Review | バーバラ・ローデン『WANDA / ワンダ』


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは。今回は1970年幻の名作『ワンダ』という映画をご紹介します。これはちょっと前に予告編を観てとても興味を惹かれた作品です。こちらも公開から時間が経ってしまいました(でもまだ上映しているはず!)。猛暑の中、イメージフォーラムで鑑賞して来ましたよ。渋谷から歩いたから暑い~!! あらすじざっくり↓

ペンシルバニア州。ある炭鉱の妻が、夫に離別され、子供も職も失い、有り金もすられる。少ないチャンスをすべて使い果たしたワンダは、薄暗いバーで知り合った傲慢な男といつの間にか犯罪の共犯者として逃避行を重ねる・・・。
――イメージ・フォーラム公式サイトより

 巨匠エリア・カザン(『エデンの東』『欲望という名の電車』などの監督)の奥さんとして知られる俳優バーバラ・ローデンの監督デビュー作であり、遺作でもある本作は、ジョン・レノン、オノ・ヨーコ、ジョン・ウォーターズ、ケリー・ライカート、ダルデンヌ兄弟、ソフィア・コッポラ……などなど、多くの名だたるアーティストに影響を与え、高い評価を得ているにもかかわらず、ほぼ黙殺されてきたという伝説の映画なんですね。マーティン・スコセッシ監督設立の映画保存組織「The Film Foundation」とイタリアのファッション・ブランド「GUCCI」の支援を受けてプリントが修復され、今回の日本劇場初公開に至っています。

 マルグリット・デュラスが“奇跡”と称賛し、“小さな宝石”とも例えられるこの作品は、どこかのなにかに属さないアウトローな匂いを放ちながら純粋無垢なものを感じさせ、直感的であり、鋭い洞察力と先見性を持っています。それはまさに監督であるバーバラ・ローデン本人の魅力そのものとも言えるのではないでしょうか?そういった意味でも、この映画を深く理解する上で、ローデンの来歴や意識的な部分を知ることが重要だと思います。

 『ワンダ』は1959年にオハイオで実際に起きた男女の強盗事件を基にしています。男性は射殺され、刑務所に入った女性は日々の寝床と食べ物を与えられたことに謝辞を述べたとのこと……。ローデンはこの女性が自分と似た出自の女性だった事で興味を持ったそうです。

 バーバラ・ローデンはアメリカ・ノースカロライナ州の貧しい家庭に生まれ、幼い頃に両親が離婚。祖父母に育てられ、学もなく単身ニューヨークへと渡り、俳優になっています。ニューヨークへ行っていなかったらこの事件の女性のように刑務所に入っていたか死んでいた、または自分もワンダのようになっていた、と語っているように、ローデン自身がワンダを演じることはリアリティをもって、これまで映画で語られてきた女性像を打ち砕きます。

 ワンダは貞淑な妻、または愛情に溢れる母でもなければ自立心のある勇敢な女性でもなく、悪女とかファムファタールでもありません。それどころか感情や意志、意欲もほとんど無く、自我の意識さえないように見える。無気力、空っぽ、空虚、そんな感じ。もしかしたらこれまでの人生でアイデンティティというものを形成する機会すら与えられなかったのかも知れない……。そんなワンダが母親失格の烙印を押される所からこの物語は始まります。家庭から追い出され、ホームレスのようにになって、ただ寝る場所と食事欲しさに犯罪に加担します。

Photo ©sunny sappa

 パンフレットに掲載されたローデンのインタビューの中に、私はここで描かれているような環境、自分の性質や精神に合わない環境からやって来たのです。正常でないのは自分だと思い込んでいました。でもある時、病んでいるのは環境の方であり、自分ではないことに気づいたのです、また子供の頃は映画が嫌いだった。スクリーンの中の人々は完璧で、劣等感を抱かせたとありました。これらの言葉の数々に、本来であれば感情移入の余地がないくらい心が見えず、捉えどころのないワンダという人物に、なぜだか自分が深く共感を覚えた理由がわかった気がします。なぜなら私もいわゆる女性の役割みたいなやつが上手くこなせないからです。映画やドラマで見るような、いわゆる良き妻良き母親になれなくて、そのステレオタイプのヴィジョンに苦しめられた経験があります。それでも、今なんとかなっているのは周りの理解のおかげで、本当にそれしかないんですよね。決して自分自身の問題だけではなく、受け入れてくれる環境があってこそ人はアイデンティティを持って生きることができるのです。さらにローデンは、『ワンダ』を作るまで、私は自分が誰なのか、自分が何をすべきなのか、まったくわからなかったのですとも語っています。ローデンは、『ワンダ』を監督し、演じることで初めて客観性を持って自分は何者かを見つめ、それまでの女性らしさを売りにした“女優”という立場、“エリア・カザンの妻”という肩書きから解放されたのです。このようなバーバラ・ローデンの知性がこの映画を唯一無二のものとして輝かせているのだと思います。そして、説明や感情を煽る音楽は入れず無駄を削ぎ落としたシンプルでミニマムな表現、ワンダが纏う水色が印象的なファッションと色彩感覚、ローファイな質感など、ローデン独自の美的感覚もまたこの映画を更に特別なものにしていることは間違いないでしょう!

 以前、ケリー・ライカート『リバー・オブ・グラス』(1994)についてこちらの記事で書きましたが、この作品は明らかに『ワンダ』にインスパイアされているんですね。『リバー・オブ・グラス』を初めて観たときもかなりの衝撃だったのですが、さらにその原型があったとは。今回個人的に大きな発見でした。キャラ造形~男女の逃避行とロマンス描写の徹底排除なんかはほぼ同じなんです(ライカートのほうはオフビートででちょっとコミカルな語り口にしていますが)。ラスト、生きる糧を失ったワンダの小さな絶望感に対し、「そんなの不要!」と自ら見切りをつけた『リバー・オブ・グラス』コージーの潔い爽快感には、ライオット・ガールの台頭した90年代フェミニズムの流れを汲みながら『ワンダ』を再構築させたライカートの強い共感とリスペクトを感じます!

■ 2022年7月9日(土)公開
『WANDA / ワンダ』
東京・渋谷 シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
https://wanda.crepuscule-films.com/

[監督・脚本]
ヨナス・ポヘール・ラスムセン

[出演]
バーバラ・ローデン / マイケル・ヒギンズ / ドロシー・シュペネス / ピーター・シュペネス / ジェローム・ティアー

撮影・編集: ニコラス・T.プロフェレス
照明・音響: ラース・ヘドマン
制作協力: エリア・カザン

日本語字幕: 上條葉月
提供: クレプスキュール フィルム / シネマ・サクセション
配給: クレプスキュール フィルム
1970年 | アメリカ | カラー | 103分 | モノラル | 1.37:1 | DCP | 原題: WANDA
©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS

sunny sappasunny sappa さにー さっぱ
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東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。