今は仕切り直しの気分
取材・文 | 小野田 雄 | 2024年4月
撮影 | 久保田千史
――コロナ禍がクラブ・カルチャーにおける大きな転換点。現場に立ち続けてきたtofuくんの感じる肌感はどう変わりましたか?
「そもそもの前提として、コロナ禍の期間、クラブにはあまり行ってなかったですし、突発性難聴を経験した耳のケアのために、自分が出演するイベントも過去に比べたら減らしたということもありつつ、よく言っているのはクラブが深夜にやっているライヴハウスみたいになったな、ということ。しかも、コロナ禍によってクラブ・カルチャーの継承が途切れてしまったので、全く新しいお客さんが入ってきて、クラブというもの自体が刷新されていて、それが自分の思っているクラブとはズレがあるように感じます。ただ、どちらがいいかというのは別の話ですけどね」
――クラブやクラブ・ミュージックの捉えられかたが変化する中で、その後、ご自身のDJやプロダクションに変化はありましたか?
「昨今、新しいお客さんはBOILER ROOMの切り抜きみたいな、盛り上がっている瞬間だけを求めてクラブに来るというか、点というか、ピークみたいなものがよしとされ、キャッチーなものとされる風潮がある。でも、クラブにおいて大事なのは暇な時間だし、あてどなく動き回れるのがいいところなのに、何かが起きるんじゃないかとその場に居続ける人が増えていて、それがライヴハウスっぽく感じるんです」
――ライヴの現場で問題視される“地蔵”みたいな?
「そうですね。クラブにも昔からそういう人はいたんですけど、昨今、その傾向が強まっているというか。自分の現場はヒップホップが多かったりもするので、余計そう感じるんですよね。でも、リニアな、連続的なものがやっぱりいいよね、大事だよねと思うので、今回のEPにおいても持続的なもの、そして平坦なものを意識して、テンポをBPM120~130と決めてから作り始めました。でも、そういう問題意識は今に始まったことではなく、コロナ以前からぼんやりとあって、それを踏まえて『TBEP』を作ったんですけど、そのリリース・タイミングだった2020年3月に緊急事態宣言が出て。あのEPとは別ラインで、2022年に『REFLECTION』というアルバムを出したので、今回のEP『NOBODY』は『TBEP』の頃の気持ちに戻ってきたような感じなんです」
――持続的で平坦なハウス・ミュージックに、AI技術を用いたヴォーカル合成ソフトで生成した歌声を組み合わせるという本作のアイディアはどこから生まれたんですか?
「ダンス・ミュージックを軸に作品を作ることはすでに決まっていて、“I CAN FEEL IT”という曲を作っている中で、誰に歌ってもらおうかと考えていたときにAIのヴォーカル・ソフトを使うイディアがたまたま思い浮かんで。試しに入れてみたらしっくりきたので、これいいかもって。だから『Synthesizer V』を使うのは後付けのコンセプトだったんですけど、制作に取り組む過程で『Synthesizer V』を使った曲はプレーンな気持ちで聴けるという発見もありました」
――『NOBODY』という作品タイトルからはダンス・ミュージックの長所である匿名性をまずは連想したんですが……
「誰が歌っているんだろうと思ったら、誰でもないAIだったという意味でAIとダンス・ミュージックの匿名性は共鳴しあっていると思いますし、誰だろうと思ったら実はAIだったという経験は、急に人間としての情緒のハシゴを外されるような感じというか、その戸惑いの感情はAI全般に当てはまる、これまで味わったことのないものだと思うんですよ。今回の作品ではその新しいフィーリングを記録しておきたかったということもあります」
――ダンス・ミュージックのメインストリームにおいて、例えば、OVERMONOとかCameo Blushのように、ヴォーカリストを起用する代わりにヴォーカル・サンプルを多用したプロダクションがトレンドだったりしますが、AIのヴォーカルとダンス・ミュージックの組み合わせがここまで相性がいいのは驚きでした。
「『Synthesizer V』は情緒が乗っていないので、バンドやオーセンティックなポップスのような、情緒が大事な音楽においてはそこまで機能しないというか、また違った聴き味になるんでしょうね。僕は、J-POPはトップダウン的な考えかた、クラブ・ミュージックはボトムアップ的な考えかたの音楽だと捉えていて、自分はJ-POPをやるとしてもクラブ・ミュージックのボトムアップ的な方法論で取り組みたいと思っているんですけど、今回、歌詞は暑苦しいのに、AIのヴォーカルは聴き心地が暑苦しくないというか、こういう感情になれというトップダウン的な押しつけがましさがなく、使っていて気持ちが良かったです」
――ダンス・ミュージックにおけるヴォーカルの扱いかた、オートチューンがあったり、『VOCALOID™』(YAMAHA)があったり、選択肢が増えていると思うんですけど、『Synthesizer V』の特徴に関してどのように考えていますか?
