Interview | Vito Foccacio


死がゴールにならない、生を渇望した音楽

 レイト00sより東京⇔埼玉を拠点に活動し、リスナーを全方位で唸らせる存在感を放つ10年代の象徴的ヒップホップ・グループSQUASH SQUAD。その一員としてのみならず、相方のLoota同様にソロでも強烈なオリジナリティを先鋭化させてきたVito Foccacioが、ミックステープ『Rehabilitation』(2016)、シングル『Hourglass』(2016)を挟み、『絶望の館』(2013, Brainstorm Music)以来約8年ぶりのフル・アルバム『渇望の翼』を発表。同作は、意外に思える「Daymare Recordings」からのリリースが必然としか感じられなくなるほど、“ヒップホップ”のイメージに固執せず、表現の幅をエクストリームに拡張したニュー・フェイズ。同時に揺るがない“ヒップホップ”の軸が、その多様性を高らかに宣言しているかのようでもあります。

 本稿では、昨年リリースされたコンピレーション・アルバム『2020, the Battle Continues Vol.3』への提供曲「DEADZ feat. Vito Foccacio」で共演を果たしたUNCIVILIZED GIRLS MEMORYの玉野勇希が、Vito(以下 V)にインタビュー。『渇望の翼』のフィーチャリング・ヴォーカリストでもあるENDONの那倉太一(以下 T)を交え、同作完成までの経緯とバックグラウンドを探ります。


取材 | 玉野勇希 (UNCIVILIZED GIRLS MEMORY) | 2021年3月

ここまで上っておいで、とお父さんが言いましたが、僕は断って、暗い壁掛の端を引きちぎって巻き、それにマッチで火をつけて、口にくわえました。ここの家で出されたどの煙草よりもおいしい煙草で、僕はやめられなくなって、片端から煙にしてしまいました。次いで、あの人の洋服箪笥をあけると、外套や着物がいっぱい下がっていたので、それも喫んでしまいました。
――三島由紀夫『仲間』, 1967

玉野勇希 + Vito Foccacio + 那倉太一
L to R | 玉野勇希, Vito Foccacio, 那倉太一

――まずは今までのVitoくんのリスナーは「Daymare Recordings」にあまり馴染みがないと思うし、逆もまた然りだろうから、リリースの経緯みたいなところから聞かせてください。
V 「今回のアルバムにも参加してくれているトラックメイカーのATSUKIさんが、僕のライヴの後に声をかけてくれたのがきっかけですね。ATSUKIさんは、いつも僕やSQUASH SQUADの作品のミックスとかをしてくれているTappoさん(Greenhill)の先輩で、お名前は聞いていたんですけど」

――それっていつ頃?
V 「3~4年くらい前。ちょうどその頃、僕はちょっとメタルに興味があったんですけど、ATSUKIさんは見た通りのメタラーだったので、遊ぶようになったんですよ。その後ATSUKIさんがタイちゃん(那倉太一)と出会って、僕の話をしてくれて。しかもタイちゃんは、(玉野)勇希くんから僕の音源を聴かされて知っている、っていうことになって(笑)」
T 「ATSUKIくんにはもともと、Vitoくんと俺を繋げたい欲求がすごく透けて見える感じだったんだよ」

――タイちゃんが“Vito紹介してよ”みたいな感じだったわけではなく?
T 「何の前置きもなしに、“SQUAH SQUADのVitoと最近曲を作ってるんすよね”みたいなことを、“この人は絶対この釣餌に引っ掛かるだろう”的な感じで何度も何度も言ってくるから、この繋げたい欲求の背景にある文化は何なんだ?って思って(笑)。2018年の“Back To Chill”のときかな。そのときは理解が及ばなくて、あー、そうなんすね~、とか言ってたんだけど、ダブステップの人だと思っていたATSUKIくんが、トラップメタルみたいなのが流行り出したときに、それをすごくメタル寄り寄りで解釈するっていう動きを始めたんだよね。それで、ああ、そういうことか、って思って。最初はVitoくんからメタルは感じなかったけどね」
V 「そうですね。『絶望の館』のときにホラーコアって言われたり、デスヴォイスを入れてみたりとか、そういう中でちょっと片足をメタルに突っ込んだのかな。タイちゃんと会った頃は、いろいろ深く掘り下げていた最中だったから。でも、僕は昔から、自分はラッパーをやっていなかったら、どんな音楽をやっていただろう?ってよく考えるんですけど、たぶんメタルをやっていたと思うんですよ」
T 「そうだね(笑)」
V 「それは20代の頃から思っていて。まあ、MARILYN MANSONが好きとか、それ程度のものだったんですけど」

――それが3~4年前からまた気になり始めたっていうのは?
V 「僕がというよりも、ヒップホップ全体の大きな流れとして、そういう雰囲気があったと思うんですよ。僕がもともと好きなヒップホップは、ホラーコアとかハードコア・ヒップホップで、MOBB DEEPが一番根っこにはあるんですけど、ヒップホップがロックやメタルにどんどん歩み寄って行く兆しみたいなものの中にいたんだと思う。自分で言うのもアレですけど、僕はデス声とかそういうトラップメタル的なもの、すごく早かったと思うんですよ」

――そうですね、どこか潮目が変わってきて、トラップ以降かもしれないけれど、ヒップホップが脱中心化してきているというか。ヒップホップ以外のところでラップをやることにアイデンティティを見出す人が増えている印象があって。
V 「そうですね」

――ヒップホップって、けっこう原理主義的なところがあって。例えば、ヒップホップとブラック・ミュージック以外の音楽を知ってること自体がマイナスになるようなノリが、少なくとも10年以上前にはあったと思うんです。
V 「ありましたね、そういう感じ」

――それが薄れてきて、歌が増えたり、ビートもアンビエントみたいだったり、そういうのがだいぶ多くなってきてるし、ホラーコアという文脈で言っても、昔はGRAVEDIGGAZとか、もちろんTHREE 6 MAFIAとか、INSANE CLOWN POSSEとかはあったけど、やっぱりサブジャンルのひとつで、好きな人は好きって感じだった。A$AP RockyとかSpaceGhostPurrpとか、あのあたりがサウスのリヴァイヴァルみたいなことをやった後は、ホラーの要素がけっこう真ん中のほうまで来てる。
V 「本当そうなんですよ。僕らも、昔から“暗いね”ってよく言われていたんですけど、どんどん暗くなって。まあ、“暗い”っていう自覚はあまりなかったんですけど」

