Review | テリー・ツワイゴフ『クラム』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今回は『ゴースト・ワールド』(2001)で知られるテリー・ツワイゴフ監督の『クラム』という映画を紹介します。アメリカの漫画家ロバート・クラムについてのドキュメンタリーで、1994年に撮られ、96年に初めて日本公開された作品のリヴァイヴァル上映です。私も当時チェックはしていたのですが、その後観る機会がなく26年も過ぎていたんですね。そりゃ私も歳取りますわ!しかしなぜ今再上映?そんな疑問を抱きつつ新宿のシネマカリテへ!

 クラムはアメリカ・ペンシルヴェニア州出身の漫画家 / イラストレーターで、1960年代におけるアンダーグラウンド・コミックス運動の創始者のひとり。BIG BROTHER AND THE HOLDING COMPANY(Janis Joplin)『Cheap Thrills』のカヴァー・アートを描いた人というのが一番ピンときますか?! 私は『フリッツ・ザ・キャット』(1972, ラルフ・バクシ監督)というアニメでその存在を意識するようになりました。というのも、20歳くらいの誕生日に、このアニメのサウンドトラックLPを友人たちがプレゼントしてくれたんです。当時サンプリング・ネタとして人気のレア盤だったので、すごく嬉しかったのをよく覚えています。アニメの内容については全く知らなかったものの、「なんかやばい感じ?!」っていうのはジャケットを見たらすぐわかりましたね。こりゃまあ、子供向けではない。これが私が初めてクラムに興味を持った瞬間です。

Photo ©sunny sappa
『フリッツ・ザ・キャット』のサントラ。内容は渋めのジャズファンク。

 そう、クラムの漫画が題材にしてきたのはアメリカのダークサイドや歪んだ欲望、セックス、ドラッグ、フェティシズム、差別や女性蔑視など、今だったら完全炎上しちゃうやつ。それでもアートとして高く評価されているんです。しかしながら、この映画は彼の偉業を称えるわけではなく、家族の感動ものでもなく、アメリカの闇に迫った社会的な内容でもなかったです。ただただロバート・クラムという人物をありのままに捉えると共に、如何にしてこの異形のアート(とあえて言わせてもらいます)が生まれたのか?そして、その謎を紐解く家族についての物語なのでした。

 良いドキュメンタリーって、撮る側と撮られる側の信頼関係が肝になると思います。その点では監督のツワイゴフは70年代からクラムと仲が良かったんですね。なにしろこのふたり、SP盤のコレクター同士というマニアックな縁で親交を深め、最高なバンドCHEAP SUIT SERENADERSも組んでいました(ツワイゴフもメンバーだったとは初めて知りました!)。また、レコード・コレクターとして私の知るところだと、クラムの監修したコンピレーション・アルバム『Hot Women: Women Singers From The Torrid Regions Of The World』(2003, Kein & Aber Records)は辺境の戦前女性ブルースをだけを取り上げた素晴らしい内容です。興味のあるかたはぜひチェックしてみて下さい。他にも古い貴重な音源を世に出す活動に貢献しているんですよ。ちなみに、ツワイゴフ監督の代表作『ゴースト・ワールド』(史上初文化系女子を描いた映画!)にはスティーブ・ブシェミ扮するSP盤オタクのシーモアが出てきますが、彼は原作のコミックには登場しないキャラクターで、ツワイゴフ監督が自分自身やクラムを投影して作り上げた人物なんです。

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今回のリヴァイヴァル上映のためにちゃんとパンフレットが(涙)。小柳 帝さんや阿部広野さんなどが寄稿。ツワイゴフ監督へのインタビューがすごく良かった。

 さて、本作『クラム』の大きなテーマとなっているのが、クラムの家族です。これがけっこうすごくてね……。実家もなんかボロボロだし。兄と弟も漫画や絵を描いたりしていたんだけど、精神を病んでいます。特にお兄さんのリチャードは漫画の才能もあってクラムに大きな影響を与えましたが、今は家から出られず薬がないと生活ができない状態。弟のマクソンも絵を描きながら精神病院に入ったり、痴漢をして捕まったりしているようです……。母親もしかり。アメリカで問題になった、いわゆるダイエットピルの中毒だったり。すでに他界している父親は1950年代のアメリカを象徴するマッチョな思想で、3人揃ってオタクな息子たちを抑圧していた人物だったと語られ、この一家に暗い陰をもたらしていたことがわかります。他に妹が2人いますが、彼女たちは出演拒否。これだけ聞くとヘヴィな話で、実際ヘヴィではあるのですが、なんか妙な温かさを感じるんですよね、不思議と。それは被写体 = クラムとその家族に対する監督の愛とリスペクトがあってこそではないかしら?この作品のそういった部分には多かれ少なかれ救われましたね。