「ぱっと聴いた感じ、人っぽく聞こえる。しかも、それを打ち込むのに技術がいらないんですよ。ディープラーニングの進化もあって、ベタに打ち込んで歌詞を入れたら、これくらいのハイクオリティで出力されるという。片や『VOCALOID™』は、例えば『初音ミク』(Crypton Future Media, Inc.)で曲を作ると『初音ミク』に曲を提供しているみたいな気分になるというか、ボカロPになるんですよ。そうなると、初音ミク界に入るか入らないかという話になる。しかも、『初音ミク』には歌いかたにボカロ固有の訛りがあって、ツールではなく、ヴォーカルの雰囲気が固有のアイデンティティになってしまっている。その点がノレれなかった最大の要因ですね。実は広告の仕事とかでクライアントにざっくりした雰囲気を掴んでもらうために、仮歌で『初音ミク』などの『VOCALOID™』を使ったデモ制作はけっこうやっているんですよ。なんで表に出さないかというと、自分がボカロPとしてキャラクター化されることで同一性がとれなくなるのがあまり好きではなかったから。『Synthesizer V』も声に応じたキャラクターやヴィジュアルが設定されてはいるんですけど、現段階では初音ミクのようにみんなの間で共有されすぎていないので、声そのものがプレーンなんですよね。だから、tofubeatsがツールとして使った音楽として捉えてもらえると思ったのが使用した最大の理由ですね」
――AIのヴォーカルを用いることで、匿名性と実名性の境目が曖昧になり、それがプレーンな聴き心地に繋がっていると思うんですが、tofuくん自身、匿名的なダンス・ミュージックの魅力を深く理解しつつ、メジャー・フィールドでの活動においては実名的な音楽や他の音楽家にはない個性が強く求められるわけで、ご自身の中で作品の匿名性と実名性をどう扱おうとしているのか。
「『REFLECTION』はパーソナルなことにフォーカスした作品だったんですけど、やりすぎたという反省もあって、そうじゃない作品を考えようというのが今回一番最初の取っ掛かりとしてあって。そこに『TBEP』に連なるアイディアやAIのヴォーカル・ソフトが加わって、『NOBODY』を支えるコンセプトの三角形が構成されているんですけど、ここ最近は所有や贈与、民主主義にまつわる本をたくさん読んでいることもあって、自分についてではなく、人との関係やシステム、その関係性や繋がりを前提として、どう考えていくかというのが今の気分だったりするんですよ」
――所有や贈与、民主主義といったことに興味を持つに至った背景は?
「音楽をやる = 曲を選ぶということに特化させたのがDJだと思うんですけど、それは株のように上がり下がりやピークを捉えるために、選曲を高速化したり、洗練化させたりする高度資本主義なことなのか、それとも時間という制約から離れるためにいろんな時代の曲を選んでいるのか、ということを考える機会が増えて。そのヒントが貨幣の成り立ちとか民主主義の概念にあるんじゃないかとなんとなく思って、関連書籍をあれこれ読むようになったんです」
――プレイリストや視聴履歴から導き出されるおすすめの洗練化であったり、利便性、効率化を高める取捨選択であったり、近年の音楽環境の変化を突き詰めて考えると、どうしても付いて回ってくるトピックではありますよね。
「自分もDJのときにかけようと思っている曲をプレイリストに入れて、そのサジェストから新しい曲を発見したり、そういうことをやっているとどうしても考えてしまいますよね。まぁ、考えたところですぐに答えが出るものではないんですけど、そういう気分だったということを作品に反映させておきたかったんです。一方で自分は何も意識せずに作品を作ると、クセのある、味の濃いものを出してしまう人間なので、クセを均して、ツルツルにするくらいでちょうどいいのではという気分で制作に向かいました。ただ、どうしてもそういうものにはならないし、むしろ、自分にはJ-POPが染みついていることを再確認させられて。そこからTSUTAYAのコーナー名にも付けられていた“J-CLUB”がキーワードとして浮上してきて、今回は“J-CLUB”っぽさも作品には反映されています」
――tofuくんは複数のアイディアやコンセプト、その時々の話題や問題意識を多面的な作品に昇華するのに長けているというか、考える人向けのポップス職人だと改めて思います。
「“J-CLUB”はめっちゃいい言葉だと思うんですよ。“J-CLUB”にまつわる“シャンパン”とか“パーティ”みたいなイメージは、そこまで必要ないんですけど(笑)、ポップスとクラブ・ミュージックの狭間にある音楽、いろんな人のクラブ・ミュージックの入口になる音楽だと本気で考えていて。“J-CLUB”が成立する要件のひとつに、メジャーからリリースされる作品ということもあると思うんですけど、自分の作品をメジャーから出させてもらうことはそれだけで意味があるというか、こういう作品をBandcampから自主で出すのとはわけが違うというか」
――TuneCoreに代表されるアグリゲイター、デジタル・ディストリビューターを活用した音楽配信が広まったことで、かつてDIYのスマートなマネタイズが求められていたアンダーグラウンドのダンス・ミュージックやヒップホップが目に見えて活況を呈している一方で、作品が過度に先鋭化することで、ビギナーが入りづらい状況も生まれていて。アーティストはもちろん、周りのスタッフにもメジャーとアンダーグラウンドの橋渡し役が必要な時期に来ている気がするんですよ。