――「冷血」の時点ですでにホラーコア的でしたもんね。『絶望の館』が出たときに、海外のホラーじゃなくて、めちゃくちゃJホラーのノリでラップしてると思ったんですけど、「冷血」ですでにNipps氏が「和式便所で首吊り自殺」とか日本的な要素を入れていて、今に繋がっておもしろいな、って思いました。
V 「そうですね、あれは日本的なホラーですよね」

――ホラーというか、ノワールというか。ホラーとノワールってすごく親和性が高いというか、隣接したようなジャンルだとは思うけど。
T 「どっちもまあ、殺すからね」

――殺すのは怖いことだから(笑)。
T 「“冷血”ってカポーティから?」
V 「そうですそうです」
T 「『絶望の館』と今回のアルバムの間に、実は1作あるじゃないですか」
V 「あります。『Rehabilitation』っていう」
T 「今回のアルバムはその作品じゃなくて、『絶望の館』の延長線上にあるとは思うんだけど、ホラーの文脈にはちょっと変異があるよね。『絶望の館』での“ホラー”から“ゴシック”へ、っていう感じがあると思う。それも、音楽ジャンルの中でのゴシックというよりは、文学史で言うところのゴシック・ロマンス、“ポーとかボードレールが好き”みたいなのに代表されるような感じ。それを音楽的なゴシックやホラーに偏らず、今の自分の感覚でやろう、っていう意志があるのかな?って思って」
V 「ああ、うん、そうですね。ゴシックって、音楽的にしっかりした定義がなくて、ニュアンスの世界だと思うんですよ」
T 「エナメル着て、唇に紫色を塗って、みたいな感じはあるのかもしれないけどね(笑)」

――耽美的だったり。
V 「そう。退廃的だったりとか。僕はそういうの、やっぱりゴシック文学みたいなもののほうが先だったから」
T 「でもその感覚はMARILYN MANSON的なものとは矛盾しないね」
V 「そうですね」

――あと今回はヴィジュアル系もキーワードになっているよね。それも僕はヒップホップ全体のトレンドとしてあると思っていて。
T 「日本で?」

――日本もそうだし、海外も。Young Thugがスカート履いていたり。Playboi CartiがアルバムのジャケットでSeditionariesのガーゼシャツ(しかも該当デザインには鉤十字が含まれている!)を着用しているのには衝撃を受けました。
V 「そうそう」

――ヒップホップにおけるマスキュリニティ的なところの変容があるのかもしれないし、まあポリコレじゃないけど、そういう流れもあるのかもしれないし。Lil Nas Xみたいなオープンリー・ ゲイのラッパーとか、ジャンル化するのはどうかとは思うけれど、今はクィア・ラッパーと言われるような人たちもいたり。ある種V系に通ずる美しさみたいなものが解禁されているっていう意識は、普通にトレンドとしてあると思う。それに対しては、寄せていってるというより、自然とそうなっていった感じですか?
V 「寄せていった部分もあるとは思います。Young Thugで言えばレディスの服を着たり、マニキュアをしたり、そういうのって女性的なものですよね。僕たちは肉体的には男だったりするけど、みんながみんな、100%男であるのか?っていう。男らしい男というのは何なのか。実はやっぱり、逆の性別らしさみたいなものをみんな持っていて、両極間の濃淡の中にいるんじゃないかな?って僕は思うんですよ。ヒップホップは特に、マッチョイズムが強かったじゃないですか」

――そうですね、非常に男根主義的な。以前であれば“カマ野郎”みたいなディスられかたをするような行為かもしれない。
V 「そうそう、タブー的なものだったんですよね。だから、そういうものから解放する意味でも、僕は化粧をしてみたり、女性的な言葉遣いで歌詞を書いてみたり、そういうので表現しようかな、って思ったんですよ」

――あと、潮目が変わったひとつの要因として、Kanye West『Yeezus』のMARILYN MANSONサンプリング(*)がターニングポイントだったと思っていて。あれで一気に全てがアリになってきた感じのノリがやっぱりあるし、けっこう今回のアルバムも、どこがっていうわけでもないんだけど、「Black Skinhead」が思い浮かびました。
V 「へえ~!でもそうですね、Kanyeは大好きですし。Lil Uzi Vertみたいに、MARILYN MANSONのチェーンを着けて、鼻ピして、悪魔がどうこう言っているようなラッパーも出てきて。やっぱりそうなってくるよな、って僕は彼が出てきたときに思いましたね。自然な流れだと思った」
* 東West自身はMARILYN MANSON「The Beautiful People」からの直接のサンプリングは否定しており、インスパイアされているだけという説、またWest自身が同時期にMARILYN MANSONのTシャツを着用していたことなどから過度に結び付けて語られているという説もある。

――逆にヒップホップだ、ラッパーだ、みたいな人って少なくなってきている気がする。
V 「そうですね、ラッパーか?って聞かれたらロック・スターだって答えたりする奴らもいますよね」

――その点、普通に聞いてみたいと思っていたことでもあるんだけど、Vitoくんて、自分の職業自認としては何なんですか?やっぱりラッパー?
V 「そう……ですね、ラップしかできないので。ラッパー……ですけど、寺山修司が職業を聞かれて寺山修司って答えるような感じで、僕は僕です、って言いたいところもありますかね。でも、ラッパーかな。うん」

――Vitoくんはそれこそリリックとは別に詩が書けたり、ポエトリー・リーディングをしたり、いわゆる原理主義的なラッパーではないから、そこをどう考えているのか気になって。
V 「う~ん……たしかに、ラッパーらしいみんながいる中では、ラッパーって言うのもあまり自信がないですね……(笑)」

――あはは(笑)。
V 「でも……一般的に考えたら、やっぱり、ラッパーだね、って言われると思う」

――うん。しかも今回のアルバム、かなりラップしていますよね。全体を見ると。
V 「うんうん、そうですね」

――Vitoくんのラップのスタイルって、すごくしっかり脚韻があって、1小節で3文字くらいを細かく踏むスタイルじゃないですか。あれって、もともと意識したラッパーとかいるんですか?
V 「それはもう、ヒップホップど真ん中の頃にやっていたD-BLOCK、Jadakissとか。ああいう人たちは、小節毎に韻が構成されていて」

