Review | ライアン・クーグラー『罪人たち』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今月は『罪人たち』という映画を取り上げ、お話ししていきたいと思います。『ロッキー』のスピンオフである『クリード』シリーズや、マーベルの『ブラックパンサー』シリーズで知られるライアン・クーグラー監督によるサヴァイヴァル・アクション、吸血鬼ホラーかつ社会派ドラマということで、一体どんなんじゃい?! 概要は情報として入れていたのですが、個人的には“吸血鬼ホラー”のくだりで若干懐疑的になっており……しかし評判良さそうなのでとりあえず行ってきました!というわけで久しぶりの新宿バルト9へ!あらすじざっくり↓

1930年代の信仰深いアメリカ南部の田舎町。双子の兄弟スモークとスタックは、かつての故郷で一攫千金の夢を賭けた商売を計画する。それは、当時禁じられていた酒や音楽をふるまう、この世の欲望を詰め込んだようなダンスホールだった。オープン初日の夜、多くの客たちが宴に熱狂する。ある招かざる者たちが現れるまでは…。最高の歓喜は、一瞬にして理不尽な絶望にのみ込まれ、人知を超えた狂乱の幕が開ける。果たして兄弟は、夜明けまで、生き残ることが出来るのか――。
――オフィシャル・サイトより

※ 以下ソフトなネタバレ含むのでご注意を!

 生まれながらに真の音楽を奏でる人々がいるという。その音楽は死と闇のベールを突き破り、過去、そして未来から霊を呼ぶ。古代アイルランドでは“フィリ”、チョクトー族では“炎の番人”、そして西アフリカでは“グリオ”と呼ばれている。彼らの才能は土地の人々に癒しを与えるが、邪悪な存在も引き寄せる

 冒頭のこの言葉が『罪人たち』の全容を物語っているように、たしかにホラー映画だったし、紛れもなく歴史ドラマ、社会派ドラマでもあります(+ コメディ)が、やはり、なによりもこれは音楽映画だと思うのです。とりわけ主人公の双子スモークとスタックの従兄弟であるサミーが演奏する“ブルーズ”が物語の重要なキーワードで、映画としてかなり縦横無尽な本作をうまくまとめる役割を担っているからです。音楽史を語る上で絶対に外せないブルーズは、当時悪魔の音楽と言われていたので、なるほど、ここはホラーになるポイントですね(笑)。

Photo ©sunny sappa

 そもそもブルーズとは?というところから始めると、奴隷解放後の南部デルタ地帯(ミシシッピ川下流)で綿花やサトウキビ農園に従事するアフリカ系の労働者たちが過酷な生活の拠り所としてギターを演奏しながら自己の内面を生々しく歌ったもの。音楽的な特徴のひとつとして有名なのはブルー・ノート・スケール(簡単にいうと♭とか♯とか)の使用です。このブルー・ノート・スケールを使うとちょっと憂いを帯びた感じの音になるので、ブルーになる = 憂鬱の語源と言うとわかりやすいかな。日本語にしてもブルーズという言葉は哀愁漂う人間くさいイメージを受けますが、ブルー・ノート・スケールの不安定なニュアンスをひと匙加えると、複雑で味わい深い響きになるのです。ジャズの名門「Blue Note」レーベルの名称になっているように、ジャズもブルースから派生しています。

 それにしてもブルーズはなぜ悪魔の音楽と言われたのでしょうか?先にも述べたブルー・ノートの奇妙な音階もひとつですが、加えて歌詞の内容。これまでにあった讃美歌とかゴスペルなど、希望、祈り、信頼といった清貧で理想化されたキリスト教音楽が主流の社会で、貧困や差別といった苦しみ、欲望、不条理などリアルな現実や感情を声高に歌にするのはタブーとされていたこと。もうひとつは奴隷としてアメリカへ連れて来られたアフリカ系の人々がルーツとして脈々と受け継ぐ土着の、霊的 / 呪術的な要素もあるでしょう。いずれにせよ、“反キリスト教”、“反プロテスタント”的というだけなのですが……。しかし、当時のアメリカ南部は我ら今に生きる日本人には計り知れないくらいの宗教社会(舞台であるミシシッピは現在もバイブル・ベルトとして伝統的に福音派が大きな力を持っている地域)。だからこそブルーズは世界初のレベル・ミュージックであり、元祖カウンター・カルチャーと位置付けられています。そういった点でもブルーズの反骨精神はロックンロールに受け継がれており、今私たちが当たり前に耳にしている音楽に大きく影響しているのです。

