Review | ポール・ヴァーホーベン『ベネデッタ』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月はとにかく「アカデミー賞」で盛り上がりましたね!授賞式までになるべく“作品賞”ノミネート作品は観ようと思っていましたが、今年も全く追いつかず、10作中4本しか観られなかった(泣)。いつも思うのですが、多くの作品で日本公開がギリギリすぎませんか?! ましてや公開されてないものもあるし……。ちなみに、“作品賞”含む7部門受賞の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(ダニエル・クワン + ダニエル・シャイナート監督)も間違いなく最高だったけど、個人的には『イニシェリン島の精霊』(マーティン・マクドナー監督)推しでした。やっぱり好き嫌いとか賛否が分かれるやつは受賞難しいですね~。ともあれ、アカデミー賞ってその年の世論や世相をダイレクトに反映するひとつの指標だな、と本当に思います。

 アカデミーとは別のところで話題だったのが、『ロボコップ』(1987)、『トータル・リコール』(1990)『氷の微笑』(1982)などを手掛けたオランダ出身の巨匠ポール・ヴァーホーベン監督の新作『ベネデッタ』。しかも中世ヨーロッパの修道女ものときたから(1970年代のナンスプロイテーションっぽいヴィジュアルも良い!)、これはいち早く観なくてはと意気込んでいたのは私だけではなかったようで、公開間もない土日に予約なしで挑んだらすでに満席……断念。リヴェンジで無事鑑賞できました!それでもほぼ満席の会場でヴァーホーベンファンの熱さを体感。あらすじざっくり↓

17世紀イタリア。幼い頃から聖母マリアと対話し奇蹟を起こす少女とされていたベネデッタは6歳で修道院に入る。純粋無垢なまま成人したベネデッタは、ある日修道院に逃げ込んできた若い女性を助ける。様々な心情が絡み合い2人は秘密の関係を深めるが、同時期にベネデッタが聖痕を受け、イエスに娶られたとみなされ新しい修道院長に就任したことで周囲に波紋が広がる。民衆には聖女と崇められ権力を手にしたベネデッタだったが、彼女に疑惑と嫉妬の目を向けた修道女の身に耐えがたい悲劇が起こる。そして、ペスト流行にベネデッタを糾弾する教皇大使の来訪が重なり、町全体に更なる混乱と騒動が降りかかろうとしていた……。
――オフィシャル・サイトより

 この映画は『ルネサンス修道女物語-聖と性のミクロストリア』(J.C.ブラウン著 | 1988, ミネルヴァ書房)という実録本を基に事実と脚色を織り交ぜながら、同性愛の罪で告発された実在の修道女ベネデッタ・カルリーニの生き様をヴァーホーベン節全開でドギツく(良い意味で)描いております。勿論R-18+、「けしからんっ!神を冒涜しとるーーー!!」と上映禁止の国もあるみたいですね……。まあ、84歳のパンクなオジイにとってはそんなのいつものことなわけです。批判も批難も享受して、自分の撮りたいヴィジョンを貫く!さすがヴァーホーベン、今回もやっぱりおもしろかったです!!

 さて、上記のあらすじにある“聖痕”ってなんぞや?ってなりますよね。Wikipediaによるとイエス・キリストが磔刑になった際についたとされる傷。また何らかの科学的に説明できない力によって信者らの身体に現れるとされる類似の傷をいう。カトリック教会では奇跡の顕現と見なされているとあります。突然、手のひらや額に傷ができたり、血が出たりするっていうこと?……まじ?! それでも16~17世紀には世界中で多数の聖痕の報告があったのだそうです。「神様お願いします!」とすぐ心で唱えてしまう私だけど、特定の宗教を信仰してるわけではないので、正直なかなか理解しがたい部分は多いですね。ベネデッタのキリストと結婚する夢は夢だとしても(この夢の再現がウケる!)、聖痕の他にも、一度死んで生き返ったとか、果たしてそんなことってあり得るのだろうか……?