――聴いていて気持ち良い系の。
V 「そうですね、うん」

――Vitoくんて、そういうところは初期から全然変わっていない気がしていて。
V 「変わらないですね。歳なのかもしれないですけど、壊すのが難しいですね。感覚がこびりついちゃって。でも逆に、今の若い子はこういうブーンバップ的なもたれたラップを知らなかったり」

――そうですね、僕らはすでにけっこうオッサンかも(笑)。
V 「(笑)。最後にちゃんと韻があって、それを強調してしっかり踏んでいくみたいなのって、トラップ以降はあまりないですよね。トラップはものすごくシーケンス通りにというか、サラッと踏んで、そこがかっこいいじゃないですか。それも大好きなんで、両方やったつもりではあるんですけど」
T 「世代的な話で言うと、MARILYN MANSON的なものは若いときに聴いていたんでしょ?」
V 「そうですね。流行ってましたからね」
T 「『Rehabilitation』も、少年期に聴いていたJロックみたいな要素があるよね」
V 「ありますね。MARILYN MANSONに関しては、18歳の頃に作った『Next Level ver.1』(2008)っていうミックステープがあるんですけど、その中の歌詞でもう使ってるんですよ」

――マジですか。それはかなり早いですね。やばい。
T 「すごいね」
V 「でもやっぱり、さっき勇希くんが言ったような周囲の圧はあったし、僕ら自身もヒップホップらしくありたい年頃だったというか(笑)」

――Tシャツとかも着てなかったですか?
V 「着てなかったです(笑)。着るべきでしたね」

――でもラッパーがメタルバンドのTシャツ、それもあえてボロボロのものを着用するっていうのは今でこそ普通だけれど、それこそ潮目が変わって以降の文化ですよね。
V 「そうですね、それもやっぱりKanyeらへんからだと思いますけど。デニムの膝が破れ出した頃」

――Kanyeがそういうのやり始めたのには、VETEMENTSとか、そのあたりのファッション業界のムーヴメントもあっただろうし。どっちが先だったのか?っていうくらいの話には見えます。たぶん。いろんなものが合致してああなったんだとは思うけど。
V 「うーん、たしかに」
T 「それこそ、当事者の年齢じゃん?フツーに」

――当時VETEMENTSのデザイナーだったDemna Gvasaliaは1981年生まれで、Kanyeとは4歳差だから、まあ時代感は近いと言っていいかもしれない。
T 「Dr. Dreはどう考えても青年期にMARILYN MANSON聴くはずもないから」
V 「あはは(笑)。たしかに」

――僕もご多分に漏れず、高校1年生くらいの頃かな、やっぱりMARILYN MANSON流行ってたから近所のCD屋さんに買いに行って、聴いていたんだけど、日本盤でライナーノーツが付いていて。MARILYN MANSONの性格がなぜこんなに歪んだか?みたいなことが書いてあって。道に落ちていた缶の中に胎児が入っているのを見たとか、おどろおどろしいエピソードが続く中に、おじいちゃんのオナニーを目撃しちゃったっていうのがあって(笑)。
V 「あはは(笑)」
T 「それ有名なやつだよね(笑)」

――おじいちゃんのオナニーがここまで人格を歪めてしまうのかと思うとおもしろすぎたんですけど、それはいいとして(笑)、アルバム1曲ずつ聴いてみましょう。「UEWO」はほとんどビートないんですね。
V 「このビートは、海外からネットを通じて声をかけてくれたCub$っていう人です」

――造語かと思いますけど、“UEWO”っていうのは?
V 「そのまま。“飢え”です。飢餓」

――愛甲(太郎)くん(ENDON | M.A.S.F.)は最初から誘う予定だったんですか?後から?
V 「最初は考えていなかったんですけど、タイちゃんと出会って、ENDONのライヴを観て、仲良くしてもらっているうちに、愛甲くんと音楽で合流できそうだな、って思って」

――この曲は歌なんですよね。すごい現行感あると思って。
V 「そうですね、これはラップしてないです(笑)。ラップを乗せるのも想像できたんですけど、想像通りにしかならないかな?って思って」
T 「ミキシングは翔太(dotphob | UNCIVILIZED GIRLS MEMORY)もやってるんでしょ?」
V 「はい。やっぱりノイズの扱いが難しくて。僕はこれまで扱ったことがなかったから。ノイズかっこいい!って思ってたけど、本当に自分の音源に入ることになったら、マジでノイズじゃん!みたいな。どうするんだろ?って(笑)」

――2曲目はスクラッチが入ってますよね?
V 「ATSUKIさんのトラックの曲ですね。入ってます」

――Vitoくんのアルバムでは珍しいな、って思って。
V 「そうですね。ノイズって、ENDONみたいなノイズもあるんですけど、ヒップホップでもやっぱりノイズってあるんだよな、って思ったんですよ。レコードのノイズっていうものがあるじゃないですか。僕の周りはヴァイナルを掘る人が多いし、僕もそういうのをサンプリングしたものが好きなので、そういう意味で親和性があるんじゃないかな?って考えて。レコードなり、スクラッチ・ノイズなり」

――そうそう、すごく並列だな、って思って。ノイズがヒップホップで言うところのスクラッチのニッチに収まっている感じがしておもしろかった。
V 「それを読み取ってもらえたのは嬉しいですね」

――2曲目のタイトルは「sex death」。
V 「sex deathです」

――中学生が一番好きな単語をくっつけたやつ(笑)。
V 「あはは(笑)」

――これは正にVitoくんのラップという感じ。この曲はアルバム制作のどれくらいの段階で出来た曲ですか?
V 「半ばくらいですかね。1曲目の原型は、3~4年前に作った曲なんですよ」

――1曲目が歌で、言いかたがアレかもしれないけど、イントロっぽく聴こえて、2曲目でドーンて感じだと思うんですけど。
V 「ああ、そうですね、ちゃんとラップするよ!っていう感じはあるかもしれない」