「自分も橋渡し役のアーティストをきっかけに、音楽に入っていったので、いちリスナーとして、橋渡し役がいたほうがいいと思いますし、自分はそれを実現できるところにいるから、やっていこうと思っていますね」
――橋渡し役というと、例えば、お茶の間と大型レイヴ・イベント「WIRE」を繋いで、テクノ・シーンの発展に大きく貢献した電気グルーヴとか。
「あと、ここ2、3年はTOWA TEIさんと現場で一緒になることが多くて、やっているDJは華やかでポップ、いい意味での水っぽさもありつつ、B-BOY感もあって、すごくかっこいいなって。それからYMOがやっていたのもそういうことだと思うんですよ」
――そうですよね。YMOは音楽の進化を極めつつ、お笑いからファッション、思想まで、ジャンルを横断した活動が日本の文化全体に絶大な影響力をもたらしたという意味で先駆的なグループですもんね。
「そういう人たちの功績に改めて触れる機会が増えて、やっぱりいいなとシンプルに思うというか、それによって橋渡し役の重要性を意識するようになりましたね」
――サウンド面に関しては、持続的で平坦なダンス・ミュージックということで、ハウス・ミュージックが軸になっていますが、ハウスにも多様なフォーマットがありますよね。
「自分が考えるハウスというと、“I CAN FEEL IT”のオリジナルみたいな、BPM120くらいで、足を踏みしめて踊る感じの90sハウスが好きなんですけど、それだけやっていても……と思ったので、ブレイクスっぽい“YOU-N-ME”だったり、“I CAN FEEL IT (Single Mix)”もスピードガラージっぽくしたり、現代のダンスフロアにマッチする範囲に入れることは意識しました。あと、裏打ちのハイハットも自分の好みだとオープン・ハイハットにしがちなんですけど、そこを我慢して、あえて今っぽいクローズド・ハイハットにしたり」
――「YOU-N-ME」は1980年代のArthur Bakerを彷彿とさせるエディットの手法を用いてみたり、「EVERYONE CAN BE A DJ」はLil' Louisだったり、クラシック・スタイルも巧みに取り入れていますよね。
「だから、今っぽくしつつも自分の懐に引き寄せるような我田引水感もあるという(笑)。あと、寺田創一さんに象徴される古き佳きジャパニーズ・ハウスは自分の中にずっとあったりしますし、伝統にも目配せしつつ。自分は子役じゃないですけど、音楽を始めたのが早かったので、恥ずかしながら同世代より上の音楽が好きなんですよね」
――現代におけるハウス・ミュージックは、その歴史や意味、意義と切り離された無自覚なスタイルとして、ありとあらゆるポップ・ミュージックで用いられている一方で、Beyoncéの『Renaissance』は歴史や意味、意義の教科書的なアルバムで、ビギナーには入りやすい作品であると同時に、個人的には大上段から力技で正当性を振りかざしているように感じられてピンと来なかったりして。ダンス・ミュージックだけで考えても、局所的なリヴァイヴァルや盛り上がりが無数にあったり、トップダウン的な表現からボトムアップ的な表現まで、様々な視点の作品が混在していて、状況的には混沌としているように思うのですが、tofuくんの音楽活動は果たしてどこに向かっているのか。
「うーん、全然わからないですよね。ただ、少なくとも、ここ1、2年はヒップホップの現場が多くて、以前はもうちょっと打ち込みのアーティストとやっていた気がするんですけど、気が付けば、自分の出自からえらく離れたし、自分っぽい立ち位置の人と一緒にならなくなったなって。そもそも、そういう人が減ったということもあると思うんですけど、オルタナティヴな流れが消失しているというか。自分がオルタナティヴなアーティストかというと微妙なところですけど、現状はどうにもマズい気がしているんですよ。このまま、みんなとやれるからという理由でヒップホップっぽいものをなんとなくやるのも違うと思うし、せっかく、またクラブでできるようになったんだから、しっかり自分で自分に圧をかけて、ダンス・ミュージックと向き合って、ゼロからプレゼンしていこうと、今は仕切り直しの気分なんですよね」
■ 2024年4月26日 (金)発売
tofubeats
『NOBODY』
https://tofubeats.lnk.to/NOBODY
[収録曲]
01. I CAN FEEL IT (Single Mix)
02. EVERYONE CAN BE A DJ
03. Why Don't You Come With Me?
04. YOU-N-ME
05. Remained Wall
06. I CAN FEEL IT (Original Mix)
07. NOBODY
08. NOBODY (Slow Mix)
[ヴァイナル]
2024年7月17日(水)発売
WPJL-10214 3,800円 + 税
https://tofubeats.lnk.to/NOBODY_Vinyl
[WARNER MUSIC STORE限定トートバッグ付きセット]
6,073円 + 税
https://store.wmg.jp/collections/tofubeats/products/3724