Review | 早稲田松竹「ケリー・ライカート監督特集」


文・写真 | sunny sappa

 こんにちは!このレヴュー連載も4回目。特に意識しているわけではないのですが、劇場公開した作品を紹介してきました。もちろん配信の恩恵も大いに受けつつ、だからこそ映画館で鑑賞できる喜びを改めて感じています。なぜなら、映画館の雰囲気やその街の景色、余韻に浸りつつ帰りに寄った喫茶店……などなど、映画館で観た作品はそんな思い出と共にパッケージされた特別な記憶になるからです。高田馬場にある早稲田松竹は、学生時代に授業をサボってよく通った思い出の多い映画館のひとつ。いわゆる名画座なので安い料金で2~3本観られたし、確か今みたいに入れ替え制じゃなかったと思います。お金は無いけど時間だけはたっぷりある学生にとっては本当にありがたい場所ですよね。

 今回はそんな早稲田松竹さんに観に行ったケリー・ライカート監督特集についてお話したいと思います。昨年シアター・イメージフォーラムでの特集上映「ケリー・ライカートの映画たち 漂流のアメリカ」を観逃していたので、これは嬉しい企画!大人になって、ある程度お金は自由になったけど、とにかく時間のない今の私にとっても相変わらずありがたい早稲田松竹なのです。

Photo ©sunny sappa

 さて、この特集、『リバー・オブ・グラス』(1994)、『オールド・ジョイ』(2006)、『ウェンディ & ルーシー』(2008)、『ミークス・カットオフ』(2010)の初期4作品が1日2本セットで公開されるスケジュールになっていました。唯一レンタルされていた『ウェンディ & ルーシー』はすでに観ていたので、それのみ2回目です。他の3作品は今まで配信やDVDで探してもなかったので満を期しての初鑑賞。私のような人がいっぱいいたらしく、ほとんどの回が満席でした。そしてなぜかおじさん率がとても高かったです。男性トイレが大行列~!

 各作品のあらすじざっくり↓

| 『リバー・オブ・グラス』マイアミ郊外で暮らす夢想家の主婦が冴えない男と出会い、あてのない旅へ向かう。
| 『オールド・ジョイ』久々に再会した旧友二人はポートランドの温泉へ出かけるが……。
| 『ウェンディ & ルーシー』ほぼ無一文のウェンディは、愛犬ルーシーと共にアラスカへ向かうが……。
| 『ミークス・カットオフ』移住を目指す3家族と道案内の男。旅は次第に過酷となり……。
――早稲田松竹のチラシより

 ライカート監督の名前を知ったのは町山智浩さんがラジオで『ミークス・カットオフ』を紹介していたからです。その際にいろいろ調べてみたところ、YO LA TENGOが劇伴をやっている映画(『オールド・ジョイ』)を撮ってるらしい、しかも、え?! Bonnie Prince BillyことWill Oldhamが出演しているではないかい(この手の音楽が好きであればこの時点で信頼できちゃいますよね)!観たい、観たい、でも観られないよ~(泣)って状態で、ずっと直感的に強く興味を惹かれていました。そしてその直感はやっぱり大正解。この4作品は間違いなく自分の好みでしたね。いや、私だけではないはず。もっと多くの人に観てもらいたいと思いました。

 前回女性監督について触れましたが、ライカート監督の作品はぱっと見硬派で、いわゆる女性らしい作風ではないです。しかしながら、よくよく考えると設定や視点がことごとく既存のスタイルを逸してるというか、今までの主に男性が作ってきた映画のパターンを意識的にぶち破っている気がします。そこには凄まじい反骨精神と強烈なフェミニズムを感じざるを得ません!

 例えば『リバー・オブ・グラス』は、男女の逃避行の話なのにラブロマンスが成り立たっていないことや、主人公の子供に対する愛情の描写がないことに違和感を感じるよう“わざと”設定していると思うし、『ミークス・カットオフ』は開拓時代の西部劇に見えるけど、今まで描かれなかった女性同士の会話や行動、彼女たちの意見が重要なポイントになっています。また『ウェンディ & ルーシー』は宿無しで職探しの旅をするのが成人女性であることによって初めて見えてくる現実がありました。男2人の車中での会話と森を歩くシーンで大半が構成され、切ない余韻の残る『オールド・ジョイ』(YO LA TENGOのスコア最高!)に関しては、よくこんな話を映画にしたわね……っていうか。どれもシンプルなロードムービー仕立てになっているものの、本編では実際どこにも行ってなかったりするんです。広大なはずのアメリカの風景にも、なぜか閉鎖感を感じてしまうという……。この構図もまた意図的に脱線させてますよね。