――スクラッチは誰がやっているんですか?
V 「さっき話にも出てきた、ATSUKIさんの後輩にあたるTappoさんです。埼玉の人ですね。あんなに有名になる前の舐達麻のレコーディングエンジニアもしていたみたいです」
T 「このアルバムは、埼玉の人と西東京の人で固められてる感じがするよね」
V 「完全に僕の行動範囲です(笑)」

――ちょっとベイエリアっぽく聴こえる感じもあって。
V 「ああ~。なんか、 Vince Staplesのラップが好きで」

――3曲目の「Narcissus」はDepressive Dogsプロデュースなんですよね。せっかくだからDepressive Dogsについて説明をお願いします。
V 「あっ、僕が説明するんだ(笑)。翔太くんとエッくん(故・那倉悦生 | ENDON)でDepressive Dogs」
T 「聴いても、誰が何をやっているのか全然わからないんだけどね……。最初のバースのところで入るノイズはエッくんだと思うけど」
V 「そうですそうです」

――どういう経緯でDepressive Dogsが参加することになったんですか?
V 「去年の年始に、タイちゃんと、エッくんと、翔太くんもいたかな?みんなで呑み会をしたんですよね」
T 「したした。あれが発端だったんだ」
V 「そう。エッくんが近所に住んでいて、家も近いし、ぜひぜひやりましょう、っていうことになって」
T 「着地してよかったよね」

――そうだよね、図らずもこれがエッくんの遺作になったということもあって。
T 「そうだね」

――良い曲だよね。ビートだけでも聴けそうな良さもあるし。
V 「そうそう」

――こう言ったらアレだけど、今となってはいろんな意味でもったいない感じがしてしまいます。
T 「あの2人で1曲しか作らなかったってことだもんね」

――うん。アルバムとか聴いてみたかったよね。あとこの曲、INDOPEPSYCHICSみたいなのを思い出して。昨今そういうのもリヴァイヴァルしている気がする。Clams Casinoとか以降の、ひと昔前だったらアブストラクトって言われてたやつじゃん、みたいな。
V 「ああ。エッくんと翔太くんが作ってくれたからだと思うんですけど、やっぱりヒップホップ畑からは生まれないトラックだと僕は思ったし、これをヒップホップの人に聴かせると、トリップホップっぽい、っていう意見があったり」

――トリップホップってめっちゃ死語だけど(笑)。
V 「あはは(笑)。でも僕トリップホップ好きだったんですよね」

――ヒップホップって、一度は完全にナシになってから、アブストラクトとかを経て蘇ってきたわけじゃないすか。
V 「そうですね」

――それって単純に、僕らがオジサンになって1周しただけなのかな。例えば、anticon.を今聴いたらかっこいいかな?って思って聴くとダメなんだけど(笑)、当時はやっぱり新しかったわけだし。アブストラクト的なものは今ようやく1回目の蘇生のときだと思うけれど、次また廃れたときには2回目の蘇生はあるのかな?って考えたりします。
V 「たしかに(笑)」

――フィーチャリングのIMUHA BLACK氏はストリクトリーなクイーンズ・スタイルのラッパーだけど、想像した以上にこの曲にハマっていてびっくりしました。
V 「そうですね。エッくんはハードコアなラップをけっこう聴いていて、クイーンズが好きだったんですよ。僕も好きで、IMUHAくんも好きっていうのが交差したから、IMUHAくんのラップが勝っちゃうっていう」

――ホラー的なものとクイーンズ的なものの相性が良いっていうこともあるし。それこそMOBB DEEPは1stアルバムのジャケットでなぜか半裸で鎌を持っていたり。
V 「本当そうですね」

――Vitoくんのパートは歌なんですよね。
V 「これはマジでがんばって歌いました。『Rehabilitation』のときは、けっこうボヤっと歌う感じだったんですよ。僕ら世代で言うと、BUMP OF CHICKENみたいな歌いかた。そういうのって、今ものすごく蔓延してるじゃないですか。僕も好きでやったんですけど、まあ、誰でもできるよね、っていう」
T 「口悪いね~(笑)」
V 「あはは(笑)」

――(笑)。でも本当そうですよね。
V 「だから、そういうのとは違う、ちゃんと声を出して歌おうって考えたたときに、僕が参考にしたというか、憧れたのがX JAPANのToshl」

――たしかに(笑)。
V 「あとデーモン小暮閣下とかね。あれくらい、金属みたい声をした人が、真っすぐ声を出している感じ」

――本当のメタルだ。
V 「そう!」
T 「高らかに歌い上げる感じね」

――声だけでメタル(笑)。
V 「ああいう真っすぐなかっこよさには、やっぱり勝てないんだよね(笑)」
T 「あはは(笑)!考えたこともなかった!すごいね」
V 「特に今は、そういうのやる人っていないし」
T 「本当に天邪鬼だよね」

――じゃあこの曲は、ストレートにデーモン小暮とToshlにインスパイアされた曲?
V 「そうです」

――でもまあ、デーモンは悪魔だから(笑)。
V 「そうそう。それをヒップホップの中でやってみよう、っていう試みはありましたね(笑)。ヘンですよね。良い曲になったと思います」

――タイちゃんがフィーチャリングの次の曲「sacrifice」も、ミックスにdotphobが参加してるんですよね。
V 「そうです。やっぱり、タイちゃんみたいなヴォーカルも僕は扱ったことがなかったから」
T 「ノイズと同じだからね(笑)」
V 「(笑)。これはどうするんだろう?って思って」

――これ、タイちゃん完全に怪獣ですね。怪獣の声サンプリングしてるみたい。
T 「前にATSUKIくんが連れてきた子がさ、“こういう声も売ってるんすね!”って言っていて。いやいや、これは声出して一緒にレコーディングしてるんだって言ったら、“そんなことあるんすか!?”って言われた(笑)」
V 「あはは(笑)!でも本当に、タイちゃんの声を聴いて、エフェクトがほとんどかかってないっていうのを知ったときは、マジで衝撃でした」

――タイちゃんもやっぱ、デーモン小暮と同じ系譜にあるという(笑)。
T 「(笑)」
V 「そうですよね、あると思う(笑)。これ地声なんだ……って思って。レコーディング一緒にやりましたけど、もうなんか、心が痛くなりますね。見ていると。もうやめてくれ!みたいな。タイちゃんの声は痛みがありますよね。この曲は、タイちゃんと出会う前にすでにラップは録っていたんですけど、タイちゃんにめちゃくちゃシャウトしてもらって、それを僕が切り貼りして」

