文・写真 | sunny sappa
こんにちは。今月は『アザー・ミュージック』というドキュメンタリー映画のお話をしたいと思います。まず概要ざっくり↓
イースト・ヴィレッジのランドマーク。異次元への扉。インディーズの砦――ニューヨーク、伝説のレコードショップ "OTHER MUSIC"。その波乱万丈な21年間を追いかけた、愛と汗と涙のドキュメンタリー。
――公式サイトより
マンハッタンのタワレコの前にあった「OTHER MUSIC」は2016年に閉店しました。オーナーのクリス・ヴァンダルーさんとジョシュ・マデルさん、個性豊かなスタッフ達やお客として通った錚々たる面々のインタビュー、そして貴重なインストア・ライヴなどの映像を軸にその軌跡と閉店までの数日間を追っています。監督は元スタッフと、お客として通っていた彼のパートナー。クラウド・ファンディングによって作られた映画です。
私自身「OTHER MUSIC」と被る時期にレコード・ショップに関わる仕事に携わっていたこともあって、この作品、非常に熱い思いで鑑賞させていただきました!当時の懐かしい思い出も蘇りつつ、“好き”を職業にする素晴らしさと厳しさ、その上で大切にしたいことなど再確認させられましたし、音楽業界に限らず普遍的な題材もすごくたくさん詰まっていると思うので、マニアックな音楽ファンじゃなくても、レコ屋に行かない人にもおすすめです。
「OTHER MUSIC」歴代ベストセラーのトップ3は、BELL AND SEBASTIAN『If You're Feeling Siniste』、AIR『Moon Safari 』、BOARDS OF CANADA『Music Has the Right to Children』。ちなみに次点はKRUGER & DORFMEISTER。USでNinja Tune作品を一番売ったお店なんだそうです。OS MUTANTESの再発アルバムが取り合いになったり(笑)、Gary Wilson(激ヤバ!)やNEUTRAL MILK HOTELがインストア・ライヴをやったり!なんなんだー?! この最高な店はー!! ちらっと映るレコードのセレクトがいちいちツボなんだけど~ってよくよく考えたら、このお店自体が発信源になって日本にブームが渡って来てたのね、ナルホド。ニューヨークに行ったことのない私も多かれ少なかれ「OTHER MUSIC」の恩恵を受けていたんです。
上記の(いい意味で)狂ったラインナップからもわかるように、オールジャンルのCDとヴァイナル、最新音源から再発まであるけど、なんでもかんでもではなく、きちんと独自の編集がされていて、なによりスタッフの知識と熱意がすごいの。大手では紹介しきれない、まだこれからのインディペンデントな音楽や、世界中の知られざるレアな作品、再発掘や再評価されるべき音源を“伝えたい、広めたい”という思いがひとつの大きな軸になっているのが伝わってきます。だからといって一部のマニア向けの店にはせず、誰もが入りやすいオープンな雰囲気作り、オペレーションを徹底していて、まさにプロフェッショナルで理想的なお店なんですよ。また地元のインディ・シーンに最も近い存在として、バンドの発掘や紹介は勿論、イレギュラーなスケジュールで労働条件が限られてしまうミュージシャンをスタッフとして雇っています。それでANIMAL COLLECTIVEやANTI-POP CONSORTIUMのメンバーなども働いていたのだそうです(どっちもエピソードが笑える!)。
そんな世界の音楽ファンからリスペクトされ、多くのミュージシャンに影響を与え、愛されたお店がなぜ閉店?と思うかも知れません。
作中でも触れられていたけれど、日本でも2000年頃まではいわば音楽メディア・バブル期で、CDやヴァイナルがばんばん売れていて、東京・渋谷にも大小様々なレコード・ショップが多数ありました。今は9割以上なくなってるんじゃないかな?情報は誰かに聞いたり、どこかに行かないと手に入らなかったので、オタクも今より断然活動的で社交的にならざるを得なかったわけです。そこからPCやインターネットが普及し始めてからは長く厳しい時代に突入。配信サービスの登場は決定的な打撃となって、小さい個人店は店を畳むか通販に転向、大手チェーンは潰れたり買収される事態に。特にCDは衰退の一途を辿ります。
