キノ・ライカ 小さな町の映画館』
東京・渋谷 ユーロスペースほか全国順次公開
http://eurospace.co.jp/KinoLaika/

[監督・脚本・撮影・編集]
ヴェリコ・ヴィダク

[脚本]
エマニュエル・フェルチェ

[出演]
アキ・カウリスマキ / ミカ・ラッティ / カルッキラの住人たち / ジム・ジャームッシュ / マウステテュトット / ヌップ・コイヴ / サイモン・フセイン・アル・バズーン / ユホ・クオスマネン / エイミー・トービン

配給: ユーロスペース
提供: ユーロスペース / キングレコード
2023年 | フランス・フィンランド | 81分|2.00:1|ドルビー・デジタル5.1ch|DCP|フィンランド語・英語・フランス語|ドキュメンタリー|原題: CINEMA LAIKA
©43eParallele

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。