――切り貼りみたいなことはやっているんですね。
T 「切り貼りする前はもっと怪獣だったっていうことだよね。もっと音楽じゃなかったんだよね」
V 「ははは(笑)」

――僕は、『ジュラシック・ワールド / 炎の王国』っていう映画で、魔改造された恐竜が、それこそゴシック調のお館に入って、少女のベッドを襲うっていうシーンがあるんだけど、それを思い出しました。
V 「(笑)。タイちゃんの声をどうやってミックスしようかな?って考えたときに、ENDONの音源とか聴くじゃないですか。ミックスするっていう感覚で聴くと、全然ヴォーカルの処理の仕方が違うんですよね。ヒップホップと、ENDONなり、バンドとでは。僕的には、えっ、こんなにヴォーカル小さいの?って思ったんですよ。全体的に。ミキシングの感覚として」

――たしかに、一歩下がってるというか、ラップとは真逆ですよね。
V 「そうなんですよ」

――バンドはヴォーカルが一番前に来ちゃうと恥ずかしいというのはありますよね、ちょっと。
V 「ああ、やっぱりそうなんだ。そういう感覚が僕にはなかったから」
T 「ラップはどんどん声が大きくなってきてるしね」
V 「そうそう。それで、これは難しいぞ、って思って」
T 「今回はトラックの化粧の一部だと思うのが正解なんだと思うよ」
V 「まあ、そうですね」

玉野勇希 + Vito Foccacio + 那倉太一 | Photo ©久保田千史

――音源上でヴォーカルが一歩後ろに聴こえるようにミキシングするのって、音の大きさの再現っていう感じもするよね。バンドの世界では。
V 「う~ん……」
T 「現場での、音の大きさっていうこと?それはあるね」

――ライヴハウスの聴感覚でヴォーカルが一番前に出てるっていうのは、現場ではあり得ないわけじゃん。
T 「メインストリームのものだったら、あり得るけどね。カラオケ的なものじゃないバンドっていうことで言うと、やっぱり、他の楽器のうるさい音の干渉を受けて交ざり合ってるのが現場感だから」
V 「うんうん、そうですね」
T 「だから、ATSUKIくんの家で録って、ATSUKIくんがミキシングをして、その何ヶ月後かに翔太も呼んでもう一度ミキシングしてるんだよ(笑)。太郎くんが入ってるのと、俺が入ってるのは三度手間くらいになってるんだよね」
V 「そうですね。ヴォーカルのバランスで言うと、ヒップホップもメインのヴォーカルがあるけど、茶々を入れるアドリブのチャンネルがあるじゃないですか。それも時代と共ににどんどんデカくなってきて。最終的にメインのヴォーカルよりデカくなってる。そうやって隙間を埋めるんですけど、その感覚で、今回はタイちゃんの声を入れたんですよね。僕が後ろでYoとか言わずに」
T 「同時期にOH!KISSっていうラッパーの曲(“NingenWaYowai”2019)もやったんだけど、それも合いの手を入れるっていう比較的似たような構成だったね」

――タイちゃんが入る前から録っていたっていうことは、歌詞のテーマとかは別に合わせているわけじゃないんですね。
V 「そうですね」

――これならタイちゃん合うやん、って感じだったってことだよね。
V 「たしかに(笑)。そう言われるとそうですね」

――ちなみに、歌詞っていつもどのタイミングで書くんですか?ビートありき?
V 「最近はそうですね。思い立ったときにとりあえずメモしておくっていうのは、あまりやらないです」
T 「えーっ、そうなんだ」

――ビートをもらって、どういうスタイルで書くんですか?机に向かって?
V 「机に向かって(笑)。聴きながら書きます」

――iPhone?
V 「iPhoneですね。PCで打っていることも多いです。両方ありますね。でも行き詰まったら、もう音楽は聴かずに、詩だけまず書いてみるっていうのはたまにあります。リズムを気にして言葉遣いとかが変わってきちゃうから。何も枠がない状態で詩を書いてみるっていうこともあったかな」
T 「短歌は頭からケツまで思いついたときに書くの?」

――いや、上の句だけ書いておいて、下の句は後日みたいなときもある。
T 「それこそ思いついたときにiPhone?」

――コンテストに応募するような、題詠、テーマが決まっていて書くときは、よし、書くぞ!って書くけど、「VENTILATOR」とかは思いついたときにとりあえず書いておいて、1ヶ月くらいかけて推敲する感じ。
V 「ふ~ん」
T 「歌集『いつか』と“VENTILATOR”は全然違うよね」

――そうだね。単純に気分が変わってるっていうのもあるかもしれないけど。
T 「“VENTILATOR”のほうが堅いしね」

――古語だとか文語も使ってるし。Vitoくんも、古語的な表現も使っていますよね。あと、意識的にだと思うけど、昨今のラッパーにしてはかなり英語が少ない。
V 「ああ、そうですね。たしかに」

――昔はけっこう多かったと思うんですけど。
V 「うん、多かった。英語はちょいちょい挟んでいたんですけど、なんでなくなっちゃったんだろうな、英語……。バイリンガル的な人が増えてきて、それで発音するのが恥ずかしくなったのかな?でもやっぱり、基本的に、日本語でまだ見たことがない響きみたいなものを追い求めているところはありますね、僕は」

――古語や文語的な表現というのは、まあ寺山とか、それこそ前衛短歌とか、戦後詩的なものでもあるんだろうけど、どちらかというとマラルメの昔の翻訳とか、ポーとか、そういうノリなのかな?って思って。
V 「うん、ポーはあると思いますね。翻訳っぽさというか。今回は古語使いを含め、“古い”っていうのが大きなテーマでもあるんですよね。ヒップホップの新しいタイムラインを追いかけて音楽を聴いていると、なんかもう、飽和状態だよな、って僕は感じるんです。どれも同じに聴こえてくるっていうか。これも歳のせいかもしれないですけど。僕の中で、新しい要素しかないものは、もう古いと思うんですよ。古いものを孕んでいないと、フレッシュに聴こえないんですよね。古いものが好きだし、古い、退廃しているもの、汚れたものを、まあ、ざっくり言ったら大切にしようぜ、みたいな(笑)。歴史ですね。街で言うと、なんでも開発したり、ピカピカのフランチャイズ化を進めた結果、今じゃそこで踏み留まった古くからのお店のほうがありがたみがあるじゃないですか。どうせみんな古くなるし、新しさに捉われていると自分の首を絞めると思うんです」