Photo ©sunny sappa
パンフレットより、ケリー・ライカート監督が描くアメリカの風景。

 この4作品に共通しているのは、終盤でようやく物事が動き出すまでの過程にフォーカスし、無駄な脚色を抑えてじっくりと描写している点だと思います。長編デビュー作の『リバー・オブ・グラス』こそ初期衝動的な要素が多く(これはこれで素晴らしいのだ!)、他と比べるとやや毛色が異なりドラマ感があるものの次作『オールド・ジョイ』以降にそのミニマムなスタイルを確立していて、『ミークス・カットオフ』の時点ではかなり洗練された表現になっているのがよくわかります。展開はすごくスローなんだけど、決して緩慢じゃなくて、前述したような異例の設定を逆手に取った緊張感や鋭い切れ味があるって言ったらいいのかな?次々と事件が起こってテンポ良く進展するだけのステレオタイプのストーリーにアンチを唱え、それでも完璧におもしろくできるというのは感性だけではなく確かな手腕に裏付けられている証拠と言えるでしょう。ちなみに『リバー・オブ・グラス』以外の3作は脚本にジョン・レイモンドという人物が関わっていて、オレゴンで撮影されています。この人と監督とのコンビネーションの良さによるところも大きいようです。

 また、先程ライカート監督は“過程”にフォーカスしていると表現しましたが、結果にたどり着く“過程”というよりは、何かが起こるまでの“過程”です。それは通常短い尺でしか拾われないような、物語が次のタームへと移行するまでの時間を映画全体にしている印象。だから、どの作品も物語の終わりが何かの始まり(もしくは途中)になっている感じもすごく良かったですね。その後はもちろん私たちが、考えたり、想像したり、希望を託したり、時には絶望感があったっていいのです。死んでしまわない限り、答えはひとつではないから。何を選択するかで行く先は如何様にも変えられるわけで、つまり生きているってことはその選択の連続で決して終わらないんですよね。ライカート監督は映画でそれを体現してるような気がします。そして、必然的に善きほうへと向かって選択していくのが我々人間誰もに備え付けられた強さなのかもしれないな……、そんなことを考えさせられました。

 『ウェンディ & ルーシー』と『ミークス・カットオフ』に主演したミシェル・ウィリアムズは作品に惚れ込み、自ら出演を願い出たそうですが、ケリー・ライカート監督の作品にはそれほどに熱狂できる力強い作家性があり、それは一部の人たちに向けたマニアックなものではなく、今なお私たちの多くが共感できる内容だと思います。今回がレアな上映になってしまったように、ごくマイナーな自主映画として知られる機会が少ないのは本当にもったいないです。ナイスタイミングで公開してくれた早稲田松竹さんには大感謝ながら、この特集上映はすでに終わっているし、なかなか観る手段がない映画を紹介するのもなんだかなぁ……と思っていたら、今「U-NEXT」という配信メディアで観られるそうです。『ウェンディ & ルーシー』はレンタルあるしね。気になったかたはぜひチェックしてみてくださいね!

 この後に、最近の作品『ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択』(2016)を配信で見つけたので観てみました。タイトルの時点であやしかったので興味が持てずにいたのですが、正直まあ、悪くはなかったです。でも鋭さが軽減されちゃったのかな?常連のミシェル・ウィリアムズに加えローラ・ダーンやクリステン・スチュワートなど豪華なキャストながらオムニバスっぽい内容なので、監督の持ち味が活かされず、中途半端な感じがしてしまいました。これは少し残念でしたが、2019年にライカート監督は再びジョン・レイモンドの脚本と組んでオレゴンに戻り、A24の製作で新作を撮ったようです。『First Cow』(最初の牛??)というタイトルで、牛のミルクで作るドーナツみたいなお菓子を題材にした話らしく、これはおもしろそう。日本でもちゃんと公開されてほしいなー。

 話は飛びますが、神保町の岩波ホールが閉館するというニュースを聞きました。岩波ホールといえば他ではピックアップされないような世界各国の小さな作品を紹介し、その国の文化や歴史、知られざる真実を伝えてきた唯一無二の映画館だったと思います。ここでしか観られない映画がたくさんありました。今回のライカート作品もそうですが、インディペンデントな作品がちゃんと取り上げられる機会が減らないことを願っています。

ケリー・ライカート監督特集
http://wasedashochiku.co.jp/archives/schedule/15917

2022年1月22日(土)-28日(金)
東京 高田馬場 早稲田松竹映画劇場
※ 上映終了

[上映作品]
| 『リバー・オブ・グラス River of Grass2Kレストア版
ケリー・ライカート監督作品 | 1994年 | アメリカ | 76分 | DCP | スタンダード
©1995 COZY PRODUCTIONS

| 『オールド・ジョイ Old Joy
ケリー・ライカート監督作品 | 2006年 | アメリカ | 73分 | DCP | ビスタ
©2005, Lucy is My Darling, LLC.

| 『ウェンディ & ルーシー Wendy and Lucy
ケリー・ライカート監督作品 | 2008年 | アメリカ | 80分 | DCP | ビスタ
©2008 Field Guide Films LLC

| 『ミークス・カットオフ Meek’s Cutoff
ケリー・ライカート監督作品 | 2010年 | アメリカ | 103分 | DCP | スタンダード
©2010 by Thunderegg, LLC.

sunny sappa さにー さっぱ
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sunny sappa東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。