 パンフレットによると、ヴァーホーベンは「ジーザス・セミナー」なる団体の会員で、イエスの行動や言動の信憑性を追求する活動をしていて『Jesus of Nazareth: A Realistic Portrait』(2008)という本も出版しています。その見解が本作『ベネデッタ』にも繋がっているようです。キリスト教とりわけカトリックの影響が強いヨーロッパの環境下できっといろいろ疑問に思ったのでしょうね……。ベネデッタの聖痕は捏造か否か?という論点について、明確な描写こそないけれど、ガラスの破片が見つかって、なんか怪しい……っていうくらい。まあそういうことです。

 つまり、強すぎる信仰心(または過度な思い込みや精神的なトラウマ)って、時に事実すら捻じ曲げてしまうパワーがあるということかな。ベネデッタの中では妄想や幻想ももはや現実になってしまっている状態なのではないだろうか。さらに、禁じられている同性愛を正当化したいという潜在的な思いもまた新たな幻想を生み出しちゃっているという……。ややベクトルが違うかもだけど、自分でも覚えがあるのが、小学生くらいの頃、なんかの理由で学校に行きたくない日があって、そう思っていると、あれ?! だんだんお腹が痛くなってきたぞ、みたいな感じ。ありません?! 実際のベネデッタがどうであったかは別として、本作におけるヴァーホーベンの解釈はさすが、けっこう鋭いと思いました。

Photo ©sunny sappa

 そんなわけで、ベネデッタは“聖”にも“性”にも全力で倒錯しちゃうような人なんで、だからこそめっちゃ強いんです。それは純粋無垢が故の強さというか、信じる力の強さというか……(そしてツッコミどころも満載)。またしても制御不可能の強烈なヒロインが現れてしまった!演じたヴィルジニー・エフェラさんも素晴らしく、それは前作『エル ELLE』(2016)のイザベル・ユペール最強説を塗り替えちゃうかも?! っていうくらい。いやはや、あっぱれです。

 そういえば、当時は酷評されたヴァーホーベン作品『ショー・ガール』(1995)が現在再評価されてるのも実におもしろいですね。学生時代、錦糸町の映画館で観たのが懐かしい……。なんか間違っていかがわしい映画を観てしまった感もありつつ、今までのいわゆるヒロインとは180度異なるノエミという人物に戸惑った記憶が蘇りますね。ちなみにVersaceを見るとなぜか必ずこの映画を思い出してしまいます(笑)。観たときは私も若くてよくわからなかったし、世間ではおっぱいがいっぱい出てくる下品なポルノとか女性蔑視だとかでさんざん叩かれていたけど、今では新しいヒロインを生み出した映画として捉えられているでしょ。その後の『ブラックブック』(←2006年の作品。これもおもしろいし、けっこうまともで良い映画)、『エル ELLE』(←最高におもしろい!)、今回の『ベネデッタ』にしてもそうですが、これらは世間体とかモラルを超越してサヴァイヴする女性の話なんです。でも、彼女たちは単に異次元の突飛な人っていうわけじゃなくて、そこにしっかり背景が結びつくことで妙に説得力があるんですよ。だから魅力がある。

Photo ©sunny sappa
名優シャーロット・ランプリングも出演!

 とにかく、下世話な部分も含めてポール・ヴァーホーベンの映画にはいつも元気をもらえますね。善悪や社会的な規範といった概念を取っ払って、既存の価値観を根底から揺さぶってくる。それはまさに芸術の本質でもあるんじゃないかと思うし、また次の作品も観られるように、本当に長生きしてほしいです。

■ 2023年2月17日(金)公開
『ベネデッタ』
東京・新宿武蔵野館ほか全国順次公開
https://klockworx-v.com/benedetta/

[監督]
ポール・ヴァーホーベン

[脚本]
デヴィッド・バーク / ポール・ヴァーホーベン

[原案]
ジュディス・C.ブラウン『ルネサンス修道女物語-聖と性のミクロストリア』(1988)

[出演]
ヴィルジニー・エフィラ / ダフネ・パタキア / シャーロット・ランプリング / ランベール・ウィルソン

配給: クロックワークス
2021年 | フランス・オランダ | 5.1ch | 131分 | R18+ | 原題: BENEDETTA
©2020 SBSPRODUCTIONS-PATHÉFILMS-FRANCE2 CINÉMA-FRANCE3 CINÉMA

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。