――原理的な意味での右翼主義とも言えるかもしれない。
V 「うん、ある種そうかもしれない。歴史を忘れないようにしようかな、っていう。自分のルーツや歴史に根差さない音楽は、風で飛ばされてしまうと思うんです」

Vito Foccacio

――それって、古いものがゴシック、みたいな話なんですかね。
V 「そうです。それもあります。ゴシックの要素だと思いますね」

――僕も短歌で古語や旧仮名を使うときは近しい美的感覚なのかもしれません。旧字のゐとかゑとかを入れると、単純に文字面のデザインとしてかっこいいと感じているところがあって。
V 「そうなんですよね。かっこいい。あと、お笑いの世界でも、すゑひろがりずとかそういうの感じるし、千鳥の“~じゃ”とか。まあ、あれは方言ですけど」

――でも方言もたしかに、民俗学的というか、土着的なものとして解釈することは可能かもしれないですね。
V 「そうそう。EXITとかも、フザけてそういうこと言うじゃないですか」

――ああ、“ありけり”とか言いますよね。
V 「それそれ!現代はそういう感覚がウケてしまう」

――たしかに。無意識的にそういった潮流はあるのかも。
V 「あると思いますよ」
T 「最初の話に戻るけど、これも脱中心化の一例なわけだよね」

――それは日本だと、ある種の保守というか、原理的な右翼主義的なムードがあるという。
T 「いやでも、俺らはそこそこ旧世代に属して古語を見てるから。例えば、昔は漢語ができる人が教養人だ、っていう世代に対して、昭和50年代生まれの俺らはそういうのが2世代以上前の保守だって思うわけだけど」

――僕らは昭和60年代生まれなんだけど……(笑)。
T 「うるせー(笑)!まあ、そういう保守の典型像を思い描ける感覚がもうないわけだから、保守回帰ってことではないと俺は願うけどね。一個のスタイルでしかないというか。例えばボオドレエルは堀口大学訳を好む、みたいなのも、これでなければならないっていうんじゃなくて、こういう雰囲気いいっすよね、っていう感じだから」

――僕は、それを“なんとなく”選ぶことの中に保守があると思うんだよね。
T 「言ってしまえば、ネトウヨ性みたいなものに繋がるっていうこと?」

――そうそう。ある種、ムードとして。
T 「う~ん……どうなんだろうね……」

――当然、即それに直結するわけじゃなくて、グラデーションはあれど。
T 「一種の防衛なのかもね。あと、西洋の人が昔感じたようなジャポニズム回帰みたいなのを、わざわざ日本人なのにやり直してるって感じがする」
V 「ああ~!そうですね」
T 「昔の日本人を外国人のように捉えて、俺たちは日本人なのにジャポニズム回帰してる。西洋人の目を通して見ることというか。それこそTohjiとLootaのアルバムを聴いたときも、俺はジャポニズム回帰だと思ったよ。ゴッホが浮世絵を見て、みたいなああいうジャポニズム回帰を切り離した上で、一番近しい外国人が昔の日本人、みたいな。自分にとっての一番近しい他者みたいな感じで、文化的に消費するっていうことなのかな」

――ある種のナショナリズムと言ってしまえるかもしれないよね。
T 「結果としては、それが何回か回った後にナショナリズムに直結するっていうことは往々にしてあり得ると思うけど、今の時点でナショナリズムって言うのはちょっと意地悪かな、とも思う」

――そっか……。あと、ヒップホップに還元しても、単純にマーケットが拡がってるっていうのもあると思います。エイジアン・トラップみたいなものが海外でも受け入れられ始めたりとか。昔は日本語ラップって言ったらけっこう辺境の音楽って感じがあっただろうけど、今は、Vitoくんの友達で言ったらKOHHとか、海外でも受け入れられてるわけで。そういうところも無関係ではないと思います。無理に英語じゃなくてよくね?っていう。
V 「そう。日本語は日本語のままで聴いてもらえるんですよね」

――次の曲いきましょう。
V 「これはLil’Yukichiの“金木犀”っていう曲ですね」

――Lil’Yukichiは昔から友達ですか?
V 「そうですね、Cherry Brownはずっと仲良いんですよね。Cherryはやっぱり、日本でトラップを始めた第一人者だと僕は思うんで」

――そうだよね、かなり早い段階からTHREE 6 MAFIA等の“サウス”を推していた印象があります。
V 「あの人はやっぱり、サウス・ヒップホップを日本にしっかり持ってきた人だと思うし、当時はサウス・ヒップホップをやっている人自体があまりいなかったんですよね。僕はすごく好きだったらから、ずっとそれを作れる人を探していて。だからCherry Brown(Lil’Yukichi)に出会ったとき、これだ!って思ったんですよ。さっきの話に戻りますけど、彼はアニメ・オタクや、アイドルが好きだったりっていうアキバ系の面もあって、まだ渋谷のクラブ界隈とかでビートが起用されるような雰囲気はなかったんですよ」

――当時は受け入れられていなかったんですね。
V 「局地的でした。やっぱりアニメ・アイコンとか、リリックがふざけているっていうのは。だけど僕は、これはちゃんとサウス・ヒップホップだよ、って思っていて。当時僕らは渋谷のHARLEMとかでライヴしていたから、Cherryを僕らが使うことによって、アニメ好きのトラックメイカー、ラッパーがいてもいいよね、みたいな感じにしたかった。そうしたら、やっぱりみんな起用するようになりましたね。今ではアニメ好きを公表するラッパーは珍しくないし、痛車の人までいるけれど、全然あたりまえなんかじゃなかった。彼に勇気があったからこそなんです」

――ちなみにこのアルバムでは唯一スクリュー的なエフェクトが扱われていますよね。
V 「そうですね」

――それも、いわゆるDJ Screwとかのサウスのスクリューっていう感じではなくて。僕が思い出したのは、MOBB DEEPの『Black Cocaine』っていうEP。
V 「ありましたね!よく覚えてますね(笑)」