メディアの移り変わりもありますが、“知る機会”の変化は一番大きいと思います。売り手 = お店主導から買い手 = お客主導となり、オンラインでの情報収集~試聴、買物もできてしまったら、店舗の存在意義が揺らぐのは必然的です。現行のCDやヴァイナルは仕入れの掛け率が高いのに加え、人件費や家賃の支払いも毎月やってくるので、これは経営者にとって重大な問題であります。相当数を売らない限り、めちゃくちゃ儲かる仕事ではないので、モチベーションの部分がないときついと思います。「OTHER MUSIC」の場合は新譜、とりわけCDをメインに販売していたり、恐ろしいほど値上がり続けるマンハッタンの一等地に店を構えていたこともありますが、お店の信念を貫き、お客さんやスタッフを思いやるあまり、最終オーナー2人の給料は実質ゼロ、パートナーの収入によって自身の生活と店の経営をキープしていたという事実には本当に泣けました。
そう、現実は厳しい……。発展や営利を優先するのが今日の社会であるし、良いことをしているつもりでも、賄えなければ物理的に存続は不可能になってしまう。一方で私たちを突き動かすのもまた、情熱や誰かの役に立ちたいというピュアな気持ち、人同士のリアルな繋がりではないでしょうか?良いバランスで仕事するのって本当に難しいのね……。
とは言え、「OTHER MUSIC」の閉店はネガティヴな結果だとは全く思わないですね。むしろリアルな選択。今のアナログ・ブームを加味しちゃうと確かに移転という判断もあったかも知れませんが、それは「OTHER MUSIC」の掲げてきたモットーとは趣きを変えてしまうでしょうし、なによりオーナーのクリスさんとジョシュさんは後日インタビューでもわかるように、現在も大好きなレコードの仕事を続けられているんです(「OTHER MUSIC」のオンライン・ストアは存続してます)!あの頃があって今があるというか、なんというか。私は音楽の仕事を辞めてしまったけど、当時の縁で繋がった多くの友人たちや、培った経験と知識、情熱みたいなものはすごく大切にしてます。いい時代だったんです。でもそこに固執しないで前を向いてる感じはみんなそうなんじゃないかな?!昔は昔、今は今で。配信も享受してるしね(笑)。それに、THE STOROKESもVAMPIRE WEEKENDもANIMAL COLLECTIVEも、このお店なしには存在していないかもしれないのですから。もはやニューヨークの歴史の一部と言っても過言ではないですよね!
この映画は2016年までの話ですが、コロナを経た今だからこそ、大きな波に飲まれたお店という存在、人と人とのリアルなコミュニケーション、時代の移ろい、そして仕事とは……?といった根本的な事柄に至るまでいろいろ考えさせられてしまいました。
■ 2022年9月10日(土)公開
『アザー・ミュージック』
東京・渋谷 シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
http://gfs.schoolbus.jp/othermusic/
[監督・撮影・製作]
プロマ・バスー / ロブ・ハッチ=ミラー
[出演]
マーティン・ゴア (デペッシュ・モード) / ジェイソン・シュワルツマン / ベニチオ・デル・トロ / トゥンデ・アデビンベ (TVオン・ザ・レディオ) / エズラ・クーニグ / マット・バーニンガー (ザ・ナショナル) / レジーナ・スペクター / JD サムソン (ル・ディグラ) / ディーン・ウェアハム (ギャラクシー500) / 小山田圭吾 (コーネリアス) / マーク・マコーン (スーパーチャンク) / スチュアート・ブレイスウェイト(モグワイ) / ウィリアム・バシンスキー / アニマル・コレクティヴ / クリス・ヴァンダルー / ジョシュ・マデル
[ライヴ出演]
ニュートラル・ミルク・ホテル / ヴァンパイア・ウィークエンド / ヨ・ラ・テンゴ / オノ・ヨーコ / シャロン・ヴァン・エッテン / ゲイリー・ウィルソン / フランキー・コスモス / ビル・キャラハン / ビーンズ (アンチポップ・コンソーティアム) / ザ・ラプチャー / ジ・アップルズ・イン・ステレオ / 馬頭將器 (ゴースト)
編集: グレッグ・キング / エイミー・スコット
撮影: マイク・ロセッティ
アニメーション: マルコム・リズート / スペンサー・ガリソン
音楽監督: ドーン・サッター・マデル / アゴラフォン
音楽監修: ティファニー・アンダース
プロデューサー: デレク・イップ / エメット・ジェームズ
2019年 | アメリカ | 85分 | 原題: OTHER MUSIC
日本語字幕: 高橋文子
字幕監修: 松永良平
配給:グッチーズ・フリースクール
©2019 Production Company Productions LLC
東京の下町出身。音楽と映画、アートを愛する(大人)女子。
1990年代からDJ / 選曲家としても活動。ジャンルを問わないオルタナティヴなスタイルが持ち味で、2017年には「FUJI ROCK FESTIVAL」PYRAMID GARDENにも出演。
スパイス料理とTHE SMITHSとディスクユニオンが大好き。