Photo ©sunny sappa

 そのパワーはスモークとスタックが作ったジューク・ジョイント(アメリカ南部で黒人労働者たちが集まり、音楽演奏を聴いたり、踊ったり、お酒を飲んだり、ギャンブルなどもする場所のこと)の描写に集約されており、黒人も白人もアジア系も、そしてアイリッシュの吸血鬼も(!!)みんなブルーズという音楽の魔力に惹きつけられちゃうんですよ。ゆえに大変なことになるのですが……。

 さて、そんな悪魔の音楽・ブルーズの申し子であるサミーの父親は牧師なので、一見相対的な関係性が示唆されます。お父さんはもちろん立派な人ですが、アメリカの地に同化して生きる道を選んだとも受け取れ、対するサミーはブルーズを志し、アイデンティティを守り抜く存在として描かれます。しかしながら、サミーをはじめ、ブルーズの先人たちも元を正せば教会音楽であるゴスペルを聞いて育ったはずなので、ブルーズもキリスト教の影響下にある……となると、実は対極化しているわけではなく、まさにサミー親子の関係のように、矛盾しながらも複雑に絡み合っているわけです。また、サミーの才能に引き寄せられてジューク・ジョイントへやって来たアイルランド人の吸血鬼・レミックも敵対する存在に見えますが、サミーたちアフリカ系の人々と同じく、移民で異教徒の被差別者であり、彼が演奏するアイルランド民謡はブルーズと融合することでカントリーやフォーク、ロックの基盤となっていく……と考えると、アメリカ音楽史とはまさに移民(反プロテスタント = 罪人たち)の歴史そのものなのです。

 『罪人たち』は、移民、差別、家族の絆、歴史、文化、アイデンティティ、善悪……と、今にも通ずるテーマを、アメリカのルーツ・ミュージックとホラーというジャンルに包括させ、多層的に描いています。そして、作中、冒頭の台詞の如く、音楽によってもたらされる精神の解放 = 癒し、過去 / 現在 / 未来を交差させて見せるものずごいシーンが登場します。これだけでも一見の価値ありなのでぜひ劇場で体感してみて下さい!

■ 2025年6月20日(金)公開
『罪人たち』
IMAX®及び2D字幕、Dolby Cinema®で劇場公開
https://www.warnerbros.co.jp/movie/o596j9bjp/

[監督・脚本]
ライアン・クーグラー

[製作]
ジンジ・クーグラー / セブ・オハニアン / ライアン・クーグラー

[製作総指揮]
ルドウィグ・ゴランソン / ウィル・グリーンフィールド / レベッカ・チョー

[出演]
マイケルB.ジョーダン / ヘイリー・スタインフェルド / マイルズ・ケイトン / ジャック・オコンネル / ウンミ・モサク / ジェイミー・ローソン / オマー・ベンソン・ミラー / デルロイ・リンドー

[撮影]
オータム・デュラルド・アーカポー

[美術]
ハンナ・ビークラー

[衣装]
ルースE.カーター

[編集]
マイケルP.ショーバー

[音楽]
ルドウィグ・ゴランソン

配給: ワーナー・ブラザース映画
2025年|137分|PG12|アメリカ|原題: Sinners
© 2025 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved. IMAX® is a registered trademark of IMAX Corporation. Dolby Cinema is a registered trademark of Dolby Laboratories

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。