――あれでMOBB DEEPがスクリューをやってけっこう話題になったんだけど、それを思い出しましたね。
V 「ああ~。実はフックを歌ってるのは僕じゃなくてEujin(KAWI)さんなんですよ。スクリュー入れると簡単に格好良くなるので、僕はそんなにスクリュー使いたいわけではないんですけど、今回は雰囲気が合っていて、良かったと思います」

――他にも弗猫の人が参加してる曲があるじゃないですか。あれって、もともと彼らが作っていたものなんですか?それとも発注して?
V 「もともとEl moncherieが作っていたものです。でも、最後の“聖古泉七蜘蛛乃君”のトラックは、僕と一緒に遊んでいるときにその場で作ってくれて、僕もフックとラップの入りだけはそこで考えて」

――なんか、弗猫単独の音楽の中に、このアルバムみたいな要素って個人的にはそんなに見つけられないから、意外だったんですよね。
V 「うんうん、そうですね。僕が弗猫のビートに対して、ものすごく湾曲した解釈の仕方をするので。オーセンティックなヒップホップなのに」

――たしかに、ラップが違ったらど真ん中のヒップホップに聴こえるかもしれない。
V 「そうです。あの人たちは作りかたを全く変えていないので」

――この曲は?
V 「“ura1123”は相方のLootaと、DJのJUCOさんと作った曲ですね。JUCOさんは、僕の地元でも音楽で繋がっている数少ない一人です。東久留米の人なんですけど」

――アルバムの中ではかなり異色な曲ですよね。
V 「これくらいゆっくりで静かな曲も入れたくて。あとやっぱり、Lootaをどうしても入れたかったっていうのもありますね」

――『絶望の館』では一緒にやっていませんでしたよね。
V 「実は、今まで自分のアルバムでLootaをフィーチャーしたことって一度もないんですよ」

――それはタイミング的に?
V 「タイミング的な問題ですね。だからまあ今作は僕のアルバムにも入ってよっていう感じで」

――ラップも他の曲とはノリが違いますよね。ライミングが他の曲と比べるとあえてボヤっとしてるっていうか。
V 「そうですね、めちゃくちゃボヤっと。あまりはっきり発音しないように」

――それこそXXXTentacionとかLil Peepとかみたいな。
V 「マンブルがけっこう好きで。この後に“xink u”っていう曲が入ってるんですけど、それはもう、僕の中では超マンブル・ラップ。みんな、喋り言葉ってめちゃくちゃはっきり喋っているわけではないじゃないですか。多少崩れてマンブルになってる。それをもっと強調するとゴニョゴニョするんですけど、そのゴニョゴニョの中でも韻を踏めるね、っていうことですね」

――口語っていうことなんですかね。
V 「近いと思います。中途半端な発音で韻を踏んでいくというか」

――あっ!この曲めっちゃ好きなんですよ。
V 「“blackness”っていう曲です。この曲はたしかに評判良いですね。これはラップをものすごくベーシックにがんばりました」

――ゲーテの死ぬ前の台詞を引用していたり。あと『マクベス』とか。
V 「そうですね(笑)。ちょっと文学的な要素が強い曲です」

――けっこう露骨に文学的な要素を入れてるんだけど、このアルバムの中だと英語がヘンに多くて。
V 「ああ~!本当によく気付きますね(笑)!ちゃんと“ヒップホップ”していた頃は英語が多かったって話したじゃないですか。その感覚を思い出してみたんですよね。ヒップホップど真ん中のラップをして、まあ昔で言ったらmic check one twoじゃないですけど、そういうヒップホップ・ワードを入れ込んでいた時代を思い出して書いたところがあるので」

――使っている単語も、rest in peaceとかblacknessみたいなヒップホップのジャーゴンを、意識的に文学的な難しい言葉の中に入れて、コラージュみたいな感じにしているのかな?って思って。
V 「そうですね。“難しい言葉”は、今回のアルバムのキモでもあって。今のヒップホップの人たちって口語詩に近くて、すごく砕けた表現をすると思うんですよ。そういう中で、僕はもとからどちらかというとちょっと堅かった。その堅苦しさみたいなものをゴシックの厳格さとして、もっと堅くしたんですよね」

――そうですね、SQUASHの頃から他のラッパーが使わないような、いわゆるカチっとした活字の言葉遣いが特徴でしたね。
V 「そう。それを諦めずに時代と逆行してもっと堅くしてやろうと思って」

――諦めずに、タイトルを“まいっか”みたいな日本語にしないで(笑)。
V 「(笑)。そういうのも全然、嫌いじゃないんですけどね。みんながやらないから、あえてもっと堅苦しく。格調高くじゃないですけど、何か表現してみようと思ったんですよ」

――この曲は?
V 「これは“Labyrinth”っていう曲ですね。フックがオペラだよ、っていうことを言いたいだけですね(笑)。ビートはMitch Mitchelsonさんっていう、『絶望の館』や『Rehabilitation』でも何曲か参加してもらった人です。渋谷のクラブ界隈にもいらっしゃる人なんですけど、最初はネットで知り合って。あの人の作るトラックが昔から好きで」

――この曲はどんな感じで出来たんですか?
V 「なんか……出てきちゃったんですよね、オペラなものが」

――フックのわりに、トラップのカブせみたいなのも入るじゃないですか。
V 「そうですね」

――それもさっきのヒップホップ・ジャーゴンと活字的な日本語の話と同じで、オペラとトラップ的な要素をあえて並列にすることで差異になっている感じがしました。
V 「そうですね、それは意識したかもしれない。自分ができるヴォーカルのテクニックを駆使するのが僕のテーマなので(笑)。オペラもできるし、普通の歌も歌うし、ラップもするし、BUMP OF CHICKENもやるし、僕の身体から出る声をすべて提供しよう、っていう」

――声楽家だ。
V 「本当そう。声楽家ですね、はい」

――職業自認に話に戻ると、もう声楽家って言っちゃってもいいんじゃないですか?ラッパーって言うことも美しいと思うけど。
V 「いいかもしれない(笑)」

――次の曲は?
V 「これは“lost”っていう曲ですね。Flammableのビートで、アルバムの中では一番古い曲ですね。『絶望の館』の直後くらいに作ったから、もう5年くらい経っちゃったかもしれない。Flammableには“そんな古い曲入れるのやめなよ”って言われましたけどね(笑)。V系っぽさが一番あるし、“こういうアルバムを作ろう”って思うきっかけになった曲だったから。僕にしか出来ない音楽ですし」