 そしてこの一家の呪われた運命から抜け出せたのはロバートだけなんだ、っていうのは観た人の多くが痛烈に感じることではないでしょうか?性格的なものだったり、運の良さも大いにあるかもしれませんが、彼はやっぱり描くことで生かされたっていうか。クラムの漫画って60年代にLSDネタでヒットして、その後は自身のどうしようもない変態性や歪んだ感情と欲望、つまり闇(病み)の部分を投影した作風に変わっていくんです。60年代のままだったらもう生きてないかもしれないな。トラウマやコンプレックを開放し、ありのままを曝け出して自分自身について描くことはクラムにとって客観性と冷静さを保ってなんとか現実を生きていく唯一の手段だったのだと思います。また同時に社会の問題を浮き彫りにするものでもあり、メインストリームから外れてしまった一部の人たちにとっては自身の肯定感になったりするんじゃないかな?もちろん差別や蔑視はいかなる理由でも許されませんが、決してそういうことではなくて。まず、みんなそんなに正しいのか?という疑問が生まれましたね。暗い部分とか歪んだ感情や欲望って、誰もがある程度持ってるものではないですか?疎外感、劣等感、絶望や挫折を味わったことがなければまた別かもしれませんが、生涯に亘ってそんな人はいないでしょう。ただ汚いものや不都合なものに蓋をして、正当性だけを押し付けられれば、自分を受け入れられず潰れてしまう人もいるのではないかな。正に、クラムの兄弟のように……。そもそも正しいか誤ってるかだけが人としての判断基準ではないですし、その基準さえ大半は曖昧なものです。もっと複雑にいろんな要素や背景が絡み合って個としての魅力になるんだと思います。しかし現在、そこを認め合えない不寛容、お互いを理解しようとする前に一側面だけで決めつけられたり、本質が理解されないまま、時代の強要する表面的な“正義”が振りかざされているような気がしてならないときがあります。それに追随して時の経過と共に表現の自由度も低くなっていますよね。もし、アートとは人の心を動かすことだと定義するなら、個人的な経験や内面性から純粋に発されたものでないと絶対生まれないと私は思います。クラムの作品ってその点ではたしかに(作中で比較されていた)ゴヤの『黒い絵』シリーズとなんら変わらないとも言えるかもしれません。それがたまたま漫画というフォーマットであったというだけで。

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左が今回、右が1996年当時のチラシ。

 お話の最後でクラムは同じく漫画家の奥さん、娘と共に南フランスに引っ越します。みんな現在も元気だそうです。もうひとりの主人公でもあるお兄さんはこの後自殺してしまい、映画は彼に捧げられています。そのリチャードの言葉「何と最悪に輝いているんだ!!」というキャッチコピーは、クラムとその作品について形容するのにこれ以上ないほどぴったりだな、とつくづく思います。

 家へ帰って『フリッツ・ザ・キャット』のサントラを我が家のレコード棚から探してみました。しばらく手に取っていなかったので、あれ?どこっだったっけ?? クラムみたいにインデックスを付けていたら早いんだろうな~、なんて思いながらやっと見つけたところ、なんと!スリーヴに『クラム』96年公開当時のチラシが挟み込んであるではないですか!! これは運命ですね。ということで今回はこの映画について書かなくてはと思ったのでした。

■ 2022年2月18日(金)再公開
『クラム』
新宿シネマカリテほか全国順次公開
https://crumb2022.com/

[出演]
ロバート・クラム / チャールズ・クラム / マクソン・クラム / エイリーン・コミンスキー

[監督]
テリー・ツワイゴフ

プロデューサー: リン・オドネル
共同プロデューサー: ニール・ハルフォン
エグゼクティヴ・プロデューサー: ローレンス・ウィルキンソン / アルバート・バーガー / リアンヌ・ハルフォン
撮影: マリーズ・アルベルティ
録音: スコット・ブラインデル
編集: ヴィクター・リヴィングストン
音楽: デイヴィッド・ボーディングハウス

配給: コピアポア・フィルム / オープンセサミ / Lesfugitives
1994年 | アメリカ | カラー | ヨーロピアン・ビスタ (1.66:1) | モノラル | 120分 | 原題: CRUMB
©1994 Crumb Partners ALL RIGHTS RESERVED

sunny sappa さにー さっぱ
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sunny sappa東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。