――この曲はMARILYN MANSONとかゴスとかもあると思うけど、もっと日本のちゃんとしたヴィジュアル系の影響を受けてるじゃないですか。それって何か元ネタがあるんですか?
V 「この曲の歌いかたに関しては、LUNA SEA、河村隆一です。どれだけナルシシズム全開にできるか、って作ったところがありますね。やっぱりヴィジュアル系って、ぼくらの世代で育ってきたら、詳しくなくても知ってるじゃないですか。どうしても」

――そうですよね。昔は“バンド”と言ったらヴィジュアル系という時代もあったわけで。
V 「そうそう。そういう日本人のルーツもあるよね、っていう。あと、ヴィジュアル系とヒップホップって正反対の存在だと僕は思うんですよ。ヒップホップの力強さ、男らしさと違って、ヴィジュアル系は退廃であったり、女々しさであったり、弱さがあるじゃないですか。歌詞を読んでも女の子にフラれてばっかりだし。T.M.Revolutionとかもそうかもしれないですけど。女の子に振り回されて」
T 「ヴィジュアル系の場合はフラれて、殺しちゃうんだよね」
V 「そうですね(笑)。そういう、価値観が真逆のものをヒップホップに持ってくるっていう意味では、この曲はナヨっとしたものが強いですね」

――そういう退廃だったり、女々しさみたいなものって、当時はヴィジュアル系が担保していたものだと思うんだけど、今だと、米津玄師とかって、言ったらちょっとヴィジュアル系っぽさもあるじゃないですか。要素として。だからニッチとしてはあるのかな、っていう気がしますよね。
V 「あると思いますね。Kポップのアイドルとかもそうだと思う」

――次の曲いきますか。
V 「これが“xink u”ですね。JUCOさんのビートで、マンブルをイメージして作りました。このビートをこういう風に解釈するとはJUCOさんも思っていなかったと思いますけど」

――これもラップが乗ってるからかもしれないけど、王道のヒップホップのビートには聴こえないですよね。
V 「JUCOさんはワールド・ミュージックみたいなものも好きで、その感じも出ていると思います」

――次はMVも作られてる曲で。この曲すごいですよね。
V 「“聖古泉七蜘蛛乃君”っていう曲です。この曲はそれこそ短歌とか、『万葉集』とかをよく読んでいて、古い言葉遣いで和ゴスをやろうかな、って思って」

――和ゴス(笑)。
V 「ちょっと花鳥風月的なノリもあって」

――MVは『耳なし芳一』なんですよね。小泉八雲の?
V 「そうですそうです。小泉八雲を原作にした『怪談』っていう映画があるんですけど、小林正樹かな?それがすごく良くて。それを宮崎大祐監督に伝えたりしました」

――このアルバムは、さっきタイちゃんが言ったように、『絶望の館』の延長線上にあると思うんだけど、『絶望の館』の直後は、もう一度同じ路線でアルバムを作るっていう意志はあったんですか?
V 「あったんですけど、暗いアルバムを作るパワーがなくて。引っ張られて死んじゃいそうだったんですよね、そのとき。精神的にはだいぶ病んでいて。そっちの方向に行くと、本当にちょっと……」

――だから“rehabilitation”だったんですね。
V 「そうです。今回のアルバム、聴いた感じでは同じ路線なんですけど、根本的に似て非なるもののつもりで作っているんですよ。『絶望の館』は欲望と絶望なんですけど、今回は根底に希望があるとは僕は思っているんですよ。それを明るく喋ってはいないですけど。『絶望の館』が加害者であるとすれば、『渇望の翼』は被害者のつもりで作っていて。欲望の赴くままに生きる『絶望の館』に対して、そう生きて悲しい思いした人や、悔い改めた人っていう立場にいるのが『渇望の翼』なんですよ。僕の中ではスタートラインが全然違うつもりなんです。だから今回は作っていて病まなかったですね。罪の意識がない作品になりました」

――ある種、これが俺や!みたいな感じになったっていうことなんですかね。
V 「そうかもしれない。考えかた、生きかたを変えないと、絶望から死がよぎる衰弱ぶりでしたから。リハビリテーションとして、本当に大切と思える限られた人とだけ会ったり、少し運動を生活に取り込んだりして過ごす中で、どうやったら自分が死なない音楽ができるかな?って思って。死がゴールにならない、生を渇望した音楽を考えた結果ですね」

Vito Foccacio Twitter | https://twitter.com/vitofoccacio

Vito Foccacio '渇望の翼'■ 2021年6月23日(水)発売
Vito Foccacio
『渇望の翼』

CD DYMC-362 2,500円 + 税
https://diskunion.net/portal/ct/detail/1008297961
https://linkco.re/0YGtA201

[収録曲]
01. UEWO feat. Taro Aiko (ENDON | M.A.S.F.)
prod by Cub$ | electronics by Taro Aiko | mixed by Taro Aiko, dotphob (UCGM)
02. sex death
prod by ATSUKI | scratched by Tappo (Greenhill) | mixed by VITO, ATSUKI
03. Narcissus feat. IMUHA BLACK
prod by Depressive Dogs | mixed by VITO, dotphob (UCGM, Depressive Dogs), 那倉悦生 (ENDON, Depressive Dogs)
04. sacrifice feat. 那倉太一 (ENDON)
prod by ATSUKI | mixed by VITO, dotphob (from UCGM), ATSUKI
05. 金木犀 feat. Eujin KAWI (弗猫建物)
prod by Lil’Yukichi | mixed by VITO, Lil’Yukichi
06. ura1123 feat. Loota
prod by DJ JUCO | miexed by VITO, DJ JUCO (Fullmember), 8ronix (Bullpen lab.)
07. blackness
prod by El moncherie (弗猫建物) | mixed by VITO
08. Labyrinth
prod by Mitch Mitchelson | mixed by VITO
09. lost
prod by Flammable | mixed by Tappo (Greenhill)
10. xink u
prod by DJ JUCO | mixed by VITO
11. 聖古泉七蜘蛛乃君
prod by El moncherie (弗猫建物) | mixed by VITO